22話 賽は投げられた、四の五の言っても仕方ない
「え? 未来見えないんですか?」
そんな魚人が人間に「え? エラ呼吸できないんですか?」って言う感じで言われても困る。できないものはできないよ。
「ですが、一度は見えたんですよね?」
あんまり気持ちいい物じゃなかったけどな。
頭は痛いし視界はぐるぐるするし、吐き気も催せば鼻血だって出そうだった。もし仮に未来が見えるとしても、可能な限り見たくはない。
「頑張ってください! 人類1兆人の運命がゼクスさんの手に掛かっているんですよ!」
「そんなにはいないだろ」
「未来に生まれてくる子供を含んだ数です」
「人類史止まってるじゃねえか」
しかしまあ、正論なんだよな。
気持ち悪いからやりたくないなんて言ってる場合じゃないか。そうやって選択を先延ばしにした結果がこの切羽詰まった現状だ。打開の手段が残されている内は、全ての可能性を試すしかない。
できなければできないで仕方ない。
試したという事実が大事なんだ。
……うぉし、やるぞ。
こう、分岐する未来が折り重なる感じで……。
「あぐぁ……っ!?」
映し出されたのは数多の可能性。
無数に広がる未来の軌跡。
「ごふっ」
ああ、胸糞悪い。
なんだよ、これ。なんなんだよ。
「ゼクスさん!? 大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。ちゃんと……見てきたから」
「見てきたって、まさか未来を!?」
口を開くのもしんどい。
首肯で返す。
「申し訳ございませんでした。こんなにもゼクスさんに負担をかけるものとはつゆ知らず……」
大丈夫、二回目だからか、ある程度目眩には慣れたから。これ以上は慣れる事は無いと思うけれど、最初ほど負担がかかったわけじゃない。
吐きそうになったのは、違う理由だ。
「……全部の未来が、魔族との抗争に繋がってた」
その全てを、一瞬で脳に焼き付けられた。
いくつも、いくつも見てきた。
プレセアが犠牲になる瞬間を、ドラちゃんが死ぬ未来を、リスチェが殺される世界を、何度となく見せられてきた。
気持ち悪い。
胃の内容物が逆流するように込み上げてくる。
「件の予言は絶対だ。世界がどんな歴史を歩もうとしても、人魔大戦という中継地点は必ず通るように出来ていた」
どんな未来を選んだっていっしょくた。
俺達の選択に関わらず、歴史は導かれるように人類と魔族を殺し合いに結び付ける。俺が件同様に未来を決定する力を持っていたとしても、そもそも存在しない未来を掴み取ることはできない。虚空に手を伸ばしたって何も掴めないのとおんなじだ。
「件の予言を後出しで覆すことはできない……ということですか」
「……すまない」
俺にできたことと言えば、せいぜいその結末を可能な限り遅らせる事。それでも一年が限界だった。ちょうど今から一年後、人魔大戦が再発する。
「でしたら! 件が予言するより先に、未来を確定させてしまいましょう!」
「……は?」
この王女は一体何を言っているんだ。
「サンドラさん、その手の妖怪は?」
「検討、該当候補はチャブクロ」
「チャブクロ?」
「肯定、茶袋のような姿をした妖怪。邪なる心の持ち主が触れれば幻想の世界に囚われて、正しい心の持ち主であれば過去の失敗を一つだけ取り消せる」
そんな妖怪聞いたことないぞ。
さっきも言ったが、マイナーな妖怪にはマイナーな理由があるんだ。ようするに、そもそも伝承が残るほどの発見例が報告されていないということだ。
「ドラちゃんがそう言うなら、チャブクロという妖怪がいるのは確かだと思う。だけど、そもそも遭遇できなければ手の打ちようも無いぞ」
「否定、遭遇手段は存在」
「え? その妖怪って簡単に会えるものなの?」
「否定、遭遇率は極めて稀」
どういうこっちゃ。
「ゼクスさん、ゼクスさん」
ドラちゃんの発言の意味を理解しようと頭を捻らせていると、リスチェが袖を引きながら呼び掛けてきた。はいはい、今度は何ですか。
「チャブクロと遭遇する未来を選び取ることはできませんか?」
……そうきたか。
なるほど、確かにそれなら。
例えば100人に一人しか当たらないくじがあったとして、当選する確率が同様に確からしいという条件下であれば、100の未来を歩めば期待値換算で1回当選できる。
