私の推しは王子じゃない
転生ものを書いてみましたが、これであってるのかと不安です。
最後のほう、少し走ったかもと思いながら……。
初めての転生ものです。
ご容赦を。
転生した。
そう気づいたのは、おぎゃあと生まれた瞬間だった。
だってきれいに前世の記憶があるんだもん。
そもそもの転生のきっかけだってちゃんと覚えてる。
雪が降ってて、めっちゃ積もってて。
で滑って階段から落ちた。
で次の場面がここ。
さてさてどうしたものか。
「ああ。かわいい女の子ですよ」
「おめでとうございます。奥様」
「よかった。ほんとうによかった」
周りが私の誕生を喜んでくれている。
「かわいいかわいい私たちの子。ネモフィラ」
お母さんの声だろうか。
ひときわ優しくて暖かい声で私の名前? ネモフィラと呼んだ。
私の名前……。
ここで私は前世の記憶と一つ結びつくことがあった。
ネモフィラという名前。
そして成長するにつれて、私の姿やまわりの環境。
ここは……。
まじか。
つながった。
前世で全ルート回収してない乙女ゲームだ。
そう思ったのは、まず私の名前。
キャラの既存名。
で次は見た目。
色素の薄く、細い髪が腰まであって。
名前の通り可憐で華奢な体つき。
小鳥のさえずりのような声。
鏡に映る私はそのキャラそのもので。
家柄は、底辺貴族。
しかも世界観もそうだ。
剣と魔法の世界。
なんの魔法が使えたっけ?
たしか戦闘じゃなくて探索系だった。
そうそう。
気配察知関係だったはず。
で。それをより強く明確になったのは学園に入学してから。
なんかその魔法で、攻略キャラの居場所探索に使ったはず。
もっと他のことに使えよって思ったわ。
あともう一個。
回想ぐらいで端折ってあったけど。
底辺貴族とはいえ貴族。
お父様もお母様も厳しく私をしつけて。
勉学も、マナーも、剣術も。
いっぱい詰め込まれて。
おそくにできた子ということと。娘っていうことで。
溺愛してくれているけれど。
貴族なのもあって。いいところの婿を取るためにも学力が第一優先となる国一の学園に入学させようといろいろと学んだ。
前世の私は勉強嫌いで。どちらかといえば、まだ剣術を学んでいるほうが性に合ったけれど、それでも令嬢である。お茶会とか舞踏会とか。そっちのマナーのほうが大事だからと最低限身を守れる程度の護身術程度しか、教えてもらえなくて。
それでも、ゲームの記憶と愛してくれる両親。一生懸命働いているメイドさんや料理長とかを見ていると、私がちゃんとした婿を取れば、この家はもう少しよくなるんじゃないかって思えて。だから勉強もどうにか頑張った。
回想でしかなかったから、何がどうしていいかほんとわからなくて。
頑張るのも大変だった。
どうにかこうにか、頑張ってたから完全に抜けてたことがあった。
それに気づいたのは、学園への入学試験に向けて、ラストスパートをかけるぐらい勉強してた時だった。
「あああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!」
「お嬢様! いかがされましたか!」
「そんな大きな声をだしてどうしたの?」
「あ……。申し訳ありませんお母様」
「勉強のしすぎて壊れてしまったの?」
「いえ。そうでは……。少し疲れたのかもしれません。お庭を散歩してもよろしいですか?」
不安そうなメイド長とお母様にどうにかこうにか笑顔をつくって、部屋でた。
庭は庭師が丹精込めて育てた花が咲き誇っていて、とてもきれいで。
「ふぅー」
深呼吸を何度もする。
はあ。
どうしよ。
思い出したことだ。
それが何よりも大きなことだ。
そうこれは乙女ゲームだ。
攻略キャラの探索に使う魔法もそれなりに使い方もうまくなってきている。
で。
問題はここだ。
そう乙女ゲームという点。
ゲームそのものに転生したのであれば、私は攻略キャラと学園で出会う。
で、四人いるキャラの誰かと恋仲になるんだけど。
「四人の中に推しいないだよなぁ」
ぼそっとつぶやいた。
そうなんだよ。
ゲームをしてた時に思ったけれど、残念ながら最推しは攻略キャラじゃないんだよな。
四人のうち二人が王族。のこり二人も貴族の中でも上位。
底辺貴族であるうちとは雲泥の差の家だ。
でもこれまでの頑張りのおかげで、学園で彼らと出会って……。
第一王子、現国王の弟の子いわゆる王子の従妹。近衛隊隊長の子、宰相の子だったはず。
で従妹が4つ上で。宰相の子が1つ上。王子と隊長の子が同期。
だけど……。
攻略したの隊長と従妹なんだよなぁ。で王子は途中だったんだよ。
従妹と王子なら王族とつながるから家は大きくなる。でも後ろ盾っていう意味だと弱いし、王子には王妃候補でライバル立場の子がいた。めっちゃいい子だった。
で。私の最推しはそのライバルの子のお兄様。
二つ上で、優しくて穏やかで。王族ルートで行くと会う確率上がるから嬉しかった。
まあどのルートでも会えるのは会えるんだけど。ライバルの子は王族ルート行かなかったらいい友達になれたから。隊長のときそうだった。
本当にいい子で、かわいくて。
あの子とライバルになるの結構大変なんだよなぁ……。
「さて。どうしようか」
ゲームとはいえ、これは私の現実。
ゲームでは知らなかったことを私は知ってる。
両親の愛。世話をしてくれている屋敷の人。
この花の香り。
「全部現実……。なら」
私は私のルートを行く。
まず。
第一にすることは、ライバルと仲良くなること。
隊長ルートだと、お茶会に誘われる。その時高確率でお兄様に会えた。
まず。合法的に推しに会えるルートを確保すること。
でも隊長と仲良くなるってことは、王子グループに近づくことになる。
間違っても王子との仲を作ってはいけない。
で。たしか最初のイベントは入学試験日だったはず。
「行ってらっしゃい。あなたなら受かるわ」
「気をつけて」
屋敷のみんな総出で私を見送ってくれた。
これからあるイベントを忘れてしまうぐらい、みんなの思いで私はいっぱいになった。
「はい。いってまいります」
まず、受からないと。
入学試験なんていつぶりだろうか。
勉強ぎらいの前世の私ならきっとこんな学園は受けないだろう。
でも私は私だけど、今の私はネモフィラだ。
ネモフィラとして12年生きてきた。
ネモフィラとしての私は勉強は好きではないけれど、できないわけじゃない。
さあ。頑張ろう。
午前中は筆記試験。
午後は面接。
面接のマナーは前世の記憶があったから全くできなかったわけじゃない。得意とまではいかないけれど、それなりにうまくいったと思う。
「さて。ここからだ」
面接がおわって、帰る所で道に迷ったんだ。
……まあ実際迷っている。
広すぎるんだよここ……。
中庭? かな? 確かここってそうだったはず……。
「だれだ?」
「え……」
いきなり声をかけられた。
ぱっと振り返ると。
「ああなんだ。入試の子か。迷ってんだろ? 毎年一定数出るんだよ。試験後出口わかんなくて迷う子。ついてこい」
落ち着いた金髪に髪色よりもさらに落ち着いた黄色の瞳で、見目麗しい男性が私を見下ろしている。
……。あ。これだ。
「すみません。ありがとうございます」
赤いネクタイが緩まれていて、パリッとのりのきいた白シャツ。私の背が肩になるぐらいの背丈。で。この声と態度とタイミング。
王弟の子。第一王子の従妹。
「名前は?」
「え……。あ。はい」
聞く前に名乗れよと思ってしまったけれど、相手は王族だ。そんななめた態度はダメ。
「ネモフィラ・フィリップと申します」
「フィリップ家か。あそこは一人娘と聞いていたがおまえなのか」
うそ。こんな底辺貴族のこと知ってるの?
