7話 なるほど匂いフェチか
扉を閉める。
「ちょ、ゼクス様!?」
ガチャリと鍵を閉めて問題は解決である。
ふぅ、やけにリアリティがある幻覚だったな。
これはアレだろうか。いわゆる地縛霊というやつだろうか。いわくつき物件を掴まされたか。寺生まれのTさんでも呼んでおくのが吉かもしれない。
「どうして締め出すんですか!」
「うおっ!? どうやって鍵開けたし」
「ふっふっふ。この家を手配したのはプレセアです。合鍵を手に入れることなど容易!」
「不法侵入じゃねえか、没収」
「あう」
ふふんと胸を張ってどや顔する王女の首根っこを掴んで締め出す。ついでに複製キーは回収しておく。油断も隙もありゃしない。
改めて鍵をかける。
これで邪魔者は消えた。
神の国は近づいた。
「まあ合鍵は一つじゃないわけですが」
「うおっ、音もなく忍び寄んなし」
気付けば隣にいる王女。
軽くホラーなんだが。
やっぱりこれ幽霊なのでは?
「はぁー、やっぱりゼクス様の近くは安心しますね」
「その一方で一市民が緊張で死にかけている件」
「まあまあ、楽にしてくださいまし」
「ここ俺の家だよね?」
この時点で一つ、俺は気付いたことがあった。
いや、注意しなければいけない点は一つどころではないが、それはいわば公理から派生した定理のようなものであり、本質的に重要なことはただ一つである。
そう、ツッコミがいないのである。
なぜ王女一人で来たし。
プレセアはどうした。あいつがいないと話が脱線しまくってどこにも収束しないぞ。プレセア、お前の力が必要だ……!
「ゼクス様、おなかは空いていませんか?」
「ん? あー、まあ」
「ですよね。で、なんの話をしましょうか」
「いや空腹かどうかの話はどこ行った」
自由か。
「あ、でしたらお食事のお話をしましょうか」
「いや、もういいよ。好きにして」
「ではゴールドバッハ予想の証明をしましょう」
「すごくつまらなさそう」
ゴールドバッハ予想ってあれでしょ。
数学関係の問題でしょ。それだけ知ってる。
いや、別に数学を好きな人を否定する気は無いよ。
むしろ解けるかどうかわからない問題に挑み続けるだけの意欲を持ち合わせてることに畏敬の念さえ抱いている。
俺に強いてきたら嫌いだけど、関与しない部分では存分に楽しんでくれたらいいと思う。関与しない部分ではね?
「そろそろ解ける気がするんですけどね」
「どこからその根拠が」
「……『香り』? でしょうか」
お、おう。
ついに耳だけではなく嗅覚までおかしくなったか。
「昔から、鼻が利くというんでしょうか。どう行動すれば事態が好転するか、あるいは悪化するか。それが匂いという形で分かるんです」
木製の椅子に腰かけた王女。
ちなみにその椅子は俺が昨日作った椅子だ。
スローライフを営むにしても稼ぎは必要だろうし、家具屋にでもなろうか、なんて考えの試作品。
王族御用達の椅子って謳ったら高値で売れないだろうか。
……いやちょっと待て。
そもそもなにしれっと腰掛けてるんだよ。
リラックスし過ぎじゃない?
あまりにも自然な流れ過ぎて疑問すら浮かばなかったぞ。
「先日、ゼクス様に求婚を申したのも同じ理由です。このお方と結ばれるといい事がある。そんな『香り』がしたのです」
「なるほど匂いフェチか」
「匂いフェチですね」
人の性癖に文句はないが、その矛先が自分に向くのはノーサンキューだ。まあ、話を聞く限りは嗅覚というより直感に近いも気もするけれど。
それに、異常嗅覚の持ち主でなくてもフェロモンを嗅ぎ取れるとかいう話は聞いたことがある。本当かどうかは知らないけれど、似たようなものなのかもしれない。
「ということでぎゅっと抱きしめてもらっていいですか?」
「その発言で好感度が上昇する『香り』がしたの?」
「いえ全く。ただの煩悩です」
「帰れ」
王女のほっぺをぎゅっとつねる。
しかし効果は無いようだ。
ノーマル技が効かないとかやっぱり幽霊では?
