32話 来た見た勝った
翌日も、その翌日もリンガネットはやって来た。
一方でリスチェはやって来ない。
やっぱり厄介事なんだろうな。
「なあ、何回来ても同じだって。弟子を取るつもりはない」
「諦めません、勝つまでは」
「じゃあ俺の負けでいいよ。んで破門な」
「んなっ」
はいはい、散った散った。
勝ったんだから諦めても悔いなんて残らないだろ。
ということで締め出す。
それから扉を閉めようとする。
しかし隙間に手を挟まれて止められる。
間隙から少女の瞳と目が合った。
深紅の虹彩には強い意志が灯っている。
「……あのさ。里に帰りたいってのは本心じゃないだろ」
ため息をつきながら、戸を開く。
「……いえ。里に帰りたいのは本当です」
「言い方が悪かったか? それともこう言ってほしいのか? それは一番の本音じゃないだろう?」
「どうしてそうお考えになられるのですか」
「追放されたことがあるから」
追放する側には追放するなりの正当な理由があるはずだ。だが、される側からしたら、どんな綺麗なお題目もただただ理不尽でしかない。
そんな不条理を突きつけた相手のもとに帰りたいだなんて壊れている。
国に帰らないといけないからには、国に帰ってから成し遂げたいことがあるはずなのだ。それが何か分からない限り手は貸せない。
「俺が考え得る可能性は三つだ。一つ、復讐。里に帰るというのは手段であり、目的は自身を馬鹿にしたやつらを見返す事」
「違います」
「ふーん?」
常々、少女からは悪感情がにじみ出ていたから一番あり得るかと思ったんだけどな。違ったらしい。
「二つ、亡命。そもそも成人の儀で認められなかったというのが嘘の可能性。追放を強いられた理由はリンガネットが犯罪者だからであり、匿ってくれる国を探している」
「それも違います」
これも違ったか。
本音を隠しているのはまず間違いないが、嘘も混じっている気がしたんだけどな。そして嘘が混ざっているとするならここだと踏んだんだが、あてが外れたらしい。
「三つ、愛。リンガネットの大事な人は故郷を離れられない状態であり、結ばれるためには一人前のドワーフとしてもらう必要がある」
「それも、違います」
そうかい。
考えた三つの可能性全部が外れかい。
なるほどなるほど。
「だったら、俺とリンガネットは分かり合えない。リンガネットも俺の考えを当てられない。相性最悪だ。他を当たってくれ」
「……」
ドアに指を掛けた少女の手を外す。
それから、今度こそ扉を閉める、その刹那。
「祖国は、魔族に支配されています」
扉の隙間からリンガネットが本音を打ち明けた。
「ゼクス様のいう三つの可能性、全てが間違っているわけではありません。目的は魔族に対する復讐。追放は魔族の支配から私を逃がすため。そんな私を愛してくれた人たちを、見捨てることなどできないのです」
リンガネットの語調はどんどん激しくなり、最後は血反吐を吐くように叩きつけていた。
しばし、沈黙が流れた。
ドアの向こうからは彼女の呼吸音が聞こえてくる。
最初は喘息のように荒かったそれも、少しずつ穏やかになっていく。やがて一息ついたのか、少女は懺悔するように呟いた。
「……お願いします、どうか、私を弟子にしてください」
あー、もう。
どうしてこう、俺の周りには厄介事を抱えた人が集まるのやら。見過ごそうものなら良心の呵責に苛まれるような悩みばかりが飛び込んでくる。俺は心理カウンセラーになんてなった覚えは無いぞ?
