独身貴族は平日昼間にキャッチボールをする
登場人物
タケヨシ:大手メーカー技術系総合職。東京の本社に勤務している。独身。
タツヒロ:小説家。ベストセラーは発行部数100万部を超える。独身。
白鳥さん:タケヨシの隣人。穏やかな性格の美人。人妻。
「あぁ~ひまだな・・・」
心地良い風がカーテンを揺らす金曜日の昼。タケヨシは、机に突っ伏したまま気だるそうに呟いた。腕の中で呟いたためか、声がこもっている。
「ひまってお前・・・今日有給取ったんだろ? 平日の昼間っから俺の部屋に来やがって・・・」
「有給たまってたんだよっ! それにどうせタツヒロも暇してただろ?」
まぁなぁ、とタツヒロはソファに寝そべり、だらけた表情で声を漏らす。同じマンションに住んでいることもあり、たびたびどちらかの部屋に集まっている。まぁ、たいていはタケヨシが押し掛ける形になるが・・・
「最近はどうよ? 連載は順調か?」
「んん~ぼちぼちだな。ストックあるし最近は余裕あるわ~」
「どうりで暇そうな訳だ。タツヒロにしては珍しいな・・・ストックがあるなんてよ」
「そうか? まぁ俺容量いいし、売れっ子だし、天才だし、かわいいし握力70ぐらいあるし」
「最後の二つ関係なくねっ? え、待って、握力70kgあんの!? かわいくなっっ」
当然だと言わんばかりのすました顔で繰り出されたボケに、タケヨシはツッコまずにはいられなかった。タツヒロは、ボケてないような表情でボケるからツッコんでいいものか悩む時がよくある。最近は、ボケを言ってるんじゃなくて、こいつ自身がボケなんだろうと納得するようにしている。
タケヨシが大学を卒業し、このマンションに越してきてから六年くらい経つが、穏やかで平和的な地域にあるためか、温厚だがどこか抜けている人が多いように感じる。タツヒロのほかに同年代の男が二人いるが、価値観が合ったのか旧知であったかのように仲良くしている。
「なぁタツヒロ、キャッチボールでもしねぇ?」
棚においてあるグローブを見つけ、提案するとタツヒロは、いいね~と言いながらベランダに出て外を確認する。
「ちょうど、下の広場誰も居ないし。行くか。お前グローブ持ってたっけ?」
「持ってるぞ。ちょっと取ってくるわ」
「おけ。じゃ待ってるわ」
合流し、エレベーターホールへ向かった。下ボタンを押し、上がってくるまで待つ。途中で二回ほど止まったため、存外時間がかかっている。タツヒロはボールをいじりながら、スライダーの調子がどうのこうのとブツブツ言っている。
エレベーターに乗り込むと、すぐ下の階で止まった。ドアの向こうには、なんとも美人な女性が、Tシャツにジーパンというラフな格好で佇んでいた。こちらに気付いたようでニコッと微笑みかけている。
「おっ、白鳥さんだ」
「あぁ、タケヨシの隣人さんか」
ドアが開き、こんにちわぁ~と、柔軟剤のいい香りを連れて入ってきた。開ボタンを押しながら二人同時に挨拶をし、またエレベーターは降り始める。
「このあいだはありがとねぇ~息子の宿題見てもらっちゃって・・・」
「いえいえ! また何かあったら言ってください! 暇なんで!」
タツヒロは、堂々と暇宣言したなぁ・・・と横目で見ながら、ふと視線を移すと白鳥さんが身軽であることに気付いた。
「白鳥さんは、買い物にでも行くんですか?」
「そぉよ~二人は野球でもするの?」
「ええ、こいつが有給取って休みなんで、軽い運動にキャッチボールでもと思いまして」
「いいわねぇ~ほんと仲良しねぇ二人共」
三人とも談笑しながらエレベーターを降りた。じゃあね~とヒラヒラ手を振る白鳥さんに挨拶をし、正面玄関から外に出た。白鳥さんは裏の出入り口から出るのだろう。そちらの方がスーパーに行くには都合が良い。
玄関を出ると、植木が立ち並んだ歩道が通っており、車道を挟んだ向こう側に広場がある。フットサル程度なら余裕をもってできる広さで、全面が天然芝で整備されている。子供が多いこの地域に適した広場だ。転んでも大きな怪我はしない。
