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キメラ魔導師、父を脅す




 ゆらりと、部屋の暗がりから黒装束で全身を包んだ男が一人、その手にぎらりと光る大振りのナイフを持って現れる。

 いったいいつの間に忍び込んだのやら。この距離まで私の魔力探知を抜けてくるあたり、相当によい装備で固めている。あの黒装束には、魔力の干渉を受けないようにラヴァ・モスの絹糸でも編み込んでいるのだろう。火山地帯に生息しているあの魔物の絹糸は確かに良い素材だ。

 私も王宮魔導師の端くれだったから、そうした魔道具の研究や開発にも携わったことがある。だからそれなりに知識があった。


「私の父に命じられて来たのかな。随分と来るのが早かったが」


 話し掛けて見る。


 返事は、ない。


 男はナイフを構えたまま、静かに前方から近付いてくるのみで何も応えない。


「返事は無し、と。暗殺者なのだから当然と言えばそのとおりだな」


 こちらも先程道具袋から取り出した杖を彼に向けた、その時だった。





―――トットッ、ドスッ!


 不意に聞こえた足音。

 背中に感じる冷たい異物感。


 背後から現れたもう一人の暗殺者よって、ナイフが私の身体に深く突き刺さっていた。


「私が、気付いていないとでも?」


 ナイフは刺さっている。だが、血が出ない。


「……っ!??」

「一人目が私の魔力探知を抜けて接近してきた時点で手は割れている。いくら死角とはいえ、魔導師が対策を行わないとでも思ったのかい」

「ッッ!!ッッ!?」

「ラヴァ・モスの絹糸は確かに魔力による干渉を弾く。確かに隠密にはもってこいの素材だ。だが、魔力探知の方法によっては逆に目立ってしまう事もご存知かな。あまり効率が良いとは言えない方法だから使う人はほぼ居ないが、空間そのものを術者の魔力で満たしてしまうんだ。すると、魔力の干渉を受けていない部分だけが浮かび上がる」


 ナイフを刺した男の腕が、ナイフごと身体の内側に吸収されていく。男は必死に振りほどこうともがいているが、指先が身体の内側に沈んだ時点でもう逃れられない。

 一度沈み込み始めた腕はもう肘まで背中へと埋まっている。だが、ナイフも腕も、どこからも出てはこない。

 前方から迫ってきていた暗殺者の男も、異様な光景を目にして後ずさっている。黒装束の隙間から覗いている目だけは、彼が完全に怖気付いてしまっている事を色濃く示していた。


「どういう、事だ……お前の身体、心臓が無い!」

「君らが来た事に気がついた瞬間に、全身を『オリハルコンスライム』と同じものに変化させた。世界でも唯一と言っていい、不老不死の生き物さ。スライムなのにコアが存在せず、ひとつの傷すら付けられず、身体の維持には僅かな食事のみで良い。私も本物は王立魔法研究所で厳重に管理されているものしか見たことが無いのだが、変身が上手く行って良かった。昔の私ではオリハルコンスライムの身体を再現することは不可能だったんだ」

「は……お前、何を」

「まあ長話は置いておいて、だ。残りは今私に吸収されている彼を含めて四人なのだろう。居場所も全て見えているぞ」


 先程彼等に話したように、今は彼等の装備に対応した魔力探知を使用している。今朝までの私ならば魔力消費を気にしてあまり取れなかった方法だが、グリーンワイバーンの一件以来、身体から湧き上がる魔力は増大したままな事もあって自由に魔法を使っていられる。


「あ、か、からだ、が!」

「取り敢えず、捕まえようか。生きて返すつもりもないけど」


 咄嗟にこちらにむけて刺突を繰り出してきた暗殺者の男を避け、家全体を風魔法による結界で包み込む。そうして、隠れていた他の暗殺者達も空気で包み込んで自分のもとによせて集めた。ラヴァ・モスの絹糸はあくまで()()そのものに対してのみ効果を発揮する。魔法で具現化した物体に対しては無力だ。