はぁ。
「仕方ないな」
閉めかけた扉を、開け放つ。
森の息吹が流れ込み、開放的な感覚を抱かせる。
そこには小さな女の子が泣き崩れていた。
その少女に俺は手を差し伸べる。
「時間が無いんだろ? 泣いてる暇なんてないぜ?」
「――っ」
ごしごしと涙を拭う少女。
それから、笑顔を見せる。
「はい! よろしくお願いします!!」
こうして、弟子育成計画は始まった。
*
と、いうことで。
回路と性質を全網羅目指してメモに記す。
それを片っ端から叩き込む。
ときおり練習問題を作り、回路を組み合わせた魔法陣を彼女自身に作成させる。ドワーフだけあって手先は器用であり、なかなか精密に刻印できている。
「あー、この組み方だとセグメンテーションフォルトが発生するな」
「でしたら、この直前に条件文を挿入してアクセスに制限を設ければいいのですね?」
「それでもいいが、ここは動的に領域を確保する方がいい。こっちの魔法陣を使用して……」
それが出来たら、次は仕様書の作成を教える。
これは完成品が満たすべき性質を定めた文書の事である。例えばドラちゃんの武装展開について、並列起動が可能かどうかなんかがこれにあたる。
「例えばモジュールAがこの魔法陣を使用中にモジュールBがこっちの魔法陣を使用するとどういう処理が起こる?」
「え、と。AはBの魔法陣の処理が終わるのを待ち、BはAの魔法陣の処理が終わるのを待って、処理がずっと終わらない?」
「そうだ。だからこの二つの魔法陣にはロックを掛けるんだ。どちらかをどこかのモジュールが使用中は、他のモジュールは使用できないと言ったようにな」
その次は設計図の作り方である。
数代前の魔王の技術は本当に馬鹿げていて、多重階層立体型魔法陣なんてものも存在する。要するにミルフィーユみたいに魔法陣が重なっている状態だ。
それを脳内で設計するというのはなかなか難しい。というのも、一箇所修正を施すと連鎖的に複数箇所直さないといけないなんてのはよくあることで、図面に示した方が結果的に早く仕上がるからだ。
「その設計図だとここに熱が溜まりやすい。負荷を分散させるか、排熱機構を用意するんだ」
「でしたら、ここの魔法陣とここの魔法陣を入れ替えて……」
「そうすると今度はこっちでコードが干渉するぞ」
「うぅ……」
そんなこんなで、あれからひと月半。
彼女がドワーフで筋が良かったこともあり、魔道具作成の基礎は叩き込めた、と思っている。
「リンガネット、魔道具作成のいろははこれまで。後はお前の創意工夫次第だ」
「師匠……?」
「国に帰るんだ。お前には、お前の帰りを持っている仲間がいるんだろ?」
「……っ」
リンガネットは心臓の上から掌を握した。
胸に手を当て、自身の使命を再確認するように。
それから瞳に覚悟を宿す。
そうだ。立ち止まってる余裕は無いはずだ。
「師匠、今まで、本当に、お世話になりました!」
リンガネットが勢いよく頭を下げる。
初めてあった日のように、ギリギリと歯と歯が擦れる音がする。そこにあるのは同じ悔しさかもしれないが、ベクトルは正反対だったように思う。
リンガネットは頭を上げなかった。
顔は見れなかったけれど、どんな表情をしているかは簡単に察せられた。だから俺は顔を上げろとは言わない。
「ほら、さっさと行ってこい。行って取り戻してこい。お前が失ったものを」
「……っ。失礼、します……!」
こうして、魔道具作成入門講座は終了した。
*
後日、とあるドワーフの里が魔族から解放されたというニュースが王都アストレアまで届く。ファクトリアにも届いていたのかもしれないが、そもそもファクトリアには足を運ばないから知らない。
どうやらリンガネットは、無事に仲間を救えたらしい。
これで心置きなくスローライフに専念できるな。
……と、この時までは思っていた。
「師匠! 師匠!」
ドンドン、と。
懐かしい声と共に扉が叩かれる。
このひと月半で聞きなれた声。
そう、リンガネットの声である。
「なんだリンガネットか。お礼参りでも、しに、き……」
警戒心ゼロで扉を開けてしまった。
うかつだった。
後悔。
そこにいたのは弟子のリンガネット。
を始めとする、ドワーフのご一行。
「弟子入り志願者を連れてきました! 師匠の技術を世界中に広めましょう!」
リンガネットがあんまりにもいい笑顔で言うもんだから、俺がこう返したのも仕方がないと思うんだ。
「お前破門」
「なっ!? し、師匠!? そんな殺生な!?」
青く晴れた空、白い雲。
澄んだ森に、ドワーフの少女の声が響く。
「しぃぃぃしょおぉぉぉぉぉぅぅぅ!!」