ゲームではその話はしてない。
「俺は、ライラ・アベルト」
「……お初おめにかかります。お手数をおかけし申し訳ありません」
アベルトは王族の家名。
さて。失礼のないように。
最敬礼をして。
「ここだ。気をつけて。入学を待っている」
「ありがとうございます」
背中が完全に見えなくなってから。
門のところまで案内してくださった。
「とてもいい方なんだよな」
攻略したときにも思ったけど。
四人の中だと一番の推しではある。
が。王族はいや。
絶対面倒。
ずっと思ってること。
後ろ盾にもならない貴族が王族と家族になっても、その人のためにならない。余計なことに巻き込まれるのは目に見えている。
そんなことにお父様とお母様を巻き込みたくない。老後を静かに過ごしてほしい。屋敷のみんなだってそうだ。路頭に迷わせるようなことはしたくない。
だから。
「おかえりなさいませ」
「ただいまかえりました」
迎えてくれたみんなの笑顔をみて、改めて思った。
私に一番いいのは、それなりの貴族との結婚。
……欲を言えば、ライバルの子のお兄様。キース・フリージア様がいいな。
「疲れただろう。しっかり休みなさい」
「はい。お父様。お母様」
無事合格通知が来て。
お祭りのようなお祝いをしてもらった。
「本当に今日という日を迎えられて嬉しいですわ。お父様。お母様」
「ああ。本当にすごいよ」
我がことのようにみんなが喜んでくれて。
届いた制服を身につけて、入学式を迎えた。
「男女ともにネクタイなのね」
ネクタイの色が寮分けになっている。
寮生活をしている子もいるようで。私は通い。
で色は。
赤。
ゲームでもそうだった。
でこの色は、ライラ様の色で。
これもその時まで忘れてたんだけど。ライラ様寮長だった。
長だったわ。
で。
第一王子。リク・アベリア様は青で。隊長の子。グレナ・アキレア様も青。宰相の子。カノティエ・サンキライ様が同じ赤だった。
王子の側に控えてたから確認できた。
でライバルのカノン・フリージアは緑。
ちなみにフリージア家も上流貴族。
入学式だというのにすでに取り巻きがいる。
さすがです。
一応。入学前から何度が家の関係で、お茶会とか行ってたから見知った家の子もいるけれど、仲いいわけじゃないからなぁ。
これは前世の私もそうで。友達少なかったから、そもそも作り方事態微妙なところ。
とはいってもぽっち生活はだめ。たとえどのルートも選ばないにしても、ここでのつながりは絶対卒業後に役に立つ。
「ごきげんよう」
「ごきげよう」
声をかけられてパッとふりかえったら。
「入学おめでとうさん」
「ありがとうございます。その節は大変お世話になりました」
声に覚えがあったから、今度は驚かずに済んで。
「赤だな。俺の寮だ。もめごと……起こしそうにないタイプだな。よし」
覚えていてくださったこともそうだけど。
こういう会話してないんだよなぁ。ゲームでは。
完全一致ってわけじゃないのか。
なら。
ルートとか考えなくでもいい感じ?
あ。でも一応気にしとこうか。
よくある修正圧があるかもだし。
「よろしくお願いいたします」
あくまで入学生。
相手は上級生。
最高学年ではないにも関わらず寮長をつとめられているんだ。
それだけこの方の実力があるということ。
王族ってだけじゃない。ちゃんとしたものが。
だから敵に回してはいけない。
「ん」
さっと立ち去ってくださった。あまり長い事話をするのはよくない。
先輩に絡まれる一年生という図だもんね。
入学してから学園生活とっても楽しい。
魔法の勉強も、剣術も。
お母様に叩き込まれているのもあって、授業がそこまで苦じゃない。
「そろそろかな」
入学してからカノティエ様とは何度か話す機会があった。とても穏やかな方で、お声が好き。図書館でよくお姿を拝見するのだけれど、これも魔法で確認している。
出会ったのは仕方なくだった。
図書館にいるのはわかってたけど、回避できなかったんだよ。私も用があったから。
だって!
絶版になってる作品が図書館には所蔵されてるってことだから。これは読書女子としては逃せないわけで。
で少女漫画や乙女ゲームらしい、同じ本を手に取るというイベントが発生したわけだ。
「どうぞ」
「あ……。いえ。先輩もお読みになりたいと手を伸ばされたのでは?」
制服の右襟に星が二個。学年の数だけある。
「いや僕はいい。君が手を伸ばしていたから」
確かに少し高くて背伸びしていたけれど。
「ありがとうございます」
受け取って、にっこりと笑う。
「いや。構わないよ」
それがきっかけ。
ほんと少女漫画か。
まあキャラデザ好きだったし、ポジションも好きなんだけど。
なんでか私。こういうゲームの時って攻略キャラにいないのが最推しになるし、誰?ってなりがちのキャラ推すんだよなぁ。
「この本もおススメかな。以前この作者の本を読んでいただろ?」
ほんとよく見てるわ。
「ええ。好きな作者様で。屋敷にもありましたので」
もっぱらお互いの読む本についての会話だけ。
緩やかな空気が漂う。
単純に先輩として好きだな。
「よく二人で話しているな」
と邪魔をしてきたの声。
「リク」
スッと立ち上がって、距離をとった。
「気にしなくていい。学園ではみな同朋。上下はない。それゆえ家名で呼ぶことはないだろ?」
王子の言葉に、恐れ多いという空気を出しておく。
「リク様。お初おめにかかります」
「楽に。クラスも寮も違うからなかなか会う機会も話す機会もなかったが。よくカノティエと話している姿をみた。カノティエがあまりにも楽しそうに話しているものだから、声をかけてしまった」
「本の話をしていて。リクやグレナはあまり読まないから話ができなくてね」
「どうせ俺は剣術馬鹿だよ」
側に控えていたグレナ様。
いつも一緒だから、どちらかの姿が見えたならもう一方もいると確信している。
「自覚があるのなら、少しは読むべきだよ。近衛隊にも書簡はよく届くだろう」
「父さんが目が痛くなるといっていた」
「そんな年ではないだろ隊長」
仲睦まじく話をされるあたり。一緒にいる時間の長さを感じられる。
さて。
これで四人全員とお話をしたと。
こっからだ。
こっから、同じく寮もクラスも違うカノン様と仲良くならねば。
「すまないね。騒がしくなってしまったね」
「いえ……。皆様仲がよろしいようで」
「ああ。物心ついた時から一緒にいるからかな。兄弟のようだと言われたこともある」
嬉しそうに笑われる様子に、ああ。こういうところは推しである。と思った。
そんな仲良く話している姿を見られたせいで、さっそく翌日嫌がらせを受けた。
いや。そこにいるのはわかってたよ?
さすがに誰かまではわかんなかったけど、魔法のおかげなのか何なのか、単純に人の気配の探知力高いんだよな。
でされた嫌がらせっていうのが。
これまたちっちゃい。
机の中に白紙がぐちゃぐちゃに丸められて入ってた。
何個か。
もったいない。
何かの裏紙とかにすればいいのに。
丁寧に伸ばして、借りている本に挟む。
少しはしわものびるだろ。
……クスクス。
「なにあれ」
「貧乏なのよ」
「貴族とはいえ名ばかりだものね」
「勉強しか取り柄がないからでしょう」
「あの紙つかって勉強するのでは?」
「きれいな紙を使えばいいのに」
……聞こえてますよー。
はあ。
面倒だわ。
貧乏?
別にいいし。
使えるものをつかって、何が悪い。
環境第一。
こちとら前世で言われとんじゃい。
ハンコなくせ。電磁媒体つかえ。紙での保存をへらせ。って。
それからいくらかのいやがらせを受けるようになったけれど。どれも程度の悪いものばかり。何がしたいのかわからない。
「なにもいいかえさないなんてね」
「哀れにみせてるのよ」
「それね」
「そうしたらきっとリク様たちが助けてくれるって思ってるのよ」
「あの方があんな子見るわけないのにね」
「そうよ。リク様にはカノン様がいるんだから」
!
