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キメラ魔導師、覚醒する




◆◆◆◆◆



「きゃあぁぁっ!」


「グオオオァアアッッ!」


 エテルナの森に炎が撒き散らされる。

 マグマのように赤熟した塊がグリーンワイバーンの口から吐き出されては、地面にぶつかって激しい火柱をあげていく。


 森の奥へと進んだそこで、一人の僧侶の少女がグリーンワイバーンに追い掛けられていた。彼女はグリーンワイバーンに対抗するすべを持っていないのか、木々を盾にしながら必死に逃げ惑っている。


「これは……なんであんな魔物がここに!?」


 思わずそんな言葉が口から漏れるが、ぼうっとしている時間は無い。今にもあの少女はグリーンワイバーンに食い殺されそうになっている。


 はっきり言って、自分の実力ではあんな魔物に勝てるかはわからない。だが、見捨てるという選択肢も無かった。


「そこの君、森の外に向けて全力で逃げるんだ!」


 腰から下げていた道具袋から身の丈ほどもある大きな杖を引きずり出し、グリーンワイバーンへとその先を突きつける。

 完成に何日もかかる複雑な魔法で内部空間が拡張されているこの袋は、一軒家一つ分までの荷物が軽々と入る便利な代物だ。

 持ち歩くには少々大き過ぎるものも、こうして簡単に持ち歩いてすぐに取り出して使うことができる。


「『エア・エッジ・ストライク』!」


 大人の男の背丈2つぶんほどもある巨大な風の刃が生成され、グリーンワイバーンへと向けて勢いよく射出された。

 風の刃はグリーンワイバーンの皮膚を鱗を貫通して僅かに傷付けた。赤い竜の血が青々と茂る草むらに飛び散り、水玉模様を描く。


「グルルァ……ガアアアッ!」


「え?は、ひゃあ……」


 グリーンワイバーンの注意が此方に向き、僧侶の少女は腰を抜かしながらも覚束ない足取りで逃げていく。


 残されたのは私とワイバーンの一人と1頭だけ。

 深い森の中、巨大な竜と対峙する。


「格好つけて、出てきちゃったけど、なぁ」


 困っている人は助けなければならない。

 自分にはその力と責任がある。貴族として私はいつも教えられてきた。


 グリーンワイバーンはけしてワイバーン種の魔物の中では強いとは言えない魔物だ。だが、ワイバーン種という魔物自体が恐ろしく強い。

 それこそ、近衛騎士や冒険者、王宮魔導師でも指折りの強者でなければ相手をするのは無謀なほど。私の、弟のような。


 私は王宮魔導師の中でも落ちこぼれ。

 自身の固有魔法の能力によって幅広い対応が出来ていたが、それも器用貧乏で済まされる程度。

 とてもじゃあないが、ワイバーン種を単騎で討伐できるような魔導師ではない。


「グ、ガアアアッ!!」

「くそっ。やりますよ……やってやりますよこの野郎!」


 だが、もう私に逃げ場は無い。

 自ら奴の前に飛び出して注意を向けたせいで、逃げ場を塞いでしまった。


 ならば覚悟を決めて、戦う他に無い。


「【メタモルフォーゼ・イビルシフト】!」


 私の固有魔法。

 あらゆる魔物の能力を模倣し、使うことが出来る魔導師の中でも異端の力。


 手から杖が離れ、水に沈むように身体の中に吸い込まれていく。杖と身体が一体化したことにより、全て魔法の威力が増幅される。

 だが、私の固有魔法の真骨頂はここからだ。


「ギャオオアッ!」


 グリーンワイバーンの爪が振るわれる。

 咄嗟に回避したが、速さについていけず爪の切っ先が身体を掠めていく。だが、血は流れない。

 身体の表面だけが、全く別の物体へと変質していた。


「【スライム・ボディ】【トロール・エナジー】」


 身体の表面だけがスライムと同じ液体状のものへと変化し、物理的な攻撃から身体を守ってくれる。そして、右腕に込められた力は肥大と収縮を繰り返してその威力を増幅させた。


―――ドォンッ!


