我が身を守る栄誉を与えてやろう
我は人間を見送った。
…見送ってはダメだ!
我は現実を見る。
何故かは知らぬが、我の封印は解けたようだ。
勇者のかけた封印が解けるなど、信じられぬが解けたものは解けたのだ。
そこは、考えてもわからぬ。
問題は、姿が蜥蜴だという事だ。
実は封印が完全に解けていないから不完全な姿での具現化となった…とかか?
わからぬ。
全くわからぬ。
だが、わかる事もある。
歩く事もままならぬ蜥蜴が森で生きる事は勇者を倒すのと同じ程度に難しいという事だ。
我にはこの身を守ってくれる者が必要だ。
知恵ある魔物に願うのが確かだが、生憎我には対価を支払う力はない。
悔しいがのぅ。
対価無しで、我を守る力ある者…
そんな生き物下等な人間くらいだ。
そして、先程人間に出会ったのだ!
その人間にこの身を保護する栄誉を与えるべきだ!
我は人間を追う事にする。
右前足を前にだして…左後ろ足を…
左前足を…
…
歩くだけで、いらっとくるわっ!
短気を起こした瞬間、体のバランスが再びくずれる。
しまった!
思った時には既に遅い。
我の体は再びひっくり返ってしま…
ごろん。
戻った。
ごろん。
またひっくり返った。
ごろん。
また戻った。
ごろん、ごろん、ごろん…
ごろごろごろごろごろごろ…!
坂道で丸まった状態で転がっていく!!
この!我が!!
情けなくも!石ころのように!!
坂道を下っているのだ!!
しかも体が痛い!!
痛くて声も出ない!!
だが、良い事…なのか?
も、あった。
坂道の先に先程の人間がいたのだ。
助けよ!
声は勿論出ていない!
唯必死で祈った。
気づいてくれ!
人間は丁度馬車に乗り込むところだった。
待て待て待て!
我も連れてゆけ!
馬車の扉がしまった。
御者が手綱を振るう。
べち。
車輪にぶつかり我が身は止まる。
一息つく間もなく車輪が動く。
このままでは潰されてしまう!
我は車輪から車体へと必死で移動した。
幸い蜥蜴故何かに張り付くのは得意なようだ。
馬車が動き出した。
どこに行くのかは知らぬが、森にいるより安全だろう。
我は馬車の中に入り込む。
蜥蜴の身故、僅かな隙間からもするりと入り込めた。
果たして先程の人間に再会した。
…最も我に気づいていないようだが。
「ジルク、オロチだしていい?」
「先程逃したばかりじゃないですか?
また、追うのはごめんですよ」
アルバートと呼ばれた幼体はぷうと頬を膨らませる。
だが、逆らう事なく、おとなしくしている。
この幼体も成体も中々身なりがよい。
よくわからないが、身なりがよい人間の方が悪い人間より大事にしてくれるのではないか?
我は幼体に近づく。
幼体は蛇を可愛がっているのだ。
きっと蜥蜴も可愛がって…じゃない、庇護下に置いてくれるに違いない。
幼体の足を突く。
「?」
幼体が我に気づいた。
「ジルク!さっきの蜥蜴!!」
「あっ!?いつの間に!?」
ジルクと呼ばれた成体は驚く。
「飼っていい?」
「ダメです。」
言ってジルクと呼ばれた成体は我をあっさり捕獲して窓から捨てようとする。
待て!
我を誰と心得る!?
我はかつて最強と呼ばれし神格ぞ!?
やめるのだ!
捨てるでない!
我を守る栄誉をくれてやろうと言うておろう!?
暴れる事すら出来ないほど強く握られた我は必死で人間に語りかける。
通じた形跡はないが。
「ダメ!!腰抜かしの蜥蜴は飼うの!」
腰抜かしは余計だが、その調子だ幼体よ!
我を守るのだ!
「誰が世話すると思ってるのですか!?」
「僕がするから!」
「そう言ってオロチの世話は最近専ら私ですよ!?」
「心入れ替える!ご飯もトイレも散歩も僕がやるから!」
言われてジルクと呼ばれた成体は手を緩める。
我はだらしなくも腹を表に向けて舌を出しぜぇぜぇする。
「この蜥蜴、野生とは思えませんねぇ。」
「…確かに…」
「誰か飼い主が別にいるのかもしれません。」
「逸れ蜥蜴?」
「可能性はあるかと。」
「なら、飼い主が現れるまで僕が面倒みる!」
「飼い主が現れたら返せるんですか?」
ジルクと呼ばれた成体が幼体に問う。
「返す!返すから!!ね?いいでしょ?」
我はジルクと呼ばれた成体の手の上で体を捻り元の体勢に戻る。
その様子を見ながらジルクと呼ばれた成体はため息をついた。
「約束ですからね?」
「わーい!」
がば。
アルバートと呼ばれた幼体は我の身を掴み頬摺りする。
うわっ!
な、何をするのだ!?
「しかし、変わった蜥蜴ですね。」
「そう?」
「ええ。唯の森蜥蜴かと思うのですが、色が…」
森蜥蜴なる生き物は知らぬが、我の身は美しき闇色だ。
どうやら、真の姿と同じ色のようだ。
ついでによくよく己の身を確認する。
翼は…やはり無いようだ。
我が翼はこの世で最も美しく気高かったのだが、無くしてしまったものは仕方ない。
もしかしたら、封印が完全に解けるとかすれば現れるかもしれぬしな。
次に足だ。
なんて細くか弱いのだろう。
かつての爪は細く、何も傷つける事は出来ない。
体を覆う鱗はペラペラだ。
身を守る力など無いに等しい。
舌で己の歯をなぞる。
チクチクした。
かつて己の牙に比べてなんと最弱な事よ!
己の尾を振り返り見てみる。
尾は長めだ。
だが、棘も毒針もない。
この蜥蜴なる生き物は普通どうやって生きていくのだろう?
ふと疑問に思う。
まあ、どうでもよい事だ。
我はこの身を守る役目をこの人間に与えたのだ。
安心してこの身を委ねよう。
なんだか、眠くなってきた。
欠伸をする。
我はアルバートと呼ばれた幼体の膝の上で丸くなり眠りについた。
「…みた?この蜥蜴、欠伸したよ…」
「とことん変な蜥蜴ですね…」
人間達の会話は聞いてなかった。