真実
地下道から顔を出すと、多くの人に囲まれていた。皆うれしそうに笑っている。思わず会釈をすると、一人が「ようこそ」と言って俺を引っ張り上げてくれた。辺りを見回すと50人ほどの人々が部屋を埋め尽くしている。どうやらカインを救出できたことを喜んでいるらしい。彼の周りには人だかりができ、歓声が上がっている。気がつけば横にアレンが立っていた。緊張しているのか表情が硬い。
「おかえり、カイン」
よく通る高い声が部屋中に響いた。場は急に静かになり、皆の視線は部屋の入口に注がれた。そこには背の高い女性が立っていた。カインよりも年上で、おそらく20歳はいっているだろう。髪は白く、顔にしわが刻まれているものの、その目は年齢による衰えを感じさせないほど爛々と輝いている。
「はい。助けて下さってありがとうございました」
カインは頭を深々と下げた。その所作の一つ一つから彼女への敬意が伺える。
「あなたは組織に必要不可欠。当然のことです。それに助けたのは私ではありません。そこにいる仲間たちに感謝しなさい」
彼女はそう言い終わると、今度は部屋の隅に立っていた俺とアレンを視界に捉えた。
「あなた達がカインが連れてきた新入りですね」
俺とアレンは何と言ったら良いのかわからず、「はあ」と軽く頭を下げた。
「その様子だと何も知らずに来たようですね。そのままだと落ち着かないでしょうから、教えるなら早目の方が良いと思いますが…。」
彼女の言葉にカインが賛同の意を示す。
「ぜひお願いします。私が無理矢理連れてきたようなものなので。彼らは何がなんだかわからない状態のはずです」
「そうでしたか。あなた達、お腹は空いていますか?」
「いえ…」とアレンが小さい声で答えた。俺も横に首を振る。
「ではついてきなさい。全てを話してあげましょう」
彼女はそう言うとさっと振り返り、何人かの護衛と一緒に部屋を後にした。俺とアレンは顔を見合わせると、ためらいながらも恐る恐る彼女の後をついて行った。
長い廊下を歩くと、俺たちは小さな部屋に通された。椅子と机があるだけの殺風景なものだ。彼女はその内の一つに座ると、俺たちに対面に座るよう促した。
「さて、あなた方はどういった経緯でここに来ましたか?」
俺たちが席つくと、彼女は全てを見通すかのような目をこちらに向け、質問をしてきた。思わずアレンを見ると、彼もこちらを見ている。しばらく見つめ合った後、俺が目線で合図をすると、彼は額に手を当てながら事の一部始終を語り始めた。
「なるほど。そういう事でしたか」
アレンが話し終えると彼女はそう言ってため息をついた。そして「そのジムというお友達には心から同情します」と目を閉じた。
しばらくの沈黙の後、彼女は目を開けると「次は私が話す番です」と居住まいを正した。
「あなた方は知りたいことが山ほどあるでしょう。これから私が話すことでその多くが解決すると思います。私たちのことはもちろん、この国で何が起こっているのかも…」
彼女はそこで一息入れると真剣な眼差しでさらに続けた。
「これから話す内容はとても信じられるものではないでしょう。しかし、私は決してふざけているわけではありません。あなた方も先入観を捨てて聞いてください」
俺は力強く頷いた。自分たちが何に巻き込まれているのかぜひ知りたかったのだ。彼女の言うことが真実だとは限らないが、とにかく聞いてみて損はないだろう。
俺たちが納得したのを確認すると、彼女は「では」と言って語り始めた。
―そうですね。ここに来たばかりであまり長い話を聞くのは大変でしょう。詳しいことはおいおいわかってくると思います。なので私からはこの世界の概要と私たちが何なのかについて、ざっとお教えすることにします。
