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5 とある巨人の合戦見物

 俺はジャイアントだ。

 そう名乗りを上げた俺だったが、三角顎の伯爵様との会話はそのあとは続かなかった。


 伝令の兵士が駆け寄ってくる。


「報告します。鬼どもに動きがあります。町に入っていた者どもが引き上げ、町のこちらと反対側に集結中との連絡がありました」

「叔父様!」

「そう来たか。相手が分散している間に片付けたかったが、これは正面対決になるな」

「では、私の力も必要ですよね」


 リスティーヌさんが勢い込むが、俺にはこの娘さんが強いというのが良くわからない。神聖武装とやらは重機関銃か何かなのだろうか? それとも装着すると大地を割り空を割くことが可能になる?

 なんにせよ、彼女が身体を鍛えている様子は全くないな。軽いスポーツならばともかく、格闘家や職業軍人ではあり得ない。


 アンロスト伯爵は自軍の中央にさっさと戻ろうとしている。


「リスティーヌよ、おまえの参戦は認められない。……かわりに、任務を申し付ける」

「何なりと」

「おまえの武装は送り付ける。それを持って戦場から離れよ」

「それは、任務ではないでしょう」

「そうでもない。おまえにはそこの吾人の監視を命じる。これだけ立派な体格のお方だ。わが軍の中に置いては色々と障りがある」

「叔父様は彼が敵だとお思いですか?」

「わからん。だが、信用は出来ない。これだけの体格の人物に陣地の内側で暴れてほしいとは到底思えないからな」

「……承知しました。私はジャイアント殿の監視任務に就きます」


 いくら俺でも3000人の兵士の中で暴れたらあっさり殺されると思うけどな。

 ま、正面の敵と戦っている最中に腹の中に敵を抱え込みたくないのは分かる。


 俺はリスティーヌさんと、新しく護衛についた五人の兵士とともにその場を離れた。

 今度の兵士は先ほどまでの二人と違って重防御型だ。大型の盾を携えている。反面、攻撃用の武装は乏しく小さめの剣だけ。その剣を俺に直接向けてくることはないが、常に二人以上が俺と娘さんの間に入っている。


 何もしないって。


 万が一、彼らと戦いになったなら、あの大型の盾を掴んで奪い取れば互角以上に戦えそうだと計算するけどな。


 さて、近くにいる護衛たちより興味深いのはこれから戦いを始めるアンロスト伯爵の軍の方だ。

 リスティーヌさんも俺と同意見なのか、戦場から離れる方向へと移動しつつ小高い丘の上を目指す。戦を一望できる特等席だ。伯爵の軍も最初はこの丘の上に陣取っていたのではないかな? それらしい移動の跡がある。


 ドンドンドン、ドンドンドン。


 陣太鼓が打ち鳴らされている。

 ラッパのような管楽器のメロディーも聞こえる。

 軍楽隊、というやつだ。


 ちょっと驚いたが、軍楽隊とは観閲式の時に花を添えるような非実戦的な役割ではないようだ。楽隊の奏でるメロディーによって部隊の陣形が整えられていく。


 この世界には無線も拡声器もない。

「良い指揮官とは声の大きい指揮官の事である」などという格言があるが、それは声の大きさが命令を届かせられる範囲に直結していたからだろう。そして、太鼓やラッパの出せる音は人間が絞り出すどんな声よりも数倍大きい。

 そういうことだ。

 この世界の軍楽隊は命令を伝達するための重要な役割を担っているのだ。

 見たところ、陣太鼓で全体の動きを統括し、ラッパで細かい部分の調整をやっている。


 軍楽隊のメロディーによって作られた陣形は鶴翼の陣。大きく翼を広げたような陣形で相手の包囲殲滅を図る。

 陣の最前線には盾持ちと長い槍を持った兵士がバランスよく並んでいる。軍楽隊とアンロスト伯爵の直営部隊はその後方。彼らの隣にいるのは騎兵部隊か。騎兵は後詰めとして取っておくようだ。


 整然と隊列を組むアンロスト伯爵軍に対するのは鬼たちの軍勢。


 こちらには隊列なんて物はない。雑然とした一塊だ。

 が、よく見ると雑然とした中にもそれなりの構造はある。20から30人程度の集団が多数存在し、それらが寄り集まって大集団になっているようだ。小集団は大多数の小鬼と少数の大鬼とで構成されている。

 ひょっとしたら大鬼と小鬼は親子だったりするのだろうか?

 しかし、小鬼たちは性的に成熟している様子だった。とすれば、鬼は成体になっても成長を止めず、長く生き続けるほどに大きくなり続ける生き物なのかも知れなかった。


 鬼たちの軍勢は伯爵軍よりも数が多い。

 だが、その大半は小鬼であり、成人男性より小さい。戦闘能力はお察しだ。また、武器や防具も粗末な物で、伯爵軍より数段劣る。


 さて、どちらが強い?

