11話 歎願、それでも、当機は
ドラちゃんの修理は難航していた。
もともと彼女には武装を展開する機能が付与されていたらしいのだが、現在は稼働できないとのこと。
背面腰付近にそのための魔力回路が刻印されているというから診察しているのだが、これがめちゃくちゃ繊細に出来ている。
数代前の魔王は、よほど魔法陣に堪能だったのだろう。彼の技術は現代の技術を遥かに凌駕していると言って差し支えない。
「詮議、直せる?」
まあ、その超常技術さえ看破するのが鑑定眼だ。
指紋のように細く浅い魔法陣を解読する。
その度に膨大な情報が脳に流れ込んでくるものだから、ぶっちゃけもう頭が痛い。
「大丈夫だ。ただ、ちょっと休憩させてくれ」
これを考えた魔王は頭の構造がおかしい。
ボードゲームなんかしたら数百手先まで読むような変人に違いない。それくらい緻密に計算され尽くされて、バグが起きないよう細心の注意を払っているのがよく分かる。
そして何より驚くべきことは、簡単に修繕できるような構造に設計されているという点だ。
例えばこの武装展開機能を修理するためにドラちゃんを停止する必要はないし、それぞれのモジュールが互いに可能な限り独立しているから一箇所を直したら他の場所でバグが発生したなんてことも起こりづらい設計になっている。
控えめに言って几帳面過ぎてキモい。
「そういえば、どうしてファクトリアの騎士たちには機械人形だってバレたんだ?」
「回答、当機が起動する瞬間を目撃された」
「ああ、そういうこと」
ちょっと疑問だったんだよな。
ドラちゃんの容姿は人間と瓜二つ。
鑑定眼でも使わないと見分けがつかないレベルだ。
それなのにどうしてバレたのかと思ったが、そういう事情があったのか。なるほどね。
「オーケー、だいぶ頭も整理されたわ。直すぞ」
この魔法陣を修繕するのに彫刻刀ではごつすぎる。
カッターナイフを取り出し、損傷し、欠損した部分の回路を彫り直す。
「疑問、ゼクスは当機の叛逆を恐れない?」
「直ったら、ドラちゃんは俺を殺すのか?」
「否定、ゼクスは恩人。与する事はあれど、敵対することは無い」
「だったら問題ないじゃねえか」
そうこうしている間に、回路の修繕が完了した。
おそらくこれで問題無いはずだ。
「ほれ、起動してみ」
「……ん」
終わったぞという意味を込めて、肩をポンと叩く。
サンドラは首から上を捻り、小さく首肯した。
「展開、アルブスアーラ」
瞬間、幻想的な光景が広がった。
ゆっくりと、朝日が昇るように開かれた瞳。
その虹彩に青い光が満ち満ちて、零れ落ちる。
ディスクが高速回転するような音が奏でられ、皮膚に青色の光のラインが迸る。その筋は一見不規則で、だけどどこか意味があるコードのようにも思える。
眦から始まった光は頬、うなじ、肩へと迸り、そこから根を下ろすかのように背中に向かって伸びる。腰に辿り着いた光は、刻印されたコードを厳かに実行した。
まるで発芽のように神秘的だった。
青い光が溢れ出し、徐に純白の翼が展開される。
「……」
言葉も出なかった。
すごいとか、綺麗だとか、美しいだとか、多分、いろいろな感情を抱いたと思う。だけど言葉にするのなら、俺はその感情を表す方法を知らなかったとしか形容できない。
だが、その時間は長くは持たなかった。
「っ、解除、アーラ」
貧血でも起こしたかのようにふらっと倒れたサンドラ。彼女が床に崩れる前に支え、地面に衝突するのを回避する。
「お、おい? サンドラ!? どうした?」
「回答、バッテリー切れの模様」
「……あ、そういえばそんなの言ってたな」
動力源が損耗しているとかなんとか。
「ドラちゃんの動力源ってなんなの? 魔力?」
「否定、当機の動力源は言霊。ただし、魔素の回収器官は存在」
「言霊?」
「肯定、言葉が持つエネルギーがそのまま当機の行動原理、及び動力源に変換される」
俺の袖を握る彼女の手が、少しだけ強くなった。
……ほう?
