7 とある巨人の道行き
戦争は終わった。
いや、全体としての戦争はまだ継続中なのかも知れないが、少なくとも俺の目の前で行われている合戦はアンロスト伯爵軍の勝利で終わった。
その勝因が俺だったりする。
周囲の誤解と俺のうかつさが八割で、残りの二割は単に俺の身長のおかげという勝因だが、それでも軍の勝利に大きく貢献したことは間違いない。
おかげで、俺は下にも置かない扱いを受けている。いや、それなりに丁重な扱い、ぐらいかな?
客人として尊重はされているし、食事も伯爵と一緒でいい物を食わせてもらっているが、移動は徒歩だ。
リスティーヌさんが使っている馬車は俺には天井が低すぎたし、馬は……うん、それは馬の方が嫌がるよな。俺の体重なんて下手な成人男性2人分ぐらいはある。地球のサラブレッド級の大型の馬なら大丈夫だろうが、こちらで馬に乗ろうとしたら赤兎馬クラスの名馬が必要になるのでは? さすがに黒王号までは要らないだろうが。
とりあえず、伯爵軍は半日ほど移動して手近な町に入るらしい。
死傷者が予想よりずっと少なくて済んだから戦場近くに野営しなくても済んだ、とか話しているのを小耳に挟んだ。あちらは俺が言葉を理解している事を知らないが、な。
負傷者もいるせいか、のんびりゆっくりとした移動をしている。
俺にとってはこんな散歩では運動量が足りない。なので、休憩時間にはスクワットをしたり腕立てをしたり軽くトレーニングをする。
そうすると、化け物を見るような目で見られた。
俺は「仕事はプロレス、趣味は練習」と言われた男ほどの練習の虫では無いが、それでもそれなりの練習はするぞ。
あ、今はプロレスの練習はしていない。あくまでも準備運動な。ヘトヘトに疲れた状態から始まるのがプロレスの練習だ。疲労困憊しても技が出せる。疲労困憊していても受け身が取れる。そうならなければプロレスなんかやっていられない。
伯爵軍は地元の人間からの評判は良いらしい。
行軍していると農民らしき人とすれ違う事がある。彼らは例外なく軍に笑顔を向け、手をふってくれたりした。
異種族の侵略に対抗している軍に対しては妥当な評価だ。が、俺としてはアンロスト伯爵が真っ当な行動をしている事を評価したい。ここがあたりから略奪しまくりながら移動している軍ならば、俺もそこの飯は食いたくない。
現状、他人の3倍ぐらい食っている事実は横に置く。
若い身体って良いねぇ。
当然ながら歩いていると俺にも注目が集まる。
ギョッとして二度見されるが、伯爵軍と一緒なせいか好意的な視線が多い。この体格も味方とわかっているならば頼もしい、と言ったところだろう。災害となるゴジラではなくウルトラマンのポジションを狙うべきか。
どちらにしても人間では無いのは仕方がない。
歩きながら集めた情報を整理してみる。
あの鬼たちは隣接する地に住む蛮族、のような存在らしい。
昔からなかば定期的にこちらへ襲撃して来る。鬼と人間の勢力圏は時代によって押し引きを繰り返しているそうだ。
鬼たちは繁殖力が強く、殺しても殺してもキリがないと言う。ならば、やはり戦いが繰り返されるのは人口の増加圧力のせいだろう。鬼が多くなりすぎるとこちらへ侵攻して来る。
その戦いに勝って土地や食料を手に入れれば彼らは生き残れる。負けて数が減っても適正な数になるだけだから、それはそれで問題なしだ。
つまりは純粋な生存競争としての戦争。
どちらが良い訳でも悪い訳でもない。
彼らを殺した俺も悪くない、と自己弁護しておく。
鬼を殺して「撃墜数1」を誇るようにはなりたくない、とも思うが。
アンロスト伯爵軍は厳密に言えば「ここが地元」ではないらしい。
伯爵の領地は隣接する別の土地、ここはブラームス子爵領だ。鬼軍の侵攻を聞いて、集団的自衛権の発動で援軍に来たそうだ。来てみるとこちらの領地の軍はすでに負けて再編中。仕方なく単独で鬼軍と交戦した。
俺が最初に出現した町の再建や住人の帰還支援はブラームス子爵の仕事。伯爵は戦争が終わればさっさと帰った方がいい。
しかし、異民族に襲撃されて一度陥落した町になんか帰りたがる人間がどれだけ居るかね?
これは、かなりの数の難民が発生しているのではないか?