いや恐れ多くて力入れられなかっただけなんだけどね。
「いやぁ、私、しばらく帰らない方が良さそうなんですよね」
「それも『香り』ですか」
「『香り』と、政治的判断からですね」
くるくると、髪を弄りながら王女は言う。
「ちょっと暴れ過ぎたんですよね、このセンスで。いやまあやったことと言えば王都の運気を司った程度に過ぎないのですが」
「スケールがでかい」
「結果的に王位継承権でいざこざが起きていて、下手すると暗殺されかねないんですよね」
「ぽろっと爆弾発言したね」
なぜかドヤ顔を披露する王女。
俺をそのいざこざに巻き込んだことに対して「してやったり」と思っていると顔に書いてある。目がいいとこんなことも分かるのだ。ビバ鑑定眼。
「あれ? もしかして馬繋場に妖怪を仕向けられていたのも」
「あははー。私の名誉を失墜させるため、あわよくば抹殺するためでしょうね」
プレセアが馬繋場にいたのもそれが理由か。主人に吹き付ける風評被害をどうにかしようとしていたんだろうな。危うく彼女の命が風前の灯火になるところだったわけだし、王女にはちゃんと反省してもらいたい。
「行くあてがありません。ここに置いてください」
「家出娘か。プレセアが心配するだろ」
「いつものことですし」
「ひどい主従関係を見た」
もしや今頃王城ではプレセアが探し回ってるのか?
ちょっと不憫すぎやしませんかね。
「嘘です。プレセアにはきちんと行先を教えてありますから問題ありません」
「おい待て。その嘘っていうのは『いつものことですし』に掛かっているんだよな、『行先を教えてある』に掛かっているわけじゃないよな?」
「後者です」
「帰れ!」
もうちょっとプレセアを大事にしてやってくれ。
頼むからさ。
信頼していると言えば聞こえはいいが、これじゃ彼女の心労が計り知れない。どうにか説得しないと。
「なあ王女殿下。よく考えてくれよ? 失踪した王女が一市民の家で見つかったとして、どうなると思う」
「私ならまず誘拐を疑いますね」
間髪いれずに答える王女。
「分かっているなら罪を着せないでください」
「駆け落ちすれば万事解決ですね」
「俺に犯罪履歴が残るだろ」
「新天地でやり直しましょう」
「ここがその新天地なわけだが」
おかしいな。
俺って王女に隠遁生活を求めたはずだよな?
どうしてこんな状況になってるんだ?
「俺はのどかな暮らしを望みます」
「存じております、その理由も。この二日でゼクスさんの経歴は調べ尽くしましたので、プレセアが」
侍女バンニ。
ボロを残していなければいいが。
とりあえず残業代は払ってやれよ?
「殿下がこの家をくださったのは俺の望みを叶えるためでは?」
「いえ、私が転がり込むためです」
「欲望に従順か」
「王女ですので」
くそ、またはめられた。
確かに隣町の家を授けるとは言っていたが、それが隠遁生活の為とは言ってなかった。この王女、もしかして詐欺師の才能があるんじゃなかろうか。少なくとも生まれる世界を間違えたのは確実だ。こんな人間に権力を付与するなし。
「それに、生活費は稼がないといけないでしょう?」
「むしろ食い扶持が一人増える」
「まあ、ほら。若い男が一人より若夫婦の方が周りの目をごまかせますって」
「その周りの目を気にせず済むように隠遁生活を望んでいるわけだが」
というか、若夫婦を装ったあと、王城に戻る時どうするつもりだよ。俺だけここに残って嫁に逃げられた男みたいになっちゃうじゃん。なぜそんな辱めを受けないといけないのか。
「形は何だっていいんですよ。妹でも従妹でも何でもいいです」
「どう見ても血縁関係は無い件」
「盃でも交わしますか」
「交わしません」
どこからともなく酒瓶を取り出す王女。
いいからその酒をしまいなさい。
そしてどこから取り出した。
もう疲れたな。
「あーもう、分かったよ。好きに居着けばいいよ」
椅子に座った王女に背を向け扉に手を当てる。
ドアノブをガチャリと回せば、軟風が吹き、外光が差し込む。
「ゼクス様、どこへ?」
「あれだ、お爺さんは山へ柴刈りにってやつだ」
「では愛孫はお爺さんと柴刈りに参りましょう」
「お爺さんに子供はいません」
「でも孫はいます」
「ホラーかな」
というか川へ洗濯に行けよ。
二人して山に行ってどうすんだよ。
鬼殺しの英雄が漂流してしまうじゃないか。
「それではゼクス様、町へ行ってみましょう」
「じゃあ俺は反対側に行くわ」
「いいのですか?」
「何が?」
「そちらは現在勇者パーティが遠征中です」
……。
しかたない。
かわいい孫と遊ぶことにするか。