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9 とある巨人は後ろ盾

 俺はブラームスの若様の後ろに立った。

 若様が逃げないように肩に置いた手でコントロールしているのだが、その辺りは目をつむってくれ。


 伯爵をはじめとしてその場の全員が目をまるくする。

 ウルーリカのお婆さんが抗議する。


「どういうつもりじゃ、ジャイアント殿!」


 俺は微笑んだ。

 言葉で説明するよりも相手に考えさせた方が良い場合もある。俺はこの若者を見捨てない。それだけ伝われば良い。


 アンロスト伯爵は長い顎に手を当てつつ、言葉を発した。


「ジャイアント殿は小ブラームス支持か。なるほどな、悪くない考えかも知れない」

「なんじゃと? いや、この者に当主など務まらないのは見たばかりじゃろう」

「今は平時ではない。担ぐ御輿を持ち替えるような手間はかけるべきではないという事だ。この者に弟がいると言ってもさらに若年だろう? 12か、3か? よほどの英才でも当主の仕事などできるはずがない。適当な名代を立てることになるだろう」

「それはそうだが……」

「ならばこいつに続けさせても同じことだ」


 あ、伯爵さんは悪い事を考えている。


 多分だが、彼は今の発言を善意だけではしていない。

 彼は頼りない領主代行の後援となる事で、この領地への発言力を増やすつもりだ。そのまま領地の乗っ取りまで考えているかも知れない。


 それなりに会社経営とかやっていた俺にはそれぐらいは察せられるのだが、若い子には難しいみたいだ。

 小ブラームスの顔がパッと輝く。


「そ、それでは私に……」

「喜ぶな」


 俺は肩に置いた手に力を入れて発言を封じた。

 通じないのを承知の上で言葉をつむぐ。


「あれはお前を『傀儡として利用します』と言っているだけだ。無条件でお前の味方をしてくれる者など居ない。俺の事もあの伯爵さんの事も敵だと思え。その上で利用しろ」

「親身になっての忠告じゃのう。ジャイアント殿の事だけは信じても良いのではないか?」


 オババ様が呆れながら通訳してくれた。


 俺は契約書よりも握手を重視する人間だと生前言われていた。

 そうありたい、とは思っていたが、そんな俺でもはじめて会った人間にはしっかりとした契約書を求めるぞ。まずは契約を交わしてそれを守れる人間である事を確かめて、信頼関係を構築して、握手で済むのはそこから先だ。

 いや、信頼できる相手と判断していても、相手だって人間だ。こちらを裏切る、とまでは言わなくとも、こちらの望みとは別の行動をとられる事は珍しくない。別の団体に行かれたり、な。


 どんなヤツが相手だって、頭から完全に信じて動いてはいけない。それが団体のトップにいる者の義務だ。それが、海千山千っぽい三角顎伯爵相手ならなおさらだ。

 ちょっと、偏見が入っているかな?

 いや、アイツは俺が断れない状況で言質を取ったりするのが上手いから。


 過去の合同興行の一場面を思い出すのは後にまわそう。


 若者が恐る恐るあたりを見回す。


「あの、オババ様。この大きな方は私に味方してくれるつもりなのでしょうか?」

「そうじゃのう、見るに見かねてお前さんを教育してくれるおつもりのようじゃ」

「そんな義理はないはずだがな」


 伯爵さんは探るように俺を見上げる。

 ただの武辺者と思っていたら全然別の側面を見せられた、といった所か?


「世間知らずで経験不足の若いのが領主になろうというなら、それを利用しようとするのは当然だ。ま、それなりに使える領主になるならそれも悪くないが、な。鬼どもに一方的にぶちのめされないだけの実力を示してくれればいい」


 父親の方もそれが出来なかったけどな、と彼は付け加える。

 小ブラームスはようやく頭を働かせ出したようだ。


「利用はするべきなんですよね。伯爵様のことも?」

「それを俺に聞いてどうする? 俺やそこのジャイアントを使わずに領内を掌握できるのならば、さっさとやるんだな」

「無理です。オババ様すら味方になってくれないのでは、領内に私の味方は誰一人いません。父上が目覚めて私を後継者に指名してくれでもしない限りはどうにもなりません」

「本当に人望がないな。ならば、どうする?」


 若者は深々と頭を下げようとした。

 俺も肩に置いた手を外してそれを承認する。


「お願いいたします、アンロスト伯爵様。わたくしめの後見人となってブラームス領の安定に力を貸してください」

「……合格、にはほど遠いが、それが言えたなら俺がブラームス領に口を出す大義名分が立つ。俺の役にも立ってもらうぞ」

「よろしくお願いします」


 若者の表情は歪んでいた。悔しさを噛みしめての屈辱にまみれたお願い事だった。

 だが、それしか手がないのならば、今は頭を下げるのが正しい。トップとして正しい決断をしたと、俺だけは誉めてやろう。


 アンロスト伯爵はこの場の最上位者として辺りを睥睨する。


「オババ様、あなた方が領主の椅子に座らせた男が私に助けを求めたのだ。それも領主の長男が、だ。よって、ブラームス領は暫定的に私の支配下に置かれることになる。よろしいな?」