人々を安心させるために防衛力の強化が急務、ってところか。
ま、それは俺が心配することではないが。
行軍を続け小さな丘を越えると、城壁に囲まれた大きな町が見えてきた。
昔のヨーロッパ圏では珍しくないタイプの町だ。日本の場合は城ならばともかく町全体に大規模な壁を巡らすスタイルは少ないが、それは日本では川や山といった天然の要害を防衛に利用しやすかったからではないか、という話を聞いた事がある。登るのにほんのちょっと苦労する程度の丘しかあたりにないと、防衛拠点は自前で用意しなければならない、という事だ。
日も傾いてきた。
この軍の目的地はあの町のようだ。町と軍の間をひっきりなしに伝令が往復している。
俺を見た伝令が目を白黒させている。
中には「あんな化け物を町に入れるつもりか」と伯爵に詰めよる者も居るが、あの三角顎は相手にしていない。あの町の主人はブラームス子爵とやらで、身分的にもつい最近の実績的にもアンロスト伯爵には頭が上がらないようだ。
どちらかと言うと悩みの種はリスティーヌさんの方かな?
馬車に乗り込んだ彼女はすっかりヘソを曲げてしまっている。神聖武器(?)を自分が使ったのに手柄が俺のほうに来た事が認めがたいらしい。
ちなみに、アンロスト伯爵はその考えに明確なノーを突きつけている。
味方の誰かが敵将にとどめを刺した時にその味方が力尽きて倒れていたならば、かわりに敵将の首をとって戦果を示すのは正当な行為だ。それどころか、十分に手柄となる行動だ。
今回の場合、リスティーヌさんの戦果は大鬼の単独撃破と敵分隊の壊滅だ。これは素晴らしい戦果だが、それだけだと大局には影響のない小さな勝利だ。俺が「これは人間側のやった事だ」と全体に示したからこそ、敵軍の敗走という結果につながっている。
だから「軍全体の勝利に関する手柄はジャイアント殿のもので問題ない」のだそうだ。
理屈は分かるけれど、若い子には納得がいかないだろうな。
リスティーヌさんには何とかして後で謝っておこう。
謝る機会が無いままに俺たちは町の門をくぐる。
伯爵は合戦の勝利をすでに宣伝していたようだ。こういう抜け目のなさは三角顎の特徴なのか? 門をくぐると同時に俺たちは歓声に包まれる。
良いねぇ。
これは大いに助かる。
多分、俺が1人だけであの門をくぐっていたら、人々は俺から逃げまどっただろう。
騎士とか衛兵とかが出てきて誰何され、投獄コースも普通にあり得た。いや、異種族の侵略を受けているこの地ならば問答無用で殺される可能性すらあった。
俺は人気商売しかできないと、あらためて思い知る。
俺はこの体格を生かして人気者になるか、化け物と恐れられるかの二択しかない。俺のウルトラマン化は順調に進んでいるようだ。昔の児童書だと怪獣のキック力が俺の何十倍とか、普通に書いてあった気もするが。
曲がりくねった道を通って、町の中心部へパレードする。
道が真っ直ぐで無いのは利便性よりも防衛力を重視したためか? それとも無計画なだけか?
3000人全員を収容できる施設はないようで、隊は途中で幾つにも分かれる。
俺はアンロスト伯爵と共に100人程度の兵員を連れて一際大きな建物へ至った。
中世の町は町全体の外からの防衛を重視するか、町からの統治者の防衛を重視するかで分類できる。そんな事を前に聞いた。
ここはどうだろう?
外壁と統治者の居館の防衛が大差ないような?
これは、町の外壁がそのままつながっているのか?
ちょっと訂正しよう。
俺は町の中心部へ来たと思っていたが、実は町を突き抜けて反対側まで来ていたらしい。この町は、門があって住人が住む部分があって、門と反対側に領主の居城があるという直線構造だ。
俺たちは城の奥へと案内される。俺でも真っ直ぐ立てるぐらいには天井が高い。扉は文字通り「くぐる」必要があったが。
同行する人員はさらに減り、アンロスト伯爵とリスティーヌさん、数人の文官と護衛の兵士のみだ。
何故か伯爵の機嫌が急降下している。
不穏な空気だ。
俺もそれとなくあたりに気を配る。
外敵と戦争している最中に味方を闇討ちする馬鹿はいない、と思いたいが歴史を紐解くと信じがたいほどの馬鹿は結構いるからな。
いや、そういう奴は「信じがたいほどに馬鹿げた行為をしたから」歴史に名が残っているのだろうけど。
伯爵は一歩進むごとに機嫌が悪くなる。
平気でそばにいるのはもはや俺だけだ。その俺だって身長差から怒気を直接に浴びずにすむから、というだけだ。
俺たちは謁見の間のような所に案内された。
奥の椅子にまだ若い線の細い男が座っている。
伯爵は大きく息を吸い込む。そして大喝した。
「小ブラームス! 貴様は何故そこに座って居るか⁉︎」
また新しいゴングが鳴ったようだ。