25話 勇者パーティのシフォン
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ゼクスたちが東のニキミタマに向かっているころ。
勇者グレインは、パーティメンバーのシフォンから王国の秘匿情報を聞いているところだった。
「なんだって?」
「だから、四天王の一人が捕縛されたのよ」
「確かな情報なのかい? シフォン」
「情報源はアルメリア殿下。この意味分かるでしょ」
「う、ん? 信じればいいのか疑えばいいのか」
シフォンは勇者パーティの魔術師だ。
同時に、第二王女派閥の貴族の令嬢でもある。
飾らずに言えば、第二王女に箔をつける要員だ。
アルメリアが女王になるためには第一王女を蹴落とす必要がある。
だが、例えば暗殺したとして、それで民衆がアルメリアの統治を受け入れなければ意味がない。彼女を主君とするくらいなら、クーデターを起こしてでもリスチェリカを女王にしようとする者が現れては困るのだ。
だが、勇者パーティの魔術師が第二王女を支持しているとすればどうだろう。勇者パーティという後ろ盾があると分かっていながら蜂起する者は、そうではない場合と比べてずっと少ないはずだ。
彼女が勇者パーティに埋め込まれた裏側にはそんな思惑があった。シフォンはあまり快く思ってはいなかったが、こうして秘匿情報が得られる立場を便利だと思わなかったと言えば嘘になる。
「仮に本当なら、ぜひパーティに迎え入れたいね。一体どこの誰なんだい?」
捕らえるのは殺すよりもずっと難しい。
殺すのならば全力で立ち向かえばいいが、捕らえるためには手加減が必要だからだ。つまり、魔族を捕らえた人物は四天王を前にしてめいっぱい力加減ができるほどの実力者ということになる。
もっともそれは一般論であり、不死魔族相手には当てはまらないのだが。
「分からないの。アルメリア殿下はリスチェリカ殿下の仕業だって喚いていたけれど、当人はそれを否定。真相は闇の中よ」
「第一王女殿下のシンパの可能性は?」
「それなら今頃お祭り騒ぎね」
フレデリカ第一王女を支持する者が成し遂げたのならば、もっと大々的に喧伝している頃合いだ。逆説的に、第一王女側も貢献者が誰なのか把握できていないのが分かる。
つまるところ、第一王女派でも第二王女派でもない人物で間違いないのだ。だが、それ以上のことが分からない。だからこそアルメリアはリスチェリカの仕業と考えたわけで、都合よく動かない妹に憤慨した。
「そうか。最近はどうにも星のめぐりが良くないな」
「星のめぐり?」
「ん? ああ、前までは倒せていた魔物に苦戦することが増えただろ。どうにも不穏な空気が纏わりついている気がしてならないんだ」
「キザったい言い回しね」
言いながら、シフォンが考えていたのは別の事。
パーティが立ち回らなくなった理由である。
グレインはこれを星のめぐりと評したが、どうにもシフォンにはもっと単純な理由に思えて仕方ない。
「だったら、ゼクスを呼び戻せばいいじゃない。あいつがいなくなってからでしょ? パーティがうまく機能しなくなったの」
貴族社会を見てきた彼女だからこそ、目をそむけたくなるような真実と向き合うことができた。どうしてたかが鑑定士がいなくなっただけでこのありさまなのかは分からないが、彼の有無と現状が無関係だと割り切るわけにはいかなかった。
「僕の前であいつの名前を出すな!」
だが、グレインには到底受け入れがたい話だった。
ゼクスに追放を言い渡したのは他ならぬ彼だ。追放を取り消すのは自身の過ちの受容にほかならない。
「す、すまない」
それがつい最近の出来事であったのなら、謝るという選択肢もあったかもしれない。しかし現実には相応の時間が経過しており、謝罪しに行こうにもどうにも時分を見誤ったようにしか思えなかったのだ。
