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第十六話 夢現

第十六話 夢現


私はぼんやりと夢を見ていた。

その幸福な夢の中では父も母も生きていて、私は二人と手を繋ぎながら色とりどりの花が咲いている丘へピクニックへ出掛けている。私はお母様の髪の色である金色によく似た黄色のお花と、お父様髪色である白色のお花を組み合わせて、せっせと花冠を作っていた。

「みてみて!出来たよお母さ…。」

出来上がった花冠を手に顔を上げ、お母様、お父様、と続けたかった私の言葉は目の前の光景を見て失われた。

お母様が腹を貫かれていたのだ、あの時、最後に見たお母様の姿と同じように。


「…!」

気付いた時には私はハッと目を開け、浅い呼吸をしていた、冷や汗がじわりと滲み、ドクドクと心臓の音がうるさい。

今見た出来事は夢だった、けれど確かに私の目の前で現実に起こった事でもあった、お母様の死は変えようの無い事実なのだから。

「…?」

夢のせいで混乱している頭ながら咄嗟に辺りを見渡そうとして、そこでやっと私は誰かに抱き締められていることに気付いた、すっぽりと誰かの胸に収まっているのだ。

体を捩ってなんとか見上げてみるとやはりそこには銀色のブローチが光っていた、体温が高いらしくアベルの腕の中はとても暖かい。

今の時間帯は夜の様で部屋は暗くなっていたが、蝋燭に火を付けた燭台が一つ置かれているおかげで真っ暗というわけではなかった。

彼が用意してくれたのだろうか、あのヴェルスナーの色を見たせいか暗い部屋はあの牢屋を思い出してしまいそうで怖かったから、その灯りは今の私にはとてもありがたかった。

彼の体温に安心して、すり寄る様にアベルの胸に顔を埋めると私の背中に回っていた彼の手がゆっくりと私の髪を撫でた。

「おはよう、シア。」

いつから起きていたのだろうか、驚きながら彼の方を見上げるとアベルはそっと私の頬に触れた。

「悪い夢でも見たか?」

そんなに分かりやすい顔をしていたのだろうか、私がどう答えるべきか分からず首をどちらにも振れないでいると、アベルは私の頬になんの脈絡もなく口付けた。

ちゅ、と軽いリップ音が鳴り、驚きと羞恥でみるみるうちに私の頬が染まっていく、何故頬にキスをされたか分からなかった。私が困惑しながら、いつもより近い距離にあるアベルの端正な顔を見ると彼はくすくすと笑っていた。

「そうして私の事だけ考えていてくれ、可愛いシア。」

一瞬何を言われたのか分からず私はぽかんとしてしまった、アベルはとんでもない事を言っている自覚はあるのだろうか。

そうして私が混乱している間にもアベルは私の髪に、指先に、唇を落としていく、突然の事であまりに理解が追いつかない。

なんだかくすぐったくて、すごく恥ずかしくて、胸が焼けてしまいそうな感じがして、私は離れようと彼の胸板を押した、けれどびくともしなかった。

困ってアベルの方を見上げると彼は一瞬手を止めて、次に咳払いをした。

「…これは、加虐心が煽られるな。まあ流石にやめておくが…。」

小さく不穏な事を呟きながらアベルは私から手を離した、訳がわからずそのまま彼を見つめているとアベルは苦笑しながら素直に謝罪した。

「すまない、つい、その…調子に乗った。」

バツが悪そうな顔をしながらアベルは起き上がるとベッドに腰掛けた、なんとなく私もそれに倣ってゆるゆると体を起こす。

心なしかアベルの姿がしょんぼりしている様に見えて、私は彼の服を控えめに引いた。

別に嫌だった訳ではないのだ、寧ろ目が覚めた時にアベルがそばに居てくれて良かった、私を腕に抱く彼の体温が温かくて、とても安心出来たから。

アベルが居なければあの夢は恐ろしくて、やるせなくて、消えてくれない胸の痛みに、きっと今頃静かに泣いてしまっていたかも知れない。

「シア?」

きょとんとした顔をしているアベルに嫌じゃないよと伝えよう、そう思って私は先程アベルが私にした様に彼の頬に軽く口付けた。

初めての事だったから唇を押し当てたと言った方が正しいかも知れない、けれどそれが今の私の精一杯だった。

これ以外に伝える術が浮かばなくて勢いでやってしまったが、私からの口付けなんて嫌だと思われなかっただろうか、不快に思われていたら申し訳ないし、少しだけ怖くなった。

恐る恐るアベルの表情を見ようと顔を上げるとその瞬間私は彼に抱き寄せられた、少しだけ腕の力が強い。

「はあ…シア、頼むから他の者に同じ事をしないと誓ってくれ…。」

ぎゅうぎゅうと抱きしめられているこの状況ではアベルの顔を見る事は出来なかった、けれどなんとなく嫌がられた訳ではない様に感じて、私はほっと胸を撫で下ろした。

私の人生においてアベルの存在はなくてはならないものだった、あの絶望しかない牢獄の中で彼だけが私の光そのものだったから、そんなアベルにさえ拒絶されてしまったらと思うと、身がすくむ程恐ろしい。

私の中で名も知らず燻るこの気持ちが恩義から来るものなのか、それとも別の何かなのは私には分からない。

いつか私にも知る事が出来るのだろうか、彼に対するこの気持ちの名前を。

「…卿、よろしいでしょうか。」

ぎょっとして声のした方を見るといつの間に入室していたのだろうか、サーラが軽く息を吐いていた、少し呆れた様な表情でアベルを見ている。

「ノックはしたのですが…お気付きになられなかった様ですね。」

コンコン、と軽くドアを叩いてみせるサーラにアベルも私も何も言えず、アベルは私を抱く手を緩めながら自身の顔に手をやった。

その顔が少し赤かったのは燭台の灯りのせいだろうか。



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