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嘘の王国  作者: 山下 健
3/5

暴動

 あれから二週間が経過した。状況は全く変わっていない。むしろ日に日に悪くなっている。未だ街中には警察官と兵士が立っているし、工場に入る際の荷物検査も依然として行われている。さらに不思議なことに、あの日から2,3匹の竜が常に国の上をぐるぐると旋回している。竜が連日、それも複数で飛来するは初めてのことで、何かの前触れなのではないかとみんな恐れている。

 だがそんなことは大した問題ではない。最悪なのは、多くの人々が次から次へと逮捕されていることだ。俺の工場でもあの二人を皮切りに、ほぼ毎日のように誰かが連れていかれ、今日までで12人がいなくなってしまった。工場だけではない。家の近所でも逮捕者が何人も出ていると聞く。そんな状況に皆の不安や不満が少しずつ溜まってきており、町はかつてなく張りつめた空気を漂わせている。つつけば壊れてしまいそうな雰囲気だ。

 なぜこんな事が起きているのか?それは時間が経つにつれてだんだんと分かってきた。やはりあの夜後輩が目撃した、シティから立ち上る煙が関係していたようだ。なんでも、何者かが一般区からシティへ攻撃を行い、火災が発生して多くの死傷者が出たらしい。どうやったのかまでは知らないが、爆弾を投げ入れたか火矢を射かけたのではないかと専らの噂だ。国の中枢に関わることだから、軍が一般区まで出てきて活動をし、警察も血眼になって犯人を捜しているというわけだ。

 そんな生活が続く中、アレンがある提案をしてきた。


「俺たちも仕事終わりに警察署の前に行かないか?同僚や友達が何の理由もなく逮捕されているのはやっぱりおかしいよ」

「確かにちょっとやり過ぎだとは思うけど…」

「だろ?俺たちも行くしかないよ」


 1週間前くらいからだろうか。警察署の前には抗議の意思を示すために多くの人が集まっている。最初は逮捕された人の家族や友人が主だったが、今ではそのような枠組みを超えているらしく、連日何十人もの人が押し寄せているらしい。アレンはその集会に自分たちもぜひ参加すべきだと言っているのだ。


「でも…。警察が捕まえるってことはそれなりに疑われる理由があったってことだろ?」

「まだそんなこと言っているのか!ショウも捕まったんだぞ!あいつはあの夜俺たちと一緒に飲んでたんだ!お前はおかしいと思わないのか!」


 俺の一言にアレンが怒りだした。ショウはあの夜、確かに俺たちと酒場にいた。べろべろに酔っていたからシティへの攻撃なんてできたはずがない。しかし、彼は3日前に逮捕されている。理由はわからない。


「あいつらは証拠とか考えてないんだ。誰彼構わず手当たり次第捕まえてるだけなんだよ!それにあいつらがやってるのはそれだけじゃない。お前だって4歳の子供が軍に殺されたって話を聞いたろ?」

「ああ、昨日あったって事件か。さっき聞いたけど…」

「許せないだろ?どうなんだ!」

「ちょっと落ち着いてくれよ。俺だってもちろん許せないよ。ショウのこともその子供のことも」

「そうだろ?じゃあその意思を示さないと。昨日の話を聞いてみんな怒っているんだ。今夜の集会は今までとは違う。すごいことになるぜ」


 俺は半ば押し切られる形で行くことになってしまった。正直乗り気ではない。確かに4歳の子供を手にかけた軍には怒りを覚えるし、今警察がやっている捜査の仕方は間違っているとも思う。ショウが捕まったのだって意味がわからない。あいつにはアリバイがあるし、そもそもそんなことするやつじゃない。だが、それを抗議してどうするのだ。俺たちが何をしたところで警察と軍に敵うわけがないじゃないか。正直、下手なことをして俺まで逮捕されたくないというのが本音だ。

 とはいえ、行くと言ったからにはそうするしかない。俺は終業と同時にアレンに連れられて警察署の前にいた。隣にはあの夜に一緒に飲んでいたジムもいる。ショウの無実を主張する機会があるかもしれないとついてきたのだ。俺と違ってかなり乗り気だ。頭が下がる。


