13話 一方、勇者パーティは。
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勇者とは勇気ある者の事である。
嘘である。
いや、本来はそういう意味だったのかもしれない。
初代魔王が生まれた時、立ち向かった勇者。
彼はまさしく勇気に満ちた者だったかもしれない。
臆病と無謀の狭間で勇気を見つけたかもしれない。
だが、現代の勇者に求められるのはそういうことではない。魔王を倒す力を有すると国が認めた人物を、今は勇者と形容する。
かつてゼクスが所属していたパーティのリーダー、勇者グレインも同じ。目的は人魔大戦での勝利。極意は魔王の討伐。そのために用意された希望の象徴こそが勇者パーティだった。
人魔大戦というのはその名の通り、人族と魔族による生存競争の事である。人類は人類の繁栄のために、魔族は魔族の栄光のために淘汰し合ってきた。
とはいえ、ずっと消耗し続けてきたのかと言えばそうではない。合間合間に小康状態を挟み、千年以上に渡り争い続けてきた。
そして、来たるべき大戦の再開に向けて力を蓄えているグレイン率いる勇者パーティ。
彼らは今、崩壊の一途を辿っていた。
「ぐぁっ!」
「グレイン!? どうしたの?」
彼らは認めないかもしれないが、原因は明確だ。
ある鑑定士をパーティから追放した。
破滅への序曲はその日から奏でられていた。
「腕に、矢が! 奇襲だ!!」
まず、奇襲を仕掛けられることが多くなった。
知恵がある魔物は身を潜める。
擬態という能力を備えた魔物もいる。
そういった魔物を先んじて発見し、逆に先制攻撃を仕掛けられていたのは、前任の鑑定士が看破してきたからこそだ。偉い人にはそれが分からんのです。
「ぐっ、この」
それでも、なまじ実力はあるから奇襲を受けても雑兵であれば倒すことはできる。だが、奇襲を受ける度に本来負う必要の無かった傷が増えていく。
「回復薬はあるか……?」
「さっき使ったので最後よ」
「なんだって!? 補給はしなかったのか?」
「指示通りの量を用意したわよ!」
「だったらどうして不足しているんだ!」
「そんなの私の知ったことじゃないわよ!」
そうすると今度は、回復薬が不足し始める。
前任の鑑定士がいた際にも、グレインは準備する回復薬の量を指示していた。だが、そのほとんどはあまりに楽観的過ぎた。見通しが甘すぎた。
前任者がその度、自作で回復薬を用意していたことを彼は知らない。いや、前任者は一度どころではなく何度となく忠言してきた。
それでもグレインは話を聞かないから仕方ないね。
ついでに目利きも悪い。
前任者が質のいいものをそろえていたのに対し、今はただ量を備えるだけ。わずかとはいえ、使用効率に差が出るのは道理であった。
「くそっ、どうして今日はこんなにも魔物が多いんだ!」
そして、索敵能力が著しく落ちた。
前任の鑑定士がいたのなら、そもそもこの道は通っていなかっただろう。運転役はいつも彼がしていたから、この周辺に魔物が多いと見抜くや否や安全な経路に切り替えたに違いない。
もちろん、魔物が増えすぎるのはいい事ではない。適度に間引く必要もある。だが、冒険者は彼らだけではないのだ。魔物を討伐して収入を得ている者達の中にはここを狩場にしている者もいる。
むしろ、現在勇者パーティが行っているのは他人の狩場の荒らしに他ならない。他の冒険者からのヘイトが上昇した。
「ああもう! しっかりしてくれよ! 君たちは勇者パーティの一員なんだぞ!? しっかりとその自覚を持って行動してくれよ!」
「何よそれ、自分の事を棚に上げて」
「なっ、僕はいつだって勇者らしく振舞っている!」
「勇者らしく? ゼクスを追放することのどこが勇者らしいのよ」
それだけではなく、醜い争いまで増えた。
表層化したと言った方がいいだろうか。
