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短編・季節もの

ふわふわ誕生日

作者: 鵠っち

小織(こおり)ー! 受験生なんだからいつまでもベランダで休んでないで勉強なさい! 風邪でも引いたらつまんないでしょ!」

「はぁーい」

 母にやる気のない返事を返して、しぶしぶ部屋に戻ってくる少女。姓か名かと聞かれれば名の方が好きという理由で、彼女は知り合いに名で呼ぶように強制しているのだが、母相手にはどうでもいいことである。

「あーあ、今年も予報では晴れだし、ホワイト誕生日にはなりそうにないか……」

 さて、彼女は大学受験を控えた高校三年生である。そんな彼女がベランダに小一時間立ち尽くしていた理由は、あと数日に迫った自分の誕生日に雪が降るかどうかと思い悩んでいたからだ。ホワイト誕生日という言葉があるかどうかはまた別として、彼女は誕生日に初雪が降るというシチュエーションにとても憧れている。だからといって、現在彼女に恋人がいるというわけではない。ただ、例年、一週間ほど先のクリスマスには雪が降るのに、たった一週間の違いで特別になりきれない自分の誕生日を、多少なりと恨めしく思っている節がある。

 部屋に戻ってもまだスッキリしない彼女だが、いつものスマホの通知にもそっと手を伸ばす。小学三年生から高校三年の今まで、ずっと同じクラスのままの大親友からだ。

『ヒョウ、頭どころか体の芯まで冷えてんじゃねーのか? バーカ』

 女を名前でなんて呼べるか! という今となっては可愛らしいセリフとともに、こおりを音読みしてヒョウと呼ぶ大親友だが、字が違うのを知ってさらに顔を赤くしたのは、絶対に忘れてやらないと思っている。

『バカとは何よ。あとおとめの部屋を覗くな』

『部屋まで覗いてない。ベランダから見えただけだろ』

 そんなバカバカしいやりとりをしつつ、カーテンを引いて勉強机に座ると、もやもやした気持ちが多少なりと和らいでいる。なんだかんだ十年近い付き合いである大親友には感謝せねばなるまい。

 翌日。感謝せねばなるまいとは思いつつ、そうそう改まって感謝を伝えてやる義理もない。いつも通りにクラスでおはようをするだけで、これといった会話もなく一日が過ぎていく。今年は誕生日が木曜日であるため、友人たちにほしいものを聞かれ、冗談ぽく「雪!」と答えたら、向こうの方から「またそれかよ」と聞こえてきた程度である。今年も雪をモチーフとした小物が増えることだろう。


『ヒョウ。誕生日おめでとう! 今年も「ホワイト誕生日」とやらにはならなさそうだな。まあ、学校で楽しみにしとけ』

 さて、誕生日当日。大親友からは午前零時におめでとうメッセージが送られてきていた。ほかの友人たちからも、朝早くにメッセージが送られてきていたが、さすがに大親友だけあって一味違う。そして、最後に意味ありげな一文がある。これは、サプライズとやらに期待していいのだろうか。大親友からのサプライズ、いったい何なのだろう。それだけでも学校に行くのが楽しみだ。

「ハッピーバースデー! 小織ー!」

 教室に到着しての第一声が、みんなから一斉の「ハッピーバースデー」だった。わざわざみんなに声をかけてくれたとは、大変感動ものだ。しかし、肝腎の大親友の姿が見えないとあると、「みんなありがとう!」とは言いつつ、やはり何となくもやもやする。

「ヒョウ。誕生日おめでとう。……せーのっ!」

 突然、後ろから声をかけられてビックリした次の瞬間、真っ白いふわふわが一斉に宙を舞う。隣に立って、耳元で「人工雪ですらないけどな」と嘯く大親友に悪戯っぽく抱き着いてやると、周りが色めき立った。しまった、断じてそんな意図ではない。慌ててパッと離れ顔を背けて、小声で「ありがと」と言うと、今度は周りから「ヒューヒュー」と言われる。確かに、今の私の顔は真っ赤になっているだろうけど、断じてそんな意図ではない。ふと大親友の顔を見ると、こちらも真っ赤になっているのが見て取れる。朝っぱらから何やってくれたんだこの大親友は。私を喜ばそうなんて、にくい心遣いじゃないか。……次の誕生日にはちゃんとお祝いしてあげようと思う。

 ホームルームの先生が来て、綿だらけになった教室の惨状に形式的に文句を垂れると、どうやら先生にも話をしていたらしく、「おめでとう」と言われた。先ほどのこともあって、なんだか照れるが、ちゃんと「ありがとうございます」と言えた自分の理性をほめたいと思う。ホームルームが終わって、朝、なんだかんだで渡せなかったという友人たちからのプレゼントを受け取ると、案の定、雪をモチーフにしたアクセサリーだった。私が好きなショップの、私のお小遣いからではとても手が出せない金額のものだが、なんと、クラスみんながカンパしてくれたらしい。これは一生ものの宝物にしよう。


「ヒョウ今日は部活ないよな。一緒に帰ろ」

「えっ、何なのいきなり?」

 その日の放課後。部活がないことは当然知っていると思っていたが、わざわざ一緒に帰る提案がくるとは、いくらなんでも想定外だ。まあ、今までだってたまに一緒に帰ることはあったし、帰る方向も途中までは一緒だから、断る理由はないけど、たまたま下駄箱で会って話しながら帰る程度。いちいちそんなことを言われたことなんてなかった。

「あ……。もしかして先約あった……?」

「い、いや、ないけど……?」

 なんでちょっと涙目でそんなこと聞くのよと思いつつ、ちょっと期待しながら、いつもの通学路を歩く。

「ホワイト誕生日」なる言葉があるのかどうか。まあ、ちょっとくらい言葉つくっちゃってもいいよね?

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