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キメラ魔導師、仕事をクビになる







「ケイオス君、きみ、明日から来なくていいよ」


 ある日、上司だった魔導士から私はそんな言葉を投げ掛けられた。



 私、『ケイオス・ギリメサイア』は国一番の魔導士一家の長男として生を受け、優秀な王宮魔導士となるべく必死に勉学に励んできた。

 代々優秀な魔導士だった事もあり、周りからの期待の目はそれはとてつもないものだったが、残念なことに私の魔法の才は人並み程度。それでも諦めずに食らいついていき、中途半端なものではあるがごく僅かな限られた者しか使えない『固有魔法』の発現にも成功した。


 そうして王宮魔導士となった私だったが、やはり才能の壁というのは厳しいものだったらしい。


「あの……私のどこがいけなかったのでしょうか。自分で言うのもなんですが、特に目立ったミスも、問題も起こしたことは無いはずです」

「あぁうん、そうだね。でもさ、キミの父親がうるさいんだよね。『さっさと一族の恥晒しを放逐してくれ』ってね」


 突然投げ掛けられたクビの勧告。

 思わず私の口からはそんな言葉が飛び出していた。


 上司の魔導士は面倒くさそうに、僕の言葉を半分聞き流しながらそう答える。


「最近、キミの弟が入ってきただろう? 彼は本当に優秀でねえ、この間なんかメタルワイバーン3体を同時に狩ってみせた。でもその兄であるはずのキミの体たらくときたら、ギガントトロル一匹狩ることすら苦労する始末だなんて、ハッキリ言って『王宮魔導士』のレベルじゃあないんだよね。ほぼ素人の『冒険者』にだって出来る程度。やっとこさ固有魔法の発現に成功したかと思えば、そこらの魔物の真似事しか出来ないハズレ能力と来た。つまり、ウチじゃあ力不足なんだよ。そうだろう? わかったらさっさと帰ってくれないか」


 彼はやけにぐったりとした様子でそう言い切ると、シッシッと手を振って目の前から消えるように促してきた。

 そんな彼の様子を見ていると、自分が今まで行ってきた頑張りも全て無駄だったのだと自覚して、全身からぐったりと力が抜けた。


「……はい、失礼致します」


 誰に言うわけでもなく、ぼんやりとそう呟き、王宮魔導士である証明のバッジを上司の机に置くと、私は大勢の王宮魔導士が働く王立魔法研究所をあとにした。

 あとの事なんて知ったことではない。次の職も決まっていないというのに、僕は上司の話をすんなりと受け入れて、王宮魔導士の職を辞めていた。


 ぼんやりと、何も考えることも出来なくなった頭でフラフラと街を彷徨い、気が付いたときには自分の家に帰り着いていた。


「あれ……手紙だ。珍しいな、実家からなんて」


 一応、実家は国一番の魔法の名家であり、国を支える貴族の一つにもその名を連ねている。

 王宮魔導士の職につくことになり、一人で王都まで出てきてはや数年。実家からの連絡なんてほとんど来なかった。


 まあ、両親からは出来損ないとして見られていたし、優秀な弟の事もあって蔑ろにされていたのは自覚していたが。


 だから、こんな時に実家からの連絡だなんて、嫌な予感しかしなかった。


「『お前を廃嫡する。家は弟のハリスに継がせる』ねえ……」


 開いてみれば予想通り、ろくでもない事が書いてある。

 いや、魔法の名家としてのメンツを保つためなら、まあ致し方ない話ではあるが。流石に実の息子に対して薄情ではないだろうか。

 こんな才能の欠片もないボンクラでも、小さな頃から魔法の名家に相応しい魔導士になれるように努力を重ねてきたのだ。ひとつぐらい、労いの言葉ぐらいあったって良いじゃあないか。


「頑張ってきたんだけどなあ」


 別に弟に恨みを抱いていたりだとか、嫉妬していたりだとかは無い。むしろ、弟との仲は良好であった。

 才能に乏しく、努力を続けなければ人並みになれなかった私。才能に満ち溢れ、かつ研鑽も怠らなかった優秀な弟。兄弟で差別をするような親の考え方に晒されながら、真っ直ぐな性格に育ってくれたハリスは自慢の弟だ。

 ハリスが王宮魔導士の試験に合格したと聞いたときは自分のことのように喜んだし、共に働けると思うと本当に嬉しかった。


 だが、よもや仕事場ですら兄弟間での差別を受けてしまい、クビにされるとは思ってもいなかった。


 こんなにも簡単にクビにされてしまうのが、これまでの自分の努力を否定されているように感じられ、それが何よりも辛かったのだ。


「あーあ、今日からどう生きてこう」


 久し振りに自分の部屋をまじまじと眺めてみたが、なんともつまらない部屋だ。仕事関連のものばかり置かれていて、まるで気が休まらない。そういえば、自分は仕事についていく為に必死に勉強ばかりしていたな、なんて今更になってぼんやりと思い出した。


 思えば、自分は自分の為に何かをしてこなかったように思う。

 これといった趣味を見つけることもなく、同年代の友人を持って、遊びに出掛けたりすることもなく。もしもあのまま働き続けていれば、実に味気ない人生になったのではないかと、想像してみて少し身体が震えた。


「よし、折角暇になったんだ。残りの人生、自分のためだけに生きてみるのも悪くないかもしれない。気ままに旅をして、田舎の村に小さい小屋でも作ってスローライフ、なんてのも良いなあ」


 そう思えば、行動は早いものだ。

 まず、今の自分には収入が無くなったのだから、新しい収入源が必要だ。趣味など持たず必要なものにばかり金を使ってきた事もあり、年の割に一応蓄えは多いと思うが、まあそれだけで生きていけるほどこの世は甘くない。


 そんな時、自分をクビにした上司の言葉が頭を過った。



―――ギガントトロル一匹狩ることすら苦労する始末だなどと、ハッキリ言って『王宮魔導士』のレベルじゃあないんだよね。ほぼ素人の『冒険者』にだって出来る程度



「『冒険者』か」


 冒険者ギルドに登録さえすれば、どこのギルドでも依頼を受けてお金を稼ぐことが出来る職業。きつい、きたない、くさいの三重苦だと聞いたことはあるが、一部の冒険者なんかは植物などの採集依頼だけで生計を立てていると聞くし、案外良い職業なのかもしれない。


「とりあえず、やってみるか」


 王宮魔導士の服を脱ぎ捨て、戦いに向いたラフな格好に着替えた私は城下町の冒険者ギルドへとさっそく向かった。





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