キメラ魔導師、仲間ができる
「オオオオオオオオッ!」
「……ま、魔導師、さん?」
背後から彼女の怯えたような声が聞こえる。
今の私の姿は酷いものだろう。
ぼろぼろと土くれの身体を崩しながら膨れ上がった身体はオーガの如き筋骨隆々の巨体となり、全身にはバジリスクのような妖しく輝く鱗が。頭はミノタウロスのものとなり、その太く雄々しき角は如何なる岩石をも砕くだろう。しかしその目だけはバジリスクと同じで、見たものをまたたく間に石へと変えてしまう邪眼。
もはや人としての姿など跡形もない。
何種もの魔物の特徴を混ぜ合わせたこの身体は、ちぐはぐながらも奇妙なバランスでもって保たれていた。
「グルゥァ……グルルルゥ」
「コ゛ノ゛、チ゛ガラ゛ハ……?!」
突如として巨大な魔物へと変化した私を見て、グリーンワイバーンも警戒をしている。
私自身、自分の固有魔法がこれほどの力を与えてくれた事に驚いていた。これまで、自分の固有魔法は『見たことのある魔物の能力を模倣した力』しか使えない、魔物の下位互換にしかならない能力の魔法だと思っていたのに、今のこの身体は下位互換どころか遥かに強化されている。そんな感覚があった。
今までにない、栓が抜けたように溢れ出る魔力。
この力、使わない手はない!
「ヤレ゛ル、ナラ、ゼンリョク、デ!!」
「魔導師さんっ!?」
先手必勝。困惑するグリーンワイバーンへと向けて猛然と突進し、その身体に丸太のように太い腕で組み付いた。途端にグリーンワイバーンも身体を激しくばたつかせて抵抗を始めるが、この怪物の身体はびくりともしない。それどころか、更に力を加えていってグリーンワイバーンの身体からミシミシという骨の軋む音すら聞こえてくる。
「グルギュアァァッ!グギャァッ!ゲアッゲアッゲアッ!」
「オオォォォッ!ネジ、キレロォォオォォッ!」
パキン、と何がが割れるような音がして、グリーンワイバーンの鱗が一枚弾けて飛んだ。
今の私の膂力に、鱗のほうが耐えられなかったのだ。グリーンワイバーンの身体を締め付ける力はどんどん増していき、割れた鱗が面白いように弾けて飛んでいく。
「ヌグ、グオォォオオォッッ!!」
「ギェァァッ!ギャアッ!アギャアァァッ!」
ギラリとバジリスクの邪眼が妖しく光り、グリーンワイバーンの身体を石へと変えていく。石化した部分は生身の時よりもずっと脆くなり、力を入れるたびにぼろぼろと崩れていった。そして崩れた部分から、大量の血液が噴出してあたりの草むらを赤く染める。
最後の抵抗とばかりにグリーンワイバーンは顔面に向けて大きな火炎弾を吐き出すが、ブンブンと頭を振るった事でミノタウロスの角が火炎弾を弾き飛ばし、またたく間に霧散させてしまう。
そして次の瞬間には――
―――ゴキッ、ボキッ、グチャッ
凄まじい音を立てながら、身体の半分を石化させたグリーンワイバーンは真っ二つになって崩れ落ちた。
あまりにもあっけない幕引きに、自分自身驚きながらも固有魔法を解除する。異形の身体から杖が分離し、液体のようにぐねぐねとうねりながら、私の身体はもとの人間の身体へと戻っていった。
「あ、えと……『ホーリー・ヒール』」
私が元の姿に戻って振り返ると、僧侶の少女は思い出したようにはっとした顔で私の傷を癒やし始めた。私のあんなに醜く恐ろしい姿を見ていながら、なんとも優しい人なのだろうか。普通の人なら恐怖で卒倒しているか、一目散に逃げ出していただろうに。
「僧侶さん、ありがとうございます」
「そんな、私こそ危ないところを助けて頂いて。逃げるように言われたのに、逃げないで迷惑をかけてしまいました」
「迷惑だなどとは。助けられないかと悲しくはありましたが。あっ、さっきの姿については他言無用でお願いしますね。ちょっと私自身もああなるとは思っていなくて……」
完全に魔物になるなんて人に知られたら、どんな事をされるかわからない。慌てて口止めをお願いすると、彼女は一瞬呆けたような表情になり、そのあとふにゃんと頬を緩めて笑った。
「えへへ、なんだかおかしな人ですね」
「いや、まあ……はは」
「うわ、グリーンワイバーンの首だ……」
「え、ブロンズだろあいつ。マジでやったのか!」
「討伐隊組まれる前に終わっちまった」
あの後、私と僧侶の少女はグリーンワイバーンの死骸を回収して冒険者ギルドへと二人で戻ってきた。
残念ながら彼女と今回組んでいた他のパーティの冒険者の遺体は回収できなかったが、落ちていた彼等の冒険者タグだけは持ち帰ることが出来た。
さて、そんな訳で討伐したグリーンワイバーンの首を持ってきたのだが、ブロンズ等級二人がグリーンワイバーンを討伐して帰ってきたと言うことで、ギルド内は天地がひっくり返ったような大騒ぎになっていた。
「作り物、じゃねえな……マジでやったのか」
「凄いんですよこの人!ぎゅってやってブンッてやってバキッと一撃です!」
「ハハハ……私もまさかやれるとは思っていなかったのですが、案外どうにかなりました」
