14話 腕を生やしましょう!
「呼ばれて飛び出てリスチェリカ! ゼクスさん! 愛に来ましたよ! 誤字にあらず!」
「おー、殿下。ちょうどいい所に」
「でしょうね! そんな『香り』がしましたもの!」
通信魔道具テレフォーンを作ってから数日後。
やけにハイテンションで現れたのは王女だった。
どうにか言いくるめてテレフォーンをプレセアから没収したんだろうな。すごく分かりやすい。
けれどまあ、新作を押し売りに行く手間が省けたのは朗報だ。ぶっちゃけテレフォーンだけでひと月分の収入は得られたし、ひと月はだらだら過ごしても問題は無いのだけれど。
「今回ご紹介する商品はこちら!」
「また魔道具をお作りになられたのですか?」
「そうそう、ででん! センテンスプロセッサー」
そう言って、それなりの大きさの筐体を見せる。
王女の反応はというと予想通りと言えば予想通りなのだが、使い方が分からないようできょとんとしている。かわいい。
あー。これで王女っていう身分じゃなかったらな。告白していた可能性も無きにしも非ずなのにな。いや無いな。脈ありかもってだけで告白できるならこの年まで純潔を貫いてないもんな。
「王女殿下、書類作業をしていて書き損じた、書いたはいいがレイアウトを変えたい。そんな経験はございませんか? もう大丈夫です! そう、センテンスプロセッサーがあればね」
「ええっ!? なんですってぇ?」
「この魔道具が一台あれば、文章の入力・編集がラクラク! レイアウトだって簡単に変更できちゃう! 今なら印刷ができるプリンタまで付いてくる!」
「え、待ってくださいどこまで本気ですかそんな事が出来たら業務改革なんてレベルじゃないのですけれど」
唐突に素のテンションに戻る王女。いや落差。
「まさかそんなはずあるまい」という理性と、「この魔道具は本物だ」という直感の間で揺れ動いているのが一目でわかる。
操作はいたってシンプル。一通り説明すると、殿下は恐る恐ると言った様子でセンテンスプロセッサーを起動した。それから文章を入力し、レイアウトを編集し、驚嘆。
「ゼ、ゼクスさん……、これは量産できますか!?」
「俺の、手は、二本です」
「人手を増やしましょう! それがだめなら腕を生やしましょう!」
「騒がしくなるのは嫌です。人間を辞めるのはもっと嫌です」
イメージ図とか言って腕がいっぱい生えた俺のイラストを描き上げる王女殿下。あなたは俺を千手観音にでもするおつもりですか? どうせなら涅槃で横になっている仏がいいな。
「くぅ……もったいない!」
「王女なんだから金なんていくらでも入ってくるだろ」
「いえ、金ではなくゼクスさんの名を世界中に広めるチャンスだと」
「人のスローライフを破壊しようとするな」
いいんだよ、俺は。
多過ぎない金だけ持って慎ましく生きられたらそれだけで十分幸せだ。俺が知らない誰かに俺の名前を知ってもらいたいだなんて思わない。
誰かの一番になりたいと思っていた時期もないではないが、そんな時期も通り過ぎた。夢を抱こうにも、未来を描こうにも、いささか遅すぎる。
それなら、今を自由に生きよう。
それだけで俺は十分だ。
「おや? そう言えば、機械人形のあの子はどうなされたのですか?」
「……一応サンドラっていう名前らしいからきちんと呼んでやってくれ、ドラちゃんって」
「おまちくださいゼクスさん。私の事は未だに王女殿下としかお呼びくださらないのにあの子の事は愛称でおよびになっておられるのですか?」
「左様でございます王女殿下」
「ぐわぁぁぁぁ!? なぜですかぁ!?」
「パーソナルスペースにぐいぐいくる方はちょっと」
「ぐふぅぅぅっ」
王女がボディブローでも喰らったかのようにのけ反る。これが言葉の重み……っ。
「こ、これくらい離れればよろしいでしょうか」
「いやー、やっぱ王女殿下を愛称呼びとかハードル高いっす」
「ぴちょんぷすっ!」
顎にアッパーを喰らったかのように膝から崩れ落ちる王女。なるほど、言葉は凶器。
そして王女の執着はもはや狂気。
「も、もうこのお話はやめておきましょう。私の体がもちません」
「承知いたしました」
「ぐぬぅぅ、まあいいでしょう。それで、サンドラさんはいずこに?」
「ああ、うん。王城までお使いに行ってもらってる」
「……ゼクスさん、なんだかとても不吉な『香り』が」
つい最近こんなことがあった気がしますとのたまう王女。おー、よく分かりましたね。絆ですね。
「先ほど説明したプリンターですが、実は離れていても使えるんです。そして今頃プレセアの部屋に届いているはずです」
「お待ちくださいませ。この展開は酷く見覚えがございますわ」
「よくぞ見抜かれた。それでは印刷しますね」
「おやめ下さいまし!?」
えい。
一思いに印刷を開始。
今頃王城のプリンターから、王女が入力した文章が印刷されている頃だろう。ちなみに、本文には俺への愛の言葉が無限につづられていた。もはや怪文書である。プレセアとサンドラに至っては正気度チェックが入ってたらゴメンな。
「……この魔道具を、買い取らせてください」
軽く絶望したような顔で言う王女。
気付いたんだろうなー。
俺がその魔道具を持っている限り、この家を訪問する度にプレセアに告げ口されるって。
となれば、俺に持たせておくわけにはいかない。
どうにか回収する必要があったわけだ。
多分、俺が作ったって部分は忘れているか信じていないかのどちらかなんだろう
結果、彼女は買収を選択した。
「まいどあり」
いやー、いい固定客が手に入った!





