最初の旅先へ
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「そういえばモニカさん、今日はお洒落してきたんですね。とても綺麗です」
「えっ、あっ、あっ、ありがとう!」
しばらくリオンと互いの近況などについて話していたが、そのうちにモニカさんについての話になり、ふと彼女の方を向いた。
そういえば、今日の彼女は随分と気合を入れてお洒落してきているように見える。おそらくはシスター時代のものだろう、白に金と青の刺繍がされている修道服に身を包み、頭にはドラゴンの角を模したような髪飾りが輝いている。
もし、聖女がいるとしたら、今の彼女のような雰囲気なのだろうかと、思わずまじまじと眺めてしまう。
彼女のような美しい冒険者の少女が一人でいれば、数多の冒険者達にパーティへの参加を求められるのも仕方ない。
「しかし、今の私達の格好を見ると、なんだか対になっているようで面白いですね」
「あっ、ほんとだ!」
ふと、そう思った事を口に出すと、モニカさんはキョロキョロと私と自身の服を見比べて、楽しそうに両手の拳を小さくぶんぶんと振る。そんな仕草がまた可愛らしくて、顔が少し熱くなった。
「あっ、いたいた! リオンさん、聞きてえ事があるんだ!」
ふと、私達のもとに声がかけられた。
声の主は冒険者ギルドで依頼の受付をしていた男であり、彼はこちらの姿をみつけて駆け寄ってくる。
「あれ、どしたんおっさん? 俺に用事ってなにさ」
「いや、おまえさん確か貴族だって聞いてたから、もしかしたらわかるかもしれねえと思って。おお、ケイオスさんもいるなら丁度いい!」
「私も、ですか?」
何を聞きたいのか知らないが、助けになれるのであれば自分も行こうと席から立ち上がる。モニカさんに顔を向けると、彼女も共についてきてくれるようで立ち上がっていた。
リオンも渋々といったようすで立ち上がり、受付の彼についていく。私達二人も、同じように彼等の後ろをついて歩いていった。
「昨日、おまえさんが狩ってきたグリーンワイバーンについてなんだが、妙なもんが身体に埋め込まれててな。ちょっと見てもらいてえんだ」
「昨日の、あいつか」
「お前も弟に続いて遂に一人でワイバーンぶっ殺すようになったのか。ホント化け物みてえな兄弟だなお前ら」
グリーンワイバーンは本来王都周辺には生息していない魔物だ。そもそも、この国には生息していない。隣国、ガルディア帝国の丘陵地帯に広く分布している。
彼らの好物である草食の魔物『バオート』が、同じ地域に生息していることが最大の理由だ。繁殖力が高く、狩りやすく、しかも可食部の多いバオートはグリーンワイバーンにとって最高の食料源であり、滅多なことが起きない限り彼らは住処を移すことはない。
単体でかなり強い魔物である事から、はぐれの個体がエサを求めてこの国に流れ着いてきたという事も考えられたが、わざわざ単体で移動してくるなんて余程の事が無ければあり得ない。だとすると人の手によって連れてこられた線が濃厚だが、グリーンワイバーンは危険な魔物である為に、生息地の外への人為的な移動は禁止されていたはずだ。
「これなんだが。リオンさんよ、わかるか?」
「……うげぇ、マジかよ」
彼が持ってきたものを見て、リオンは汚いものでも見たかのように顔を歪めた。
見たところ、それは何かしらの発信機のようだ。内部に追跡の魔法を閉じ込めた魔力結晶を仕込んであり、対となる道具を使用することで位置の特定を可能とするものである。
生物の体内に埋め込んでおくためのものである為か、その形状は杭のようになっており、尖っている先端には簡単に引き抜くことが出来ないようにかえしがついていた。
だが、問題はそこではない。
「これ、そんなヤバいものなのか」
「ヤバいも何も、滅茶苦茶ヤバいって………だってこれ、オルディニア公爵家の紋章だぜ」
「お、オル……!? なんでそんなお貴族様の紋章ついたモンが出てくるんだ!」
リオンも気付いていたらしく、顔を青ざめさせている。
オルディニア公爵といえば、国で王都に続いて二番目に大きな街を取り仕切っている大貴族であり、国王の考えにも口出しを出来るほどの権力者だ。同じ貴族だって、敵に回したいと考えるような愚か者はいないだろう。