「いや、ホントにすげえ。ホントに凄えよアンタ!」
「あ、これ依頼されていた『洛陽香の果実』です」
「しっかり元の依頼も完遂してやがる。アンタ何者だ!?」
今日、私の冒険者登録の手続きをしてくれた男も、床に置かれたグリーンワイバーンの首をなんども見直してはせわしなく頷いている。
ゴリマッチョの大男がコカトリスのように首を振っている姿はなんともシュールで、少し面白い。
僧侶の少女も、戻ってきたら元気が出てきたのか、ぶんぶんと腕を振り回してニコニコしている。かわいい。
「ええと……とりあえず、他の素材と合わせてウチで換金するけど、良いか?」
「お願いします。自分で加工するのも骨ですし」
「おう。じゃあ引き取るからちょいと待っててくれ」
受付の奥からギルドのスタッフが何人か出てきて、道具袋から取り出したグリーンワイバーンの死骸を運んでいく。
今回、グリーンワイバーンの死骸を道具袋で運んだのだが、一軒家ぶんは入るこの袋が限界寸前にまでなってしまった。これから冒険者の仕事で食べていくためにも、更に多くのものが入るように道具袋も新調する必要があるだろう。
冒険者という仕事はやけに実入りが良いと感じてはいたが、どこかの集団に所属するのと違い、ほぼ全ての道具を自分で揃えなければならないのだから、この高収入も働きに見合っているということなのだろう。むしろ、どれだけ簡単な仕事でも命の危険が常にあるのだから安いぐらいかもしれない。
彼等がグリーンワイバーンの査定をしているあいだ、私と彼女はギルドの休憩コーナーのテーブルで休むことにした。食事販売のカウンターでコーヒーを二杯頼み、雑談に興じる。
グリーンワイバーンと戦っているときは余裕が無かった為にちゃんと彼女の事を見ていなかったが、落ち着いて見てみるとなかなか可愛らしい人だ。
海のように青く美しい髪に、金色の瞳。少し幼さの残る、綺麗に整った顔。背は小さいが、その割にあれやこれやが大き……これ以上はまあ止しておこう。
最近王都で流行りの音楽や演劇なんかの話に暫くは興じていたのだが、話題が今日の事に移ると彼女は私に頭を下げてきた。
「今日は、本当にありがとうございました」
「あ、いえ。何だかんだ上手く行ったので本当に良かったです。その、あなたが組んでいたパーティの方々は残念でしたが」
「そう、ですね。今日たまたま組んだだけの方々だったのですけれど、まさかあんなことになるなんて。だから、助かるなんて思ってもいなかったんです」
「私こそ、貴女に勇気付けられた。貴女が戻ってきて私を助けようとしていなければ、私は生きるのを諦めて死んでいたでしょうから。礼を言うのはこちらもです」
麺と向かい合ってそう話すと、彼女は少し頬を赤く染めながら気恥ずかしそうに笑った。そんな彼女の様子につられて、私も笑ってしまう。
「ふふふ、そういえば自己紹介がまだでした。私はブロンズ等級の冒険者の『モニカ・バトラー・クリフォード』と言います。元は大聖堂に勤めていたんですけど、冒険の旅に憧れて冒険者になったんです。かんたんに『モニカ』って呼んでください!」
「よろしく、モニカさん。私も今日登録したばかりのブロンズ等級の冒険者なんですよ。名前は……色々とあって今はただの『ケイオス』です。元々は王立魔法研究所に勤めていたんですが、自分の為に好きなように生きてみようと思って冒険者になりました」
「ケイオスさん……もしかして、王宮魔導師だったってことですか!? すごいです! グリーンワイバーンもやっつけちゃうわけですね!」
「ハハハ。それが私、結構な落ちこぼれでして。本当はトロルぐらいまでしか一人じゃ倒せなかったんですけど」
「つまり、才能が開花したって事ですね。ふんふん」
話していると、彼女は子供のように目をキラキラと輝かせながら嬉しそうに言った。
確かに彼女の言うとおり、命が尽きる寸前になって自分の才能が開花したのかもしれない。今も、身体を巡る魔力の流れが強くなったままであると、この身で感じている。きっと、普通の魔法を使っても以前までとは比べ物にならない威力になっているだろう。
「そうか、私の才能が……」
ずっと求めてきたものだった。
才能さえあれば両親に認めてもらえると、魔法の才能を持たずに産まれてきた自分を何度憎く思ったことか。
だけど、今はそれほど嬉しくなかった。
ずっと求めていたものを遂に手に入れたというのに。
今欲しいのは、これじゃない。
「旅……」
「どうしました、ケイオスさん?」
最初にふと思いついたのは、美しい野原の広がる田舎でのスローライフ。
だけど、自分が住みたいと思う場所を見つけるまで、冒険者をしながら旅をするというのも良いかもしれない。
「……モニカさん、私とパーティを組んで、旅に出ませんか」
気付いたときには、そんな言葉が口からぽんと飛び出していた。
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