カノン様ときたか。
こういういやがらせはゲームではなかった。
だってカノン様はそういう子ではなかったから。
全部が全部ゲームそのものというわけではないけれど、でも一度だけご挨拶したときに感じたことだけど、カノン様、めっちゃいい子だった。いろいろ言ってる子たちカノン様の取り巻きってわけじゃないのに。
ということは、カノン様の名前を出してはいるけれど、単純に私が話をしているのが嫌だったと。身分の低いものが尊き方に近づいて、玉の輿狙っているってそれがあさましいということね。
聞こえてくる内容としてはそれがいいたいようで。
こういうときは無視。ただ流す。
問題を起こして退学になんてなったらもったいない。
「どうだ新生活は」
カノン様を探そうと教室をでたところで、ライラ様にあった。
「ライラ様。ごきげんよう。とても楽しいですわ」
「そうかそうか。ならええよ。なんかあればいえよ? 寮長だからな」
見回りなのだろうか。ご自身の学年の廊下でもないのにお姿を拝見する。
ひらひらと手をふってすれ違って。
さて。気をとりなおして。今日は目当てのカノン様に近づくんだ。
「ふぅー」
目をとじて探す。
「いた」
温室にいらっしゃる。
それも一人だ。
よし。
走らない程度にすたすたと進む。
「あら。ごきげんよう」
少し驚いた様子で声をかける。
誰もいないと思ってきたのに……というように。
「ごきげんよう。……ネモフィラ様ね」
「あぁ……。覚えていてくださっていたんですね。ありがとうございます。カノン様」
ベンチに腰かけておられる。
「失礼しても?」
横に目を向けると。
「ええ。どうぞ」
にこやかに笑ってくださった。
「ありがとうございます」
スッと座ると、こちらを見ている。
何かある?
「いかが……」
「大丈夫?」
「え」
スッと手が伸ばされて、私の頬に触れられた。
その手はとても温かくて、まるで割れ物に触れるかのように優しくなでてくださった。
「いじめを受けているでしょう」
……。
隣のクラスにまで知られている?
だとしたら先生たちの耳に入るのも時間の問題だし、きっとあの二人にも届くだろう。
それは面倒だな。
あの子たちが言ってたように何かしてくれることを期待しているわけではない。何かあった場合、赤の責任となったら、寮長であるライラ様に迷惑をかける。あれから、何度かすれ違ったりすれば挨拶をする程度ではあるけれど。問題を起こすタイプではないという評価を崩したくない。
「……ごめんなさい。よんでしまったわ」
よんだ? まさか魔法?
確か、記憶や感情、心を読むといった類のものがあることは授業で言われていたけれど、高度なものだし、消耗する魔力量もかなりのものだから固有魔法として所有している人はほとんどいないといわれている。
だから今発動したのであれば、なにかしらの動きがあったはず。
私であれば、目をとじるとか。決まった動きが。
「私ね。触れた相手の記憶を読むことができるの。といっても数時間前までだけど」
……。固有魔法がそれか。それはまた……。
「失礼なことをしてしまってごめんなさい。……でもここにいることは誰にも言ってなかったし、あなたが隣にといったものだから、何か魂胆があるのかもって思って」
……警戒されていたとは。
それもそうか。と納得した。
挨拶程度しかしたことのない人間がやってきて、隣に座って。
ましてや、カノン様は王妃候補とも言われていて、王子とも関わりがある。そんななかで仲良さげに話しているとされていやがらせを受けている奴がきたら、そりゃあ警戒もするか。まあ。いやがらせの事は今知ったってことは、王子とのこともどこまで知ってるかわからんけど。
「いえ。……警戒は正しいですわ」
目を伏せる。
「え」
離れていく手が名残おしい。
とってもやわらかかった。
「実は。探していましたの」
ここは押し切る感じで。
「私。カノン様とお話してみたくて」
親しくなるためにカノン様の様子は見ていた。
「カノン様、刺繍をされていたでしょう? そのお姿がとてもきれいで……」
気持ち悪いか。
でも本当にそう思ったんだもん。
見ている中で、放課後、ご自身の席でされていた。
夕日がバックで、その若葉のように鮮やかな緑色がとても美しかった。
「ああ。ええ。刺繍が趣味なの。……これがそうね」
ちょうど作業をされていたようで、脇に片されていた道具をみせてくださった。
「私も母に刺繍を教わったのですが、なかなかうまくできなくて」
たしなみだと言われて自分の名前の花を練習したけれどって感じかな。
「フリージア……ですか?」
途中だったけれど、それは家名の花だった。
「ええ。小物にはこの花を刺繍しているの。私の持ち物だとわかるように。だから練習ね」
かわいい。
きれいに作られる。
「とてもお上手ですね」
そういって目を合わせると。
「……いかがされましたか」
「……口調。くずしていいのに」
「え」
「同学年でしょう?」
「そうですが……」
いくら上下なし。家名なし。とはいえ。フリージア家と私の家では。
「ネモフィラ」
いたずらっ子のような笑みを浮かべている。
「そう呼ぶわ。だからあなたも。カノン」
呼び捨て……。
これは相当なことだ。
そう呼べるのは自他ともに認める友人関係ぐらいじゃないと厳しいのに。
「……よろしいのですか?」
「ええ。だって話してみたかったんでしょう? それに」
声をひそめられた。
「私。いやがらせに対してあなた、つぶやいていたでしょう? ただ流すって。とても強い方。私も興味をもったの」
驚いて目を見開いてしまった。
無意識につぶやいていたことだ。
どうやらゲームでの記憶はあてにしない方がいいようだ。
再度そう思った。
だって。カノン様、そういうこというタイプではないって印象だったから。
「では。……カノン」
「はい。ネモフィラ」
とりあえず、仲良くなれたようで。
それから二人で会うときは決まってこの温室のこのベンチになった。
「ここ。誰も来ないのよ。だから一人になりたいときや集中したいときに来るの」
「お邪魔じゃない?」
「大丈夫よ。なぜかしらね。ネモフィラってあまり音がしないのよ」
……音?
「物音……という意味? そんなに静かに動いているつもりはないのだけれど」
「そういうものあるのだけれど。多分ネモフィラの人柄ね」
人柄……。
「ほら。おしゃべりな方とか声が大きいから。身振りが大きい方って。何もしていなくてそこにいるっていう存在感がなくて?」
ああ。そういうことか。
「わかるわ。確かにそういう方いらっしゃるわね。もしかしてなのだけれど」
すでのカノンが固有魔法について説明しているから私も手の内をあかそう。
「まあ。どこにいるのかわかるの? 確かにそうであれば、自身の存在が探知に影響するというもの考えられなくはないわね」
「このあたりにいるということしかまだ、わからないの。例えば、この温室であれば、温室のあたりといったようで、この場所とまで特定はできていない」
「でもすごいわ。……ねえ。お願いがあるのだけれど」
こうして仲良くなってから、いやがらせはなくなって。四人ともそれなりに話は相変らずする程度。まだ二人きりというのはカノティエ様だけ。といっても数える程度だし、図書館前ばっかり。
「カノティエ様の居場所ってわかるのかしら」
こうして仲良くなったから、確信を持ったのだけれど。
どうやら、カノティエ様のことが好きらしい。
王妃候補と噂されているけれど、王子であるリク様ではなく、カノティエ様のほうらしく。とてもいい趣味をしていると思う。
王子もライラ様同様の見た目だけれど、少しばかりおつむが弱いみたいで。王になるために日々勉学に励んているようではあるが、それでもライラ様が学年トップで剣術も学年で五本の指に入るほどの腕前で、魔法も炎関係のもので威力もすさまじい。前に実技の時に拝見した。迫力もあるし、なにより動きにむだがないらしく、グレナ様がお父上である隊長も舌を巻くほどといっていた。
どうしても近くにできる親族がいると比べるのが人の性というもので。王族であればなおの事だろう。本人は頑張っているし、グレナ様も一緒に頑張っているとか。
ああ。確かに。
カノティエ様とカノンが並んでいる姿を想像した。
とってもきれいだし似合っている。
カノティエ様の空気感ならカノンも合うだろう。
でも当の本人の意思を無視して、噂が飛び交っていると。
「わかるけれど。カノティエ様なら図書館におられることがほとんどよ?」
「まだ。候補というは噂よ。噂だからいいけれど。王命で婚約が決定してしまったら、それに従うしかない。この気持ちを持ったままリク様のおそばにいることは、失礼に当たると思うの。だから」
噂だし、明確に候補だと言われているわけではない。周りのかってな言い分だと。
だから今なら最悪当たって砕けろ。ということ?
