救いの後輩女神
「?」
恐る恐る目を開けると、教室の入口に立っている女子生徒が目に入った。
誰かを探しているのか、二つ結びのおさげを揺らすようにキョロキョロ周りを見渡している。
「生徒会会計、一年の橘です。すみません、柏先輩ってどなたですか?」
汗と硝煙の匂いが充満する教室には似つかわしくない、凛とした彼女の声。
予想外の人物の登場に言葉を失ったのか、男子たちは武器を振り上げたまま動きを止めている。なんか分からんが、これはチャンスだ。
「俺が柏だ」
武力介入をするガンダムばりに名乗りを上げると、彼女の目が俺の方に向けられた。
「あなたがそうですか……って、なんで縛られてるんです?」
うえっと苦い表情を浮かべる橘。
そりゃそうだ、朝からこんな光景見たらそんな顔にもなる。
「先に言っておくけど、これは俺の意志じゃない」
「いや、聞いてませんけど」
「大事なことなんだ。俺をこいつらと一緒にしないでくれ」
俺の言葉を聞いた橘は、振り上げられた武器や黒板の髑髏に目を向けると盛大にため息をついた。
「どうでもいいし気持ち悪いので、とりあえず早く付いてきてください」
そう言うと、橘は足早に教室に背を向けてしまう。
「えっ!? おい、ちょっと待て。せめて縄を解いてくれ!」
「すみません、ちょっと近づきたくないです」
「くっ……マジかよ」
死の淵に現れた救いの女神かとも思ったのに、あっさり見捨てられてしまった。
仕方なく、俺は芋虫よろしく地面を這って彼女の後に続いて教室の出口へと向かう。
黒板の張り紙といい、生徒会がなんのつもりなのかは知らないが、この場を離れられるなら大歓迎だ。
「よいしょっと」
相変わらず呆けたまま動かない男子たちの防壁を抜け、教室の壁を使ってどうにか二本足で立ち上がることに成功する。
椅子のせいで背筋は直角に固定されたまま、前かがみで橘を追った。
「おい、どこ行くんだよ」
「?? 生徒会室に決まってるじゃないですか」
チラッと後ろを振り返り、橘は残念なものを見るような表情を浮かべた。
「いつ決まったんだっての」
「それぐらい察してください。逆にどこに行くと思って……あっ」
何が気に入らないのか終始ツンケンした橘だったが、階段に差し掛かったところで小さく口を開けた。
「先輩、お先にどうぞ」
「いや、お前が先に行けばいいだろ」
この状態で階段を上るのは時間が掛かりそうだし、もしひっくり返ったときに後ろに橘がいたらケガをさせてしまうかもしれない。
そんな気遣いのつもりだったのに、橘は何故か嫌そうに顔をしかめた。
「いいから先に行ってください。イヤらしい……」
「は? なんでだよ?」
紳士的な行動を取ったはずなのに、変態を見るような目をされてしまった。
「分かってるくせに。これだから男子は……」
心なしか頬を赤く染め、スカートの裾を押さえる橘。あー、そういうことね。
「はいはい、分かったよ」
なにを気にしてるのかと思ったら、スカートか。
たしかに階段で後ろに強制前屈みの俺がいたら、視線は気になるのかもしれない。
「転げ落ちるかもしれないから、気をつけろよ」
「大丈夫です。しっかり避けますので」
「俺が全然大丈夫じゃないんだけど……まあ、いいか」
どうやら、俺は想像の中ですら救助の対象には入っていないらしい。
高二にもなって階段でケガをするのもアホらしので、一段一段慎重に登っていく。
朝から何の筋トレだよ。