6話 来ちゃった
さて、俺がしたということと言えば単純だ。
まず、王女が不健康なのは一目見て分かった。理由は単純で、生命力を表す光が濁っていたからだ。
だからその部分の淀みを解消しておいた。
それだけ。
「ところでリスチェリカお嬢様、いつからお目覚めで……?」
プレセアが聞いているのは、自身の恥ずかしい独白をどこから聞いていたのかという事だろう。俺が王女の病気を治したのは部屋に入ってすぐの事。そこから導き出される結論は……。
「プレセアが『使いなさい!』って言ったところからね」
「ほとんど最初からじゃないですか!?」
「うるさくて」
「申し訳ございませんでした」
プレセアは尻すぼみに謝罪した。
あーあー、耳まで真っ赤にしてしまって。
よし。追い打ちをかけるか。
「あ、あーあー、ん、んんっ。『お嬢様がいなくなってしまったら、私は、何の為に生きればいいのですか……っ』」
「掘り返さないでください!」
声帯模写して黒歴史を朗詠、相手は死ぬ。
プレセアは、真っ赤になった耳を隠すかのようにフードを被った。その上で、部屋の隅にとてとてと移動してうずくまる。
そんな様子を見て王女殿下はニヨニヨしていた。
いい性格してんなぁ。
「はじめましてゼクス様、このような装いで申し訳ございません。王都アストレア第三王女、リスチェリカと申します。病を治していただいたこと、心より感謝いたします」
「いえ、私はお力になれませんでしたよ?」
「隠さずともよいのです。眠っている時、温かい物が流れ込んでくるのが分かりましたから」
唐突に放り込まれる爆弾発言。
プレセアがぎゅるんと半回転した。
「ゼクス様!? 殿下に何を!」
「それに関してはマジで覚えがない」
え、何?
この生命を弄する能力にそんな副作用あるの?
自分の怪我を治したときは気付かなかったんだが?
アドレナリンが出てて気付かなかったとか?
「プレセア、冗談です」
「お、お嬢様……。笑えない冗談はおやめください」
「ふふっ、ごめんなさいね。でも、おかげで、やはりゼクス様のおかげだということが分かりました」
「殿下?」
「『それに関しては』、ね? ゼクス様?」
……じゃあ一体何に関して心当たりがあるのかっていう話か。プレセアも一瞬停止して、俺より少し遅れてようやく理解に至る。そりゃあ「病を治したのは俺です」って言ってるようなもんだよな。
誘導尋問かよ。
ちょっと苦手なタイプ。もにょる。
迂闊だったな。
プレセアは口が軽かったし、無意識のうちに雇い主がこういうタイプである可能性を排してしまっていたのだろう。これも一種の先入観。嫌になっちゃうね。
「……俺はこれで。ご無事息災を心よりお祈り申し上げます」
「お待ちください。命を救っていただきながらお礼もしないのは王家の名折れ。何か願い事はございませんか?」
「富・名声・力」
「では婚約いたしましょうか」
え。
「どうでしょう? 第三王女とはいえ、あなたが望むすべてを差し上げられますよ」
「ごめんなさい嘘です。むしろ全部いらないです。俺が望むはただ一つ、隠遁生活それだけです」
「なるほど。では駆け落ちいたしましょうか」
「待って軽々しく身分を捨てないでください」
「それは身重になれという意味で――」
「違います」
どうしよう、このお姫様思った以上にヤバイ人だ。
ヘルプを求めてプレセアにアイコンタクト。
ようやく事態を飲み込んだのか、大慌てで稼働する。
「お、お待ちくださいリスチェリカお嬢様! ゼクス様は口が悪いですし性格もひねくれていますしお嬢様には似つかわしくありません!」
「プレセア、お前詳しすぎるだろ。ストーカーか?」
「話がややこしくなるので黙っていてください!」
酷い言われようだ。
「まぁまぁ、プレセア。落ち着きなさい。肉が増えるわよ」
「増えませんよ!? せめてシワにしてください!」
「シワなんて増えてもいいことなんてないわ」
「体重が増えるのも嬉しくありませんが!?」
