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第十八話 ミッドランド

第十八話 ミッドランド


アベルがリッタを飛ばした先はミッドランド王都、その玉座の間だった。

玉座の背を彩る六色のステンドグラスは六大精霊を模しており、真ん中には神話の中の存在である精霊王と、その伴侶となったとされる大聖女が描かれている。

「王様、緊急事態にゃ、至急伝えなきゃいけない事があるから人払いしてほしいにゃ。」

まだ職務中だったのかその場に居た騎士やら大臣がギョッとした目でリッタを見るが、リッタには知った事ではない。

「ドラグナーからか…よい、みな下がれ。」

ミッドランドの王であるグラード・ミッドランドは大臣達に手振りで退出を促し、よっこいせ〜、と気の抜ける様な声を出しながらゆっくりと立ち上がった。

白髪混じりの薄い金髪に長い髭をたくわえたグラード国王はまだ現役とはいえ年が年のお爺ちゃんなのだ、また腰痛が再発したのか腰をさすっている。

その後ろで、人の良さそうな薄い笑みを浮かべながら立っているのは次期国王となる、孫のベルン・ミッドランドだ。

「おや、目が合ったねリッタ。」

色素の薄い金髪の青年の、そのアイスブルーの瞳と目がかち合うとリッタは途端にうぇ、と顔を顰めて舌を出した。

リッタは何かとちょっかいをかけてくるこの王子が少しだけ苦手なのだ。

「腹黒王子に構ってる暇は無いのにゃ。」

「あはは、君は良くも悪くもあけすけに物を言うよね、そういうところはサーラに似たのかな?」

撫でさせて、と笑顔で近寄って来たベルンをジト目で蹴飛ばし、リッタはそのまま距離を取って彼を睨みつけた。

リッタにとってはこれ以上無い近寄るなアピールなのだが、側から見れば初対面の人に警戒している猫にしか見えない、ベルンはそんなリッタの様子を面白がっていた。

「これこれ…ベルン、リッタが嫌がっておるじゃろう…本当に嫌われるぞ。」

「え、リッタもうコイツ嫌いだにゃ…。」

「いや蹴られたりコイツ呼ばわりされても不敬にしないだけ、僕って優しいと思うんだけどな?」

嫌悪感からか尻尾の毛を逆立てながら逃げるリッタと、にこにこ笑顔で歩きながらじりじりと距離を詰め、追い回している孫のベルンの二人にグラードは頭を痛めた、このままでは埒があかない。

「これこれやめなさい…それでリッタ、何があった?あやつが玉座の間に直接転移させるなど、余程の事だろう。」

「さっき、シア様とリッタとサーラ三人でピクニックに行ったら賊に襲われたのにゃ!」

「は?」

リッタのその言葉にベルンはその場で立ち止まり、じっとリッタを見つめた。リッタは立ち止まったベルンを見て、やっと助かったとほっと息を吐き、先程の出来事を思い出しながら順を追って話し始めた。

森へ出かけていたらいつの間にか周囲に見知らぬ男達が居た、そしてその気配にいち早く気付いたサーラが対応したのだと。

「…サーラは身分をミッドランドの王家に仕える者だって、ちゃんと宣言した上で警告したにゃ、でも賊は聞く耳持たなかったにゃ。」

この事からアベルやサーラは賊がミッドランドの民ではないと断定した、更にシアの様子からそれはヴェルスナーの間者である可能性が高いという事も伝える。

「相手がヴェルスナーなら、きっとミッドランドにヴェルスナーの聖女を攫われたとかなんとか難癖つけて来るにゃ、だから…うーん、もう見せた方が早いにゃ。」

リッタは面倒になって耳の魔石を鳴らした、水面や鏡に映し出すよりは消耗するのだが、空中に映す事自体は可能だ。


『ヴェルスナーがシアの身柄を渡せとこちらを脅して来たら私を呼んで欲しい、先に伝えておくが穏便に解決できない場合もある。報告は聞いていると思うが、もしもあんな所にシアをやると言うのなら私はミッドランドを見限る。』

