26話 ドローンではない
極東の怪異事件も解決し、再び平凡な日常に帰ってきた。ニキミタマを去る前にはプレセアに連絡を入れておいたこともあり、リスチェは既に王城だ。騒音を立てる者はもはやいない。
辺境の森奥は今日ものどかです。
「よし、ドラちゃん。新モジュールと接続するぞ」
「了承、どこまでもクレバーに搭載してみせます」
どこかで聞き覚えのある台詞だな。
なんてことを思いながら、新たに制作した視覚映像取得魔道具と通信する回路をドラちゃんに増設する。すばらしき拡張性、すばらしきオープンクローズド。ドラちゃんを開発した数代前の魔王は天才だ。
「……驚嘆。これは、一体?」
取得した映像にドラちゃんが感嘆する。
そうだろうそうだろう。
これは世紀の大発明だからな。
「無人航空映像取得魔道具。名付けてハチドリだ」
指を肩の高さに上げると、空からハチドリと命名された魔道具がパタパタと降りてきて、枝にとまるように捕まった。その見た目はどう見ても鳥のミニチュアだ。
だが、本質は視覚映像取得魔道具。
要するに、空中から撮影できるカメラだ。
もともとは鳥を目指していたが、小型化しているうちにハチドリという鳥に似た構造になっていた。その為名前もハチドリだ。安直。
ちなみにモチーフになったハチドリは羽を休める暇なく自転車操業で餌を取り続ける必要があるけれど、この魔道具にその必要はない。普通に羽休めできる。エネルギー源が空中の魔素だからこそできる荒業だ。
「どうだ、空から見る景色ってのは新鮮だろ?」
「肯定、文字通り視野が広がる」
再びハチドリを空中に飛ばす。
その翼を高速で羽ばたかせて浮揚する。
燃費が悪い原因はこれなんだよな。
どうにか改善できたらいいんだけど、鳥とか虫とかをモチーフにしている時点で限界がある気がする。まあ新案を思いついたら改良でいいだろ。
「じゃあ、接続テストも終わったし野に放つか」
窓を開けて、外に出す。
ドラちゃんの第19の目が空に飛んでいった。
文面がわけわからなすぎる。
内訳は言うまでもないかもしれないが、両目に二つとその辺に定点タイプの物が16個、そしてこれが19個目だ。目だけに19個「目」ってか。は?
「……報告。王女の到来を確認」
「お、おう。リスチェはいつも新しい魔道具が出来たタイミングで来るな……」
「報告、何故かこちらをじっと見ています」
「リスチェの鼻はおかしいから仕方ない」
ハチドリはとても小さく、空を飛ばしていれば見つけることも困難なはずなのだが嗅覚の前では無意味らしい。
「報告、王女が全速力で接近中」
「逃げれそう?」
「算出、到着は12秒後」
「うん無理だね」
もうすぐそこまで来てんじゃん。
「今あなたのおうちの前にいるの」じゃん。
電話を取ったら後ろからバッサリ殺されそう。
たちの悪いことに鍵も持ってんだよね、あの王女。
「ゼクスさん! 濃厚なお金の匂いがする鳥が空に」
「金の匂い言うなし」
「金のなる鳥が空に!!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは言うまでもない、第三王女のリスチェである。俺が作った魔道具は一つ残らず看破されそうだな。看破? 嗅破というべきか? キュウハ!!