「な、言ったろユウト。すごいことになるって」


 アレンの言うように、警察署の前の通りはすごいことになっていた。抗議の人であふれかえっている。数十人どころじゃない。数百人、いやもっといるかもしれない。日に日に溜まっていた不満が子供の犠牲によってあふれ出たのだろう。怒りに満ちた群衆は異様な熱気に包まれていた。怒号が飛び交い、とても普通の状態ではない。

 案の定、しばらくすると一部の参加者が暴走し始めた。歓声とともに警察署に石が投げ込まれる。窓という窓が次々と割れていった。柵によじ登って署内へ侵入を図る者まで出てきている。慌てて警察官が止めに入るが、多勢に無勢。返り討ちにあってほうほうの体で逃げ出してしまった。それを見た群衆はさらにヒートアップした。束になれば警察だって怖くない。みんなでやればきっと勝てる。そんな空気が通りを支配した。

 そのうち、警察署だけでなく、周囲の関係ない建物まで攻撃の対象になり始めた。騒ぎに便乗して商店を襲う者が現れたのだ。止める者は誰もいない。警察官は警察署の敷地内から出てこようとせず、柵を越えてくる侵入者を排除することで手一杯のようだ。先程返り討ちにあったことを受けてか、通りにいた警察官も全員署内に退避している。そんな消極的な姿勢を見て暴動はさらに激しさを増した。警察というブレーキが効かない今、怒れる群衆を止める術はない。


「お前が言ってたすごいことっていうのはこういう事だったのかよ」


 俺はアレンに顔を向け問いただした。これではただの憂さ晴らしではないか。彼らは警察の圧政に抗議しているわけでも、子供の犠牲に憤慨しているわけでもない。自らこそ正義という顔をしながら破壊行為をしたいだけなのだ。みんなでわいわいできれば、理由なんて何でもよかったのだろう。俺はこんなものを見せられるためにここに来たわけではない。もうたくさんだ。

 すると、俺の問いに彼は唇を噛みながら強く首を振った。


「違う。こんな事になるとは…。昨日までは平和な抗議だったんだ。俺が見せたかったのはこんな暴動じゃない」


 その表情は苦悶に満ちている。


「信じてくれ。俺がこんなものを見せたいと思うわけないだろう」


 嘘ではないだろう。アレンはもともとこういった争い事を好むタイプではない。多くの人々が平和的にデモをし、警察の自省を促す姿をおそらく思い描いていたのだろう。よく見ると暴動には加わらずたたずんでいる人やむしろ止めようとしている人もちらほら見られる。彼らもアレンと同じ気持ちなのだろうか。

 暴動は加速度的に激しさを増し、永遠に続くかに思われた。しかし、俺の予想に反してわずか十数分後に暴動は終焉を迎えていた。それは自然に収束していったわけでも、息を吹き返した警察に鎮圧されたわけでもなかった。この国で最強の組織、軍隊が介入してきたのだ。

 それは突然のことだった。急に笛の音が鳴り響くと通りの端からかなりの数の兵隊が現れた。皆一様に槍を抱えている。完全武装だ。彼らは素早く隊列を整えると、指揮官らしき年配の兵士が前に進み出た。そして拡声器を構えると「家に帰れ。逆らう者は逮捕する」と言い放った。皆普段なら軍には逆らわず、すぐに指示に従っただろう。しかし興奮しきった群衆にそんな言葉は届かない。そもそもこの暴動は軍が子供を殺害したことに端を発している。怒れる人々は帰るどころか次々と罵声を浴びせながら軍の方へ近づいていった。指揮官が何度も「近寄るな!」と叫んでいるが聞く耳を持つ者などいない。両者の間はじりじりと狭まっていった。ついに距離が50メートルほどになった時、指揮官が腰から小さい何かを取り出し空へ向けた。その途端パパパーンと破裂音とも爆発音ともいえる大きな音が響き渡った。その音は普段工場で目にしている機械の音とさほど変わらない大きさだったかもしれない。しかしその破裂音は人を委縮させるような、心臓をギュッと握られるような、何というか、とにかく暴力的な響きを持っていた。瞬く間に辺りがシーンと静かになった。


「もう一度だけ言う。警告だ。それ以上近づくな。家へ帰れ」


 指揮官はゆっくりとそう言うと群衆を威圧するように見回した。どうやら今の音は彼が手に持っている道具を使って出したものらしい。彼の自信に満ち溢れた態度から察するに、下等な労働者たちなんぞちょっと脅かせば尻尾をまいて逃げていくと思っているに違いなかった。心なしか、静まり返った群衆を見て少し笑っているようにも見える。しかし、事態はそう上手く転がりはしなかった。