「致し方あるまい」

「では、問おう。今、ブラームス家の内政のトップは誰だ?」

「私です」


 影の薄かった頭の禿げあがった男が進み出た。

 間違っても兵士には見えない腹の突き出た、不健康そうな男だ。


「家令のトーラムと申します。以後、お見知りおきを」

「そうか、よろしく頼む。オババ様は領主の相談役であったな。軍のトップは誰だ?」


 ブラームス領勢の動きが止まった。

 お互いに顔を見合わせているところを見ると、ここへは来ていないらしい。トーラムさんが代表して答えてくれた。


「軍は子爵様が直接に統率しておいででしたが、今はルクロス隊長が指揮をとっているはずでございます」

「邪魔になりそうな者をここへ放り込んで部隊の再編中か。すぐにここへ呼べ。まずいことになるかもしれん」

「は?」

「そいつがまともな男ならば良いが、野心家だとクーデターを起こす。混乱した領内で自分一人が軍事力をできるなら、むしろそれが当然の反応だ」


 人が慌ただしく動き出す。

 この場で耳を澄ませているだけでも色々と情報が入ってくる。

 例えば、伯爵さんが連れている遠征軍は常備軍だが、この子爵領には職業軍人はあまりいないらしい。大規模な常備軍を維持できるかどうかが伯爵と子爵の差、なのかな?

 子爵領の軍は大半が農民の徴用兵だ。個人としても精強ではないし、集団としてはもちろんアンロスト伯爵軍のような統制の取れた行動は出来ない。鬼軍に敗れたのも納得の弱さだ。

 自分の故郷を守るための戦いなんだから実力以上の強さを発揮しろよ、と言いたくなる。が、農家の次男坊以降が主力では、故郷への愛情など期待できないらしい。どうせ実家を継ぐことができない彼らはもともと失うものが何もない為だ。防衛戦というものは勝っても現状維持でしかない訳で、恩賞も期待できないとなれば盛り下がるのも無理はない。


 鎌倉幕府あたりも元寇を撃退した後で、財政難で倒れたんだったかな?

 その辺は諸説ありそうだが。


 不確かな歴史の知識を確かめている間に、いろいろと騒がしくなってきた。

 どこかで不測の事態が起こっている?

 家令のトーラムさんが顔を真っ赤にしている。血圧とか、大丈夫だろうか?


 伯爵さんは何かを悟ったような顔をしている。

 断片的な会話からでは何が起きているのか俺にもよくわからない。伯爵さんが言っていたようにクーデターだろうか?


 それにしては緊迫感が薄い。


 俺と同様に蚊帳の外に置かれた小ブラームスの若様が苛立つ。


「どうした。何が起きた? 報告しろ」


 家令さんもオババ様も彼の顔をまともに見れずに目を逸らす。

 本当に何があった?


 ここは俺が用心棒らしく行動すべき所だろうと判断する。

 腕を組んで見下ろしつつ、軽く足を踏み鳴らす。


 あ、威圧しすぎた。


 トーラムさんは赤くなったり蒼くなったり忙しいことだ。オババ様も『神の不興を買った』みたいな顔をしている。

 これでは情報を得ることができない。

 俺はブラームス側の人間を見回し、比較的胆力のありそうな戦士に目を止めた。俺から見ても逞しい体つきの長い髪を振り乱した男だ。


「報告しろ」


 彼をまっすぐ見つめて俺は命じた。

 言葉は分からなくとも俺が何を求めているのか察することは出来たようだ。彼は若様をまっすぐ見据えた。


「ご報告いたします。ルクロス隊長の姿は誰も見ておりません。彼と直属の部下たちが馬に乗って町を出る姿が目撃されたのが最後です」

「何だと!」

「また、子爵様の金庫が開けられているのも発見されております」

「おい!」


 当然、金庫の中は空っぽだろうな。

 クーデターかと思ったら、この領地には未来がないと考えての逃走か。


 アンロスト伯爵は額をおさえ、若様は天を仰ぎつつ床に崩れ落ちた。


 クーデターとどちらがマシだったろう?

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