ベンチに荷物を置き、早速キャッチボールを始めた。最初は10m弱の距離ではじめ、徐々に距離を伸ばしていく。
「なぁ、最近どうよ」
ボールを投げながら、タケヨシが切り出した。
「どうって、連載はストックあるってさっき言ったろ? 順調だっっ」
タツヒロも投げながら答えたため、力んで声がでかい。
「違う違う。プライベートの方よ。なんか良い感じの子とかいねぇのかっっ?」
「いねーよっっっ!!」
ツッコみのごとくクイックスローで返球してきた。その割に球速が上がっている。バシッと乾いた音が響き渡った。
「でもさーもう俺ら28だぜ? 昔の同級生はばんばん結婚していってるぞ?」
「確かになぁ。でも今んところ結婚願望とないしなーどうせお前もだろ??」
「まぁなー」
タケヨシは右手でボールをいじりながら、気の抜けた返事をした。タケヨシもタツヒロも、周りがしてるから自分も、というような考え方はしない質だ。一人の時間を大切し、趣味も多岐にわたる。なにより、価値観が似ていて気の合う友人が近くにおり、周りに個性的な人が多いため、現状に十分満足しているのだ。
「ぶっちゃけ、タツヒロ達とこんなふうにダラダラのんびり過ごすのが一番いいわ」
「まぁ同感だな。じゃ、お前も仲良くしてる子とか居ないんか」
「居ないな」
「お前、人妻好きだもんな! 愚問だったわ」
「いや待て!! 俺は人妻が好きなんじゃないぞ! 人妻“系”が好きなんだよっ!」
肩が疲れたのか、すぐ近くまで歩いてきていたタツヒロに手を振って訂正する。勢いよく、いたって真面目に語るタケヨシにタツヒロは、お・・・おう、と軽くたじろいでしまう。
「違いが分らんが・・・?」
「全然違うぞ?! ラディッシュと二十日大根くらい違う」
・・・それは同じでは? そう思ったが、タツヒロはツッコまないようにした。タケヨシも、・・・・? と自分自身のたとえが何か違うなと複雑な顔をしている。
「とにかく、ジャンルとして好きなんだよ俺は! 人妻好きと公言してる奴なんてヤバいだろ。実際に手出したら色々終わるからな。触ることができる法だぜ?!」
「ド天然な女の子は可愛いが、実際近くにいたらメッチャめんどくさい。みたいなもんか」
「それだっ!」
タケヨシは、バシッとグローブをたたき、タツヒロを指さしている。テンション上がってんな・・・
「白鳥さんはどうなんだ?? あの人は人妻だろ?」
「あの人はもう人妻系の代表格みたいなもんだな。あの人より人妻系な人妻を見たことがないね」
ちょっと何言ってるかわからない。タケヨシは、キングオブ人妻だな、いや女性だからクイーンか、などとぶつぶつ言っている。
「じゃあ普通に好きなのか?」
「?? まあ隣人としてお世話になってるし普通に好きだぞ?」
「いやそういうことじゃなく」
「やましい気持ちは全くないぞ? 推しみたいな感じだからな。好きなアニメキャラが近くにいる感覚」
なるほどな。そうタツヒロが思わず納得してしまうほどの、現実離れした“何か”が白鳥さんにはあるのだろう。
遠くから、子供たちがはしゃぐ声が聞こえてきた。
「もうこんな時間か。子供たちが帰ってきたな」
「半分くらいバカな話で終わったな」
「ま、こういうのが良いのよ」
そう話しながら二人は荷物をまとめる。適度に運動をしてとても清々しい。
タケヨシのスマホが通知を鳴らした。
「お、ケイスケからだ。今日晩飯食いに行こうってさー」
「いいねぇーナオヒロも誘っていくか」
どこに食べに行こうか、さっぱりしたものが良い、そんなことを話し、筋肉痛になりそうなハリを感じながらマンションへ向かった。
短編シリーズとして投稿していく予定です。今後、登場人物も増やしていくので、前書きで紹介していきます。
何も考えずに無心で読めるような、ゆったりとしたお話にしていけたらと思います。
感想、意見等いただければ嬉しく思います。