「でもまだ王命がないとはいえ。大丈夫なのかしら?」
「だから。自然な流れでお近づきになりたいの」
「ちょっとまってね」
目を閉じる。
「……うん。図書館におられるわ」
「ありがとう」
そういって花が咲いたような笑みを浮かべている。
こういう話をするぐらいには仲良くなった。
「あ」
でもすぐに暗くなった。
「どうかしたの?」
「……カノティエ様と仲がいいのよね?」
恐る恐る私を見ている。
……読めばいいのにそうしないのは私を友人と見てくれているからか。
「カノティエ様とは読む本のことでお話が合うだけ。とてもよい先輩と思っているわ」
「なら。リク様?」
どうやら話している姿を見たことがあるようで……。
そんなに私はあの中で楽しそうに見えるのだろうか。
確かに聞いている分には楽しい。
仲のいい友達の会話が繰り広げられていて。そこには確かに上下がない。とてもフラットな関係性を見ることができる。
「リク様もちがうわ。確かにお話させていただくことはあるけれど、決まってカノティエ様やグレナ様も一緒よ。第一王子とだなんて。考えたこともないわ」
苦笑してしまう。
今のところ明確なルート発生はしていない。
いやがらせのことは耳に入っていたようで。カノティエ様とライラ様からは声をかけられたけれど、私が無視をするといった時はカノティエ様は驚かれて、ライラ様は豪快に笑われた。
「そういう考え俺。好きだな。いいぞ。無理になったらいえ。寮長として寮生を守る」
「無理だけはしないようにね。学園ではみな平等だから」
とてもお優しい方たちだ。
「なら……。グレナ様? こういってはあれだけれど。グレナ様とは趣味とかが合わないと思うのだけれど。……ああでも。強い方よね。そういった方がいいのかしら」
「グレナ様も実技で拝見したけれど、剣術の腕前は隊長であるお父様ゆずりだと皆様おっしゃってたわね。ああでも。私自身がそこまで剣術について理解があるわけではないから。二人でのお話はしたことがないわ」
それぞれのルートを疑われているけれど、どれもないのである。
まあみんないい人だし、恋仲になればきっと大切にしてくれるんだろうけれど。根本が合わないんだよな。
「ふふ。そう。ならよかったわ。……ならどなた?」
「え」
安心したように笑ったと思ったら、首を傾げられた。
「ネモフィラがいやがらせを受けているとき、聞こえてきたのだけれど。反撃も何も反応をしないことに対して、あなたが慕う方がいて、その方に同情をひこうとしているから何もしないのだって」
そんなこといってたわそういえば。
カノンと仲良くなったからすっかり忘れてたし、正直聞いてなかった。
いや聞こえてたんだけど、通り過ぎてたことだ。
「もしかして、ライラ様? ご迷惑をかけたくなくてとか?」
確かにそれはあったけどー。
「ライラ様は寮長だから、ご迷惑をかけたくないというのはあったわ。ライラ様とも何度かお話をしたことはあるけれど、あの方、気さくにどの生徒とも接するから私が特別だなんて勘違いしたいなどはないわ。尊敬する先輩の一人よ」
ライラ様ルートも消しておこう。
「確かに。ライラ様はそうね。私も寮は違うけれどお声かけいただくことはあるわ」
あの方他寮にもそうなんだ。
そりゃあ株高いし、人気もあるわ。
実際、女子生徒からの人気すごいもんな。
正直王子よりある。
「なら……。慕う方事態いないということ?」
「ああぁ。それは……」
どうしよ。
ここでだす?
流れとしてはあり。
それにここでいえば、カノンが繋いでくれるかもしれない。
「お慕いしている方はいるわ。でも。見ているだけでいいの。その方が幸せであればいいなって思っているわ」
そうだ。
私の最推しはそういうお慕いんだ。
「控えめなのね。誰か聞いても?」
なんか女子トークって感じでたのしい。
「実は……。カノンのお兄様」
「えっ! お兄様? キースお兄様のこと?」
「……ええ」
はずかしい。
思わず両手で顔を隠した。
「ああ……。お兄様とかかわりあったかしら?」
首を傾けて考えている。
「きちんとお話したことはないわ。……遠目で拝見したぐらい」
そうまだ実際話したことはない。
ゲームの中のお兄様の記憶がきっかけだけど。遠目で見ててガチ恋してしまったのだ。
めっちゃ笑った顔が好き。
「……身内のひいき目が入っているとはいえ、お兄様は今話題に上げさせていた方たちと比べたら、見目も学力も剣術もそこまでではないわ。ネモフィラのように、優秀な子であれば、もっとよい方がいると思うのだけれど」
「そうかしら……。キース様。とても空気が柔らかいでしょう? 穏やかだし、ゆったりとされていて」
見た目はカノンと似ている。
髪色は同じだけれど、瞳の色はカノンの物より少し暗めで。笑われる時、少し首を傾けられるしぐさがほんと好き。めっちゃ似合う。
キース様は次男とはいえ、私の家に婿でくるというのは考えられない。だから見てるだけでいい。そう思っている。
「ああ……。ネモフィラが思っているような人ではないかもしれないわよ。お兄様、確かにお話は合うと思うけれど。……今度会ってみる?」
「いいの?」
「ええ。……その代わりといってはだけれど」
「わかっているわ。カノティエ様ね」
ふふふっと二人で笑った。
「ええ。お願いするわ」
私とカノンは互いの恋を応援することになった。
まず、私が一緒にカノンと図書館にいって、カノティエ様の近くを通った時にご挨拶をした。そしたら、向こうから声をかけてきた。
やっぱり宰相の子だから、耳に入っているだろう。噂だけど候補だもんね。
「ネモフィラ様とカノン様は仲がいいんだね」
少し意外そうな声色。
別に隠していたわけではないけれど、二人でいるときは決まって二人っきりだからそう思われるのも仕方ない。
「ええ。共通の趣味がありまして」
「寮やクラスを超えて交友関係を築くのはいいことだね」
いつもの穏やかな笑顔を浮かべておられる。
そっとカノンを見たけれど、気のせいだろうか。少し顔が赤いぞ。
「カノン様。赤の生徒と仲良くしてくださってありがとう。君はいつも多くの生徒に囲まれているけれど、ネモフィラだけなんだね。今一緒にいるのは」
こちらもよく見ておられる。
「……ええ。ネモフィラはとても空気が静かだから。二人でいたいなと思って」
声かわいい。
いやいつもかわいいんだけど。
好きな人前だと人ってこんなにもかわいくなるんだ。
「わかる気がするよ。他とは違う空気感があるようだね。関わりのない二人だと思っていたけれど。こうして並んでいる姿はとてもしっくりくるよ」
「ふふふ。嬉しいです。そう見えて」
ああ。
二人の微笑み合い。
見てられるわ。
「両手に花か? さすが宰相殿のご子息はやり手だな」
この空気を茶化した声が壊してきた。
「ライラ様」
私とカノンはスッと一歩下がって、頭をさげた。
「いいって。邪魔したな」
「両手に花ですか。自分には美しすぎる花ですね」
「一輪くれるか?」
「僕のものではないので。こちらの花々がどう判断されるかです」
軽口にたしなめるような声色で返している。
「それはそうだが。……うーん。どっちも俺を選びそうにないな」
「身に余ること。恐れ多いですわ」
「右に同じです」
目を伏せたままカノンが答えたから、私もそれにならった。
「美しい花にはトゲがあるというが。どうやらそれは本当のようだ。安心しろ。後輩に手を出すようなことはしないさ。寮が違うとはいえ、寮長は学園の生徒全員を守るのが務めだからな」
そういうとじゃっと片手をあげて、その場を後にされた。
こういうところがかっこよくて、攻略楽しかったんだよな。
強くて賢くて、平等で。魅力的な方。
「ふう。あの方はああいったところがありますが、最後のが本心でしょうね。リク……様の世となった時はきっとお支えくださるでしょうね」
王位継承権がなくなっているわけではないが、順位としてはリク様が上だからか。王になる気は確かゲームの時はなかった。あの空気からして、たぶんないんだろう。カノティエ様がこういったのもそれがあるからかな。
「とても面白いかたですね。緑の寮長とはまた違った寮長ですね」
「ああ。緑の寮長はとても厳格な方だと聞いているよ」
そうなんだ。
あまり他寮のことまで、気が回ってなくて知らないことが多い。
というか、いやがらせの事もあって、友人といえるのはカノンだけなんだよな。
「呼び止めてしまって悪かったね。では。ごきげんよう」
「いえ。……ごきげんよう」
「ごきげんよう」
図書館に戻られる姿にカノンの眼がまっすぐ向けられている。
恋する乙女ってほんとかわいい。
「……お話できたわ」
温室でいつものようにベンチにすわった。
顔が赤いのが本当にかわいい。
「図書館におられることが多いと思うわ。私はそこでお会いすることがほとんど。これで認識もしっかりされただろうから、次は一人で話してみる?」
「できるかしら」
「大丈夫よ。カノン。とってもかわいいもの」
言わなかったけれど、私の感覚としては、カノティエ様、カノンの事好きだわ。
確実に私に向ける視線と違ったもん。
私にはどちらかと言えば話の合う後輩だった。
でもカノンは違うものがあった。
それが好きなのかはあくまで私の感覚だけれど。
「ありがとう。次は私の番ね。明後日。急だけれど、休日でしょう? お茶にうちにどうかしら」
お茶のお誘い!