そして、その家の紋章が刻まれた発信機がグリーンワイバーンの死骸から現れ、そして今ここにある。
「つまり……まずい、発信機をこちらに!」
「え、ええ!? なんでだよ、そのお貴族様が悪いことしてたってんなら、動かねえ証拠だろ!」
「いいから黙って渡しとけオッサン!こいつに任せとけば取り敢えず命は助かる!」
「い、命って……わかったよ」
リオンも必死な様子で頼み、ギルド職員の男から私にオルディニア公爵家の紋章が刻まれた発信機が手渡される。
手にとって見て、干渉した魔力を記憶するような機構が無い事を目で確かめ、道具袋からグリフォンの尾羽根を取り出して巻き付けた。
「おまえさん、いったい何を」
「こいつを森に飛ばして、追手を撹乱させてやります。このままこのギルドに置いておいたら、あなた達の命が危ない」
「こいつは魔法馬鹿で朴念仁だが勘と頭は抜群だぜ。俺が保証する。このままこれを置いといたら、公爵家の手の者に襲われること請け合いなしだ」
リオンの言葉を聞いて、彼もようやく自分たちの置かれていた状況を理解したようである。
後ろ暗い事をしていて、それが公爵家ともなれば証拠を隠滅する手段だって潤沢に用意しているだろう。放っておけば、十中八九、この発信機について知っている者たちは公爵家の手の者によって殺害または拷問を受けるに決まっている。
「『ソウル・リブート』エテルナの森の奥地で飛び続けろ。」
『ソウル・リブート』は生物の身体の一部から元々持っていた性質を引き出す魔法。私自身の固有魔法と似てはいるが、あくまで一応は『元となる現物が必要で、その部分の能力しか再現できない』この魔法と『見たことのある魔物の能力の完全コピー及び同時使用』が出来る私の固有魔法とでは性質が違う。ただ、モノに対して能力の付与を行えるのはやはり便利だ。
手のひらから飛び上がった発信機は、ふわりと宙に浮かぶと人の間を縫って勢いよく建物を飛び出していった。
窓から外を見てみれば、もう発信機は王都の周りを囲む城壁を超えていこうとしているところだった。この様子であれば、ひとまずのところは安心だろう。
「とりあえず、これで大丈夫だとは思いますが……」
「でも、どうすんだよ……公爵家が悪いことしてるかもしれないんだろ」
「先に言っとくけど、俺はこれ以上関わるつもりは無いからな。ロクに力もねえ男爵家の長男なんて即効で潰されるのがオチだ」
だが、見つけてしまった問題の芽を前に、私を含めた四人は黙りこくってしまった。流石に公爵家相手に事を構えるのは、表立っても裏でもどちらも大変危険だ。
「ケイオスさん……!」
モニカさんが意を決したようすでこちらを見上げてくる。清廉潔白な生活を貫いてきただろう彼女のことだから、危険な魔物を国に持ち込んでいただろう公爵家の事が許せないのだろう。だが、私も今回の件に首を突っ込む勇気は無かった。
「モニカさん、流石に今回の件は……貴女の身も心配です。相手の規模も、戦力もわからない内から首を突っ込むことなんて出来ません」
「で、でも、権力のある人が悪さをしていたら、国そのものが駄目になってしまいます!」
「それは、そうなのですが……」
私の父といい、この頃の貴族連中は些か自分たちの存在意義を見失っているような節がある。ノブレス・オブリージュの何たるかも忘れ、どうも自分の地位と権力、金に固執しているような気がするのだ。
だから彼女の言い分もわからなくもなかった。
「ケイオスさん、お願いです……」
「……良いですか、誰の依頼でもないタダ働きに命をかけられるほど、私は馬鹿ではありません」
「………え」
そう言った私を見る彼女の目が、絶望したように暗くなる。だが、これで私の話は終わりではない。
「ですが、この頃の貴族の腐敗には私も業を煮やしていたところです。一度戦力を確認して、私でもどうにかなるようであれば、問題の解決をしてしまいましょう」
「……ほ、本当ですか!?」
ちらりと他の二人に視線を向ければ、ギルド職員の男は信じられないものを見るような目で私を見ており、リオンはやれやれとでも言うように頭に手を当てていた。
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