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 「夜這いにきたわ」


 堂々たる宣言にまず慌てたのは見張りの兵士だった。

 どうすればいいのか分からない、といった様子の彼らへ素早く王子が睨みを利かせると、二人は少女が強引に開け放った両開きの扉を閉じた。


 重苦しい音を背負って歩み寄ってくる少女へ、とりあえず王子は待ってほしいと手の平を向ける。


「まず聞きたい。君はそんな恰好でここまで来たのか」

「そうよ」


 重たい息が落ちた。


 今はあまり見ないようにしているが、入ってきた時に月明かりと蝋燭の明かりの中でしっかり見えてしまった。

 上下の愛らしい若草色の下着。それが透けて見えるようなレースの服。輝石や狼の牙などで飾りつけられているのは山岳の民が好む民族衣装にも近いが、ここまで破廉恥な衣装は無かった筈だ。

 目のやり場に困る。

 確かに王子はロリータ趣味ではないが、少女は二つ年上の女性であり、婚約破棄を訴えられても突っぱねる程度には愛している。


 そんな彼女がなんと言ったのか。


 夜這い。


 当然、意味を知らない王子でもない。


 一度は立ち止まった少女だったが、いつまでも待たせる王子に業を煮やして歩み寄ってくる。


「あっち。あっちに座っててくれないか。僕も就寝前だったから、少し身なりを整えてくるよ」


 せめてもの抵抗だったのだが、少女は問答無用とばかりに王子の居る寝台へ腰掛けた。

 開いた口の塞がらない王子、言葉の割にふかふか寝台を物珍しげに押している少女。


 しばし無言の時間を味わった後、半眼でくるりと振り向いた少女が渾身の得意顔で言う。


「幻滅した?」


「――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ゛あ゛あ゛……」


 たった一言ですべてを理解した王子は寝台へ身を投げ出し、両手で顔を覆って呻き声をあげたのだった。


    ※   ※   ※


 どうやら今回も少女の作戦だったらしい。

 様々な事情を抱える彼女は、彼女なりの考えで以って、王子との婚約解消を求めている。

 だが王子は拒否し続けてきた。

 そこで彼女は自らを王子に飽きさせ、嫌わせ、手放したくなるよう画策しているのだ。


「婚前での夜這いだなんてはしたないわ。男は女に清楚さを求めると聞いたの」


「ぁぁぁぁぁぁ…………」


 因みに王子は未だに受けた衝撃から回復していない。

 かつてない程に顔中が熱くなり、赤く染まったソレを隠したくて両腕を用いているが、有り余る何らかの衝動を抑え切れず身悶えを続けている。肩透かしを受けたのもそうだが、迫る彼女に様々な想像が駆け巡っていたことで羞恥を加速させた。


