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第九話 動き出す帝国

第九話 動き出す帝国


また一人、目の前で首が飛んだ。

あれからというもの我々第一、第二騎士団は総出であの子供の捜索に心血を注いだが全くと言って良いほど何も出て来なかった、陛下直々の命という事で大々的に捜査をしているのにも関わらずだ。

あれは幽閉されていた罪人であり、その逃亡を幇助したり匿ったりした者は死罪であると、脅しに近い通達を出しても手がかりすら掴めず、あの子供が逃げてから早いものでもう一ヵ月が経過してしまった。

「や、やはり…もう死んでいるのでは。」

そう考えたのもこの者だけでは無かったが、陛下に今しがたそう進言した者の首は無造作にそこに転がっている。

残り三人となった私達は震え上がった、凍てつく様な眼差しでこちらを見る皇帝陛下は苛立ちを隠さない。

「余に、同じ事を言わせる気か?無能めが。」

それはまだあの子供が生きているという事に他ならなかった、どういう事かはさっぱり分かりはしないが、陛下には何か確証があるのだろう、これ以上あの奴隷の様な娘が見つからなければ次に首が飛ぶのは自分かも知れない。

全く生きた心地がしないまま時間だけが流れてゆく、何か、何か良い案を考えなくては、焦りつつもそう考えていた時だ。

「陛下、ご歓談中失礼致します!」

大きな声を上げながら、ライングロウ公爵が玉座の間に入って来たのだ、頼むからこれ以上陛下の機嫌を損ねないで欲しい、こちらは命が危ういのだ。

「ウェレストか…何用だ。」

「レッドウッドから聖女派遣の要請が来ておりましてな、つきましては我が娘であり我が帝国の聖女、」

「よい、その様な雑事、余は関与せぬ…貴様の好きにするが良い。」

それら共々失せよ、と陛下はそれだけ言うともう用は無いとばかりにこちらに背を向けた。

なんという事か、ライングロウ公爵は我らの救世主だったらしい、青ざめていた我々は元の顔色を取り戻しながら、意気揚々と退出するライングロウ公爵の後ろにそそくさと続いた。

ライングロウ公爵家のご令嬢は我が帝国の今代聖女であるエレヴィーラ様である、それだけでも公爵家の地位は盤石だというのに、それに加えて彼女は次期皇帝となる皇太子殿下の婚約者なのだ。政にほとんど興味を示されない皇帝陛下はライングロウ公爵に外交のほぼ全てを任せている、貴族の派閥としてはライングロウ公爵家一強であり、この公爵家が現在ヴァルスナー帝国の実権を握っていると言っても過言ではない。

「ライングロウ公爵閣下、聖女要請とはまた、エレヴィーラ様のお力がそれだけ必要とされているという事ですな!」

「そうであろうそうであろう!ああ我が愛しの我が娘!エレヴィーラ!次はレッドウッドへいざ行かん!ふむ…レッドウッドの者どもが懇願するのであればエレヴィーラの銅像を建てさせてやっても良いな!わはははは!」

「そうでしょうとも!」

こんな者に外交を任せておいて大丈夫なのだろうか、などと正常な判断を下せるまともな人間はもう、この国には残っていなかった。




「はぁ…つまらないですわ。」

そう言ってエレヴィーラは鞭を放った。

フェリシアが逃げ出してからというもの、エレヴィーラはエドウィンの手のものがフェリシアを連れ帰るのを待てず、密かに買った別の奴隷を塔に連れてきてはフェリシアにしてきた事と同じ事をし続けた。

鞭で打ち、殴り、蹴り、水をかけ、放置してはまた繰り返す、泣き叫び許しを乞う奴隷に最初はエレヴィーラもあの時と同じ快感を得られた。けれどどうしたことか、ものの数日で買って来た奴隷はみな動かなくなってしまうのだ。女の奴隷だから体力が無いのかと男の奴隷でも試したが結果は同じだった。

この私が起きなさいと言っているのに、命令に背くなんて、不敬ですわ!!

