34話 夢のまた夢
番組の最後に大事(?)なお話があるので、そこまで読んでいただけると幸いです
つまり作戦はこうだ。
リンガネットたちが魔道具の作者を名乗り、実演。
その間俺達は二階で沈黙。
嵐が過ぎるのを天に祈る。
俺、ドラちゃん、リスチェの三人が、俺が寝室にしている二階の部屋から玄関前の様子を窺っていると、グレインたちが馬車から下りてきて、ドワーフの皆さんに声をかけた。
勇者一行がいよいよ室内に招き入れられる。
音を立てるな、息を殺せ。
「ゼクスさん、それは?」
「静かに。……下の様子を映してる」
「ああ、例のカメラですか」
映写魔道具ハチドリを一階に忍ばせておいた。
これで下の様子も手に取るようにわかる。
場面はちょうどリンガネットによる実演が始まったところのようだった。勇者一行の目が釘付けになる。よしよし、そのまま俺達の気配に気付かんでくれよ?
……あ、あれ?
リラだけは明後日の方向を向いてるぞ。
え、アイツ何探してんの。
さすがにドロボウなんてしないよな?
と、その時だ。
リラの唇が動いた。
『ゼクス……? いるの?』
……こわいこわいこわい。
なんで分かるの。
絆の力とか言わんでくれよ。
断ち切ったのは俺でも手放したのはお前なんだからな。いまさらそんなきれいごと言ってくれるなよ。
『ゼクス? 彼がここに居るのか?』
ほら! グレインの集中が切れたじゃないか。
『分からないわ。でも、感じる。ゼクスはここに居たのよ。もしかしたら今もいるかも……?」
おい待て、人の家をガサ入れしようとするな。
きちんと捜索令状取ってから来きやがれ。
『お、おい。リラ。そんな適当な理由で人さまの家を荒らすんじゃない』
いいぞグレイン言ってやれ。
『何よ、グレインだってこの前よそ様の家に上がり込んでタンスから薬草を拝借していたじゃない』
おいこら何してんだこの勇者一行。
窃盗犯じゃねぇか。捕らえろ。
二度と刑務所から出てくんな。
『そんな覚えはないが!?』
『あら、先代勇者の話だったかしら』
『歴代勇者に窃盗犯はいない!』
ちっ、リラの戯言か。
ほんとうに息をするように嘘を吐くなこいつ。
『そう。ところでリンガネットさん。お手洗いを借りたいのですけれど』
『あ、お手洗いはこちらです。案内します』
『いいわ、広い家じゃないもの。自分で探せるわ』
『そうですか』
待てや。
そいつを居間から出すんじゃねえよ馬鹿リンガネット。
「ドラちゃん、リスチェ、逃げるぞ!」
「ゼクスさん!?」
「承知。展開、アルブスアーラ」
リスチェが俺に抱えられ、俺がドラちゃんに抱えられる。南向きに設置された窓を開き、純白の翼を広げたドラちゃんが飛翔! しようとした!
「あ」
「羞恥、翼が引っかかった」
それはそれは。たいそう大きな音がしたそうな。
ドンドンドンと階段を駆け上がってくる音がする。
まずい。防犯システム作動。階段を斜面に。
坂にしている間は摩擦係数が限りなくゼロに近づく魔法陣も刻印済み。これで少しは時間を稼げ……。
待って。この音あれじゃん、三角跳びじゃん。
本格的にヤバイ。ドラちゃん早く……。
「ゼクス!?」
雷が落ちるような音を立てて扉が開かれた。
そこに立っていたのは、不安と安堵をない交ぜにしたような表情をする元幼馴染のリラ。
あれ? もっと怖い顔してるかと思ったぞ?
「……話を聞かせてもらおうじゃないの。一体誰の許可を得て女を二人も侍らせているの?」
と思ったら案の定鬼のような形相に変化したわ。
翼が生えた人間を見た驚きよりも俺が女性といることに対する激情の方が強いのかよ。なんでだよ。
「……人付き合いに許可がいるとは初耳だな。少なくとも、リラの許可が必要だと思ったことはねえよ」
「は? なに粋がってるの? あんたなんて私がいないとなんにもできないくせに」
「この状況見てよくそんな言葉口にできるな。っと、そういえばお前らの目は節穴だったか。悪い」
「調子に乗ってるんじゃないわよ!」
空気が軋んだ。
室内全体が冷気に覆われる。
リラの剣気ってこんなに強かったっけ?
なんか私怨とか混ざってない?