 そんな中でも彼の聡明な部分が事態を推測する。


 友人の元で泊まると言っていた少女だ。

 彼女はその親しみ易さから同年代の山岳の民からはとても慕われている。

 古い世代や影響を受けた者達を除けば、王子との関係を密やかながら歓迎してくれているとは聞いていた。


 ほらきっと、面白がったり、恋に恋するようなマセた者達にとっては恰好の玩具なのだ。


「……あ゛あ゛あ゛」


 少し冷えてきた。

 友人から聞きかじったらしい知識を述べていた少女は、王子の様子に作戦の成功を感じているのかもしれない。


 正直言って、引っ叩いてやりたいくらいの気持ちはある。


 けれどそれをすると、流れるような動作で彼女を引き寄せて、王子の中にある王子ではない、男の子としての部分が狼さんになって見張りを遠ざける結果となる自信がある。


 無垢な少女を相手に強引な行動を起こさぬよう、王子は必死に己を堪えて身悶えする。


 やがて蝋燭の火も消えかけた頃になって、


「愛想は尽きた?」

「精根尽き果てたよ」


 両腕を投げ出し、諦めたみたいに空虚な声が出た。


    ※   ※   ※


 肉体的には平気だったが、精神的には大いに疲弊させられた視察を無事終えて、二人は王都へ戻ってきていた。

 高台にある王城は簡素な砦そのもので、周辺には石造りの建物もあるが、中心から離れるほどに木造が増えていく。

 騎馬隊に守られながら道行く馬車の中、思い出したように王子が言う。


「次の満月に合わせて晩餐会が開かれる。君も同席してもらいたいんだけど、いいかい?」

「婚約者として……?」

「婚約者として」


 黙考する少女に苦笑しながら、王子もまた対応策を考える。


 婚約を破棄したがっている彼女に、公的な場で婚約者として振舞えと言うのは結構なリスクだ。

 粗相をしてみせたり、周囲の反感を買うように動けば王子の意思など無視して破棄を訴える者が出てくる。


 ただ、人を傷付けたがらない少女だから、また不可思議な作戦を考えてくるのだろうとも思う。


 楽しみだと思える余裕の部分と、事ある毎に結婚を嫌がる彼女に、多少なりとも胸が痛む。

 例え彼女を好ましく感じる、優しさに根差した行動であっても。


「僕はその場に、東側の貴族を招くつもりだ」


 王や弟へ話を通せば難癖を付けられる。だから招待は個人的なものになるが、辿り着いてしまえば無碍には扱えない。門前払いになどすれば、草原の民が西側に付くと宣言するようなものだからだ。


「君という、山岳の民が僕と共にあることを東側へ見せ付けることで、君達を守る為の牽制としたい。彼らとの会話の中で、実際に過酷な補給線を維持してくれている君達の事を国内にも喧伝し、反対派を黙らせる材料とすることも考えてある。仲間は十分に集まってきている。東側の後援を受けることで僕の地位も磐石になるだろう」


 愛する優しさを利用した言い回しには吐き気がする。

 だが速度は重要だ。

 素早く変化を起こし、対処しなければならない問題を積み上げる。


 状況が切迫すればするほど、果敢で有益な指導者に支持が集まる。

 導きもせず、静かに君臨する王が好まれるのは、各自が好き勝手にやれるだけの余裕がある状況だ。


「今回の視察で改めて山岳の民との協調も確認できた。後は、君が僕の隣へ並んでくれればいい」


 どうだろうか、と改めて王子は問いかける。


「君が婚約を破棄したいと訴えてきたこと、僕は決して軽くなんて考えていないよ。君は正しく、この国の王族となるに相応しい判断で以って、最小の被害で事態を潜り抜けられる手段として僕との婚約破棄を選んだ。確かに、僕の考えている方針は短期的には多くの被害を生むだろう。だけど、より長期的な視点を持って欲しいんだ」


 西側の軍勢を国土内へ引き込めば、民の被害は相当なものとなるだろう。

 だがそれは短期的な被害だ。

 いざ東側の攻勢が始まれば瞬く間に敵はこの国から駆逐され、前線は大きく西へ進む。


 被害は一時的なものに過ぎない。


 むしろ、西側へ攻勢を掛け続ける為に食料の価値は上がり、受けた被害額を数年の内に回復出来るだけの利益を出せる。


「貴方の思惑が全て上手くいくとは限らないわ」


「そうだね。けれど僕なら、例えどのような状況になろうと、この国の為に利益を抽出していける」


 戦争は利用し易い。

 適度に長引いてくれた方が利益も大きくなる。

 ならば、と用意している方策を頭の中で整理していると、袖口をぐっと掴まれた。


 少女は攻め立てるような目で、悲しげに王子のことを見詰めている。


「馬鹿な人」


 と。


「本当はもっと簡単で、貴方も苦しまなくていい方法があるのよ」


「僕は決して、それを選ぶつもりはない」


 だからお願い――――そう願いを込めて、王子は少女の頬へ手をやった。


 離れるなどと言わないで欲しい。

 君が居れば、それだけでいいんだ。


 あらゆる言葉が脳裏に溢れ、けれどあと一歩を躊躇ってしまう。

 彼女の方から踏み込んで欲しいと、不安の中で願っている。


「王子、私は」


 震える唇を見詰めている。


 触れたいという想いと、触れて欲しいという想いがあった。


 近付きもせず、離れもしない二人の間を埋める言葉を探す。


 そして少女は、そっと息を落としたのだ。


「しょうがない人ね。貴方の罪も、不安も、苦しみも、私が一緒に――――」


 続く言葉を聞くことは無かった。


 馬車はいつの間にか止まっていた。

 砦内に入ったのだろう。

 城門が閉まる音がする。


 いつも通りの事だ。


 違っていたのは、弩から放たれた矢の音と、護衛の騎士が漏らした悲鳴だった。


「どうしたの? え……何?」

「外へ出るな!!」


 馬車から出て確認しようとした少女を掴み、引き寄せる。

 けれど僅かに早くノブは回っていた。


 勢い良く開けたからだろう、新手が出てくると思い込んだ兵の何人かが矢を放った。

 元より平和ボケの進んでいた国の兵士、統率など取れる筈もない。


 そして内へ引きこまれた少女を抱くようにして庇った王子の背中に、二本の矢が突き刺さった。


「王子!!」

「あぁ。愛しているよ」


 倒れていく彼の身を、少女は支え切れなかった。





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