動かなくなった玩具などに用は無いとエレヴィーラは憤慨しながら衛兵に奴隷達を渡した、死んだ者は内密に処理され、僅かでも息があった者は衛兵達の性処理の道具にされていたが、エレヴィーラには関係の無い事だ。一度捨てたオモチャがどうなろうと彼女には興味も無かったのだ。

けれど、フェリシアは違う、捨てていないのだ。

自分が捨てていないのだからあの奴隷は私の元へ戻って来るべきだ、私から与えられるありとあらゆる暴力を懇願し、ありがたく耐え続け、死ぬまで私の玩具でいるべきなのだと、エレヴィーラは本気でそう考えていた。

エレヴィーラは自分の元から勝手に離れて行った〝壊れない玩具〟に異常なほど執着していたのだ。

「ああエレヴィーラ、またこんな所に居たのか。」

「まあエドウィン殿下…。」

もちろん皇太子であり婚約者であるエドウィンも、エレヴィーラの残忍な性格を知っていた。

「お父上が探しておられたぞ、さあ。」

それでもこうして優しく手を差し伸べているのは、エレヴィーラの顔と体つきが自分好みである事と、彼女がライングロウ公爵家の一人娘だからだ。

エドウィンにとっては自分が次期皇帝になりさえすれば、後は些末な問題。エレヴィーラがどんな性格をしていようが、日頃何をしていようがライングロウ公爵家の後ろ盾が得られればそんな事はどうでも良かったのだ。

「分かりましたわ…衛兵、これはもういりませんわ、好きになさい。」

顔色も変えず奴隷の頭を踏みつけながら、参りましょうとエドウィンの手を取る、こんな残虐な娘が聖女であるはずが無いというのも百も承知だった。それはヴェルスナーの貴族であれば皆んな知っていた、その上でこのエレヴィーラが聖女だと、みな持ち上げているのだから。




「進展は無し…か。」

報告書を見て第二皇子であるダリウスは考え込んだ、第一、第二騎士団、そして自らの私兵がこれだけ探しても見つけられないとすればその者はもう国外へ出たのだろう。

誰かが逃亡を幇助したのではないかとも考えたが、その女は今まで幽閉されていたのだから外部との連絡など取りようが無い、それならばまだ流れ着いた先が国外であったのではと考えた方が自然だ。

騎士団の一部が子供を取り逃した辺りのこの川は、確かヴェルスナーからミッドランドとレッドウッドの方へ二股に分かれている。

レッドウッドはヴェルスナーの属国でありこちら側からの行き来は比較的自由が効く、という事は騎士団もそちら側を先に調べるだろう。

「では、俺はミッドランド…か。」

ミッドランドといえば何百年も続く多民族国家だ、他の国では奴隷となっている事が多い亜人が普通に暮らせるのはモスリー以外ではこの国くらいのものだろう。国民はみな温厚、その国王は大のお人よしだと聞いている、そのくせ聖女不在でありながらミッドランドが豊かであるのは、ミッドランドの宰相である魔法使いの存在が大きい。

かの魔法使いは長年聖女不在であるミッドランドの防衛をこなして来ただけではなく、数々の優れた魔道具を生み出し根底から国を支えている英傑だ。正直この一人の魔法使いの存在が無ければミッドランドは他国に侵略されるか、魔物の被害でとうの昔に滅んでいるだろう。そんな優れた人物が何故代々宰相となりミッドランドの王へ仕えているのかはさっぱり分からないが、かの国へ侵入しようとしている身としてはその魔法使いの存在だけが懸念要因だった。

「いっそ皇子としての身分を隠して行った方がいいだろうな…。」

流れ者が多いミッドランドの国民であれば見知らぬ人が彷徨いていようが不思議には思わないだろう、護衛を連れていたとしても旅をしているとでも言えばどうにでもなる。

他国の王族や騎士が事前に断りも無くミッドランドへ入国し人探しをする方が、かえって後々問題になるだろう。

「まあ、どうにかなるだろう…。」

俺は皇族特有の赤髪をつまみながら、髪色を変える魔道具を手配させる事にした。

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