19話 シンメトリー
連絡があったのは夜も深まる頃だった。
寝ぼけ眼を擦りながら、通信魔道具に答える。
『ゼクスさん!? ご無事ですか?』
「リスチェが連絡をよこすまでは、健やかに眠っていた」
『申し訳ございません、緊急事態なのです! 先日、サンドラ様が捕縛なされた二人の刺客を覚えていらっしゃいますか?』
「リスチェが連れてきた刺客だろ?」
覚えてる覚えてる。
あれはアルメリア第二王女がここを訪ねてきた少し後の事だった。朝早くからリスチェがやってきたと思ったら暗殺者もつれて来るんだもんな。忘れる方が難しい。
『その刺客ですが、実は私に仕向けられたものではないことが判明いたしました!』
「……へぇ? だったら誰に?」
『サンドラ様に、でございます』
「ドラちゃんに?」
すぅっと、思考が冴えていくのが分かった。
『彼らはファクトリアで機械人形が発見されたという話を聞いて周辺を捜査していたと吐きました』
「吐くとか汚い」
『嘔吐したわけではございません。ただ「どちらか一人、先に打ち明けた方だけ命を助ける」と脅しただけでございます』
「さすが王女きたない」
向こうで『私は汚くありません!』とかなんとか聞こえてくるが一旦放置だ。ドラちゃんにこのことを知らせておかないと。
「ドラちゃーん、ドラちゃーん?」
ドラちゃんの部屋をノックして入室。
だが布団はもぬけの殻。
嫌な予感がした。
*
「で、鑑定眼を使って、足跡を辿ってここについたわけだ。良かったぜ、リスチェと通信手段を共有しておいて」
「うふふ、何を意味わかんねえことおっしゃっているのです」
「うわ、変な喋り方」
そしたらなんか変な奴がドラちゃんを襲ってた。
で、ドラちゃんの心が傷つけられていた。
おのれ許すまじ。
「ああ? 俺の喋り方になんか文句でもあるというのですか?」
「ドラちゃん大丈夫かー?」
「肯定、当機に損傷は、見られない」
「話聞けや!」
次の瞬間、変な奴がいきなり殴り込んで来た。
痛そう。
鑑定眼使用中は、大体の物は止まって見えるんだけど、自分自身も水飴の海にいるみたいにゆっくりとしか動けないんだよね。つまり回避できそうにない。
「展開、アルブスアーラ」
だが、かわす必要はなかった。
目の前が純白の翼で覆われた。
ガキンと金属同士を打ち合ったような音がして、迫りくる脅威が排される。
「ああ……っサンドラ様! なぜこの者を庇うのですかッ」
ドラちゃんが優雅に翼を開く。
怪しいやつが退けられる。
「報告、あの者は不死魔族」
「知ってる」
「何故? ゼクスはどこで知ったの?」
「どこでってそりゃあここで」
種族程度、鑑定眼を通せば一発で分かる。
「昔から目だけが取り柄でな、知りたいと思って注視すると、大体の事は知れるんだ。例えば、ここで一体何が起きたのか、とかな」
眼を切り替える。
世界が灰色に染まり、生命力を示す青い光で満ち満ちる。周囲には樹木がたくさんあって、今日はいつもより青々とした世界に見える。
その中で、いっそう強く輝く光源が一つ。
言うまでもなく、不死魔族から滲み出たものだ。
鑑定眼でも分かっていた事だ。
不死魔族というのは死なない魔族の事ではない。
圧倒的再生力を持つ魔族の事である。
だからこそ、俺にも勝機がある。
こいつの脅威はその特異性。
戦闘能力に特段秀でているというわけじゃない。
ようするに俺とよく似たタイプの相手。
だったら、能力の相性差で俺が有利。
「ドラちゃん、刃物貸してくれる?」
「了承。展開、サングィエナファルクス」
差し出されたのは禍々しい大鎌。
ちょっとこれは振り回せないなぁ。
「ごめん、もっと軽いやつお願いできる?」
「了承。展開、クロセウスクルテル」
「お、いい感じのナイフ。ありがとね」
今度は山吹色のナイフを貰った。
違った、サフラン色らしい。
なんだサフラン色って。
「うふふ、たかがナイフ一本で俺と渡り合うつもりですか?」