 少しの静寂の後、我に返った群衆はさらに激しさを増した。曰く「そんなこけおどしで俺たちが引くと思っているのか」というわけだ。そのうち血気づいた若者の集団が軍に向かって石を投げ始めた。石の雨を浴びると軍の隊列は大いに乱れ、兵士たちは石を避けきれずにバタバタと血を流して倒れていった。

怯む兵士たちをみて群衆の熱は最高潮に達した。相手が軍隊だということで傍観していた人々も、皆投石を始めた。降り注ぐ石の雨に兵士たちは大混乱に陥っている。このまま勝てるのではないか。もう少ししたら、先ほどの警察と同様に軍も尻尾を巻いて逃げていくに違いない。この時、その場にいた誰もがそう思っただろう。しかし軍の力は別格だった。

 指揮官が手を振ったその刹那、兵士たちが持つ槍の先端が光った。その瞬間先ほどと同じパパパパという破裂音とともに群衆が前の方からバタバタと血を飛ばして倒れ始めた。悲鳴とともに、今度はこちらが大混乱に陥った。軍は素早く隊列を整え直すとやはり破裂音とともに槍を光らせながら前進してきた。人々に先ほどまでの威勢はなく、一目散に逃げ始めた。俺たちも恐怖にかられ全速力で走り出す。あんなわけのわからない武器を持った集団に敵うはずがない。


「何なんだよ、あの武器は!」

「今は後だ!それよりもっと速く走れ!」


 逃げながらも後ろを振り返ると、そこは血の海だった。俺はその光景に絶句すると、さらにスピードを上げようと無我夢中で足を動かした。その時、耳元でヒュンヒュンという音がしたかと思うと、前を走っていたジムが急に崩れ落ちた。慌てて駆け寄ると服の後ろ側がみるみる赤くなっていく。


「大丈夫か?おい、おい!」


 声をかけるが全く反応がない。傷を確認するために服を破くと背中の二か所から血が噴き出ていた。かなりの重傷だ。出血とともにジムの顔はどんどん青ざめていく。荒い呼吸をするばかりで声も出ないようだ。すぐにでも病院に連れていきたいがそれまで持つかどうか…。


「とにかくここから逃げよう」


 とりあえずここから離れないことには俺たちも同じ目に合うに違いない。アレンは俺の言葉にうなずくと、ジムを背負って走り出した。俺たちは路地へ駆け込むと、通りから離れるように何ブロックか進み続けた。どこかに向かっているわけではない。とにかく少しでも遠くに行こうとしたのだ。恐怖で尋常ではない量の汗が噴き出している。足が震えているのかうまく走れない。俺は半ば転がるようにアレンの後を追い続けた。

 走り始めてから少しした時、アレンが急に立ち止まった。通りの方からはいまだにパーンパーンと音がしている。距離もそう遠くはない。ここにいてはすぐに軍に見つかってしまうだろう。


「どうした?もっと離れないと追いつかれるぞ」


 アレンは何も答えない。


「おい、どうしたんだよ。ここにいたら―」

「急に重くなった」


 アレンはそう言うと静かに背中から彼を降ろし脈をとった。そして首を横に振るとがくりとうなだれた。

それが何を意味するのかは俺にも分かった。しかしあまりに突然のことで現実として受け止められない。


「え、ほんとに?」


 我ながら間抜けな声が出た。俺は「冗談だろ?」と明るい口調で続けるとジムの手首を取った。脈は感じられない。首に手を当てるが何も感じない。自分でも血の気が引いていくのが分かる。あまりのことに声が出ず、俺はただ立ち尽くしてしまった。


「…こいつを家に帰してあげよう」


 しばらくするとアレンが口を開いた。そして涙を拭うと立ち上がった。


「わかった。じゃあ今度は俺が担いでくよ」


 俺の言葉にアレンは小さくうなずくと、下を向いたままトボトボ歩き始めた。俺もジムを背負ってその後に続く。彼は小柄で痩せていたから50キロもないはずだ。しかしその程度の重さが今はなぜか異様に重く感じた。このくらい普段なら片手で持てるくらいなのだが…。命の重さというのはこういうことを言うのだろうか。