「くっ、何がどうなって」

「魔導師の出来損ないだと聞いていたのに!」


 父から送られてきた暗殺者達は全て集まった。

 さて、どうしたものか。


「そうだな、お前たちはどこの手の者だ? ギリメサイア伯爵家では暗殺者など持っていなかったと記憶しているが」

「言うと思うか、化け物め」


 暗殺者達のリーダーらしき男がこちらをぐっと睨みつけてくる。命を握られているというのに勇気があるものだ。

 よく訓練された暗殺者かもしれないななどと考えていると、「がりり」と何か硬いものを噛んだような音がして、三人がほぼ同時にばたりと倒れた。私の背中から吸収されかけていた男も、数秒痙攣をおこしたかと思うとぐったりとして動かなくなる。


「自殺……そういう仕事だものな」


 身体の中に飲み込んでいたナイフと男の腕を吐き出す。カランカランとナイフは音を立てながら床を転がり、その隣に男の死体も転がった。


 家の中に死体が4つ。

 ひどい絵面だ。


「これ、見られたら不味いよな……」


 もしもこれを見つかったら衛兵ものである。

 四人同時殺人事件として王都から衛兵が集まってきてしまう。

 私は何もやってない。襲ってきたから捕まえたら勝手に死んだだけ。ゆるしてください。


 それに暗殺者が戻ってこなかった父からしても、今度は更に強い暗殺者を送り込んでくるかもしれない。これから自由気ままな旅を始めようというのになんと迷惑極まりない事か。


「ええと、あっ、道具袋!」


 そういえば使っていない道具袋があったはずだ。古いものであまり物も入らないが、まだ使えるはず。

 腰から下げている道具袋から古い道具袋を取り出してその中に四人の遺体を入れた。そして、簡単に手紙を書いて道具袋の中に入れておく。


「よし、父上(あいつ)脅そう。大人しくしておいて貰おう」




◆◆◆◆◆





「ふんふん、ふんふふ〜ん♪」


 ベッドに寝転がりながら大好きな恋愛小説を読み、ぱたぱたと足をばたつかせる。小さな彼女のそんな可愛らしい姿を見れば、誰もが笑顔になることだろう。


 そんな様子からもわかるように、モニカはご機嫌だった。


「えへへ、ケイオスさん、かっこよかったなあ」


 今日、グリーンワイバーンに襲われていた自分の命を救ってくれた魔導師の青年の顔が、脳裏に浮かぶ。

 魔導師がよく着ている質素なローブを身に纏い、黒縁のメガネをかけた彼。よく巷で言われるようなイケメンとは違うけれど、落ち着いた冷たさの中に優しさを秘めた瞳と鼻筋の通った整った顔。


 

 強くて、かっこよくて、優しいなんてズルい。

 あんなの、好きになるに決まってる。


「一緒に旅しませんか、って、えへっ、えへへっ」


 だらしなく緩んだ顔で少女は笑う。

 明日から彼との二人旅が始まる。

 それが楽しみで仕方ない。


 大聖堂でシスターとして働いていた頃は許されなかったご飯や洋服なんかの贅沢も、自分で働いて稼いだお金で自由にやれる。


 それに、恋愛だって。


「楽しみ、だなあ」


 小説にしおりをはさみ、ぎゅっと胸に抱き締める。


 赤ん坊だった頃に捨てられた私は、教会に拾われて育てられ、見習いのシスターになった。清貧であることを美徳とし、人の為に尽くす事を教えられ、怪我や病気で苦しむ人を救うためにたくさんの治癒の魔法を学んだ。

 みんなと一緒に生活をして、毎日神様に祈りを捧げる。そんな生活も嫌いじゃなかったけど、教会に来た人に貰った小説から、外の世界には自分が知らない楽しいことがたくさんあることを知ってしまった。


 世界全てを見て回る旅がしたい。

 走り出した憧れは止められないのだ。


「あっ、そうだ。折角だし、明日は気合い入れておしゃれしていこう! ケイオスさん、びっくりするかなあ」


 少女は自分に夢を教えてくれた本を抱き締めて、嬉しそうに笑った。







読んでくださりありがとうございます!

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