「あんたは大人しく私だけを見てればいいの! おとなしく平伏していればいいの!! いつまでもわがまま言ってないでさっさと戻ってきなさい」
……ははっ。
まあ、そうだよ、な。
(件が見せた幻想は、しょせん幻想か)
俺はいっつもそうだ。
悟った風を装ってみても、蓋を開けてみるまで一縷の望みに期待せずにはいられないんだ。
(俺の知る、幼いころのリラはもういない)
なんでだろうな。
どこで間違ったんだろうな。
俺はただ、あのころのリラと一緒に居られればよかったはずなのに、それだけでよかったはずなのに。
「ドラちゃん」
「承知」
一度翼を閉じ、窓枠を乗り越えるドラちゃん。
それから再び純白の翼を展開。
「ゼクス!」
「リラ、あのさ」
羽ばたこうとするドラちゃん。
入り口から窓まで一歩で移動するリラ。
別れを告げる俺。
「俺の帰る場所は、もうお前のもとじゃねぇんだ」
リラの手が、俺に届くかという刹那。
釣り針で引き上げられるような引力が体に加わる。
寸でのところでするりと抜け出す。
「待ちなさい!」
リラはホルスターからナイフを取り出すと、ドラちゃんの翼目掛けて投擲した。墜落死でもさせるつもりか。そこまで考えてないんだろうな。
「並展、クロセウスクルテル」
だが、ドラちゃんが呼び出した黄金色の千のナイフを前に叩き落される。さすが最強の機械人形。やるときはやる。
「ゼクス! あんた! 恩を仇で返すつもり!? 地獄に落ちるわよ!!」
「恩?」
「私が認めてあげなかったら、あんたなんかとっくの昔にお陀仏なんだから! 命の礼は命で尽くしなさいよ!!」
そうだな。
おかげさまで、ずいぶん振り回されたよ。
「もう尽くしただろ。十分に。もう放っておいてくれ」
*
ファクトリアはドラちゃんの顔が割れている。
王都アストレアはグレインたちの拠点がある。
ニキミタマはリスチェの命を狙う輩がいる。
こうしてみると、それぞれがそれぞれの場所で嫌われているように思えてくる。嫌われ者の集いだな。
そんな俺達の向かう先は西だ。西しかない。
アストレアが中心にあって、北東にファクトリア、東にニキミタマが存在する。南側には俺とリラの故郷があるから、必然西側が安全地帯になる。
「すみませんでした」
「どうしてリスチェが謝るんだよ」
「……私の身から出た錆なのは明白です」
「そだねー」
「責めないのですか?」
まあ原因を探ればリスチェが頻繁に訪問していたのが大きいだろう。だがまあそれを言うなら、俺が滞在を許していればよかったわけだし、それを問い詰めるのは少し違う気がする。
「まあ、確認したいこともあったしちょうどよかったよ」
「確認したいこと、ですか?」
「そ、幻想は幻想なのか実現しうるのか。ただまあ、夢はどうあがいても夢らしい」
ニキミタマで見た幻想。
リラが昔のリラでいる可能性。
思わず手を伸ばしそうになったあの風景はやはり幻で、そんな世界は虚構でしかなかった。
「いい機会だったんだ。どうせいつかは見つかっただろうしさ」
希望は失った。
だけど今日、現実を受け入れる覚悟を得た。
もう、ありもしない可能性に縋りはしない。
幻想にはとらわれないし、苛まれない。
総合的に見れば気持ちが楽になったからプラスだ。
「……正直に申しますと、ゼクスさんが今を選んでくれて、ほっとしている私がいます。決断を強いておいて喜んでいる私がいます」
「そっか」
「嫌いになりましたか?」
「そこまでリスチェに幻想抱いてねえよ」
出会いからして衝撃だったからな。
会ってすぐに婚姻を迫るな。
「むぅ、せいぜい余裕こいていてください。今に骨抜きにしてみせますから」
「否定、その役目は当機が遂行する。部外者に立ち入る余地は無い」
「なっ、ゼクスさん! ゼクスさんはどちらを選びますか!?」
こらこら。
俺の関与する余地の無いところで話を進めるな。
「さてな。とりあえず、隠遁生活が一番だな」
もし、ゼクスが出会ったのが人間の第三王女ではなく魔族の第三王女だったら。
もし、彼がもう少しだけ本編2話の要素が強いシリアスな性格だったなら。
もし、ほんのわずかなきっかけさえあったのならば、それは。
きっと別の物語を生み出していたはずです。
『勇者パーティを追放された鑑定士、第三王女につきまとわれる 畏怖-if-』
カクヨムにて掲載開始します。
(詳しいことは今日中に割烹に書くと思いますが、一話目から加筆ストーリーあります)
これを読んでるどれだけの人がカクヨム使ってるかわからないですが(多分少ないでしょうけど)、これを機に一緒に盛り上げていただけると幸いです。
下にリンク張っておくので、応援よろしくお願いします。





