表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

第十二話 初めての外出

第十二話 初めての外出


「もう無理だにゃーーー!!!!!」

そんなリッタの絶叫が屋敷中に響き渡る。


私とリッタがサーラに勉強を教えてもらうようになってから今日で早くも一週間が経とうとしていた。

私は読む方は比較的得意な様で、本の内容などはすぐに理解する事が出来たが、文字を書く方の上達はあまり芳しくなく、毎日少しずつ書けるようになってはいるがまだ文章を書くにはおぼつかない状況だった。

一方、同じようサーラに教えてもらっているリッタはというと、そもそも文字を読む事が苦手な様で、唸りながら本と睨めっこしている事が多くサーラも手を焼いていた。

毎日半泣きで懸命に頑張っていたものの今日は何やら限界が来たらしい、リッタはペンを放ってサーラに泣きながら縋っていた。

「うええええん!!リッタ!頭の中ごちゃごちゃにゃー!!!お腹すいたにゃー!!気分転換したいにゃーー!!」

「全く…シア様の御前ですよ、落ち着きなさい。」

やれやれ、といった様子でサーラはリッタの頭を撫でた、しばらくそうしてあやしているとリッタも落ち着いた様で顔を上げて鼻を啜り、耳をしょんぼりと下げた。

その様子に私は苦笑し、気分転換なら外かなと考えて外を指差した、いつもは部屋で食事をとるけれど、以前の温室の時の様にたまには違う場所で食べるのも良いかなと思ったのだ。

「かしこまりました。今日は天気も良く風もあまりありませんし、よろしいでしょう。」

「ほんとにゃ?!それならリッタ、湖行きたいにゃ!この前近くにあるの見つけたにゃ!」

綺麗な所だったから見せてあげたいと言うリッタに私は顔を綻ばせた。寝物語でアベルから聞かされていた様な美しい湖を想像して、私も見に行きたいと思いを込めてサーラを見ると、サーラは少し考える様な表情をしたがすぐに諦めた様に苦笑した。

「シア様が行きたいと仰るのであれば私に拒む理由などございません、何かあれば必ず私が対処致しましょう。」

「ほんとにゃ?!リッタ!テテに今日はピクニック行くって伝えて来るにゃ!!サンドイッチがいいのにゃ!」

そう言って心底嬉しそうに、走りながら元気に部屋を出て行くリッタを見て、私とサーラは同時に顔を見合わせて笑ってしまった。


しばらくしてリッタはバケットや飲み物などが入った大きなバケットや敷物などピクニックの道具であろう一式を両手いっぱいに抱えて持って戻って来た、その瞳はらんらんと輝いている。

サーラがそのほとんどをテキパキと敷物らしき布に纏めて包んでから、私たちは屋敷から西側の森へと出発した。東の森には浄化されていない魔物の渦があり、魔物が頻没しているらしいがこちらは安全な様で、豊かに森が生い茂っている。

遠くから聞こえる小鳥の鳴き声や、さわさわと風に揺れる木の葉の音が心地良い、舗装されている道では無いため、落ち葉や枝を踏み鳴らしながら道無き道を歩いて行く。

そういえば屋敷の敷地内から出るのは初めてだ、リッタとサーラも一緒とはいえなんだか小さな冒険をしているみたいな気持ちになって、わくわくする。

憧れていた外の世界、私にとっては物語の中だけに存在していた自由が今の私には許されている、それがとても嬉しかった。

「あ、見えたにゃ!あれにゃ!!」

先導するリッタが前方を指さしながら駆けて行く、それにつられて早るように木々の合間を小走りに抜けた私は、開けた場所に出ると思わず足を止めた。

そこにあったのは小さな湖だった、その周囲を囲う様に綺麗な青い花が咲き、水はとても澄んでいて、浅瀬ではきらきらと太陽の光を反射して水面が薄らと虹色に輝いている。

その景色はとても綺麗で、どこか幻想的だった。

憧れていた外の世界はこんなにも美しいものだったよと、叶うなら過去の自分にも伝えてあげたい。

「こんな場所が…。」

後ろのサーラも湖を見て感嘆の声を上げる、私は花を踏まない様に避けながらリッタの元へゆっくりと歩いて行った、流れる風がとても心地良い。

リッタは先に敷物を広げて待ってくれていた、料理人であるテテお手製のサンドイッチの美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、食欲を刺激する。

敷物を敷いてくれた地面に座り、待ちきれないのか千切れそうなほど尻尾を振っているリッタに食べようと私が促すと、リッタはそれでも先に私に食べて欲しいのか笑顔でサンドイッチを差し出した。