「いいの? ええ。お兄様もお屋敷におられるっておっしゃってたわ」
「はぁ……。ありがとう」
そして当日。
「あのフリージア家のお嬢さんと仲良くなったとは。驚いたよ」
「友達の話をしないから、いないのかと心配したわ」
……お母様ごめんなさい。
さすがに校外にまでは、いやがせのことは届いていないようでよかった。
……でもなんでおさまったんだろう。
飽きたのかな?
「お菓子はこちらを持って行って。でお洋服はこれなんてどうかしら」
朝から準備がすごい。
髪飾りも少しだけ派手なもので。
着飾ってる感が強い。
「友人のお宅にいくのよ。仰々しくないかしら」
「……確かにそうね。やりすぎてしまったわ。ごめんなさい。つい」
「ううん。とってもどれも素敵だからつけたくなるわ」
お母様が私以上に喜んでウキウキで着飾ってくれる。
が結果として、余所行きだけど華美になりすぎないようにっと調整していたところで、お迎えが来てくれた。
「では行ってまいります」
迎えの馬車を用意してくれるなんて。さすがです。
「ごきげんよう。いらっしゃい」
「ごきげんよう。お招きいただき光栄ですわ」
ふふふっと笑って。
「さあいきましょう」
私の手をとって走り出した。
カノンって走るのね。
よかった。最初に比べたら動ける恰好だからついていける。
「さあ」
連れていかれた場所は庭園の中。
東屋かな?
すでに机にはスコーンやクッキーなどの焼き菓子が並べられていて。
「これ。よかったら」
持たされていたお菓子をわたす。
「ありがとう」
「ご両親は? ご挨拶……」
家主にご挨拶しないとと思っていったら。
「二人とも旅行ででているわ」
「え」
「いつものことよ。屋敷のことは他の人に任せて。二人は旅行ばかり」
さも当然のように。
「……そう。なら会えた時にまたご挨拶させてね」
「ええ。さあすわって」
お茶会がはじまった。
といっても二人だけだし。
カノンも堅苦しいのはいやといって、マナーとかはあまり気にしないといった。
今まで参加したことあるお茶会は家がついて回っているようなものだったから、みんなシャキッと動きが硬かった。とても気疲れしたのを覚えている。
「ああ。ここにいたのか」
人が近づいているのは気づいていた。
「お兄様」
私にとっては背中側。
カノンの言葉にスッと立ち上がって。
「お邪魔しております。ネモフィラ・フィリップと申します」
先に名乗った。
「ああ。君がネモフィラか。カノンと仲良くしてくれているようで。ありがとう。キースです」
ああ。……この声だ。
ゆっくりと顔を上げると、とても穏やかな笑みをうかべておられた。
「いえ。こちらこそ。カノン様にはよくしていただいて」
「お兄様。ネモフィラね。とっても読書が好きなの。図書館によくいるのよ」
「そうなのかい? 僕も図書館は行くけれどまだ、会ったことはないね」
カノンが横に並んでいる。
よく似ている二人だ。
「カノンとはクラスも寮も違うと聞いているけれど。カノンが誰かの話をすることはほとんどないんだよ」
「お兄様?」
「カノンはいつも多くの生徒に囲まれているようだけれど、その生徒たちのことは話さないのに、ネモフィラのことは話してくれるんだ。とてもいい友人ができたようで、兄として安心しているよ」
「お兄様!」
どうやらこれは暴露らしい。
「私の事をどのようにカノン様がお話されているか分かりませんが。カノン様と仲良くなれて私はとても嬉しいです」
「よかったよ」
妹思いのお兄様。
遠目で見た時と同じ、傾けられた笑顔のしぐさをこの距離で見られた。うれしい。
「もうお兄様! ……ネモフィラ?」
「ふふふ。ありがとうカノン」
こうしてみると妹のところがあるんだなって思った。
いいな。
一人っ子の私としては兄妹の姿はとてもうらやましい。
「今日は父も母もいなくてね。あと長男。もう一人上がいるのだけれど、母たちと一緒に出掛けていてね。挨拶ができずすまない。楽しんでいってくれ」
「ありがとうございます」
「お兄様。どうだった?」
二人になってから、カノンがふってきた。
「とってもかっこいい」
素直な意見がでた。
「そう。ならよかった。……先に言っておくのだけれど」
ここで声を潜められた。
……なに? 怖いが。
「ネモフィラのこと、お兄様に友人として話をしているのだけれど。お兄様。今日招く前からネモフィラのこと。確認したようなの」
……雲行きあやしくないか。
確認?
「私が話をしないっていってたでしょう? だからどんな子なのか知りたかったみたい。それがちょうどいやがらせを受けているときだったのだけれど」
あのときかぁ……。
印象悪い気がする。
「いやがらせがいつの間にかおさまったでしょう? 多分なんだけど」
え……なに。
「あれお兄様が動いたと思う」
「どういうこと?」
てかそれなんで今いうの?
