キメラ魔導士、日銭を稼ぐ
「はいよ、こいつがアンタが冒険者だって証明になるタグだ。再発行も出来るけど、なくしたりすんなよ?」
「ええ、ありがとうございます」
冒険者ギルドでの登録作業はそう難しいものではなかった。誰でもなれるというのは本当なのだろう。とりあえず、登録用紙に自分の名前と生年月日が書ければ全部大丈夫、そんな様子だった。
名前の登録だが、今はただの『ケイオス』になってしまったので家名は除いている。まあ、仮にも貴族が冒険者登録なんてしようものならちょっとした問題になるだろう。
「んで、どうするにいちゃん。今日はまだまだ時間もあるしよ、依頼とか受けてくか?」
「そうですね、ちょっと肩慣らしに受けてこうと思います」
「おうおう、良いじゃねえか。一応依頼はむこうの掲示板でも見れるんだけどよ、今回は初めてだからこっちで見せてやるよ」
受付の男は見た目こそ柄が悪そうだったが、話してみると案外気さくで優しい人だ。陰湿な虐めや差別が蔓延る王立魔法研究所とはまるで違う。
彼はカウンターの下から一冊のバインダーを取り出すと、そこにはさんであった依頼書を何枚か取り出した。
「今のにいちゃんは最低ランクの『ブロンズ』だから、受けられる依頼はこんなもんなんだが。どうだ?」
冒険者ギルドでは、受けられる依頼を難易度別に分けるために等級制度というものが採用されている。
等級は下から順に、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン。まあ単純に、上に行けば行くほど受けられる依頼も増えていく。
今の私は登録したばかりだから『ブロンズ』だ。
見せられた依頼書は三種類。
『畑を荒らすゴブリンの討伐依頼』『うたたね草20株の採取依頼』『洛陽香の果実5つの採集』。
一応初仕事なのだ。いきなり難度の高いものを選ぶのも良くないだろう。まずは冒険者の仕事に慣れていく為に、この中で最も簡単だろうと思われる依頼を選ばなければ。
まず、ゴブリンの討伐依頼だが、これは論外。
ゴブリンという魔物自体はなんら脅威ではない。二足歩行で武器も使うが、その武器はそこらへんで拾った枝や石ころが主。他の魔物と比べて多少の知能こそあれど、肉体のスペックが低過ぎるためにその知能もなんのメリットにもならない。
だが、奴らは稀に群れのリーダーとして別の魔物を引き入れる事がある。彼等は強いものに従順なのだ。故に、ゴブリンよりも知能は低くとも、腕力に優れたオーク種やトロル種の魔物がゴブリンの群れに混ざっているなんて事がある。駆け出しの、戦いにまるで慣れていない者がそんな魔物に遭遇しようものなら、死は免れないだろう。
落ちこぼれとはいえ、王宮魔導士だった私でも上位のトロル種を相手にすれば少々手古摺るのだ。経験豊富な冒険者ならばまだしも、そうでなければ相手にするのは現実的じゃない。だから、今回はそうしたリスクを避けてこの依頼はやめるべきだ。
次に、うたたね草20株の採取。
これも依頼を出した人は中々に性格が悪い。
この街の周辺でうたたね草を採取するには、街から出て南西部にある『エテルナの森』に行く必要があるのだが、肝心のうたたね草が群生している場所に少々問題がある。
エテルナの森自体は、全体で見ればそう危険な場所ではない。しかし、うたたね草が群生している地域には、マタンゴ種のコロニーが確認されており、彼等に群れで襲われればひとたまりもない。睡眠や麻痺といった危険な効果を持つ胞子を撒き散らされれば、経験豊富な人間でも対処は難しいのだ。胞子を焼き尽くせば良いのではと考える者も居るが、残念なことにマタンゴ種の胞子は燃やせば爆発を起こすおまけ付き。
さすがにこんな危険な依頼は受けられない。と、いうか、こんな危険な依頼をまだまだ駆け出しのブロンズ等級の冒険者に提案するとは、冒険者ギルドも管理体制が整っていないのか、それとも単にこうしたあくどいこともやっているという事か。この依頼も、却下だ。
そして最後に、洛陽香の果実5つの採集依頼。
これは他の2つの依頼に比べていくぶんまともだ。戦闘経験なんてほとんど無い、駆け出しの冒険者がやる仕事として一番合っている。
洛陽香の果実を採取するには、うたたね草と同様にエテルナの森に向かう必要がある。だが、洛陽香の木はうたたね草と違って森の浅い部分に生えていることが多く、森の浅い部分に現れる魔物といえばせいぜい弱いスライム種かラビット種程度。3つの依頼の中で圧倒的に危険度が低い。
故に、今回選ぶ依頼は―――
「じゃあ『洛陽香の果実5つの採集』でお願いします」
「……ほう?」
そう言って依頼書を指差すと、受付の男の眉毛がぴくりと動いた。
瞳の奥が一瞬きらりと光り、先程までとはうってかわって鋭い視線を此方に向けてくる。
「なんで、これを選んだんだ?」
「危険な魔物との遭遇リスクが最も低いと考えました。駆け出しの私が、いきなり危険な依頼に挑むのは厳しいですから」
「なるほどな。それなりに知識は付けてきている、という事か」
そう言うと彼はほか2つの依頼書をカウンターの下にしまい、残った依頼書に受付完了の判子を押した。
「よくわかったな。実はな、この中でブロンズが受けられる依頼はこいつだけだ。他の2つはシルバー以上からと、ゴールド以上から。どっちがどっちか、わかるか?」
「危険度で言えば、ゴブリンの討伐依頼がシルバー以上で、うたたね草の採取がゴールド以上だと思います。考えられるリスクから、順当に行けばですが」
「ふっふっ……上出来だ! 新人でこれがわかる奴はそう居ねえぞ。これからに期待してるぜ」
彼はにやりと白い歯を見せて笑う。
そういえば、あの職場にいた時は責められたり怒られたりばかりで、褒められた経験なんて無かったな、なんて事をふと思い出す。
小さなことでも褒めてくれる、彼の言葉に少し胸が熱くなるのを感じた。
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