「……そうだ、前にアルメリア殿下が功績を上げたと話していただろう? それはどうなったんだ?」
「ああ、あの通信魔道具?」
アルメリア王女によって量産態勢が整えられた通信魔道具。つまり、ゼクスが技術提供した商品の事を、二人は話し始めた。
「そうだ。あれは一朝一夕の技術じゃない。魔道具に関するノウハウを持っている人間は見つかったか?」
未だ謎が多い魔道具という分野。
そこに突如現れたオーバーテクノロジー。
グレインは通信魔道具の話を聞いた時、その職人こそ人魔大戦の勝敗を握るカギだと予感していた。だからこそ、叶うのなら直接会いたいと考えていた。
「いいえ。まったく」
「……そうか」
「アルメリア殿下がここまで情報を秘匿するなんて珍しいわ。そういう契約でもしているのかしらね」
シフォンは予測を立てた。
どんな経路かは知らないが、第二王女は独自のルートで魔道具職人とコネクションを持った。どうにか技術提供の契約を結んだものの、そこには身元を徹底的に秘匿するという条件があったのだろうと。
実際には独自のルートではなく第三王女からのタレコミであるし、ゼクスの事を秘匿しているのはリスチェリカから「どこからフレデリカお姉さまの耳に入るか分かりませんのでくれぐれも内密に」と言われたからでしかない。
全てはリスチェリカの手の平の上なのである。
「でも、妙な噂は聞いたわね」
「どんな話だい?」
「あくまで噂よ? どうにも、王都に魔道具を流通させようとしている動きがあるらしいの」
「なんだって?」
シフォンはあくまで噂だと、真に受けるなと警告しているが、その噂はきちんと根拠がある噂だった。
というのも、リスチェリカはゼクスから買い集めた魔道具を一定量、王城内で使用できるようにしたからである。もちろん匿名で、ひっそりと。
すると王城を訪れた者は、アストレアでは魔道具の研究が進んでいると解釈する。それは人から人に伝わる際に、いつしかアストレアが魔道具の仕組みを解明すると言われ、やがて王都に広く流通するのも時間の問題とささやかれ始めたのである。
論理の飛躍こそあるが、王城内で魔道具が広まり始めたのは紛れもない真実だ。だとすれば、城下町に広まり始めるのも時間の問題と考えるのもあながち間違いとは言えない。
「まさか、件の職人はこの王都を拠点にしている?」
「その可能性は無きにしも非ずね。でも、言った通りあくまで噂よ」
「……いや違う。やっぱり王都、あるいは近辺に間違いなくいる」
グレインが何かに気付いた。
反芻するように考えを論証し、確信に至る。
「話を聞く限り、その職人は身元を隠したがっているんだろ? 自分から王城に足を運んで契約を取り付けたとは考えづらい」
「確かにそうかもしれないけど、無いとも言えないでしょ?」
「仮にそうだとしても、アルメリア殿下が対応に出るのはおかしいんだ」
「どうして?」
「アルメリア殿下にそんな能はない」
「あんた不敬罪で捕まるわよ」
しまったと顔に出すグレインに、シフォンはあきれながらも続きを促す。グレインはしばらく口を手で押さえていたが、やがて観念するように推理の続きを語り出した。
「アルメリア殿下が、その職人を訪ねたと考えるべきなんだ。だけど、アルメリア殿下が長期間城を離れた記録はない」
「だからこの近辺にいると?」
シフォンの問いに、グレインは「ああ」と答えて首肯する。だがシフォンはなおも猜疑的だ。
「それはどうかしらね。使者を遣った可能性だってあるわ」
「それなら殿下が秘匿する理由が分からなくなる」
シフォンは確かに一理あると考えた。
だが、結論を導くには情報が少なすぎる。
どれも推論の域を出ない。
「……さて、どうかしらね」
今はどれだけ議論をしたって無意味だ。
だからシフォンは考えるのをやめた。
それから二人は、たわいもない話題を二つ三つ語り合い、メンバーが集まるまでの時間を費やしたのだった。