「お兄様ね。私の友人が困っているのはダメだって。いやがらせしていた子たちに遠回しに私と仲がいいって流したみたいで。いやがらせの主犯を私にできなくさせたうえで、あくまで王妃候補も噂でしかないってことを再度流したみたい」
「それだけでおさまるものなのかしら? だとしたらお兄様の影響力すごいわね」
「うん。我が兄ながら少し引いたわ。でもそれでネモフィラが守られたんだって思うとお兄様には感謝しているわ。……でね。これは私の勝手な感覚。友人ってだけじゃないと思う。ネモフィラだからだと思うわ」
「え……」
「がんばって」
そういってカップをくちに運んでにっこりと笑った。
……。
怖い兄妹かもしれない。
お互いそれぞれの相手と接触がすんだところで。
ここからはお互い自分の力でとなった。
図書館にいるということだったけれど、そこにいくとカノティエ様のお会いする可能性が上がるので、別の場所にいるときに探さないと。
「えーと」
……いた。
さて行きましょう。
居場所は中庭。
広いんだよな……。
まあいっか。散策がてらさがそう。
「いいかおり」
きれいに整えられている中庭は季節の花が咲き誇っている。
「ネモフィラ様」
声をかけられた。
この声は。
「キース様」
右から声をかけられて、スッと頭を下げた。
「散策ですか」
「ええ。とても手入れの行き届いた中庭なので。せっかくですし」
「確かに。とてもきれいですね」
「先日はお世話になりました」
「いえ。楽しんでいただけましたか?」
「ええ。とてもお庭がきれいで。あの後散策しました」
「そうですか。庭師に伝えておきます。きっと喜びます」
近くまでいった。
お一人なのは確認していた。
……座っていいのだろうか。
「休憩されますか。僕でよければご一緒しても?」
先に提案してくださった。
「よろしいのですか? ありがとうございます」
顔がにやけるのを抑える。
「今日は天気がいいですから、より庭もきれいに見えますね」
「ええ。そうですね」
お屋敷でお会いした時と変わらない空気感。
安心する。
とても空気がゆったりとしていて、心地いい。
「あの後カノンに叱られました」
「そうなのですか?」
「ええ。あなたのことをあの子があまりにも楽しそうに話すものだから、とても嬉しくてね。ついそのことを話してしまったよ。あの子と仲良くなってくれて本当にありがとう」
「いえ。こちらこそ。カノン様には本当によくしていただいて。クラスも寮も違いますが、カノン様はとても優しい方です」
「妹のことそういってもらえて嬉しいよ」
カノンの事を話しているときは、本当に兄の顔をされている。
「ネモフィラ様」
「はい」
「これからもカノンのことよろしくお願いいたしますね」
完全に妹の友人枠だ。
そう痛感した。
カノンはネモフィラだからだと言ってくれたけれど、純粋に妹思いの兄でしかない。
カノン。
私は無理だわ。
推しに戻ります。
ただただこうやって妹の友人枠でこれからもお話します。
そう誓った私だけれど。
一方でカノンのほうはうまくいっているようで。
「ネモフィラ」
「どうしたのカノン?」
いつもの温室での二人の時間。
あれからどれくらいたったかな。私の方はあきらめたけれど、それでも認識を消されたくないから、時々会うようにしている。
「私、カノティエ様から告白されたの」
「おめでとう!」
それはすごい!
「ええ。お話を何度かさせていただいたのだけど。とってもお話が合って。それで先日……」
「お返事したの?」
「……まだなの」
「どうして?」
二人で話をしている姿を見たけれど、とってもお似合いで。二人とも楽しそうに見えた。
カノンもカノティエ様を話した日はとてもふわふわしているところがある。
「候補の噂。お父様とお母様がお話されて。もしかしたらあるかもしれないって」
「なら尚の事急がないと」
「でも! カノティエ様きっとそのことをお耳にいれたら、なかったことにされるわ。リク様のこととても想っておられるから。引かれる可能性がある」
「でもそれはカノンが王妃を望む場合でしょう? それに候補ってだけで決定じゃない。なら今のうちに両家決めてしまうべきよ」
「できるかしら」
「カノティエ様とお話してみたら? ……うん図書館にまだおられる」
「ほんと?」
「うん。ちゃんと話すべきだよ」
カノンには幸せになってほしい。
それをキース様も望んでいる。
いつも言ってるから。
「ええ……。行ってくるわ。ダメだったら。慰めてくれる?」
「もちろん」
「ありがとう」
パッと温室を出ていくカノン。
……。
…………。
「うまくいきますように」
それから私は待ち続けた。
温室で。
今日もまだカノティエ様にも、カノンにもキース様にも会わずに放課後になって。
「カノン……」
来るだろうか。
「待ち人くるか?」
「リク様」
思いがけない人がきた。
「ネモフィラ様に聞きたいことがある」
「お答えできることであれば」
スッと立ち上がって、目を伏せた。
空気が重い……。
「カノン・フリージアと親しいようだな」
「よくしていただいております」
「その花の娘か」
……。質問の意味はなんだ。
そこを正しく理解しないと。
「……ええ。まさにフリージアのような方です」
その花のように憧れの、愛される人だ。
「そうか……。わかった」
それだけいうといなくなられた。
……なんだったの?
「臣下の妻になるかもしれないものの調査か」
次に登場されたのはライラ様だった。
今日は入れ替わり立ち代わりか?
「いい返答だったと思うぞ。初めて会った時に思ったが、優秀なのは間違いではかなったようだな。寮長として安心だな。あいつもいい臣下をもったよ」
「ライラ様。何があったのですか」
答えてもらえるかわからなかったけれど。
臣下の妻。
この単語は聞き捨てならない。
「本人から言われれるだろう。お前も。自分の気持ちに正直になるように。これ。先輩としてのアドバイスな」
またじゃっと手をあげていなくなられた。
……。本当に何なのだろう。
……正直に……か。
「ネモフィラ? いる?」
「カノン」
カノンの声がした。
待ち人来る。
「ネモフィラ!」
目があったと思ったら、パッと駆け出してきて、ぎゅーと抱きついてきた。
普段のカノンだったら絶対にしない行動だ。
「私。私……。カノティエ様と……」
「うまくいったの?」
「うん……。お父様もお母様も。カノティエ様のご両親からも。……こんど正式に婚約発表があるわ」
この数日でそこまで話を固めたか。
カノティエ様が動いただろうか。
宰相の家ともか。
フリージア家は安泰ね。
「おめでとう。カノン」
「うん……。うん。ありがとう」
涙を流しているけれど。
うれし涙は日に反射してカノンをより一層キラキラとさせている。
後日。
カノンが言ってた通り、二人の婚約の話で学園は持ちきりになった。
「おめでとうございますわ」
「カノン様」
囲まれているカノンを見て。
嬉しそうに周りのお祝いの言葉に対応している。
「幸せそう……」
お祝い一色。
そして名家同士、優秀な生徒同士の婚約ということで、騒ぎにもなっている。
少し一人になりたくて、探した場所が、中庭だった。
「ふぅ……」
とても静かだ。
……。
カノンどうやったんだろう。
背中を押したけれど。どうやって発展していったんだろう。
もう、恋愛の仕方もわからない私には難しい。
ゲームならイベントとか好感度とか選択肢とかでできるのに。
前世でもまともに恋愛してこなかったからなぁ……。もはやわからんってなってるけれど。でも。
「きっと嬉しいだろうな」
キース様も喜んでくれたってカノン言ってた。
前世の私は友達がほとんどいなくて。色恋の話をすることもなくて。だからカノンとの時間、とっても楽しくて。
本当に心から幸せを願う人だ。
「一人か」
「グレナ様」
誰か近くにいるのはわかってたから、だらけてはいなかったけれど、少しだけ力を抜いていたから、ゆっくり立ち上がってしまった。
「いい。かまわない。……たしか、カノン嬢と親しかったな。カノティエともよく話していたか」
「はい。お話させていただいています」
「喜ばしいことだ。互いの友人が婚約した。この国にとっても良いものだ。両家ともによい縁談だとなっている」
グレナ様の声が幾分か下がっている気がする。
「そうですね。カノン様がとても嬉しそうで、幸せそうで。なによりです」
「そうだな。……よい方とは思っている。カノティエの隣にいるにふさわしいと」
ん?
これはあれか?
とられて寂しいてきな?