それと同じだ。
仮にチャブクロが100万人に一人しか遭遇できないような激レア妖怪であったとしても、100万、1000万、1億の世界を渡り歩けば、いつかは必ず巡り合う。
幸い、魔族との抗争は1年先まで起こらない。
俺が先ほど未来を確定したからだ。
猶予は一年、選択肢は無限大。
どうにかしてチャブクロと遭遇するまで可能性を模索し続ける。これしか方法は無い。
(問題は、俺の脳が負荷に耐えきれるかどうか)
おそらくだが、広く深く未来を見通そうとするほど脳にかかる負担は加速度的に増えていく。そんな中、チャブクロと出会えるまで探り続けるなんてことが果たして本当に可能かどうか。
いや、可能かどうかじゃないか。
結局のところ、俺に示された選択肢は二つだけだ。
抗って抗って抗い続けて、件の予言が無かった世界を探し続けるか、諦めて魔族との戦争を受け入れるか。
これは分岐点ではない。
川の流れの様なものだ。
歴史という川は件の予言という未来に向かって進み続けている。
そんな結末まっぴらごめんだね。
「ごめんリスチェ、手、握っててもらっていいか?」
だけど、怖いものはこわい。
情けない話だけど、誰かに縋らないと流されてしまいそうで、不安で不安でたまらない。
「はい、この程度しか私にできる事はありませんが」
「いや、助かる」
「提案、当機も掴む」
「おー、ありがとな。そうさせてもらうよ」
本当に。いいつながりを持てたものだ。
身に余る光栄過ぎて涙がちょちょぎれるぜ。
「行ってくる!」
悪いな。今はまだ抗わせてもらうぜ。
運命とやらよ!
「ぐ……あ……っが!!」
瞬間、世界が俺に牙を剥いた。
激痛が脳を支配する。
いや、どこが痛いかなんて分からない。
熱い熱い熱い。苦しい、気持ち悪い。
体中がねじ切られようとしている。
もうやめたいと思うと同時に、ここでやめたらこの苦しみがもったいないという貪欲さが渦巻いている。早く、早く、早く見つかってくれ。目当ての者と巡り合わせる運命と引き合わせてくれッ。
「……ッ、捕まえた!」
「ゼクスさん!? 大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとか」
見つけた。俺は見つけたんだ。
過去改変に繋がるキー妖怪、茶袋と巡り合う未来を見つけ出したんだ。
果てしない達成感と、幾何の虚脱感。
いくつもの世界を精査した。
そのほとんどを一年近く見通してきた。
だというのに、求めた世界っていうのはこんな近くにあったのかよ。
ため息をつきながら、件の死体に歩み寄る。
そしてその亡骸に腕を通し、転がす。
子供とは言え四足歩行の動物。
それなりに重さもある。
歯を食いしばり、力を籠める。
なんか脳の血管はちきれそう。
気にしたら負けだ。
シャオラァ。
件の死体をどうにか転がす。
するとそこから、潰れた茶袋が出てきた。
「驚嘆、こんな近くにチャブクロがいたなんて」
これこそ、目当ての妖怪チャブクロだ。
正しい心をもって触れれば、失敗を一つだけ取り消せる妖怪。邪な心を持っていれば幻想世界に囚われると言っていたが、こんなに清く美しい心の持ち主が適格検査に落ちるはずがない。なぁ? チャブクロさん。
「で、こいつに触ったらいいんだな」
「肯定、ゼクスなら、大丈夫!」
「どっからその信頼が来てるのか、ありがとな」
……なんだろうな。
リスチェ主導で動いているんだから、物事がいい方向に転がっていくのはそうおかしなことじゃない。彼女の嗅覚はそういう風に出来ているのだから。
だけど、どうしてだろう。
それでも、上手くいきすぎているような……。
(考えたって仕方ないか)
既に賽は投げられた。
四の五の言っても仕方ない。
後は出目を祈るしかない、そうだろう?
「……よし」
伸ばした手がチャブクロに触れる。
その時、眩い光が視界を覆った。
*
目を開いた時、最初に視界に入ったのは。
「ごめん! グレイン! 嘘なの……ゼクスが裏切ったなんて、嘘なの! だから、許して!!」
必死に頭を下げる、
「……リラ?」
幼馴染の姿だった。
ちょっと待て!





