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3 とある巨人の困惑

 ゴングもなし、拍手もなし。

 観客の称賛も……コレは有りでいいのか? あまりにも見事なフィニッシュに観客席が一瞬静まり返った所、と考えればこの反応も悪くない。

 兵士二人と娘さんはあり得ない物を見せられた顔で俺を凝視している。


 あれ?

 兵士は三人いたよな。怪我した男はどうした?


 ショックを受けた。

 大鬼の棍棒に吹き飛ばされた男は味方にとどめを刺されて死んでいた。


 神様はここが「指輪物語的な世界」と言っていたな。

ゲーム(ファミコン)的な」ではなく「指輪物語的な」と。

 瀕死の重傷でも全快させられる便利な魔法はここにはない、という事か。それどころか、医学の発達もない。重傷を負ったものは苦しみを長引かせないために速やかにとどめを刺される、と。


 俺は死んだ男に向かって手を合わせた。

 俺も一度死んだ身だ。死がすべての終わりではないことは分かっている。だが、彼はもうここへは戻ってこられない。彼の行く先に幸あれと、そう祈りをささげる。


 俺が祈っている間に生き残りの兵士が動く。

 倒れている鬼たちにとどめを刺してまわる。特に大鬼には念入りにとどめを刺し、首を切り落としにかかる。

 大鬼が先ほど見せた治癒能力を思えば分からないやり方ではないが、ここは敵を捕虜にする事など考えもしない野蛮な世界か。異種族同士の絶滅戦争とか、正気の沙汰とも思えん。


 少し身体が冷えてきた。


 ガウンを受け取ろうと娘さんの方へ一歩よると、兵士たちが反応した。

 俺に剣を向けて、娘さんを背中にかばう。


「よ、寄るな!」

「来るな、化け物!!」


 裸の俺にとっては大鬼の棍棒よりもこいつらの剣の方が危険だよな。

 日本刀のような斬れ味は無さそうなのが救いではある。


「オイオイ、俺は別にあんたらの敵じゃないぞ。ちょっとそのガウンを返して欲しいだけで」

「クソ! 敵わぬまでもせめて一矢むくいてやる」

「姫は俺たちが守る!」

「相手はオーガーを素手で縊り殺すジャイアントですよ。あなたたちこそ逃げて下さい」


 何故か悲壮な空気が流れている。


「だから俺は何もしないと言っているだろう」


 何か変だ。

 そう言えば、俺は何語で話している?


 日本語だな、間違いなく。


 そしてあの神さまは何と言っていた?


「特典として現地の言葉がわかるように」とかなんとか、だな。

「言葉がわかるように」であって「言葉が話せるように」ではない。


 つまりアレだ。俺はむこうの言葉が分かるけれど、相手にわかるように言葉を発する事は出来ない、と。

 異世界語を覚えやすくなっているのは確かだから役に立たない力ってわけでは無いが、困ったな。

 俺はポリポリと頭をかいた。


「すまんが、それを返してくれないか?」


 日本語は通じないにしても、言うだけ言ってみる。

 娘さんが抱えているガウンを指差す。

「あ」と、娘さんの顔に理解の色が浮かんだ。


 娘さんから兵士へ、兵士から俺へとガウンがリレーされる。

 俺は慣れた動きで入場用の派手なガウンを身にまとう。


 俺はちょっと笑いたくなる。


 兵士たちの俺を見る目が変わった。

 タイツ一枚の裸の男と豪華な刺繍入りのガウンを着こなす男とでは、対応が変わるのも仕方がない。

 裸のままではただの蛮族。どうかしなくてもモンスターに見える。それに対して豪華な衣装は文明人の証しだ。刺繍程度なら大した文明が無くても出来るかもしれないが、その場合は多くの人間を動員できる権力者の証しとなる。

 どちらにしても一目置かれるには十分だ。


 ま、俺は実際に「長」の字がつく役職にいたからな。


「すまんが、君たちの責任者の所へ連れて行ってくれないか」


 俺は()()()

 こういう指示は言葉が通じなくとも、なんとなく雰囲気だけで分かると期待する。

 彼らは顔を見合わせた。

 娘さんを護衛し、俺を警戒しながらどこかへ移動しようとする。


 幸い、俺が後を付いていくのをとがめる様子はない。娘さんに近づきすぎたと判断した時だけ敬意とともに邪魔をしてきたが、それだけだ。


 ここで見捨てられるのは困るんだよな。

 人間という生き物は一人で何の準備もなくそこらへんに放り出されて、それで生きていけるものじゃない。次の飯はどうする? 飲み水はどこにある? 出すほうだってあるだろう。今の俺には尻を拭く紙すら用意できない。


 相変わらず辺りでは兵士たちと小鬼が出合い頭の散発的な戦闘を繰り返しているようだ。

 大鬼は滅多に居ないらしい。

 前を行く兵士が大鬼の首を引っ提げているのを見て、小鬼たちも戦っている兵士も俺たちを恐れて近づいてこない。


 ここはどういう戦場なのだろう?