「されどナイフ。お前の命を刈り取るには十分だ」
「俺を愚弄するおつもりか!」
「正当な評価だ、よっ」
超速度で迫りくる魔族。
そこからあふれ出る光の糸。やつの青命線。
それをこのナイフで、断ち切る。
「うが……ぁ、あ?」
千切れた糸は一部である。
息の根を止めるには至らなかった。
だが、十分な成果を打ち立てる。
「まずは右腕。おあがりよ」
「ぐああぁぁぁっ!? 一体何が!」
続けざまに近くの光芒を斬り捨てる。
今度は魔族の左腕が断裂した。
「くそっ、だがこの程度の傷、すぐに再生して……」
「たまるか」
「うふふっ、侮るなよガキが、俺の再生力を甘く見ないでください」
「おー、だったら見といてやるよ。ほら、くっつけたらどうだ」
「てめぇに言われなくたって……すぐに……?」
だが、魔族の腕が接合される事は無かった。
「は? はぁ? はぁぁぁぁ!? なんなんだよ、何なんだよお前! 俺の体に一体何をしたというのですかァ!!」
「なぁ、その喋り方やっぱやめない? なんか、こう、背筋がぞわぞわってする」
「答えろ!!」
ぶちギレる魔族。
そのうち血管も切れそう。
カルシウム取れよ、おっきくなれないぞ。
ちなみに身長を伸ばすならタンパク質だ。
軟骨を育てないとダメだからな。
「ほら、右手だけ無いと不便だろ? バランスとりづらいかなって思って左側もバッサリとカットしてあげたんだ」
「床屋みてぇなこと言わないでください!」
「お、上手い。座布団一枚やるよ」
「いらん!」
はい座布団どーん。
あ、間違えた。これナイフだったわ。
青命線切っちゃったけどゆるしてね。
「ぐあぁぁぁぁぁっ」
今度は左足が切れた。
胴体から切り離される感じじゃなくて、腿がすっぱりと引き裂ける感じに。
「どうする? 右足もいっとく?」
「やめろ、やめてください。死ねない、死にたくない」
「あっはっは。大丈夫大丈夫。不死魔族なんだろ? 殺したって死にやしないさ」
「てめぇの血は何色だ! 人の心は無いのですか!?」
「人だから醜いんだろ」
それにしても不死魔族ってすごいな。
ここまでボロボロになっても、本体の生命力はまるで衰えていない。それこそ何千何万と断ち切り続ければ殺せるかもしれないが、致命傷を負わせたくらいでは死なないみたいだ。
「ユルサナイゆるさないユルサナイ」
五体投地のように寝そべりながら面だけを上げ、呪詛を唱える魔族。その瞳には憎悪の炎が宿っている。それと、トカゲの尻尾のように動く千切れた腕も。
「お前だけは殺してやるぅぅぅぅぅ」
背後から見えざる手が迫りくる。
もっとも、こいつの黒目に映っているからそこは死角でも何でもないわけだが。それに、回避行動をとる必要すらない。
「……サンドラ様、どうして」
奴の決死の突貫は、ドラちゃんの翼に阻まれた。
「回答、ゼクスに危害を加える事は許さない」
「嘘だ嘘だ嘘だ、だってサンドラ様は、魔王軍の――」
「否定、当機はドラちゃん。魔王軍なんて知らない」
「ぁ……あぁ……」
絶望し、口を開いたままの魔族。
気絶してる……。
おい、最後まで言えよ。
ドラちゃんは魔王軍の何だったんだよ。
「質問、ゼクスは、これを殺す?」
「や、さすがにこれを殺すのは骨が折れる」
千切れた両腕は千切れたまま。
太腿にだって大きな傷跡がある。
だというのに生命力は全く衰えていない。
復元できないようにしつつ粉微塵にしてしまえば死んだも同然かもしれないけれど、そうするまでに一体あと何回ナイフを振らなければいけないかという話である。さすがに遠慮願いたい。
まあいいか。
その辺はリスチェに任せよう。
捕虜にするなり不死の研究を進めるなり、嗅覚が正しいという方に転がすだろうさ。めいびー。
俺にできるのはここまでだ。
「……ん?」
袖を引かれた。
そこにいるのはまだ小さな女の子。
我が家の居候のドラちゃんだ。
「おかえり」
「応答、ただいま」
夜空には小望月が輝いていた。





