キメラ魔導師、元シスターの少女と旅に出る
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「はい、これで手続きが完了しました」
「ありがとうございます」
次の日、不動産屋を訪れて家と土地の売却の手続きをした。お金の受け取りはまた今度になるが、そちらは後日銀行に振込んでもらうことにしている。
まあ、急だったこととこちらがさっさと家を捨てたかった事もあり、だいぶ安くついたので、受付を担当した男はホクホク顔だ。
「いやあ、しかし随分と急でしたね。売るタイミングも他の時期にずらしたらもっと高くつけられたかもしれないですよ」
「ははは、それはまあ、家の事情で」
「大変ですねえケイオスさんも。貴族様はお家事情が特に忙しい。私達平民は貴族様ほど裕福じゃあないですが、自由がありますからなあ」
「本来貴族とはそういうものですから。富めるものには相応の義務があるのは当然ですから」
嘘である。
本当は家との繋がりを完全に断ち切る為に、一切の連絡手段を消しているだけである。そこに義務も何も無ければ、むしろ自分の為にやっているだけなのだ。
つまり、この取引はWIN WINの素晴らしい取引だったわけだ。
「ありがとうございましたー!」
スッキリした顔で店を出る。
心の内は実に晴れやかであった。
これで、この街に残したものは何もない。あとはその身一つだけだ。
「おっと、冒険者ギルドに行く前にこれの配達を頼まないと」
道具袋の中から小さな道具袋を取り出す。中身は、昨日の例のアレだ。郵便局でこれが実家に送られるように頼み、それから冒険者ギルドに行くことにしよう。
足取りは今までにないほど軽かった。
「えーと、モニカさんは……」
冒険者ギルドにやってきて、待ち合わせの予定をしていた場所に向かう。待ち合わせ予定だったギルドの休憩スペースは賑わっていたが、どうにもやけに人が集まっている場所がある。
「あれ、なんだろ。有名人でも来てるのかな」
モニカさんの姿が見当たらなかったので、ちょっと人だかりの中を見てみようと近づいてみる。見たところ、見事に男ばかりだ。
「なあ、俺らのパーティに入らないか!俺たちとなら金等級に上がるのだってすぐだぜ!」
「ウチはどう? 女の子もいるからきっと一緒に働きやすいよ!」
「キミみたいな美しいレディはボクのパーティに来るべきだよ。貴族でありながら冒険者でもある、ボクのね」
なんか、聞き覚えのある声がする。
「まったく、お前こんなところで何やってるんだ」
「誰だい、平民の癖にボクの邪魔を――」
人だかりの中に知り合いの姿を見つけ、トントンと背後から肩を叩く。すると、彼は苛々した表情を隠すことなく、ナチュラルに相手を見下したようなセリフを吐きながらこちらを振り向いた。
彼は私の顔を見て、さあっと顔を青ざめさせた。
「こんにちは、久し振りですね『リオン』」
「げえっ、ケイオス!なんでお前がここにぃ!?」
「色々あってね、私も冒険者になったんだ。君こそ、ここで何をしているんだい」
同じ貴族として、晩餐会や舞踏会で何度か顔合わせをしたことがある。クリーデル男爵家の嫡男、リオン・クリーデル。
細身でチャラ付いた印象の顔。実際に性格や態度もちゃらんぽらんのソレであり、貴族の嫡男とは思えないほど責任感の欠片もない大うつけ。男爵家というさして高くない爵位であるために許されているものの、爵位が一つ上であったら嫡男といえど即効でスペアに回されている。
そんなやつでも、私に対して色眼鏡をかけずに接してくれた大切な、数少ない友人の一人だ。
「なんでって、そりゃあ……」
「ケイオスさんっ!」
顔を青くした彼がしどろもどろに何か話そうとしたその時だった。リオンも混ざっていた人混みの中心からモニカさんが慌てた様子で飛び出してきて、私の身体にぎゅっと抱きついて来た。
あんまりにも力強く抱き締めてくるものだから、彼女の柔らかくて大きなあれこれが形を変えながら押し付けられて、そういった事に耐性のない私の頭は壊れた魔道具のようにぐちゃぐちゃになってしまう。だが、震える彼女の姿を目にして、心を落ち着かせながら彼女に問いかけた。彼女は大切な旅の仲間なのだから。
「え、モニカさん!? 今までどこに!」
「怖かったんですよお……もっと早く来てくださいよぉ」
「それは、すみません。次からこういった待ち合わせをする時は時間をしっかりと決めて集まりましょう。しかし、今まで本当にどこに……」
「なんか、よくわかんないうちに囲まれて、抜け出せなくなってました……」
彼女の背中を撫でて落ち着かせながら周囲を見れば、先程まで集まっていた男冒険者たち全員の視線がこちらに注がれていた。
ぼんやりとしたものから、殺意の籠もったものまで様々だ。
「ええっとお……」
言葉に、詰まる。
何と言えばこの場を収められるだろうか。
そう考えていた時、他の男たちと同じくぽかんと口を開けてこちらを眺めていたリオンが目をまん丸くしながら呟いた。
「お前の、女かよぉ……」
「男持ちかあ」
「解散だ、解散」
「まあ可愛い子には大抵彼氏が居るもんな……」
「待ち合わせってホントだったのかよ」
彼の呟きを皮切りに、集まっていた男たちが解散していく。モニカさんの様子から、なんとなく何が起きたのか察してはいたが、やはり冒険者的なナンパの一種だったのだろう。
ナンパに失敗した、というか最初から失敗していた彼等は、口々にぼそぼそと呟きながら散らばっていった。最後に残ったのは、リオンだけだ。
「ええと、何、オマエも平民の女囲おうとしてんの? 伯爵家なのに?」
「失敬な。私は既に貴族ではなく平民の身。彼女をそういった目では見ていませんし、私が何をしようと口を突っ込まれる謂れはありませんよ」
「ええ!?見てくれないんですか!!」
「何を言っているんですか貴女も!?」
「あの、急にイチャつくのやめて貰えないッスかね。なんか馬鹿みたいに必死になってた俺が傷付くんで」
「済まない、そういうつもりは……」
「あーはいはい、アンタはそういうやつだったよ。あんだけ周りの令嬢から秋風送られてもまるで気が付かない朴念仁。てか今は平民ってどういう事だよ。ちょっと話せ」
彼女と合流したらすぐにでも旅に出発する予定だったのだが、予定が変わってしまった。
元貴族仲間のリオンに腕を引かれて、冒険者ギルド休憩スペースのテーブルに一つに、モニカさんもろとも連れて行かれる。
移動中も、モニカさんは私にぴったりとくっついたままだった。男連中に言い寄られて怖かったと言っていたのに、彼女をそういう目では見ないと言えば、それは嫌だと言う。女心とは中々に難しい。
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