キメラ魔導師と元シスターは似た者同士
テーブルにつくと、リオンは冷えた紅茶を三杯頼み、私とモニカの二人に向かい合った。昔の彼ならば昼間からエールでも頼んでいそうなところだが、彼も成長したと言うことか。
彼は握りこぶしでドンとテーブルを叩きつつ、私にじっと目を向けた。
「オマエ、貴族じゃなくなったって、どういう事だよ」
「どうと言われてもな……」
中々に説明が難しい。
魔法の才能が無かったせいで父に疎まれて、弟を当主に据えるために廃嫡された挙げ句に、暗殺者まで送られました。なんて、そんな事言えるわけがない。
馬鹿正直に答えたら騒動に発展することは目に見えているし、なにより必要に迫られなければもう貴族社会の面倒事に巻き込まれたくないという気持ちがある。
「まあ、弟のハリスの方が魔導師として優秀だったからな。ウチは魔法の名家だったし、当主に据えるならあちらの方が良いだろうと言うことで私は自由の身になったわけだ」
「自由の身にって、それで廃嫡はやりすぎだろうがよ。俺でも廃嫡されてねえのに」
「私は納得しているとも。自由に旅をしてみるのも良いと考えていたし。というか、自覚があるなら改めたまえ。こんなところでナンパなんてしていないで」
「俺のナンパには深ぁい理由があんのよ」
穏便に済むように、まあまあの嘘をついた。
一応、父の考えには沿っているのだ。殺しやらの物騒な云々は取り除いたのだからなんとなく納得してくれればそれで良い。
「え、ケイオスさん、貴族様だったんですか……!?」
「一応、貴族の端くれではありました。今は冒険者をしているただの魔導師ですがね」
「だから、『今はただのケイオス』だって言ってたんですね」
「おまえさぁ、話してなかったのかよ」
「話したらややこしくなるでしょう? どうせ今は平民なんですから、ゆるくやるぐらいが丁度いいんです」
隣では話を聞いていたモニカさんがうんうんと頷いている。彼女には私が元貴族だという事を話してはいなかったのでもう少し驚かれるかと思ったが、案外落ち着いている。
王都の大聖堂で働いていたとも言っていたので、仕事などで大聖堂を訪れた貴族の応対などもしていて、貴族に対しての壁などは感じていないのかもしれない。だとすれば、こちらとしても付き合いやすくて助かる。
「モニカさん、話していなくて申し訳ないです。ですが、それほど驚かなかったようで助かりました。始めて組むパーティの相手が元貴族だなんて、人によっては少し怖いかもしれないですし」
「えへへ、ケイオスさんが貴族様だったとしても、優しい人なのには変わりないですから!」
そう言って彼女はぱっと花が咲いたように笑う。
例え相手が貴族で身分が上の者だったとしても、壁を感じさせない雰囲気を保ってくれるのはありがたい。私自身、魔法の名家という色眼鏡で見られることがほとんどで、貴族相手でも距離感に壁を感じていたから、彼女のそんな心遣いに心が癒やされる。
「妙に懐かれてんなぁお前」
「それは私もかも知れません。彼女の勇気に私も助けられて、今ここにいる。パーティを組もうと思ったのも、きっとそれが理由なんです。誘いの言葉は、考えるよりも先に口から出てしまっていましたし。モニカさんの行動に、宝石のような輝きを私は感じたのです」
「急に長文で惚気けるんじゃねえ」
「のろ、け……? 呪いの一種か何かでしょうか」
「違えよボケ。これだからガリ勉野郎は……」
リオンは苦笑いして、ぐったりと椅子にもたれた。
ふと隣で動いた気配を感じてそちらを見れば、顔を真っ赤にしたモニカさんが俯いていた。
「おや、モニカさん、具合でも悪いのですか? もし良ければ、症状に応じたポーションを調合致しますが」
「だ、だいじょぶ、です」
「ほっといてやれ、ケイオス。その子も疲れてるんだよ、俺らみたいなナンパ男に絡まれてたろ?」
「つまりキミのせいじゃないか」
「あー? 俺ぁ悪くねーし? 可愛い女の子が一人で居たらそりゃナンパするでしょーよ」
悪びれずにそう言い切った彼に、今度は私のほうが苦笑いする番だった。
◆◆◆◆◆
「だ、だいじょぶ、です」
私の顔を覗き込んできた彼の視線から逃げるように、私は顔を彼からそむけた。
心臓が今までにないくらいにドキドキと脈打っている。
「(やばい、顔が良すぎる)」
昨日もケイオスさんはかっこいいと思っていたけれど、一日経って少し身奇麗に整えてきた彼の破壊力が凄すぎる。なんなのだ、あの大人っぽさ、包み込んでくれるような安心感、知的な光を湛えた瞳。
昨日は質素なローブを着ていた彼。あれはあれで良かったけれど、今日彼が身にまとっているのは国に認められた魔導師にしか与えられない大魔導のローブ。黒い生地に金色の刺繍がされたそれを身にまとった彼はまるで物語なかに登場する王子様のよう。
「(いやでもあのギリメサイア伯爵家の嫡男って、ほぼ王子様じゃん!いや、元だけど!こんな人に二人旅に誘われるって、私の人生どうなってるのー!?)」
もう顔は真っ赤で人に見せられない状態になっていることだろう。沸騰しきった頭では上手く話すこともままならない。
「(いやいや、落ち着け私。ケイオスさんも純粋に冒険者として生活しながら旅を楽しみたいだけ。だから滅多な事なんて……)」
もくもくと頭の中に浮かんでくる彼との二人旅のイメージ。二人一緒に魔物を倒し、まだ見ぬ大自然や遺跡の中を探検し、旅の喜びを分かち合い、二人で食住を共にして……いつしか二人は禁断の関係に……。
「(ちがーう!そうじゃないって!うう、最近刺激強めの小説ばっかり読んでたから、思考がそっちに寄ってっちゃうなあ)」
心の中でため息をついた。
どうにも今日は色々と空回りしてしまっている。
彼との冒険者パーティとしての活動初日だからと少しおしゃれをしてみれば、なぜか沢山の男性の冒険者の人に迫られてしまい、ケイオスさんが来るまで身動きが取れなくなってしまったり。
彼のことを意識しすぎてしまう余りに、変なことを口走ってしまったり。
「そういえばモニカさん、今日はお洒落してきたんですね。とても綺麗です」
「えっ、あっ、あっ、ありがとう!」
リオンさんと話していた彼が、急にこちらを向いてそんな事を言った。ちゃんと見ていてくれたんだと嬉しくなると同時に、真っ赤になった顔を見られて少し恥ずかしい。
緊張は解けないけれど、この人との旅が始まるのだと思うと楽しみで自然と笑顔になった。
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