「グレナ様とカノティエ様はとても仲がよいように拝見いたしました。ご友人のご婚約、嬉しくもあり、少し寂しいですね」
「え……」
「私は少し寂しいです。……取られたというのは違うのでしょうけれど。なんだか、少しだけ遠くなった気持ちです」
私は視線を下げているけれど、ジッとこちらを見ている。
「そうだな。……確かに寂しさはある。気がつけばいつも一緒にいた。俺はあまり勉強が得意ではないが、根気よく付き合ってくれた。剣術も得意ではないあいつは俺に付き合って一緒に鍛錬してくれた。リクのこともよく見ている。できたやつだ」
懐かしそうに微笑んでいる。
「あいつの幸せを望んている。あいつにとってこの婚約が望んでるものであることは知っている。リクの王妃候補としても噂されていた彼女だ。下手をすれば、王妃候補をうばったとなってしまいかねない。それをうまくやったということだろうけれど。そういうところが俺にはないものだな」
本当にうまくやったんだろうな。
王妃候補の噂が本格化しそうになっているところでのことだ。
きっとこの方たちにはそれぞれ耳に入ってたんだろうけれど。
「すまない。わすれてくれ。……大切な友人の奥方に、いい友人がいたようでなによりだ」
……。
カノティエ様は本当に良い方なんだな。
グレナ様はとてもまっすぐな方で、友人思いな方。
「……さて。温室にいこうかな」
騒ぎで二人で話をする時間ができてないから。今日あたり、温室で待ってたら会えるかな。
はあ。
ここまで人がいないところを選んできたけれど。
入学して初めて、学園の静かなところを探している気がする。
香りの圧がすごい。
普段は気にならないのに。今日は温室の花々の香りが重たい気がする。
「ネモフィラ?」
「カノン」
ベンチに座って待っていたら、来てくれた。
「おめでとう」
「ありがとう」
にっこりと笑ってくれた。
ああ。かわいい。
「ネモフィラのおかげよ。ネモフィラが背中を押してくれたから、カノティエ様とお話して。ここまでこれたわ。ネモフィラのおかげよ。本当にありがとう」
「ううん。カノンが頑張ったからだよ」
さっきまでのざわつきがなくなって、香りも軽やかになって。
「本当に嬉しいよ。カノン」
幸せそうなカノンをみて、心が穏やかになった。
「ふふふ。ありがとう」
本当にカノンかわいい。
「あのね。カノティエ様ともお話したの。カノティエ様のお立場があるでしょう? 婚約者である私の友人関係を知りたいっておっしゃったの。私もカノティエ様の親しくされている方に粗相があっては嫌だから、ご挨拶したいなって思っているわ。それでね。今度私の屋敷でお茶会をすることになったの。お互いの紹介したい友人を呼んで」
それは大事なことだ。
カノティエ様もカノンも家柄として、よくないかもしれない友人がいた場合それはよくない。それに友人を紹介することで、けん制にもなる。婚約者ですよと。
「そのお茶会にね。ネモフィラに来てほしいの。私の大切な友人として。カノティエ様の紹介したいの」
「いいの? 私で」
「ネモフィラがいいの」
まっすぐ見つめられて、手をしっかりと握ってくれた。
……。
「うん。ありがとう。お招き受けるわ」
「よかったー」
お父様とお母様は踊ってしまわれるのかというぐらい喜ばれた。
私がフリージア家と親しくしているということだけでもすごかったのに。カノティエ様ともご挨拶する流れに、天地がひっくり返ったかのような様子。
そのお茶会の日も、大騒ぎだったけれどどうにか抑えて。
「ではいってまいります」
「くれぐれも失礼のないようにね」
今回も馬車の迎えがあって。
私が一番についた。
「ネモフィラ様。カノンのために来てくれてありがとう」
迎えてくれたのはキース様だった。
「キース様。この度はカノン様のご婚約。おめでとうございます」
「ありがとう。君に祝ってもらえてあの子もとても喜んでいるよ」
案内をしてくださって。
少し後ろをついて歩く。
……。
とても静かで。
穏やかで。
緩やかで。
……ああほんと。
好きだな。
久しぶりにお会いした気がする。お姿は拝見していたけれど。
面と向かってお話して、この距離でお姿を見て。
やっぱり好きだと思った。
前世の私の記憶は、推しだった。
でもこの世界で、初めてお姿を見たのが、中庭におられる姿だった。
ベンチに座って、涼んでおられた。
それだけなのに。
そこだけ光り輝いていた。
「ネモフィラ!」
前にお茶をした東屋から飛び出してきた。
今日の服もかわいい。
ゆったりとしたスカートが髪色と同じでとても合っている。
「カノン。とてもかわいいわね」
「ありがとう。ネモフィラもかわいい」
「ふふふ」
「お兄様。お兄様もあとで来てくださいね」
「ああ。わかっているよ」
「もう少ししたら、カノティエ様たちも来られるわ」
「ねえ。その前にご両親に」
「今日も旅行なの」
「え」
「本当にごめんなさいね。お父様もお母様もネモフィラに会いたがっているのだけれど、いつもいつも合わなくて」
……。
「大丈夫よ。お忙しいのね」
ちょっと不審に思ってしまったけれど。
フィリップ家とは違って、きっと旅行という名のお仕事なのだろう。
貿易関係が家業と聞いているからそれなんだろう。
でも……。そんないない日にお茶会だなんて。
「私たちだけ時間にしたくて。ほら。大人が入ると、大人の話になってしまうでしょう?」
私の疑問にそういたずらっ子のような笑みを浮かべてこたえた。
「カノンとカノティエ様がいいのであれば、いいけれど」
二人のことなのだから、二人が良ければそれでいい。
「ありがとう」
と二人でいると少しして、カノティエ様たちが来られた。
ご一緒なのは。
「リク様。グレナ様」
二人で深く礼をした。
「ああ。いい」
軽く返されて、それぞれ席につかれて。
「よい庭だな」
グレナ様があたりを眺められていった。
「ありがとうございます。丁寧な仕事をしてくれています」
「今日は、来てくれてありがとう」
カノティエ様がカノンと顔を合わせてにっこりと笑った。
「僕たちの婚約の事は知っていると思う。お互い、大切な友人を紹介しておきたいって話になって。それで僕は、リクとグレナを」
「私、カノンはネモフィラを」
それぞれを紹介してくださった。
といっても、もともと見知った顔ではある。
「話を聞いて、誰を連れてくるかと思ったが、ネモフィラ様だったとはな」
「このような場にいることができて、光栄にございます」
目を合わせない。
学園では上下はない。だからみな平等に様と呼ぶけれど、さすがに王子に呼ばれるのは慣れない。
「私の大切な友人ですもの」
カノンが私の方に体を傾けて。
「ネモフィラは特別ですわ」
そういってくれた。
「僕も二人にちゃんと、カノンのことを紹介したくてね。それに、カノンの友人のことも知りたかったんだ。学園では寮もクラスも違うからね。君の横に信用できる人がいてくれることがうれしいよ。ネモフィラ様。カノンのことお願いするね」
カノティエ様がほほ笑まれて。
「滅相もございません。私のほうこそ、カノン様によくしていただいています」
談笑しているとからからと何かが運ばれてきた。
「お兄様」
キース様が紅茶のお代わりをもってきてくださったのだ。
「ご挨拶がおくれ、申し訳ありません。キースと申します。この度は妹のためにありがとうございます」
誰よりもきれいな挨拶をされて、私はつい見惚れてしまって。
「お兄様もはいって?」
「いや。僕はいいよ。せっかくの友人との時間だ。大切にしなさい。……それでは、ごゆっくり」
すっとたちさられてしまった。
「キース様。兄上だけれど、学園で何度かお見かけした。温和な方と」
「剣術はそこまで得意ではなく、本を読むほうが好きだといつもいっています」
「だが、体の動かし方はいいと思ったぞ。最小限の動きをというのを感じられた」
グレナ様の眼にそううつったということは、それを意識されているのだろうか。
……剣術か。私は本当に護身程度。
カノンは私よりできる。
この場で一番何もできないのは、私だろう。
と自分の事を卑下しながら、それでもお茶会は穏やかに過ぎていった。
「ネモフィラ。どうだった?」
「失礼はなかったかい?」
お父様とお母様の開口一番それだった。
「ええ。大丈夫でしたわ」
にっこりとわらった。
それに安心したように胸をなでおろして。
「今日は休みますね」
学園のご婚約お祝いも落ち着いて。
「お兄様とはどうなの?」
二人の時間は変わらず作ってくれるカノンの質問に曖昧に笑う。
「どうと言われても……」
「どうしたの?」
「やっぱり私はキース様を遠くから眺めているだけで幸せよ。キース様にとっての幸せが私にとっての幸せだわ」
そうだ。
私は自分の推しが幸せであることが大切だ。
だから、それでいい。
「だめよ」
カノンがまっすぐ私をみていった。
「お兄様とネモフィラが結婚となれば、私たち姉妹になるのよ?」
……。
カノンの言葉にきょとんとしてしまった。
しまい……。
姉妹……。
その発想はなかった。
確かにそうだ。
カノンの兄と結婚すれば、私はこの家とつながる。カノンの義姉になるのか。
……まって。
カノティエ様とも親族になるってこと?