受け取ったサンドイッチはカリッとこんがり焼けた硬めのパンに、サーモンとレタスと玉ねぎ、それとたっぷりのクリームチーズがのっている、きらきらとかかっているソースはきっとテテが作った独自のものだろう。

良い香りに誘われるまま一口食べるとスモークされていたらしいサーモンの風味とクリームチーズの濃厚な旨味、それと絶妙に合うソースが口の中いっぱいに広がる、芳ばしいパンにシャキシャキのレタスや玉ねぎもあって食感が良く、やはりとっても美味しい。

「お、美味しそうにゃー!リッタも!リッタもいただきますにゃ!」

リッタは早速同じサーモンのサンドイッチをぱくりと口にして、次の瞬間美味しい美味しいと笑顔で歓声を上げた。こうして人が思わず笑顔になってしまう程、今まで食べたテテの料理はどれもこれも美味しかった、私がここまで元気になれたのもこの美味しい食事があってこそだったと思う。

「ふふ、シア様に喜んで頂けたのなら何よりです、テテも喜ぶでしょう。」

側に控えているサーラはそう言って微笑んだが彼女は一緒に座る気配が無く、美味しそうな料理にも手をつけようとしなかった。

私はサーラも一緒に食べよう、と示したがサーラは私が何を言いたいか分かると苦笑する。

「シア様、通常使用人が主人と共に食事を摂る事などありません、あってはならないのですよ。」

毒味役ならまだしも、と続けたサーラの物騒な台詞に私はぎょっとしてしまった、それを見てかサーラはすぐにテテは問題ありませんよと訂正する。

「リッタは…そうですね、まだまだ見習いの様なものですので良いでしょう。ですが私が同じ様に振る舞うわけにはまいりません。」

サーラの言いたい事は分かった、貴族や王族など一般の特権階級の人から見ればそれが普通なのだろう、どれだけ仲良くなれたとしても使用人はあくまで使用人なのだという線引きは必要だと。

けれど、私は貴族でも王族でもない、聖女とはいえただの力を失った、痩せっぽっちのみすぼらしい女なのだ、サーラが敬意を払う必要などどこにもない。

もう一度サーラを見つめると、彼女は困った様に眉を寄せて私を見た、その目はどこか遠くを見ている様にも見える。

「使用人にこうして心を配るシア様はお優しい方です、とても。」

そう言ってサーラは遠慮がちに私の頭を撫でてくれた、その手つきはとても優しい、けれど少しだけ悲しかった。

「もぐもぐ…リッタも、サーラも一緒に食べればいいと、もぎゅ…思うにゃ。」

「いいえ、なりません。」

キッパリとそう言い切ったサーラは、先程とは打って変わって厳しい目をリッタに向けた。

「…いいですかリッタ、もしもこの場を第三者が見た場合、もし私までもが使用人としての立場を弁えずにシア様に接していれば、シア様がそれだけ粗雑に扱っても大丈夫な方なのだと思われます、不敬をしても咎められないのだと。」

内情も何も知らない第三者が見れば、私の身分がそれだけ教養の無い使用人を雇っている家か、使用人にまで舐められている家の者に映るだろう、確かにそうかもしれない。

「それは…だめだにゃ。」

「そうでしょう。ですが、私だけでもこうして弁えてお側に控えてさえいれば、少なくともシア様はどこかの貴族のご令嬢、リッタはまあ食べ過ぎですが毒味でもしているのだろう、とそう見えます。二人も侍女を連れたご令嬢に無作法に声をかけて来る輩など、そうは居ません。」

ご安心下さい、と自信ありげに微笑むサーラに私は思わず首を傾げたが、言葉を話せない私では誰かに話しかけられても対応出来ない事を思い出して素直に頷いた。

確かに、誰かに道を聞かれたりしても困ってしまうし、もしもその人が男性だった場合はもっと困る。今でもアベル以外の男性は誰であっても少し怖いのだ、主治医として定期的に私の事を診察に来てくれているベンジャミン医師にやっと慣れてきたくらいで、全く知らない男性は私にとって恐怖の対象でしかない。

「そんな顔をなさらないでください、シア様…私が居る限り不埒な輩など近付けさせません。」

「シア様、こっちのローストビーフのやつも美味しいのにゃ!美味しい物食べて元気出して欲しいにゃ!」

私の表情を見てか二人は慌てて私を安心させて気分を変えようとしてくれた、リッタもサーラも本当に優しい人達だ。

ありがとう、と唇を動かして私は促されるままに途中だった食事を再開する事にした。

いつかリッタとサーラに、そしてアベルやベンジャミン医師、みんなに感謝の言葉を、私自身の言葉で伝えたいなと、そう思いながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