 振り上げた拳がグリーンワイバーンの下顎をしたたかに打ち付ける。

 拳がめりこんでいくと共に、メリメリと骨の軋む音が響く。不意を突かれたグリーンワイバーンの瞳が驚愕に見開かれる。


「しゃあああああっっ!」

「グ、ゥア!?……ゲアッ!」


 だが、あちらもそれで黙ってはいない。グリーンワイバーンは口の中でわざと火炎弾を暴発させ、無理矢理口を開いて私の身体を衝撃波で吹き飛ばした。


「ぐっ、がっぁ!?」


 スライムの身体は魔法と面での物理的な衝撃に弱い。

 斬撃ならばいくらでも受けていられたが、グリーンワイバーンによる衝撃波はスライムの身体に甚大なダメージを与えた。


「グォ、ガアッ!」

「くっ【ゴレム・ボディ】!」


 グリーンワイバーンの口から漏れ出る炎を目にした瞬間、そう叫んでいた。

 吐き出された火炎弾が身体に激突し、激しい火柱をあげる。数秒後、周囲の草木が灰となって崩れていく中から私は姿を現す。


「……ふーっ、ふーっ」


 息も絶え絶え。火炎弾の熱を受け切る為に自身の身体をゴレムの石の身体に変化させたが、私の固有魔法による変化は完全ではない。

 水の魔法で身体を冷やしながら耐えていたが、それでも受けたダメージは深刻だった。土くれのこの身体ですら、至るところに火傷を負ってしまっている。


「グルルルル……」


 力無く膝をつく私に、グリーンワイバーンは勝利を確信したのかゆっくりと近付いてくる。


 やはり、自分ではワイバーンに勝つなど無理だったか。

 仕事をクビになったその日に、ワイバーンと戦って死んだなんて、状況を知らない人が聞けば自殺にでも行ったのかと笑われるだろうか。

 まあ、それでも良い。自分の正義に殉じた結果死ぬのであれば、それもまた満足だ。今までろくな人生では無かったのだから、満足した死を迎えられるなんて幸福な事だろう。


 そう思い、死を受け入れようとしたその時だった。


「………グア」


 グリーンワイバーンの視線が、別の方向へと向けられる。

 何事かとそちらを向けば、先程逃したはずの僧侶の少女が戻ってきていた。


「な、んで……」



 これでは自分が命を張った意味が無いじゃないか。



「グルルゥゥアァ!」

「……ひぃ」


 少女が後ずさる。

 少女へと向けて突進を始めたグリーンワイバーンを目にして、私は傷だらけの身体を無理矢理に起こして駆け出していた。


「『エア・プロテクト』!」


 彼女の身体を突き飛ばし、グリーンワイバーンへと向けて全力の防御魔法を放つ。暴風の壁はグリーンワイバーンの突進を受け止め、その動きを拘束する。


「なんで、戻って、きた!」

「だ、だって、怪我してるの、治さなきゃって」

「逃げるように、言っただろう!今からでもすぐに逃げろ!」

「や、やです。私のやくめは、人を癒やす事なんです! 『ホーリー・ヒール』!」


 立ち上がった彼女が杖を掲げてそう叫ぶと、暖かな光が身体を包み込み、傷付いた身体を癒やしていく。身体に力が取り戻されていくのを感じる。


 だが、それでは勝てない。

 自分の力では勝つことの出来ない相手に、いくら万全の状態で挑んだとしても万に一つも勝てはしない。

 何度も、何度も負け続けるだけだ。


「逃げ、ぐ、あっ!」

「きゃあっ!」


 痺れを切らしたグリーンワイバーンは突進を中断し、火炎弾を暴風の壁に発射してきて、爆発の衝撃で壁は崩壊、私と彼女の二人は全身に傷を負いながら吹き飛ばされてしまう。



「ぁ、う、うぅ……」

「だ、から……逃げてくれ、と」


 すんでのところで彼女を庇った為に彼女が即死する事は無かったが、両者ともに満身創痍。彼女は激痛により立ち上がることも出来ない。

 それは私も同様で、無理に無理を重ね続けた身体は、自身の固有魔法の影響も受けて原型を失いかけていた。はっきり言ってこれ以上は戦えない。勝ち負けとかじゃなく、もう戦う気力も意味も何も残っていないのだ。


 諦めが心を支配する。

 結局、自分は何も成せずに終わるのかと。

 持たざるものの限界とは、このようなものだったのだと。



「いや、さなきゃ」


 だというのに、彼女は離さずに握り続けていた杖をよろよろと持ち上げて、回復の魔法を使おうとしている。王立魔法研究所でも落ちこぼれだった私よりも、彼女はずっと弱い。なのに彼女はまだ諦めてはいなかった。

 死にかけの瞳に光を灯し、懸命に生きようとしている。こんな絶望的な状況でもずっと、希望を忘れずに立ち向かい続けている。傷だらけでボロボロの彼女の姿が美しく目に映った。


「……今度こそ、逃げてください。次は、無いですよ!」


 彼女が頑張っているというのに、自分が折れてどうするのか。ノブレス・オブリージュ。元・貴族として、危険を前にして先頭に立つ義務があるだろう!


「【メタモルフォーゼ・カオスビースト】!」


 ここで尽き果てるなら、命の全てを力に変えて燃やし尽くせ!


「【オーガ】【バジリスク】【ミノタウロス】!」


 身体の内から巻き上がる魔力が、私から人の身体を全て奪い尽くし、巨大な魔物へと変化させていった。





読んでくださりありがとうございます

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