6 とある巨人の茫然自失
アンロスト伯爵軍と鬼軍の戦いは泥試合の様相を呈し、どちらが勝つか分からない。
そして、戦場から少し離れた丘の上にいる俺たちにも鬼の分隊が近づいて来る。
刃物を持った奴らに囲まれたら嫌だな。
大鬼が1人だけなら組み打ちに持ち込めば勝てるだろう。あいつらは格闘技の経験は無さそうだしな。
が、大鬼と組んでいる時に周囲に自由に動ける敵が居るのはありがたくない。盾持ちの兵たちが小鬼をうまく排除してくれれば良いのだが、そこまでの連携は期待しない方が無難だろう。
などと考えるのはまだ早かった。
鬼たちは接近戦に入る前に投石をはじめる。
大鬼は大きな手で複数の石をまとめて投げる。小鬼の短い腕での投石は大した威力が無いはずだったが、彼らは道具を使うことでその問題を解決していた。投石紐とか言うのか? 頭の上で紐をグルグル回して勢いをつけて石を放ってくる。命中率は低いが、勢いそのものは侮れない。
あ、中ぐらいの鬼は普通に手で投げていた。
味方の兵士たちはリスティーヌさんを守って盾をかかげる。
娘さんは盾の陰で何かしているようだが、よく分からない。
盾持ちの兵士たちは俺を守ってはくれないんだよな。
いや、もし俺を守ろうとしても、俺の頭が盾の上にニョッキリ突き出るだけだけどさ。
俺に向かって飛んで来た石をガウンの裾で払い除ける。頭に当たりそうな分だけ回避する。
なるべく小さな動きで避けるように意識する。
俺みたいなデカい身体はパワーの大きさだけでなく、その迫力と押し出しの強さが武器だ。みっともなく逃げ回ることはその武器を放棄することになる。
それでも、盾を構えた所への投石よりは俺を狙ったほうが有効だと判定されたようだ。石が俺に集中する気配がある。
……。
仕方ない。反撃しよう。
もちろん、プロレス技に飛び道具はない。せいぜい射程1メートル未満の毒霧ぐらいか? 俺の技の中にはロケット砲と呼ばれるものもあるが、飛ばすのは自分の身体だからな。
でも、ま、俺に使えるのはプロレス技だけではない。
飛んできた石の一つを素手でキャッチする。グラブも何もない素手だから手が痛い。しかし、プロレスの試合中だと思えば気にするほどの痛みではない。
このジャイアントはな、巨人の軍の一員だった頃もあるんだぜ。
という訳で、大きく振りかぶってピッチャー第一球、投げました。
もともとこちらが高所だ。その高低差に加えて、俺の「二階から投げ下ろす」と言われた投球が大気を切り裂いて飛ぶ。
昔取った杵柄による、すべての故障が消えた身体での万全の投球だ。現役時代ほどの制球はないが、人間大の目標に当てるぐらいはたやすい。
お、中ぐらいの鬼の右膝が曲がってはいけない方向へ曲がった。
そいつは当然、倒れる。少し待ってから立ち上がろうとしてまた倒れる。
どうやら中ぐらいの鬼にも大鬼と同じような回復力があるようだが、刃物による傷と違って骨の損傷だと曲がったまま癒着することもある模様。これは奴らの思わぬ弱点を発見したかもしれない。
手足をへし折ってやれば剣で切るよりも長い間、戦闘不能に出来るのだから。
小鬼たちが浮き足立ち、大鬼がそれを督戦する。
逃げてくれよ、と思いながら二投目三投目を実行する。
逃げてはくれなかったが、相手からの投石は途切れた。
それを待ってか、盾持ちの兵士たちが横へ移動。リスティーヌさんが現れる。
?
俺の思考が一瞬途切れた。
理解できない。
なんでこうなる?
聖なる武器とか言っていたのがアレか?
さっきまではあんな物は確かに持っていなかったよな。
娘さんは肩に不釣り合いなほど大きいそれを担いでいた。
戦場にソレがあるのは別におかしなことじゃない。ここが剣や槍、弓矢と投石が支配する中世レベルの戦場で無ければ。
リスティーヌさんが担いでいる筒はどう見ても、バズーカ砲、無反動砲、ロケットランチャー、その類の科学兵器だ。神聖な何かと呼ぶような物ではない。どちらかと言うと悪魔の所業と言うべき存在。
あり得ないだろう!