とにもかくにもこの王女のテンションをある程度下げなければ話にならない。俺は人差し指を止まり木にして、ハチドリが戻ってくるのを待つ。
「お、おお! ゼクスさんのペットでしたか」
「ペットじゃなくて魔道具な」
「ほえ? これも魔道具なのですか? 鳥にしか見えませんね……。これは何をする魔道具なのですか?」
「空中から撮影」
リスチェの眼光がぎらついた。そりゃもう猛禽類のように。狙った獲物は逃がさない、そんな感じ。
「ゼクスさん、こちらの量産は――」
「考えていません」
「はぅあっ」
がくりと膝をついて倒れるリスチェ。
劇団女優か何かか。王女ってそうことも勉強するのかな? してそう、完全に偏見だけど。ニキミタマの領主は能とか歌舞伎とかに精通してるって聞いたし。
「……で、でしたら、レンタルさせていただけませんか?」
「レンタル?」
「はい」
パンパンと衣服に出来たシワを伸ばしてリスチェが言う。いやいやシワが気になるならそんなオーバーなリアクション取らなければいいのに。
「実は明日、夜会があるのですけれどどうにも不吉な『香り』がするのですよね」
「方々から恨み買ってるとか言ってたもんな」
「渡る世間は鬼ばかりでしたねぇ」
からからと何でもないように言っているが、それでも生きてこれたのは彼女が異常嗅覚の持ち主だからに他ならない。
まあ危険な目に合っているのもその鼻によるものなのだけれど。
彼女は第三王女という立場にありながら、その嗅覚で幾度となく王都アストレアを救って来た。平民からの支持も厚く、王位継承権が覆りかねないほどの面目躍如っぷりだったらしい。
そのおかげで、第一王女派閥と第二王女派閥の両方から恨まれているとかなんとか。当の本人は女王になるつもりが無いらしいのにご苦労な事である。
「で、その対策にこの魔道具を使いたいと……?」
「杞憂で終わればよいのですが、あいにくこの嗅覚が外れたことはございませんゆえ」
ふむ。
まあ、貸すくらいなら全然問題ない。
映写機の方もドラちゃんが収納して王城まで持ち込んでくれればいいわけだし、それも問題ない。
俺が気になっているのは、それが対策になるのかということだ。
「この魔道具があればその危険はどうにかなりそうなのか?」
「あはは、相手の出方次第ですねぇ。問答無用で殺しに来るタイプの方が相手でしたら無駄な足掻きですけど、殺すつもりのない方が相手なら有効だと思いますよ」
「……」
果たして、一国の王女を殺すような相手がいるだろうか。微妙だな。王女だから殺されないと考えることもできるし、王女だからこそ殺されると推測することもできる。結局は見えない相手の思考思想を推測するしか方法はない。
……見えない、相手?
本当にそうか?
リスチェを狙ってるやつに心当たりがある気がするんだよな。いや、気のせいか? 貴族の夜会なんかに参加したことはない。リスチェを狙うような輩と接触する機会なんてなかったはずだ。
うーん、もやもやする。
「よし、俺も王城に行くか」
「っ!? ゼ、ゼクスさん、そ、そんな。ついに私と婚約をお決めに……?」
「よく命が危ないって言う状況でそっちに振りきれるな……」
あれか。
こどもの頃から死線を潜り過ぎて感覚でも麻痺してるのか。あり得そう。スラムで育った子供がスラムを危険だと考えるかということだ。俺はスラム育ちじゃないから知らない。
「ですが夜会は貴族関係者以外は入れませんよ?」
「俺、視力も夜目も自信あるんだ。城壁とか、遠くから怪しいやつがいないか監視するだけで夜会には参加しない」
「ちぇー」
「言葉遣いに威厳が無い」
口を尖らせるリスチェ。
そこに王女の面影は見当たらない。
ただ顔立ちがいいだけの町娘と言われても分からないだろう、俺のような目の持ち主でもない限り。
リスチェも年頃の女の子でしかない。
そんな女の子が命張ってんだから怖い所だよ、権力が跋扈する舞台って言うのは。
はぁ。
「俺じゃ不満か?」
「……ゼクスさんはズルいです」
「そっか、じゃあ自宅待機しとくわ」
「ズルいです!! 行-きーまーしょー!!」
ま、たまにはいいだろ。
ここまで好意を向けてくれる相手なんてそう簡単に出会えない。どこの誰ともわからん奴に奪われるなんてぞっとしない。
「分かった分かった。ドラちゃんもついて来てくれる?」
「承知、いつもおそばに」
さて、その面拝ませてもらおうか。





