30話 弟子?
3行でわかる前回までのあらすじ
1.主人公ゼクスにご執心の第三王女リスチェが誘拐される
2.犯人はニキミタマ領主だった
3.オートマタのドラちゃんや侍女プレセアとともにこれを解決
4.めでたしめでたし
一つ、心配していたことがある。
リスチェの事だ。
彼女は今まで俺に付きまとっていた。
彼女は「このお方と結ばれるといい事がある。そんな『香り』がしたのです」と言っていた。
この結ばれるというのが縁結びの事なのか結婚の事なのかは分からない。だがしかし、彼女の言う「いい事」というのは、先日の誘拐事件を示しているのではないか。そう思っていた。
要するに、お払い箱になるんじゃないか。
俺はどこかで、そんな不安を抱いていたのだ。
「ゼ、クスさーん! あっそびましょー!」
そんな事は無かったぜ。
二階から見た窓の外にはワンピース姿のリスチェがいた。王女っぽさが微塵もねえ! なんならリラより幼馴染感がある。なんだこれ。
「おじゃましまーす」
「なあリスチェ。毎度思うんだけどさ、王城からここまで結構な距離あるよな? 毎回ここまでどうやってきてるの?」
「乙女の秘密です」
マジで謎だ。
監視カメラに映らないのは避けているにしても、こんな朝早くからここに来れるってどういうことだ。いったい何時に起きてるんだよ。……ん?
「なあリスチェ。一応聞くけど、王城には帰ってるんだよな?」
「……乙女の秘密です?」
「もしもし、あ、プレセア?」
「あーっ! お客様困ります!! お客様! あっ! お客様! あぁ困ります!!」
まあ通信してる振りなわけだが。
この反応を見るに帰ってないのは間違いないな。
ラ・ヨダソウ・スティアーナ。
「い、一応帰るときは帰りますよ? 執務とかもありますし……」
「働いてたんだ」
そういえば王女だった。
王女のおしごとがどんなのかは知らないけど、リスチェはリスチェなりに頑張っているらしい。
「プレセアに出来ない分は私がしてます。8割ほど」
「なるほどパレートの法則か」
パレートの法則というのは、例えば小売店の商品の内2割の商品が8割の売り上げに貢献しているといった仕組みの事である。
つまりリスチェの仕事は2割に違いない。
「で、帰ってない時はどうしてたんだ。まさか王女が野宿してるわけじゃないだろ?」
「王女でも野営に興味はありますよ。経験は無いですけれど」
「聞いてない聞いてない。どこに泊まってるんだって聞いてるの」
これ以上誤魔化せないと悟ったのか。
頬を掻き、観念するリスチェ。
「ほら、私って高貴じゃないですか」
「甚だ遺憾なことに」
「別荘だってあるんですよ」
「……」
「基本的にファクトリアで過ごしてます。きゃぴっ」
きゃぴっ、じゃねえよぶりっこ。
そう言えばぶりっこのぶりってかまととぶるのぶるらしいね。ずっとかわいこぶるのぶるだと思ってたよ。ぶるぶる。
「いや、私にも言い分はあるんですよ!? ほら、実際私の命を狙っている貴族だっていたでしょう? 王城なんて危険な場所に帰るわけにもいかなかったんですよ」
「そっか、ニキミタマ領主は捕まったからもう安心だな。国へお帰り」
「森へただいま!」
うるせえ誰が森だ。
ここが森だったわ。
「それに、私を狙っているのがフジワラ侯爵だけとは限りません。というより、フレデリカお姉さまやアルメリアお姉さまを支持する貴族からすると私は目の下のたんこぶみたいなものです」
「麦粒腫殿下」
「あれって麦粒腫って学術名だったんですか」
あれというのはものもらいとか言われるあれのことだ。痛いよね。
「まあそんななので、いつまた命を狙われるやら」
「いやいつまでもファクトリアにいたらそれはそれで危ないだろ」
行動パターンとか把握されそうだし、待ち伏せとかもされそうだ。ファクトリアからこの家までの道のりなんて危なすぎるぞ。
「ということで、ここにおいてください」
「ええ……」
この人自分が命狙われてるってわかった上で言ってる? 何平然と人を危険に巻き込んじゃってくれてんのさ。
「ほら、結婚もしていない男女が一つ屋根の下で寝るって言うのは良くないだろ」
「ふむ、つまりそれはプロポーズ――」
「じゃないです」
「なんでですか! 大体、サンドラさんとは同棲してるじゃないですか!」
「残念。ドラちゃんは機械人形、性別はない」
「ぐぬぬ」
この理論武装をはたして破れるかな?