 俺の考えとしてはクレバーな戦術をとり得る伯爵軍の方が上だと思うがどうだろう?


 両軍が農地を踏みにじりながら対峙する。

 陣太鼓が打ち鳴らされ、鬼たちが負けじと声を張り上げる。


 俺の知る中世の戦いならばここでお互いの正義や開戦理由を言い合ったり、代表同士の一騎打ちが行われたりしたはずだが、そんな様子は見られない。

 異種族相手の絶滅戦争ならば、そういった戦争による被害を抑える試みは無いのが当然なのだろう。


 両軍が前進する。

 鬼たちはバラバラに、伯爵軍は整然と。


 ある程度近づくと鬼たちは投石をはじめた。

 前線の盾持ちの兵たちがそれを受けとめる。隊列をわずかに乱したのみで前進を続ける。


 接敵した。


 盾持ちの間から突き出された槍が、小鬼を瞬く間に血祭りにあげる。

 仲間を犠牲にした小鬼が槍をかいくぐって前進するが、盾に殴られ軍靴に踏みにじられて絶命する。


 やはり明確な戦術を構築する伯爵軍が有利、と思えた。

 が、小鬼たちの犠牲は無駄ではなかった。小鬼を肉の盾に使った大鬼が突進する。小鬼たちの頭上を丸太のように太い棒が旋回する。いや、大鬼が振り回しているのはそのものズバリ丸太だ。適当な長さに切った丸太が槍を跳ね飛ばし、大楯を揺るがせる。


 随所で前線が突破された。


 乱戦になる。

 乱戦になってしまえば小鬼たちも攻撃戦力として有効になる。背後から忍びより下半身を斬りつける小さな敵は厄介だ。


 鬼も人も傷つき死んでいく。


 やだねぇ。


 三角顎伯爵も平和党を結成すれば良い、とまでは言わないけどね。どうしてこんなに命を粗末に出来るのか。

 争い事があっても話し合いか、せめて素手の喧嘩で決着をつければ良いと思うんだ。


 日本の戦国時代なんかは気候の変化で作物があまり取れなくなった事が戦乱の原因、と聞いた気がする。他にも民族大移動とかで、他所で住処を追われた異民族が大量に流れこんで来たりしたら、人口の増大にたいして食糧生産が間に合わない訳だ。

 それへの対処で戦争をおこすと言うのはある一面では正しい。増えすぎた人口を抑制する調整弁の役割を果たすのだから。


 でもな、文明人ならそういった問題は農地の拡大や農業改革で解決するべきだと思うんだ。


 俺が考えている間も戦は続く。

 伯爵軍は小刻みな前進と後退を繰り返して、戦線の再構築に成功する。


 大楯は大鬼のふりまわす丸太の前に無力だが、槍の攻撃力はそうでもない。鬼が怪我がすぐ治る羨ましい体質の持ち主でも、一度流れた血は元へ戻らない。手足の筋を傷つけられれば一時的にせよ力を失う。

 盾持ちで小鬼たちを排除しつつ槍持ち数人で取り囲めば、大鬼といえども討ち取られるしかないようだ。

 騎兵部隊も動き出し、敵の側面にまわり込もうとする。


「伯爵さん、勝ったな」


 これがフラグという物か? だとしたら、悪いことをしたな。

 俺が呟いた直後に鬼が増えた。


 別に何もない所から現れた訳じゃない。俺が出現した町の中からだ。

 鬼軍にもそれなりの知恵者がいる模様。町の中に兵を潜ませ、伯爵軍が本隊との戦いに気をとられている間に側面から突撃を敢行した。


 伯爵軍の左翼が崩れる。

 しかし、鬼軍も騎兵の突撃を受けて大混乱だ。

 完全な泥試合。プロレスで言うなら「試合が壊れた」状態だ。ここから立て直すには問答無用でピリオドを打てる説得力抜群の必殺技が必要だが、アンロスト伯爵にはそう言う物があるかな?


 あの伯爵が鬼軍の大将に卍固めを極めているところを想像してしまった。


 あ、伯爵さんの心配をしていられる状態ではなくなった。

 鬼の分隊がこっちへ来る。小鬼が5人と大鬼が1人。それに両者の中間ぐらいの個体が2人。家族で出稼ぎに来ている、と考えると微笑ましい。しかし、殺意を向けられているとなると、()軍曹に率いられた敵軍と考えた方が良さそうだ。


 全くもう、俺は殺し合いは専門外なんだよ。

 これがせめてヤクザの抗争なら殺さないように治めるのも不可能ではないだろうが。


 戦見物の見物料はあまり安くはないようだった。

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