「ちょっと待って?」

映像のアベルの言葉にグラードは思わず口を挟んだ、いくらこれが映像とはいえ、反論せずにはいられなかったのだ。

「ドラグナー?釘を刺されずともワシはそんな事せんぞ、大体ドラグナーの恩人に地獄に戻れと等しい事をワシが言うと…。」

『まあ、グラードも例に漏れずミッドランド王家の人柄を継いでいる…そんな事はしないと悪態を吐くだろう。お前の気持ちは私にも分かっているが実際の問題は、その決定で民を納得させられるかどうかだ。』

ミッドランドの民がヴェルスナー側からの話だけを聞けば、当然聖女の身柄を即刻ヴェルスナーに返すべきだと思うだろう、そして王がそれをしなかったばかりに戦争にでもなれば、その怒りの矛先はミッドランド王家へ向く事になる。

『シア自身の言葉でこれまでの経緯を公表出来れば良いのだが今はまだ難しい、正直賭けになるだろう。一応その事を頭に入れておいて欲しい、恐らく考え付く事は同じだろうが、その時はシアの気持ちを優先する様に…以上だ。』


「ううむ…。」

リッタが映像を消すと、グラードは長く伸びたヒゲを撫でつつ考え込んだ。

一応ミッドランドには死にかけでこの国に流れ着いた聖女を保護したという大義名分があり、ヴェルスナーから聖女が受けていた残虐な仕打ちを証明するだけの傷痕は彼女の体にありありと残っている。

しかし、その証明のためだけに痛々しい傷を第三者に見せるなど酷な事はしたくない、ドラグナーもそんな事は許さないだろう。それにもし傷の事を民に見せる事が出来たとしても、それを全てミッドランドのせいにされでもしたらたまらない。

聖女自身が言葉を失っており弁明出来ない以上、どうしても問題はヴェルスナーとミッドランドの押し付け合いになってしまう。

「どうしたものか…それに、考え付く先が同じとは…。」

果たして何を指しているのか、とグラードは頭を捻った。

自分が幼少の頃より世話になっており、何百年もこの国の宰相であり続ける、あの魔法使いの言う事なのだ、何か意味はあるのだろう。

「…一つ、僕に提案があるのですが。」

それまで神妙な顔で話を聞いていたベルンが何か思いついたらしい、リッタとグラードの視線がベルンに集まる。


「ヴェルスナーに『自国の聖女をミッドランドに奪われた!』などと難癖をつけられる前に、こちらが彼女を〝ミッドランドの聖女〟として大々的に公表してしまえば良いのでは?」




「…やはりシアにお伺いを立てに来るか…まあ、ベルンなら考えつくと思ったが。」

シアが炎に包まれたあの一件の後、特に異変は見られなかった事から寝る前に湯浴みをと進言したサーラにシアを任せ、私が自室へと戻っている最中、窓の方へ一直線にやって来る一羽の鳥が見えた。

予想していた事から窓を開けてやると案の定、書状を持って来たのはベルンのフクロウだ。

その場で解いて目を通して見ればやはり王家はシアをミッドランドの聖女に望むという内容だ、そして先ぶれとして数日後、シアに謁見するために私の屋敷へ訪れる旨が記されていた。

読み終えた書状にフッ、と軽く息を吹きかけ、文字を私のものへと組み替える、ひとまずは承諾する旨を伝えれば良いだろう。

「…いい子だ、帰ったら主人に褒美をねだると良い。」

私はベルンのフクロウに再度その書状を持たせ星空へと飛び立たせると、すぐにその姿は小さくなって見えなくなった。

きっとやって来るのはベルンと、そのお付きの騎士数人、人選としてはセドリック、アドウィン、ルベリウス辺りといったところだろうか。

私が元々一人で住んでいたこの屋敷は過去に王家から賜ったものであり、こんなにも広いと正直持て余すと思っていたのだが今となってはありがたい、今回訪れるであろう一行も問題なく宿泊出来るはずだ。