実はもともと、このパーティにはまともな人間の方が少なかった。
そもそもの話、魔族との戦争に向かわせられると分かっていて志願入りする人間など限られている。大体は名誉に目が眩んだ亡者だ。
中にはゼクスのように幼馴染がいるからという理由で所属する者もいるが、稀有な例である。勇者パーティという肩書さえあればどうでもいい。そんな人間がほとんどだ。
彼らに協調しろという方が難しい。
「あんな奴の名前を口に出さないでくれ! 虫酸が走る!」
「ちょっと、あんなやつって何よ、訂正しなさい!」
それでも、彼らが今まで仲良くやってこれていたのは、共通の不満のはけ口があったからだ。気に喰わないことがあったら鑑定士のせいにすればいい。うまくいかなければ鑑定士の責任だ。そんな一体感が、彼らを辛うじて繋ぎ止めていた。
だがその楔は、既に抜かれてしまった。
結果、彼らの団結力は霧散。
ありふれた冒険者集団と何ら変わりない、場合によってはそれよりはるかに劣るパーティに成り下がっている。そのことに気付く者はまだいない。
「事実だろう! 仲間を見捨てるような奴、信用できるものか!」
「あんたがやったのも同じような物でしょう!」
「どうしたんだリラ! どうしてそこまで彼を庇う」
「……それは」
と、その時だった。
突然、大地を揺るがす轟音が鳴り響いた。
天空を叩き割る爆音が響き渡った。
彼らの進行方向前方に、先ほどまでは無かった黒い影が現れる。
「っ、馬車を止めろ!」
それに気づいたグレインが、運転をしていた重装の男に指示を出した。もっとも、その男自身も突然現れた人物に気付いていたため、グレインが指示を出すより早く馬を止めようとする。
「飛び出しするんじゃねぇ! あぶねえだろ!」
「危ない? うふ、それは俺の事か? それとも、アナタ方のことかしらぁ?」
「何者だ!!」
「うふふ、俺はウォーロック。通りすがりの魔王軍四天王よ?」
「っ、魔王軍四天王!?」
グレインは思考を加速させる。
どうして魔王軍の幹部が人族領を堂々と闊歩しているのか。宣戦布告に来たのか。回復薬が切れた状態で戦って勝てるのか。
様々な不安が脳裏をよぎる。
「うふふ、だが魔王様からは事を荒立てるなと言われているのよね。お前らがこのことを黙っていると誓うなら逃がしてあげてもいいわよ?」
「っ、舐めるなぁァぁ!」
勇者グレインの剣が魔族の心臓を貫く。
柄越しに、心臓が潰れる感触がする。
なんだ、意外と呆気なかったな。
グレインは、そう思った。
「うふふ、不意打ちたァやることが汚いわね。戦いっていうのは正々堂々ってのが常識でしょう?」
「なっ!?」
「これは、お返しよ」
「ぐああぁぁぁぁぁっッ!!」
「グレインッ!」
だが、魔族の男は生きていた。
剣で心臓を貫かれてなお生き続けていた。
ゼロ距離でグレインをぶんなぐり、吹き飛ばされた彼が手放した剣を悠々と引っこ抜く。すると、風穴があいたはずの左胸腔が、泡立つように再生する。
「……バケモノ」
「うふふ、てめぇらは話を聞いていなかったのですか? 言ったはずだぜ、魔王軍四天王とね」
瞬間、グレインは理解した。
この化け物には勝てない。挑んだって意味がない。
無意味に命を散らすだけだ。死にたくない。
「撤退だッ!!」
結局、グレインが選んだのは逃亡だった。
いささか遅すぎるが、そうするほかにあるまい。
魔族が彼らを追いかける、という事は無く、興味なさげに去り行く場所を眺めていた。そして、十分彼らが離れてから、あたりを見回して魔族は言う。
「……ああ、申し訳ございません。ちゃっちゃと迎えに参ります。ですので、今しばらくお待ちください」
男は狂人のように手を広げて天を仰ぎ、口端を大きく歪めて口にする。
「――サンドラ様!!」
魔の手は、存外近くに迫っていた。