「いだだだだ、ドラちゃんなに?」
「要求、当機はゼクスに好意を抱いている。蔑ろにされるのは悲しい」
「あれ? 最初に会った時ドラちゃんが女性っていうの否定してなかった!?」
「肯定、だけど当機にだって感情がある。今は別の感情を抱いていてもおかしくはない」
わけわかめ。
これが女心は難しいってやつか?
なんか違う気がするぞ。
「なるほど、つまり私がここに住んでも問題ないということですね」
「拒否、当機とゼクスの居場所に割り込まないでほしい」
「あれ? サンドラさんはどっちの味方なんです?」
「回答、当機はゼクスの味方」
思いっきり不利益になる発言してたけどね。
「割り込むも何も、私の方がゼクスさんと先に知り合ったのですが?」
「承知、だけど一緒に居た時間は当機の方が長い」
「恋愛は時間じゃないんですー」
「返答、それならなおさら王女に割り込む余地はない」
「ぐぬぅぅぅ」
お、ドラちゃんがリスチェを言い負かしてる。
すげぇ。争いの火種はすげえ低次元だけど。
「ゼクスさんはどちらが大切ですか!?」
「お、誰か来たみたいだ」
おっと、こっちに飛び火させんなし。
こういう時の正解択はいつも一つ。
三十六計逃げるに如かずだ。
「さらっと嘘を吐かないでください!?」
「決めつけ良くない。瓢箪から駒ってこともある」
「嘘じゃないですか!?」
瓢箪から駒。
瓢箪から駒が出るぞーってホラを吹いたら本当に駒が出てしまったとかいうお話。嘘から出た実に同じ。
「分かりました。それじゃあ賭けをしましょう」
「ドラちゃん! 賭博罪だ。逮捕!」
「了解! 捕縛シークエンスに移行する!」
「ええい! カオスですか!」
なんか怒られた。理不尽。
だいたいドラちゃんとリスチェのせいだと思うの。
「扉の前に誰かいたらゼクスさんの勝ちです。私に婚約を迫るなり指輪をプレゼントするなり好きにしてください」
「どこからその自信湧いてきた」
「その代わり、誰もいなかったら私のお願い事を一つ聞いてもら、いま、す、から……?」
「どうした?」
扉を見て固まるリスチェ。
なんだ? 扉に何かあるのか?
「ちょちょちょ、少々お待ちくださいゼクスさん? ほら、長引いた方が客が来る可能性が上がりますしゼクスさんにとっても悪い提案じゃないでしょう?」
扉に手を掛けると、必死に食い止めようとするリスチェ。口は笑ってるけどまるで笑ってない。こわ。
「とりあえずリスチェが理不尽な要求をしようとしている事だけ分かった」
「そ、そうですね。ちょーっとだけ不公平でしたので賭けの内容を決め直しましょうそうしましょう」
取り敢えずその作り笑いひっこめてくれ。
スマイルテイクオフで。
いや色々とアウトなんだけどさ。
というかやけに焦ってるな。
「……リスチェ、もしかして扉の向こうに誰かいるのか?」
「……黙秘します」
沈黙は肯定と見なす。
「なーんてな。こんな辺境の地に押し掛けてくる変わり者なんてそうそういないよな」
「あ、あれ? 私いま変わり者扱いされました?」
ドアノブに掛けていた右手を離す。
そしてリスチェの思考リソースを奪い、視線誘導。
右手に集中させている間に左手をドアノブへ。
「はいオープンザドア!」
「ああっ!? ズルいです!」
「で、押し掛けて来たのは誰だって?」
家の前には、小さな女の子がいた。
びくびくと怯えているようだ。
「ひっ、あ、あの」
それでも意を決したようにこう言った。
「で、弟子にしてください!!」
ということで。
「リスチェ、賭けは俺の勝ちだな」
「今その話します!?」