ひとしきり叫んだプレセアが、ふとこちらを見る。
それからリスチェリカ王女殿下を見て、もう一度俺を見て、ため息をついた。
おいなんかすげー失礼なこと考えただろ。
「……お嬢様とゼクス様は似た者同士ですね」
「聞きましてゼクス様? お似合いですって」
「ああ、プレセアはやはり目の病気だ。そして殿下は耳の病気だ」
プレセアは男と女の区別もつかんらしい。
凡百の目というのは不便ということか。
良すぎる目っていうのも困りものだけどね。
「プレセア、言いたいことは色々あるでしょうが今はただ聞いていてくれますか?」
「そうだぞ、プレセアのおふざけに付き合ってる暇は無いんだぞ」
「ゼクス様は私と真剣にお付き合いすると」
「拡大解釈がひどい」
ここは隔離病棟か何かか。
まともな人間が一人もいない。
常識人枠として俺が何とかしないとな。
「王女殿下、時代は恋愛結婚ですよ」
「容姿には自信があります。それとも、ゼクス様は私がお嫌いですか?」
「そんな、殿下を傷つけるようなこと言えません!」
「言外に口にしてますわよね」
不敬になるかと思ったが、意外ところころと笑うばかりだった。マゾっ気あるのかもしれん。
近づかんとこ。
「王女ならもっとしっかりした人との縁談だってたくさんあるでしょうに。好きな方とかいらっしゃらないのですか?」
俺は穏健派。まごうことなき穏健派。
たとえ誰が過激派と言おうとも俺が穏便なのは恒真であり、全体において穏健派であることは明白だ。
よって導き出される真実がある。
俺は政界と無縁でありたい。
だからよしんば王女と婚約したとしても幸せにできる気はしないし、俺も幸せになれる気がしない。と、やんわり断ってみる。打ち首とか怖いし。
あと勇者の活動拠点は遠慮願いたい。
「ほら、ゼクス様がいないと眠り姫病が再発したときに対処できませんし……」
「眠り姫病は完治したはずです」
それでも不安なら2週に一度のペースで診察に来てもいい。成人後に発病した事例はないし、期間付きでなら面倒を見てもいいと思っている。
「ほら、プレセアの目も治していただかないといけませんし……」
「確かに深刻な問題だ」
「私の目は正常です!!」
悲しきかな。
俺には彼女の目を治せそうにない。
額に手を当て、「手遅れだ」というマイムをする。
そのあと顔を上げると王女の表情が変わっていた。
「ゼクス様はそれほどまでに私が嫌いですか?」
少しドキッとした。
王女殿下、さっきまで緊張の欠片も見えない柔らかな表情していたのに、真剣な表情するとそんな妖艶なの?
まあ魅力的なのは認めよう。
もったいないくらいの優良物件なのも認める。
だけど、好きになることは無いと思う。
「……ついさっき、パワハラにあったばかりでね」
――ゼクスのくせに私に口答えする気?
――私が逃げ切るまでそいつの相手をしてなさい!
――嫌いになるわよ!!
おっと、邪念が。
はらばりたや。
「分かりました。では、隣町の一軒家を買い与えましょう。それでいかがでしょうか?」
「それはまた、願ってもいないことですが」
「ではそのように手配いたしましょう。プレセア」
「はい、お嬢様」
おお、まじか。
さすが王族というかなんというか規模がでかい。
俺がしたことなんて光の流れを弄っただけなのにな。
ちょっと申し訳なくなる。
ま、貰える物は病気以外なら貰っておく主義だ。
ありがたく頂戴しよう。
*
翌日、隣町の外れに家を貰った。
その翌日、移住し、家具をそろえた。
そしてその翌日の事だった。
しがらみから解放されるっていうのは心地いいな、と思っていると客が来た。
その客は、白いローブを身に纏っていた。
すっごく既視感がある。
ツッコミどころも満載である。
「えへ」
女性がフードを外す。
中からあらわれたのはプレセアの艶やかな銀髪、ではなく。
「来ちゃった」
第三王女の綺麗な金色の髪だった。
え、何してんのマジで。