なんとなく、見えてきたな。
一度情報を整理しようか。
まず、ドラちゃんの動力源は言霊。
そして自身を無価値と言わんばかりの言動。
最後に、全滅したはずの機械人形の生き残りの点。
ここまで来ると、一つの仮説が見えてくる。
――彼女は彼女の主人から、邪険に扱われた。
何が切っ掛けだったのかは分からない。ドラちゃんが当時の機械人形の中では落ちこぼれだったのかもしれないし、あるいは単に、何らかの粗相を犯しただけなのかもしれない。
だが、結果として当時の魔王の不興を買った。
そしておそらく、『お前なんていらない』といった言霊を受けてしまったのだろう。言霊を糧に稼働する彼女らに、その言葉は重すぎたんだと思う。結果として彼女は停止し、廃棄された。そうでもなければ、彼女の異様な卑屈さは理由が付かない。
だが皮肉なことに、当時の討伐軍から彼女だけが逃れることに成功した。そして長い年月を経て、『お前なんていらない』という言霊の力が弱まり、この現代によみがえった。
おおよそそんなところだろう。
(となれば、彼女に必要なのは生きる意味)
俺自身の言葉で紡げたらそれが一番いいんだろうけれど、どうにも恥ずかしさが混じってうまく形になる気がしない。誰かの言葉を借りることにするか。
うーん。
なんか、最近聞いた覚えがあるんだよな。
生きる理由、生きる理由。
……あっ、思い出した。
「よし、じゃあドラちゃん!」
「応答、なんでしょうか」
「『生きる意味を見失ったと言うのなら、俺にその命を捧げなさい』」
どっかの王女様がメイドを口説いた切り札だ。
どうだ?
「……っ!?」
ドラちゃんの目が、驚くほど見開かれる。
信じられないものを見た。
そんな眦の決し方だった。
「確認、当機は、ゼクスの傍にいても、いい?」
……ん?
そうか。そういうことになるのか?
どうしてかプレセアと王女の関係性が前提にあったから、傍に寄りそうっていう発想は無かったぞ。ていうかプレセアは付き人だろ。しっかり主人を追いかけてろ。
さて、認めた場合のメリットは何だろう。
例えばこれから生きていくとして、最低限関わらないといけない人付き合いを考えろ。仮に予定通り家具屋を営むとして、卸先か接客か、どちらかとは必ず人付き合いが必要になってくる。
加えて、いつか俺の才能が開花したときにオーダーメイドしに来る客なんかもいるかもしれない。そういう客を相手にするのは非常にめんどくさい。だが、それをドラちゃんに任せるとしたら?
ああいや、ドラちゃんが機械人形っていうのは町の皆が周知の事実か。髪型を変えて服装を変えてどこまで別人を装えるか。それ以前に話し方も変えないといけないか。
(……ははっ)
そこまで考えて、気付いた。
断る理由ではなく、受け入れる理由を考えている自分がいることに。人付き合いなんていらないといいつつも、求めている自分が存在することに。
どうする?
機械人形は人間じゃないなんて言い訳通じないぜ。
人間らしい人間らしいって思い続けてきたのは、ほかならぬ俺自身なんだから。
「ああ」
言葉になったのは、そんなものだった。
「嫌になるまで、いてくれたらいい」
考えるより先に出た、きっとこれが俺の本心。
「予測、嫌になることなんてない」
「心なんて誰にも分からないものさ」
「算出、確率は絶無」
「想定外の事象が確率を書き換えるかもしれないさ」
だけど、サンドラは俺を見つめてこう言った。
「歎願、それでも、当機は」
……どうしてだろうな。
こんなにも彼女に甘くなるのは。
ああ、きっと。
似た者同士、だからか。
誰からも必要とされない切なさも、敵意を向けられる苦しさも、俺は知っているから。
だからきっと、放っておけなかったんだろう。
きっとそうだ。





