魔王、冒険者になる
ドアの先は、大きな広間になっていた。
その空間は薄汚く、カビの匂いがほんのりとする。けれど、その汚れと匂いが何とも言えない良い味を出しているのが、不思議だ。
広間を抜けた先には大きな机を仕切りで分けた、受付所のようなところがいくつか並んでいた。
俺は端に空いていた受付所に向かう。
「冒険者になりに来たんだが、ここで良いのか?」
「はい! 冒険者登録ですね! 承っております。お名前と年齢をどうぞ」
元気に返事を返してくれたのは、金色の髪を二つ縛りにした元気な女の子だ。
「クロノ・フリーデン、歳は17だ」
「クロノ様、歳は17ですね。承知しました! 私はマリ・カシスと言います。マリとでも呼んでください!」
「よろしく頼む、マリ」
マリは笑顔で返す。
「では、レベルを判定させていただきます!」
そう言って女の子は紙と針を机の上に出してきた。
「この紙に血を一滴垂らしてもらえますと、レベルが表示されます」
「口頭じゃダメなのか?」
マリはふふっと微笑を浮かべる。おかしなことを言ったか?
「そうおっしゃる方が多いんです、面倒ですしね。ですがもし、レベルを偽って登録されてしまうと、依頼の危険度が分からなくなってしまうんです。ですから、どうか御了承ください」
(レベルを偽って登録するやつがいるのか、死んだら元も子もないだろうに)
しかし、きちんとした理由があるのなら拒む理由も必要もない。別にレベルを知られても戦うわけでもないし問題ないはずだ。
「あ! それと何かしらの称号を持っていた場合、そちらも表示されます。エクストラスキルは表示されませんのでご了承ください」
「分かった」
エクストラスキルとは、魔法や剣術とは違い生まれつき、または経験などで後天的に手に入るスキルのことだ。
その能力は多岐に渡り、いずれも強力な能力が多い。たまにはずれの能力もあるが、使い方によって強力な能力に変わる。逆に使い方が下手ならば、どれほど強力な能力でもゴミになる。要するに使い手によって能力は大きく変わる。
エクストラスキルは切り札となりうる、故に本当に近しい者にしか教えてはならないのだ。
俺は右の人差し指に軽く針を刺す。すると指先からぷっくりと血が出る、その血を紙に擦り付けた。
(血か……)
思えば自分の血を見たのはいつぶりだろう。魔王になってからは誰からも血を流されるようなことはなかった。
(戦い方も前とは変えてかなきゃいけないな)
「えーと、クロノ・フリーデンさん。 レベル12ですね。これは……面白い称号ですね。『勇王』と『称号が似合わない男』ですか。初めて見ました!」
「やっぱ珍しいですかね……」
思いっきり何も知らないふりをする、説明もできないし。
「ええ、『勇王』って……勇敢な王様って意味ですかね? でもおかしいですね。クロノさんは見た事がないし……。それに『称号が似合わない男』ですか。称号なのに矛盾してますね!」
(違うんだ! 勇敢な王じゃない、勇者と魔王だ! それに多分その称号は矛盾してない!)
と、心で思ったことを、声を大にして言いたかったけれど、もちろんそんなことは言えないので口を横に固く結んだ。
もはや苦笑いするしかない。するとマリはそんな俺の胸中を察してくれたのか「あ、申し訳ありません。冒険者の方に詮索をするのはタブーでしたよね」なんて言ってくれた。
しめた! とばかりに返事をする。
「いや、大丈夫だよ」
「そう言っていただけると幸いです。クロノ様もお気を付けください。冒険者の方は訳アリの方などが多くて……、素性を探るのはルール違反なのです」
「知らなかった、ためになる話をありがとう」
マリは小さく微笑む、お礼を言われると素直に嬉しくなるタイプなのかもしれない。
「では気を取り直して、ギルドの説明をさせていただきます。実はクロノ様はまだ正式に冒険者になった訳ではないんです」
「試験か何かあるのか?」
「そうですね、試験と言っても差し支えの無いかもしれません。薬草採取を3回受注してもらい失敗せずに達成し、かつこちら側で研修を行ってから正式に冒険者として登録されます。簡単なものなのでご安心ください」
「じゃあとりあえずそれを受けられるか?」
さっさと面倒な試験は終わりにして、レベルを上げたい。レベルを上げないと魔族領までたどり着くことさえ出来ない。
今は正午くらいだから時間もいいくらいだ。
「はい! 陽だまりの森で陽草を10本以上お願いします。時間のほどは今日中であればいつでも大丈夫です。それでは、この本をお持ちください」
マリは片手で持てるくらいの小さな本を取り出し、俺に手渡す。
「これは?」
「冒険者の方に必要なモンスターなど、基礎知識が載っていますのでぜひご活用ください!」
「ああ、ありがとう」
「頑張ってくださいね!」
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