疲れた時、ちょっと笑いたい時に読んでいただけたら嬉しい作品達
乙女ちっくな彼と、塩対応の私
私には大学時代から付き合っている彼がいる。大学は違ったけれど同い年。見た目はパグみたいで、どこか愛嬌がある。体つきもパグのようにくちゃっとしている。
一方、私は秋田犬のように、もっさりとしている。見た目は秋田犬でも、彼に対しては猫のように接する。友達からは、見ていて飽きないカップルだと言われる。
彼の名前は新藤貴久。たかと呼んでいる。
私の名前は久住真優。ゆうと彼や友達に呼ばれている。
たかは見た目はパグなのに、めちゃめちゃ乙女チックだ。こないだのクリスマス。食事に行くため、とある駅で待ち合わせた。
店に向おうとすると、急にたかが、ジャケットのポケットからスマホを取り出しながら言った。
「ゴメン。あそこにあるロッカーに荷物預けてるんだけど、取ってきてくれない? 電話かかってきて俺、行けない」
そう言ってスマホに耳を当てる小芝居をしながら私に鍵を渡す。
はぁ? と思った。荷物なんか帰る前でいいじゃんと思いつつ、たかが、ぐいぐいと鍵を押し付けてくるので、仕方なくそれを受け取った。
コインロッカーまで歩き、322の番号が振られたロッカーに鍵を差し込む。かちゃりとそれを回すと、きぃと軋む音がして扉が開いた。
たかが荷物というので、でっかいトートバッグとかボストンバッグが入っているのかと思いきや、持ち手に白いレースがあしらわれたピンク色の紙袋がぽつんとあった。
何だこれ? 一瞬、違うロッカーを開けたのではないかと思った。しかし、時間が経つつれ、ははん、そういうことかと思い至った。
その紙袋は女子力が高い女性に人気の化粧品ブランド、ラウラのものだった。グロスやチーク、アイブロウ、どれも小さな宝石箱のように可愛らしく、キラキラしたデザインだ。可愛いなとは思うけれど、秋田犬みたいな、もっさりした私が身につけていると、どこか安っぽく見えてしまう。
だから、憧れるけれど、私はラウラの化粧品を持っていない。
きっと、たかはそれを見抜いたのだろう。デートで買い物に行った時、ラウラの前で私が何度か足を止めたことも覚えていたのだろう。
たかが一人でラウラに赴き、これを買ってくれたのだと思うと嬉しいのに、ツンデレな私は素直に喜べない。
「パグがラウラかよ!」なんて思ったりする。
そして、この作り込んだシュチュエーション。さすが乙女ちっく、たか。素直に「ありがとう」なんか言ってやるもんか。
「はい。荷物」
私はたかにラウラの紙袋を差し出した。
「また、またぁ!」
たかも手慣れたもんである。私が照れているのを、きちんとわかっている。「ゆうへのプレゼント。びっくりした?」パグの顔がくしゃりと笑顔になる。
あぁこの笑顔が好きなんだよなぁ。
「普通に渡して欲しかった」
不貞腐れるように言った。それは本心でもあった。私はサプライズが得意でない。「えぇ! 信じられない!」とか「きゃあ! ありがとう!」なんてノリのいいこと言えない。
でも、たかのちょっとした乙女ちっくな計らいに、愛を感じている。ちなみにプレゼントはリップグロスとネイルと香水だった。
その後、レストランに着き、食事を終えたタイミングで私もプレゼントを渡した。
たかへのプレゼントは財布にした。ちょっと頑張ってブランドのもの。財布にしたのは、たかが現在使っている財布がボロボロだし、これに見合う金を稼げよという皮肉も加えている。
財布を贈るのは、春が縁起がいいんだっけ? でも、そんなことはどうでもいい。いつでも、私は実力勝負だ。
ブランドの箱を見ると「えぇっ! いいの?」と驚きつつも嬉しそうに言った。目がキラキラしている。やっぱ乙女。
箱を恐る恐る開け、中に入っている黒い本革の財布を見て
「すっげー! ありがとう、ゆう」
と言った。そんな、たかを見て、明日からそれを身につける男として、相応しく働けよ、そして、いつか私にプロポーズしろよと思う。
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たかと付き合い始めて五年が過ぎた。四年に一回のオリンピックより長く一緒にいる。
六月。私の誕生日。たかがレストランを予約してくれた。オーガニック野菜のフレンチ。多分、それなりに値のはる店だと思う。
建物は迎賓館みたいだし、ウェイターも上品。
「誕生日おめでとう」
たかは昼間からワインを注文してくれた。普段、ワインなんて、ほぼ飲まないけれど、今、口にしているのが高級なワインだということはわかった。
ほのかに甘く、渋みのような深みがある。料理もどれも美味しかった。デザートのミルフィーユを食べ終わった時、たかがそっとベルベット地の巾着を取り出した。
「これ、プレゼント」
「ありがとう」
素直に私は受け取る。中にはプリンセスが持つようなジュエリーがあしらわれた手鏡が入っていた。乙女め……と、嬉しいのに毒づく。
と、鏡の下に何か文字が彫られているのを見つけた。
『YOUR MY SUNSHINE』
とあった。
ばっか野郎! でも、たからしい。そこにグッときてしまう。YOUR MY SUNSHINEに私がどう反応するか、たかはきっと楽しみにいている。だから、私は敢えてYOUR MY SUNSHINEには、触れないことにした。
たかもそれを予想していたらしく、「ゆうったら♡」と言った。「嬉しいよー! たかこそYOUR MY SUNSHINE!」なんて、絶対言わない。
手鏡は嬉しかったけれど、実は私はあることを期待していた。それはプロポーズ。普段の会話の中で、結婚の話が出ることもある。だから、私の誕生日くらいには……と、どこかで期待していた。
でも、たかは店を出てもうちに来ても、そんな素振りは全く見せない。だから、私も期待するのをやめた。プロポーズしてほしいな♡ と匂わせるのは私の人としてのあり方に反する。
私が淹れた紅茶を飲んでいると、たかが言った。
「十一月の俺の誕生日、休み取って、ランドランド行こう! プレミアチケット取ったんだ」
「はーいー⁈」
素っ頓狂な声が出た。
「その時に、ゆうに大事な話がある」
パグの目が真剣になった。
――その時に私はプロポーズを受けるんだ
と思った。
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ランドランドは日本で一番有名なテーマパークで、開園一時間前から優先的に入園でき、ショーやパレードの席が確保されているプレミアチケットは、高額の上、抽選ということもあり、人生で一度手に入ったら、ラッキーなんて言われている。
そんなチケットを自分の誕生日に合わせて取った、たかの運の強さに感服しながらも、あーこれで、たかは人生の運を使い果たしたな、なんて意地悪なことを思う。
たかが考えていることは、何となく想像できる。
ガラスのお城、クリスタルキャッスル前とか、サンセットビーチエリアとか、観覧車型アトラクション、フェリスウィールの中とか、ロマンチックな場所で、私にプロポーズするつもりなのだろう。
十一月まで、あーでもない、こーでもないと一人でシュミレーションするのだろう。そんな、たかの様子を想像すると、胸がこそばゆい。
なんだかんだ言って、乙女ちっくなたかに、私は惚れている。
読んでいただき、ありがとうございました!