似たような効果を持つ物があるとしても、魔法の杖とか呪文書とかそれらしい形をしているべきだ!
心の中でツッコミを入れつつ、本能的に危険を感じて俺はバックステップ。
バズーカ? らしき物が発射される。
初速の遅いロケット弾か何かだ。はっきりと視認できる。
俺の背筋に冷たい物が触れたようだ。
バズーカとかって歩兵が戦車を破壊するための物だよな。それって、手で石を投げ合うような間合いで撃って良い物なのだろうか? アレが本当にバズーカ砲並の破壊力があるかどうか、俺には分からない。それを言うなら本物のバズーカ砲の威力だって俺ははっきりとは知らない。
だが、ま、危険だとは思うよな。
もう恥も外聞もない。自分を強く見せかけるなんてどうでもいい。
俺は地面に身を投げ出した。その場に伏せて耳をふさぐ。以前、軍人上がりのレスラーが居て高速の匍匐前進一つで観客にアピールしていたな、などとどうでもいい事が頭に浮かんだ。
爆風が俺の上を通り過ぎて行った。
思ったほど酷い事にはならなかったか?
いや、対人用の破片が飛散するような爆発ならば、立っていたら穴だらけにされていたかも知れない。伏せるのは正しい対処だろう。
鬼たちは酷い事になっていた。
大鬼は片腕を肩から吹き飛ばされて倒れている。その他の鬼も全員、倒れてピクピクと痙攣している。爆発で致命傷を負ったのか単に音と光のショックで麻痺しているのかは分からない。
ま、アイツらなら即死でさえ無ければいずれ回復するだろうから、麻痺も重傷も大した違いではないかもしれない。
味方の被害も大きかった。
盾持ちの兵士たちは座り込んだり仰向けに倒れたりして放心している。
リスティーヌさんも後ろに転がったようだ。生命に別状はなさそうだが、少し離れた所に倒れている。
なんと言うか、アンロスト伯爵が彼女を戦場から遠ざけた理由がよく分かる。
?
何かおかしな気配がある。
状況を整理しようか。
俺はリスティーヌさんと共に丘の上から合戦を見物していた。そこへ鬼の分隊がやって来て戦いになった。リスティーヌさんは神聖武器(?)とか言うものを使い、鬼たちを殲滅。しかし、そのあおりを食らって本人も目を回している。
丘の上にいて戦を見物していたという事は、戦っている連中からも俺が見えるという事だ。
そこでとんでもない爆発が起こった。
大鬼ですら無事ではいられないほどの。
彼らが爆発音を聞いて丘を見上げると、そこには死屍累々と見えるような倒れている者たちの間に、見たこともないほどに背の高い男が立っている訳だ。
人と鬼、その場にいるすべての者の注目が俺に集まっている。
レスラーとしての本能で、俺は何も考えずに右腕を上げた。
人目を集めるとついついアピールしたくなる。職業病みたいなものだ。本当に何も考えずにレフリーに手を取られての勝ち名乗りのような仕草をしてしまった。
恐慌が巻き起こった。
人も鬼も恐れおののく。が、俺は鬼の方を向いているし、リスティーヌさんたちは徐々に回復して身を起こしつつある。鬼の分隊は倒れたままだ。先ほどの爆発がどちらに向けられていたかは明らかだ。
鬼の軍勢が敗走を始める。
得体のしれない爆発を恐れ、それを引き起こしたのかもしれない巨人を恐れ、俺から離れる方向へ一目散に逃げていく。
弓矢が騎兵が追撃を仕掛け、少なくない数の鬼を打ち取っているようだ。
あ~、やっちまったな。
積極的に戦争にかかわる気はなかったんだけどな。
この戦争、俺が締めちまったようだ。
俺のテーマ音楽が流れたりはしない、か。
俺の脳内でのみ、試合終了のゴングが高らかに打ち鳴らされた。