それはまずい。
恐れ多すぎる。
小さいとはいえ貴族。
大きい貴族と結婚できることは意味があるし、婿に来てもらえなくても、援助をしてもらうこともできるだろう。
「私はあなたと姉妹になりたいわ。そうしたらもっとあなたと一緒にいられるわ」
……。
「今度は私の番ね。絶対お兄様と」
ふふっと笑う。
無邪気に笑って。
「そうと決まればさっそく」
と私の手をつかんで、連れていかれた場所は中庭だった。
「お兄様はたいていここにいるのよ……。ほら」
そういって背中を押された。
「いってらっしゃい」
「え……」
……結構強引なのね。
……腹をくくるか。当たって砕けだ。
「ごきげんよう。キース様」
ベンチに座っておられるキース様の前にたった。
「ああ。ネモフィラ様か。ごきげんよう」
ふわっと舞うような笑顔。
「先日はありがとう。カノンのために」
「いえ。こちらこそ。……隣失礼してもよろしいですか」
「ああ。どうぞ」
そういって少しよけてくださった。
「とても天気がいいですね。よく中庭におられるのですか?」
「ああ。ここは人も来ないし、とても空気が軽いからね」
……それはわかる気がする。
人がいない分軽いのか。
「今日はカノンとはいいのかい? いつもカノンと一緒だと聞いているけれど」
そのカノンに連れてこられたのだ。とはいえないので。
「ええ。今日は一緒ではないですね」
……そっと横顔を眺める。
温和な方……か。
「ネモフィラ様」
「はい」
「僕はあまりあなたとお話したことがありませんが」
「はい」
空気が少し重たくなった。
なに?
……今感じているものは温和というのはない。
「ずっと前からお慕いしていました。僕の横にいていただけませんか」
こちらを見て。
まっすぐ私を見て。
その瞳は私をしっかり捕まえている。
……。
「唐突で驚かれるのはわかります。なので返事はいつでも構いません。待ちます」
…………。
「キース様」
言い逃げをしようとしている気がして。
呼び止めた。
もう前後関係ないよこれ。
「私のことは妹様のよい友人あったのではないのですか?」
あの時感じたものはそれだ。
完全にそういう対象だった。
あれから、この方から好意は感じられていない。
「ええ。いい友人ですよ。そう言い聞かせていました」
……空気が変わった。
「あなたに引かれたくなくて。いい兄でいたくて隠しました。そういったことには長けていて。……いじめを受けていながら、強いあなたに惹かれました」
……さっきまでの涼やかで軽やかさはどこに?
「妹の友人をとるようなことをしては、カノンに申し訳ないから。……そのカノンに背中を押されたわけなんですがね」
……カノン……。
隠れてみているだろうカノンに後でしっかり話を聞くとして。
「妹にせっつかれました。あなたのまわりにはとても魅力的な人ばかりだからと。ダメでもいいからいってこいって。我が妹ながら男前だなと思ったよ」
カノンがそんなことをいうのかしら。
そんなかっこいいところあるかしらと思いながら、それはそれでカノンの魅力だなと思いながら。
「僕は自分の気持ちに正直になるのが少し苦手でね。……ネモフィラ様にとって僕は友人の兄という存在でしかないのではと不安にで……」
目を伏せているから合わない。
「キース様」
この方は私が思っている以上に自分に自信がなくて、控えめで。
「私もお慕いしております」
「え」
「私もお慕いしております」
上がった顔。
驚かれた顔ににっこりと笑う。
もうカノンにきっといいように場をセットされたのならそれにのろう。
「あ。え。ああ……本当ですか? 僕のこと……」
「キース様のお気持ち。とても嬉しいです」
ここまできたらもう言おう。
「ずっと前からお慕いしていました」
結局。あの場はカノンが作ったようで。
「お兄様がネモフィラのこと好きなの気づいてたもの。なのに二人とも全然近づかないんだもの。お兄様はキレイに隠していたし、ネモフィラもどこかあきらめたように感じたわ。絶対だめって。私にとってお兄様もネモフィラも幸せになってほしいから」
前日にキース様の背中をおして、あの日、中庭いるように伝えて、私を連れて行ったらしい。全部カノンの作ってくれた舞台。
「本当。よかったわ。両家の婚約も決まったし。あとは無事卒業だけね」
ふふふっと笑うカノンに少しだけ怖くなった。
全部カノンが仕組んだことのように思えてしまって。
でもそれはない。
単純に兄の事を想って。友人の事を想って動いたきれいな感情だ。
「ありがとうカノン。これからもよろしくね」
僕の魔法の事は、ネモフィラには知られていない。カノンが教えていないから気づかれていない。
いじめてきた生徒たちにネモフィラ様に対する悪い感情を別のものに上書きした。
「こわいなー。よくそれでごまかせてんな」
「ライラ様」
「よーす。お前がしたことほんとはまずいけど。あの子守ったからよしとするわ。俺もあの子気に入ってるから。他にやり方あったならそっちがよかったが。まああの子がそれを知らないならそれでいい。俺はちゃんと隠すからな」
……怖い方だ。
するっと出てきて、さらっといなくなった。
僕のしたことをあの人は知ってる。でもそれを隠して認めてくれた。
正直、気に入っているというのは気になる所だけれど。
王族相手にさすがに問題だろうな。
僕の固有魔法は、感情の上書き。
これは禁忌魔法のひとつである。
でもそれを僕は生まれ持ってきた魔法。
だれもが一つだけもって生まれるものが固有魔法。
それは選べれないからたとえ禁忌魔法であったとしても罰せられることはない。だが使用には注意が必要となる。
僕もめったなことがない限り使わない。
だって感情を上書きしてしまったら、僕の思うようにできてしまうから。
それは対話の意味がないから。
人との関わり大切なのは対話だ。感情がわからないから表情や声色、態度で読み取るんだ。それをないがしろにいけないと思う。
リクやグレナ、ライラの三人がネモフィラに対して抱いている感情、は他の女子生徒に対するものとは違うとわかっていた。
それに手を加えることは簡単だった。
でもそれをしたらきっと僕はカノンに嫌われてしまう。ネモフィラ様への想いをやめろと言われるだろう。
カノンも固有魔法の関係であまり人と深くかかわることを避けているし、そういった繊細な人間関係の時は絶対に固有魔法は使わない。
カノンがネモフィラ様につかって、それに対してネモフィラ様が怒ったり、嫌がったりしなかった。それが一番の理由で、カノンはネモフィラ様と親しくなっていった。
貴族である自分たちは、幼いころから他者の視線に敏感で、自分の感情を殺して、家名に似合う自分たちであるようにふるまって。腹の探り合いをする大人たちに交じって、僕もカノンも固有魔法を使わされて、家業に利用されてきた。
ネモフィラ様の家は小さな貴族で。愛情深く育てられ、然りとしたしつけ。努力による学力。まっすぐな強い目。
僕たちにはない物ばかり。
だからカノンも僕も惹かれて。
側にいてほしいと願ったんだ。
そしてそれが今日。
完全に叶う。
「きれいだよ。ネモフィラ」
「ありがとう。キース」