胡蝶の夢
勉強の合間に適当に書いたので短いです。
別に病んでるわけじゃないのですがちょっとらしくない話です。
受験終わったらまた思いっきり紅鎖書きます。
重い扉を押し開けて外に出る。敷地内に植えられた木々が一陣の風に木の葉を揺らした。
学ランの内ポケットに入れておいた音楽プレーヤーのボタンを片手で操作しながらもう片方の手で繋ぎっぱなしのイヤフォンを耳に入れる。昨日プレーヤーに移しておいたファイルをブックマークから探し出す。
大きい音が嫌いだから、音量はいつも最小にしている。聞くものによっても多少変わるが、買ってからだいぶ経つプレーヤーの音量を示すバーを半分以上上げたことすら一度もない。
友人にイヤフォンの片方を渡されて耳に入れた瞬間弾かれるように外したことも、最早一度や二度の話ではなかった。
耳が生まれつき良いのもあるが、はっきりした音よりも耳に何も付けていない状態で頭の中で曲を再生しているようなかすかな音に耳を澄ますのが好きなのが一番の理由だ。
まぁ誰一人としてそれを理解してくれたことはないのだけれど。
だから、耳に付けたイヤフォンは外界の音を僅かに遮断するのみで、やろうと思えば態度は悪いがこのまま人と話すことも可能だ。
何とはなしに雲一つない空を見上げて、その蒼に呑み込まれそうなくらい小さな声で呟いた。
「胡蝶の夢」
「何?それ」
女の子という割に少しハスキーで、声変わり前の少年と言った方がしっくりくるような聞き慣れた澄んだ声が耳朶を擽った。
片手でプレーヤーを操作しながら、できるだけわかりやすいような説明を頭の中で組み立てる。
「んー、そうだなぁ。もしかしたらこの世界も僕も君も、一匹の蝶の夢かもねって話」
「何?それ」
また、同じ言葉が繰り返された。
「宗子って人が蝶になる夢を見て、目が覚めたとき人間の体が本当か、それとも夢だと思ってた蝶の体が本当の姿なのかわからなくなったんだって」
「何?それ」
「まったく、本当に君は知りたがりだなぁ。あれもこれも知りたがって、キョロキョロしてるから注意力足りないんじゃないの?」
「何?それ」
また、風が吹く。煙突から流れる煙が風に乗って揺蕩う。
喉に声が張り付いて、上手く口に出せなかった。目頭が熱を帯びて、視界に移っていた木の葉の緑と空の蒼が混ざる。
「君が眠る前に残ってた、唯一の声だよ」
何気なくボイスレコーダーを向けたときの訝しげな顔を思い出す。
家にあるのを偶然見つけて、面白半分に君と会う日に持って行った。
これでカラオケ行ったら、君の歌う声が録れるねって言ったら、音痴だからやめろって少し睨まれて。
粗野な口調の割に耳が真っ赤で。
思わず笑ったら、拗ねたように口を尖らせてそっぽを向いた。
帰ったあとボイスレコーダーをいじってたら、君に向けたときに録音ボタンに触れていたのか、一言だけ録音されていたのに気が付いた。
後で消そうか、それとも今度君に聞かせようか迷っていたら不意に携帯が鳴って、そしてこの声が消せなくなった。
「何?それ」
再生ボタンを押す手が震えて、耐えられなくなって建物の壁に寄りかかって背中が汚れるのも構わずそのままずるずると座り込んだ。
「早く、起きてよ」
耳の奥から離れないように、幽かなその声を思い出すように、潰れかけた再生ボタンを親指で押し込む。
「僕が、君の夢だったらなって話」
零れた涙が、冷えた頬を流れ落ちた。




