29話 断罪
第三王女誘拐事件。
ある夜会に計画された犯罪はしかし、第三王女の雇った用心棒によって頓挫させられることになった。
誘拐犯は捕まり、王女も無事に帰ってきた。
これにて一件落着、とはいかない。
「面を上げよ、フジワラ侯爵」
「はっ」
ここは、王城。
事件翌日の昼下がり。
主犯格のニキミタマ領主は、国王を交えて審問を受けている最中だった。
「お主にリスチェリカ誘拐の容疑がかかっている。何か言うことはあるか?」
「そんな、滅相もございません。第三王女殿下を誘拐するなど、天に誓って決して」
ニキミタマではお天道様を至上の存在としている。
王都アストレア風に言うと神に誓ってと同義だ。
嘘ならば如何なる誅罰をも受けようという宣誓だ。
どうしてこの領主はこうも平然としていられるのかと言うと、証拠なんて出てこないと確信しているからだ。
この計画は第三王女が眠り姫病になる前から練ってきた計画であり、綻びなどないと確信しているからである。
「ほう、左様であるか」
「はっ」
「では、これらについてはどう釈明する?」
「は?」
アストレア国王が提示したのは契約書。
第三王女の誘拐を成功させれば、協力者一人一人に対して多額の金銭を支払うという契約書だ。
当然、ニキミタマ領主にそのような覚えはない。
「偽造でございます! 決してこのようなことは」
「フジワラ侯爵よ。お主は先ほど天に誓ったではないか。嘘をつけば神罰が下るぞ」
「嘘などではございません!!」
当然、狼狽する。
出てくるはずがないのだ、そんな物的証拠。
隠滅のし忘れなどではない。
そもそも存在しないのだ。
だから自信をもって返答する。
それは偽物の契約書であると。
「そうか。ではこれはどう説明する?」
「そ、それは……?」
「筆跡鑑定書だ。お主の筆跡と契約書の筆跡が合致した」
「そんな馬鹿な!?」
王都アストレアに限らず、大国には必ず筆跡鑑定士という役職が存在する。その筆跡鑑定士が、この契約書の署名は確かにフジワラ侯爵の筆跡だと答えたのである。
言い逃れは出来ない。
「何かの間違いです! 私は決して!」
その時、領主は契約書の一点に気付いた。
そう、署名印である。
「そ、そうです! 署名印をお調べください! そうすればすぐに分かるはずです!」
「なるほどの」
厳重に守ってきた自信があるからこそ、比べればそれが偽物であることなどすぐに分かるに違いない。
だが無意味だ。国王は新たに証拠を提示する。
「だがな、印も含めて既に照合済みだ。夜会の招待状に使用された印と契約書の印が完全に合致した」
「……は?」
そんな馬鹿なことがあるか。
領主はずかずかと王に近寄り、契約書をぶん取る。
そこには確かに、自分の字と見慣れた印が押されていた。
「ありえないありえないありえない」
「何があり得ないというのだ?」
「こんな証拠出てくるはずがない、私は無実です!」
領主は契約書を破り捨てたくなる衝動に駆られた。
しかし、そうすれば今度こそ証拠隠滅の罪科でお縄に掛かってしまう。ギリギリのところで理性が働き、かろうじて首の皮一枚繋ぐことに成功する。
「ふむ、フジワラ侯爵よ。いっそ、はめられたのかと疑いたくなるような態度だな」
「そうです! 何者かが私を陥れようとしているのです!」
その時、領主は昨夜の事を思い出す。
不遜な態度を取っていた青年。
あれが自分を陥れようとしている可能性に。
「そうです! 昨日、怪しい青年を見かけました。あいつが私を陥れようとしているのです! 私の計画は完璧だ。こんな綻びが見つかる、なんて……」
その時、国王が笑った。
悲しそうに、残念だというように。
「そうだ。これはある青年からのタレコミだ。本来なら取り合わないが、リスチェリカがどうしてもというのでな」
王は半信半疑だった。
信じている半分は娘のリスチェリカのこと。
疑っていた半分はある青年のこと。
その真偽を確かめるために用意されたのが、今回の審問会である。そして残念なことに、タレコミが正しいことが判明してしまった。
「お主の領地ではこのような格言があったな、侯爵よ。問うに落ちず語るに落ちる、と」