まず、この世界についてお話しましょう。人類は数百年前の戦争でほぼ全滅し、生き残りがこのカルラン王国に定住しました。そして外の世界は竜と毒で埋め尽くされ、とても人間が住める場所ではない。あなた達はそう学校で習ったでしょう…。全て嘘です。ユウト君でしたか?まあ落ち着きなさい。信じられないのも無理はありませんが、本当のことです。外は毒などには侵されておらず、人が敵わない生物など存在しません。国を囲うフェンスは外からの侵入を防ぐものではなく、国の中から我々が出て行かないためのものなのです。ええ、竜なんて生物もこの世にいません。空を飛んでいるのは飛行機というただの機械です。あれに乗れば人も空を飛べるんです。写真を見せてもいいのですが…。写真がわからないあなた方には証拠にならないでしょう。いや、知らないのは普通です。国内には流通していませんから。双眼鏡という、遠くまで見られるようになる器具を今度お貸ししましょう。それで竜を見れば、それが生き物ではないことがすぐわかるでしょう。ついでにお話ししますが、この国の上空を飛んでいる竜は全て軍の飛行機です。彼らは上空から私たちのことを監視しているのです。最近竜が飛来する頻度が高いことに気づいていましたか?あれはシティへの攻撃を受けて警備が強化されたからなのです。それについては後でお話ししましょう。
では国の外はどうなっているのか。外は多くの人間が住んでいます。その数はおよそ50億人以上です。ピンときませんよね。大丈夫です。億なんて数字、私にもよくわかりませんから。とにかく、彼らは外で自由に生活をし、凄まじい発展を遂げています。先程話した飛行機もそうですが、他に例を挙げるとすると…。そう、シティの高層ビルは外の技術で造られていますし、自動車なんて外では一人一台は持っているそうですよ。あとは銃ですね。あなた達も軍が持っていた強力な武器を見たでしょう。あれが銃です。私たちも色々なルートから手にいれていますが、あれがないと戦争はできません。
では、なぜ私たちが外に出ることはおろか、その技術さえも享受することができないのか。それは彼らが私たちを恐れ、迫害しているからです。理由ですか?それは私たちが彼らより優れた人種だからです。私たちは彼らと違います。私たちはスピアリア、彼らはノーマルという別の人種なのです。アレンさん、あなたは兵士を2人殴ったそうですが、彼らの強さはどうでしたか?そうですよね、とても弱かったはずです。つまりそういうことなのです。私たちスピアリアはノーマルより多くの面で優れている。筋力、反射神経、俊敏さ。彼らにとっては私たちのパンチ一発、投げた石一つが命を奪う凶器なのです。彼らが恐れるのもわかりますよね。しかし私たちが彼らに唯一勝てないものがあります。それは数です。彼らはその圧倒的な数を武器に、私たちの祖先をこの狭い国に押し込めました。そして間違った情報で人々を飼い慣らし、監視として強力な軍隊を置いているのです。
ちょうどいいので、軍の話をしましょう。この国を動かしているのは誰だと習いましたか?そう、国王と軍隊です。これは半分当たっていて半分間違っています。まず、国王はいません。この国を仕切っているのは軍隊だけです。軍はノーマルでのみ構成されており、私たちが入ることはできません。上級学校?あそこに入っても兵士にはなれません。確かに建前では、あそこで良い成績を残すと軍に入れることになっています。しかし実態は違います。高い成績を取った者は軍に入るどころか、将来の反乱の芽を摘むために全員秘密裏に処刑されています。残りの生徒はご存知の通り警察として採用され、そして一般人を見下すよう洗脳され、治安維持に使われているのです。最優秀の者は危険なので処理し、優秀な者は自分たちの駒として使う。悔しいですが、実によくできた制度です。
さて、外の世界に話を戻しましょう。外にはたくさんの人間が住んでいると言いましたが、それならば当然、国もたくさんあります。ここカルランを支配しているのがエトラント国。国土が大きく、資源も豊富な強国です。その西にあるのがカートル共和国。国土こそエトラントの半分に満たないものの、優れた技術と工業力を持っています。その2国の南にあるのがミルバニア帝国。この辺りでは最大の国土面積と人口を誇っています。エトラントとミルバニアの間にガルバーグという国もありますが、面積も小さくこれといった特徴もありません。これがその地図ですが、どうですか。この小さい点が私たちのカルランです。私たちはこんな狭いところに押し込められているのです。それも何の自由もなく!彼らの仕打ちを決して許すわけにはいきません!…すみません少々興奮してしまいました。