マージハルやレイドットにも来客の事は伝えておいた方が良いだろう、特にレイドットには全員分の食事を用意してもらわなければならない都合上、いつもより多く食材を用意してもらわなければ。

「レイドット、居るか。」

「んあ?ああ宰相様、お戻りで。」

わざわざ転移するまでもなく徒歩で歩いて行き、厨房に顔を出すとレイドットは何やら大鍋で何かを煮込んでいたらしい、小皿を手に味見をしている最中だった。

「明日の昼はビーフシチューにしてみようと思ったんですよねぇ。あの子、や〜っとまともな飯が食える様になったみたいで、俺も腕の振るい甲斐があるってもんです。腹減ってるなら宰相サマも食べます?まだ煮込みますけど、今でもまあ食べられる味ですよ。」

「…いや、食事は明日を楽しみにしておこう。それよりシアの事を〝あの子〟呼ばわりするのは止めろ。彼女への不敬は今後一切許さない、最低でもお嬢様と呼べ。」

「あ、やべ…分かりました気を付けます。」

レイドットは失言だと理解したのか素直に頭を下げた。

彼の料理に対する意欲と研鑽は素晴らしく、何を食べても称賛の一言に尽きる。しかし、これだけ料理人としての最高の腕を持ちながら、レイドットがこんな所で限られた人間にのみ腕を振るっているのには理由があった。

彼は権力や貴族社会といった上下関係が大の苦手なのだ、金や地位にもとんと興味が無く、一応貴族の生まれだったのにも関わらずその身分を料理人になるからとあっさり捨てた。自由に料理を作りたい、という彼の願いには貴族位がかえって邪魔だったのだ。

レイドットにとってはそんなものより自分の作りたい料理を作り、振る舞い、その料理を美味いと食べてくれる人が居ればそれで満足。誰もが美味いと目を輝かせる料理を作る事、それこそが彼の人生の目標であったらしい、レイドットの思想は世間一般から見れば明らかに逸脱した変わり者だ。

その、ある意味裏表の無い性格と食への熱意を私は気に入って雇ったのだが、本人は一応拾ってもらったと思っているのか私に対してはぎこちない敬語を使い、最低限の礼儀を持って接してくれていた。

しかし、どうしても側から聞けば気安いというか不遜というか、ぞんざいに聞こえる。

その口調に関しては私は特に気にしていなかったのだが、流石に今の様にシアに対して軽口を叩く事だけは看過できない。

「分かれば良い…二度目はない。」

「ここの環境最高なのでみすみす手放すようは真似はしませんよ。あ、あとまたテイウズモンドから新しい香辛料取り寄せたいんですが。」

「好きにしろ…それと、三日後に来客がある、買い出しは今からでも間に合いそうか?」

「料理とあらばそれに関する事全てが俺の仕事ですよ…倉庫の方に荷馬車入れてもいいですかね、食材下ろすだけなんで。」

そう言いながらレイドットが厨房の外を指差す、明日にでも買い出しに行きたいのだろう、顔にありありとそう書いてある。

「あまり外部の者を入れたく無いのだが…良いだろう、任せる。」

倉庫側の裏手から入るのであれば、もしシアが庭園を散歩していても外部の人間が彼女の姿を目にする事は無いだろうし、食材を下ろすだけの短時間なら問題無いだろう。

「では、頼んだ。」

「はい。…あ、宰相サマ。」

厨房を出ようとすると何故かレイドットが私を呼び止めた、何かあるのだろうかと不思議に思って振り返ると、彼は何故か恐る恐る、といった様子でこちらを見ていた。

「えーと…さっきの失言、サーラさんに言うのだけは勘弁して下さいね…温室の時俺、何時間説教されたと思います?」

「知らん、シアに不敬を働いたお前が悪い。」

端的にそれだけ言い残し、私は後ろから聞こえる声を無視して自室へ戻った。


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