 俺は。観察し考える。

 市街戦ではある。

 町の建物のサイズは小鬼たちが使うにはやや大きく、大鬼が使うにはいささか窮屈だ。俺が扉をくぐろうとしたら思いっきり頭を下げなければ通れないし、天井に頭をぶつける危険もないとは言えない。


 してみると、普通の人間の街に鬼たちが侵入した可能性が高い。


 町の周りには柵が設けられているが、あれは獣除けだろうな。

 本格的な戦争用の城壁ではない。ここの兵士たちが小銃で武装しているならばあの程度の柵でも十分な防御効果があるだろう。が、白兵戦用の武器しかないのならあんな柵は大鬼の棍棒の一撃で叩き潰されて終わりだろう。


 しかし、娘さんたちの足は町の外へと向いた。


 俺はてっきり町の中に防衛司令部があるのだと思っていた。それが外?


 娘さんたちの方が侵略者である可能性も考える。だが、それは町の建物のサイズで否定される。

 少し考えて、娘さん以外の非戦闘員の姿を見ていないことを思い出す。

 この町は包囲殲滅を受けた訳じゃない。住人には十分かどうかは分からないが、逃げ出す暇と道があったと考えられる。


 シナリオとしては人間の町に鬼たちの軍勢が接近。町の男たちが応戦している間に女子供は離脱。娘さんはいい所のお嬢さんみたいだから、男たちを鼓舞するためにあえて残ったのかな? 蒼き血の義務、ノブレス・オブリージュとかいうやつだ。

 鬼たちが町を包囲しなかったのはそれだけの知能が無かったのか、それともそれが不可能だったのか?

 人間サイドの司令部が町の外に設けられているのならば後者の可能性が高い。鬼の軍勢の接近を知って人間側も軍隊を派遣したのだろう。

 町に突入して略奪を始めた鬼軍と味方の撤退を支援しようとした人間軍が町の中で泥沼の市街戦に突入した、という所か。


 俺は兵士がぶら下げている鬼の生首に目を向けた。


 アイツを殺したのは俺、だよな。


 とどめを刺したのは兵士だが、戦場に意識のない者を放置したら殺されるのは当然だ。捕虜として拘束するのが難しい相手なら尚更のこと。

 あの大鬼は俺にとってはヒトだった。

 組んでみた感じ同じぐらいの筋肉量の人間よりも力が強いとか、傷の治癒速度が異常に早いとか、そもそもツノがあるとか、尋常の人間と違う所はある。しかし、そんな物は「普通の人間よりもはるかに背が高い」と同等だよな。

 俺よりもデカかったあの男なんか、新しい町に引っ越した時「化け物が住み着いた」って噂されたそうだし。


 俺はヒトを殺した。


 後悔、まではしないが、殺すことが平気になりすぎてはダメだと思う。

 俺は心の中で大鬼に向けて手を合わせた。


 お前とはプロレスのリングの上で勝負したかったよ。


 町の外には隊列を組んだ軍隊が布陣していた。

 ざっと見積もって3000人ぐらいは居るだろうか。かなりの数だ。万人単位の大軍勢が動員される戦さ場でないのは良いことなのかどうか。


 歩哨に立つ兵士がいる。

 その男が俺を見て警戒する。娘さんたちと一緒にいるので俺のことをどう判断すればよいのかわからないようだ。


 俺と一緒に来た兵士が歩哨の兵士と小声で何か話す。

 声が小さすぎて何を話しているのかわからない。俺を通すか通さないかの話か?

 ちょっと違いそうだ。

 どちらかと言うと俺を殺すか殺さないかの話に見える。二人して大鬼の首と俺をチラチラと見比べている。


 とは言っても俺にここから下がるという選択肢はない。

 人間は一人だけでは生きられないから。


 身体が大きすぎると本当に損だ。

 俺がちょっと動いただけで兵士たちが動揺する。これでは俺が無害だとアピールする事も出来やしない。


 あたりがざわめいた。


 歩哨が対応するより先に本陣がここの騒ぎに気づいたようだ。

 陣地の中心部から屈強な男たちの集団がやって来る。その中の一番偉そうな人間は……


「カンちゃん?」


 いや、違う。俺の後輩にあたるある男に似ているが、似ているだけだ。それも全体が似ているのではなく、その外見上の一番の特徴がそっくりなだけだ。

 アイツと見間違えそうになる人間が実在するとは思わなかった。俺が誰かと間違えられるのの次ぐらいには有り得ない事だと思っていた。異世界は広いと言えば良いのか、世間は狭いと言うべきなのか、難しい所だ。

 三角顎を装備したその男を眺めて、俺はこめかみのあたりを掻いた。


 なぜだか、無性に葉巻が欲しくなった。

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