ここからは私たちの話をしましょう。私たちはレジスタンス。200人の同志とともに、自由のため、20年以上前からエトラント軍と戦っています。主な活動は要人暗殺や兵士の殺害、軍施設の爆破などです。ああ、察しがいいですね。二週間前にシティを攻撃したのも私たちです。あの攻撃では300人以上の敵を殺傷し、敵に大打撃を与えることができました。カインはその攻撃で主導的な役割を果たしてくれました。彼は解体業者出身ということもあって爆弾に精通しています。彼は私たちにとって欠かせない人物なのです。だからこそ今回、無理を通して救出作戦を実行したのです。成功してよかったと、心の底から思います。私ですか?そういえば名乗っていませんでしたね。私の名前はエマ。3年前からこの組織の指揮を執っています。レジスタンスに入ったのは10年ほど前のことです。こんなことを言うと歳がばれてしまいますね。
さて、このレジスタンスですが、諸事情によりその活動はカルラン内に限られています。それ故、銃などの武器や今お話ししているような情報を独自に調達することは不可能です。ではどうすればよいのか?そうです、外に協力者がいるのです。それはカートル共和国です。カートルが私たちを援助してくれる理由は2つあります。まず一つ目は、カートルには私たちと同じスピアリアが住んでいるということです。カートル国自体は、もちろんノーマルが支配しています。しかしその国内には、自治区という名でスピアリアが自由に暮らせる場が用意されているのです。カートルのノーマルはスピアリアを尊重しているため、スピアリアを弾圧しているエトマントを許すことができないのです。二つ目の理由は、戦争です。先程の地図をもう一度見て下さい。現在、エトマントはカートル共和国とミルバニア帝国と激しい戦争をしています。嬉しいことにエトマントはかなり不利な状況に立たされているようです。カートルとしてはエトマントが多くの内憂を抱え、戦争に集中できないことを望んでいます。そこで彼らはここカルランで反乱が起こることを期待し、私たちを支援しているのです。そもそもこの組織を作ったのもカートルの特殊部隊だと聞きます。まあ、20年も昔のことなので詳細は不明ですが…。とにかく、私たちは孤独に戦っているわけではありません。世界中の同胞たちが私たちを支援してくれているのです。-
彼女の話をどう受け止めたら良いのか、俺にはわからない。物語としては面白いし、何となく筋も通っている気がしないでもない。だが、とても信じられる話ではない。
「信じていませんね。まあ、私も最初はそうでした」
彼女は少し笑いながら、そう言った。横を見るとアレンが口をぽかんと開けている。全く信じていないようだ。
確かに彼らは軍を襲撃し、長い地下通路を作り、そしてこんな隠れ家まで持っている。冗談にしては手が込み過ぎている。だからと言って、彼女の話を手放しで信じることはできない。俺は意を決して彼女に言った。
「証拠を見せてください。あなたの話を裏付ける何かを。それがないなら俺はあなたを信用することはできない」
「いいでしょう」
即答だった。彼女の合図とともに、傍らにいた護衛の男が壁へと近づいた。
「ここがどこか、まだ言っていませんでしたね。詳しい場所は教えられませんが、ここはカルランを囲む山の一つです。この隠れ家は山の中をくり抜いて作られたのです」
壁の方からガコンと音がした。見ると護衛が厚い板を持っており、壁には縦30㎝、横1mほどの小さな穴が開いていた。そこからオレンジ色の光が部屋に差し込んでいる。
「ここはあなた達のような新しい仲間に真実を話すときに使う部屋です。この窓があなた達に外の世界を見せてくれるでしょう」
「さあ」という彼女の声に促され、俺とアレンは恐る恐る穴へと近づいていった。なぜだかわからないが、とても緊張している。心臓の音が聞こえるようだ。俺は大きく息を吐くと穴へと顔を近づけた。
目の前には、夕日に照らされた大都市が水平線の遥か彼方まで続いていた。カルランの何十倍、いや何百倍の規模だ。初めて見る景色に俺とアレンは息を呑んだ。自分の目が信じられない。外の世界がこんな風になっていたとは…。目から自然と涙がこぼれ落ちた。手足もがくがくと震えている。俺ははっきりと理解した。彼女の話が事実だということを、そして俺たちが騙されていたことを。
「ユウト、アレン。レジスタンスへようこそ」
彼女の声が、部屋の中に響き渡った。