 5分ほど歩いた時だろうか。3メートル程先の角から2人の兵士が急に出てきた。恥ずかしいことに、俺は恐怖で固まってしまった。アレンも同じらしく、手を震えさせながら歩みを止めた。彼らは両者とも槍―いや、もはや槍と呼ぶべきではないだろう―例の武器を持っている。さっきと違って刃すらついておらず一見するとただの棒にも見えるが、間違いない。意外にも、彼らもこの遭遇は予期していなかったらしい。後ずさりしながら慌ただしく武器をこちらに向けると上ずった声で「両手を挙げろ!」と言ってきた。俺もアレンも動かない、正確には動けないのだが。兵士はそれを見ると引きつった表情でもう一度「両手を挙げろ!」と叫んだ。声が震えている。武器を持つ彼らの方が優勢なはずなのに…。何に恐れているのだろうか。

 その瞬間、我に返ったアレンが動いた。彼は素早く距離を詰めると立て続けに二人を殴り飛ばした。彼らはその動きに全く追いつくことができず、すごい勢いで壁にぶつかるとぐったりとした。一瞬の出来事だ。思わぬ展開に俺は「え、」と声をあげてしまった。アレンも自分が勝ったことが信じられないようで、ただ茫然と突っ立っている。


「ジムの敵討ちだ!」


 突然アレンが叫び出した。


「やってやったぞ!敵討ちだ!」


 アレンの声が大きくなる。かなり興奮しているようだ。俺はアレンの肩に手をかけて落ち着かせようとした。彼はしばらく荒い呼吸を繰り返していたが、時間が経つにつれそれもだんだんと収まっていった。


「ユウトごめん。気づいたら体が動いてた。あのままじゃジムみたいにやられると思って…」

「謝るなって。アレンがやらなきゃ二人とも殺されるか逮捕されてたよ」

「そうか…。そうかもしれない。ありがとう」

「それより早くここから逃げよう。近くにこいつらの仲間がいるはずだ」


 俺はアレンの様子が落ち着いたことを確認すると、そう声をかけ歩き出した。一刻も早くこの場を離れたかった。兵士が2人だけでうろついていることなどあり得ないだろう。近くに他の兵士か警察官がいるに違いない。先ほどの騒動の音は聞きつけて今にもここに現れるかもしれない。

 不安は的中した。路地の曲がり角から今度は2人の警察官が顔を出した。彼らは倒れている兵士と立ち尽くす俺たちを見て瞬時に状況を理解したらしい。すぐに警棒を抜くと「動くな、お前たちを逮捕する」と言って近づいてきた。


「ここで捕まるのはまずい。兵士を暴行した現行犯だ。死刑でもおかしくない」

「逃げよう」

「この距離じゃ無理だろう。やるしかない」

「待て、アレン。さっきはたまたま上手くいっただけだ。逃げるしかない」

「さっきの兵士は死ぬほど弱かった。警察はそれより弱いはずだ。多分軍も警察もガリ勉ばっかで訓練なんてまともにしてないんだろう」


 確かにさっきの兵士は弱かった。アレンの言う通り、やつらは自分たちの地位に胡坐をかいて訓練していないのかもしれない。

 何にせよ、このまま捕まれば死刑は免れないだろう。かなり距離を詰められてしまったからもう逃げることは難しい。俺は腹を括ると、背中のジムを地面に下ろした。彼らはそれを見て何を勘違いしたのか「よし、そのまま大人しくしろよ」などと言っている。俺たちが抵抗しないと油断したようだ。それならば十分勝機はある。

 まず動いたのはアレンだった。気合のこもった声とともに弾けるように飛び出した。それを見た俺もすぐに後を追う。目指すはもう一人の警官だ。全速力で接近し、その無防備な腹にパンチを入れようとした。

 一瞬の後、俺は地面に叩きつけられていた。横をみるとアレンも同様に抑え込まれている。彼らは予想を遥かに超える強さだった。さっきの兵士とは反応のスピードが段違いだ。


「馬鹿かお前らは。下等市民が逆らいやがって」


 俺を抑えている警官はそう呟くと腰のホルダーから小さな機械を取り出した。


「ちょっと痺れるけど我慢しろよ」


 彼は笑いながらそう言うとその機械を俺の腹に押し当てた。その瞬間バチッという音とともに俺の意識は急激に遠のいていった。


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