「お、お待ちください!」
領主は言った。「私の計画は完璧だ」、「こんな綻びが見つかるなんて」と。いったい何を企てていたというのやら、聞くまでもない。
「判決を言い渡す。ニキミタマ領主は有罪」
「そ、そんな!!」
「もはや釈明の余地無し。捕らえよ!」
王の一声で周囲に待機していた騎士たちが一斉に動き出し、フジワラ侯爵を取り囲む。
「ふざけるな! 私を誰だと思っている! ニキミタマを統治する者だぞ!?」
頭を押さえつけられ、床に顔を擦り付けながら領主が吠える。こんなはずではなかったのだ。綿密に練り上げた計画は、こんな簡単に瓦解する物ではないはずなのだ。
「お主はもはや領主ではない。第三王女誘拐犯だ」
「違う違う違う! 私はァ!! んぐっ!」
手足を縛られ、猿轡をかまされる領主。
フジワラはどこまでも落ちていく。
もはや這い上がることもできないほどに。
こうして、第三王女誘拐事件は幕を下ろした。
*
「それで、この契約書はどう用意したのですか?」
「なんでしれっと俺んちの椅子に腰かけてんのリスチェ」
「お邪魔しております」
「事後報告か」
夜会があった翌々日。
家でのんびりしているとリスチェが押しかけて来ていた。押し掛けてきたではなく来ていたのである。朝起きるとリビングで待機してた。いつか寝首をかかれるんじゃなかろうか。
「で、契約書だったか? さあな。ニキミタマ領主がうっかり屋さんで、どっかからぽろっと出てきたのかもしれないぞ」
「外部の共犯者たちが証言しています。ゼクス様が契約書を持ち込んで、署名をさせられたと」
「ちっ、口の軽いやつらだ」
契約書である以上、雇用主と労働者、両方の名前が必要になる。俺が奴らを生かしておいたのは労働者として署名させるためである。罪を許すつもりはないからな、せいぜい罰せられて来い。
「ニキミタマ領主の反応もうかがっておりましたが、どうやら本当に心当たりが無かったご様子。いったいどうやって用意したのですか?」
「あー……」
どうすっかなー。
正直に答えるべきか?
ていうか嘘ついても無駄か。
どうせリスチェの嗅覚の前ではごまかせない。
「捕まえないでくれよ?」
「逮捕なんてするはずないでしょう」
「ならいいんだけどさ……ちょっと待て逮捕以外に何をする気だ」
「うふふ」
こわい。
監禁とかされたらどうしよう。
今度ドラちゃんに俺の場所を追跡できるモジュールを搭載しておかないといけないな。
「知っての通り、俺は手先が器用だ」
「精密な魔道具をお作りになられますものね」
「そして目もいい」
「一目で私の病名を言い当てましたものね」
「そして出席者リストでニキミタマ領主の筆跡と印は確認済み」
「……」
「……」
沈黙が流れた。
おいおい、みなまで言わせてくれるな。
察してくれ。
「あの、ということは、あの文字はゼクスさんが真似たもので、署名印は贋作ということですか」
「そんな悪行思いつきもしなかったぞ」
「そういうことなんですね!?」
「黙秘権を行使する」
まだ捕まりたくない。
いやこの先一生捕まりたくないけどさ。
この口ではっきり言いたくはない。
「問題無いだろ。結局、偽造の可能性があるって証拠として認められなかったんだし、第一本人が罪を認めたらしいじゃねえか」
プレセアから聞いた。
「そ、それはそうですが」
「それともなんだ。主犯は不明のままにしておいた方が良かったのか?」
「い、いえ。そういうわけでは……」
リスチェはしばらく顔を右往左往させたが、やがて小さくため息をついた。それから顔を上げて、柔らかく微笑んだ。
「そうですね。ゼクスさんには、また助けられちゃいましたね」
それから優雅に席を立ち、俺の前まで移動。
なんか振る舞いが王女っぽい。
これ本当にリスチェか?
「ゼクスさん、結婚してください」
「や、それは断る」
「はぅあっ」
よかった、リスチェだったわ。
後書きではお久しぶりです。
実は、次話以降で登場予定だった新キャラが本当に必要かどうか問題に面していて、展開を見直したく思います。
次回更新は未定ですが気長にお待ちいただければ幸いです。





