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嘘の王国  作者: 山下 健
2/5

始まり

 小さい頃は夢があった。外の世界に希望をふくらませ、将来自分は何か大きいことをやると思っていた。

 だが現実は違った。俺はこの町から出ることもできないし、何かを成し遂げることもない。変わらない日々をただ繰り返すだけだ。

 

 

 気がつくと終業を知らせるベルが工場内で鳴り響いていた。工員たちは一斉に作業を止めると、一様に汗を拭きながら散っていった。俺もきりが良いところで手をとめると、人の流れに乗って更衣室へと歩いていく。この工場は国でも1,2を争う大きなもので、労働者の数も半端ではない。狭い通路はたちまち人でごった返した。学校を卒業してすぐ就職したから、ここで働いてかれこれ3年になる。しかしこの混雑に慣れることはない。嫌なものはいつまでたっても嫌だ。


「おい、ユウト」


 不意に声をかけられ振り向くと、そこには見慣れた顔があった。


「おーアレン、どうした?」

「今日空いてる?これからショウとジムと飲みに行くんだけど、ユウトも来るだろ?」


 彼は俺の親友と言っても良い存在だ。身長は俺より少し高く180㎝くらいだろうか。目が細くすっとした顔立ちをしてるから何となく近寄りがたい印象を持つ人も多いが、実際はとても気さくで良いやつだ。工場で働き始めてすぐ知り合い、そのまま意気投合した。住んでいる家が近いこともあって、今は毎日のようにつるんでいる。こうして飲みに行くこともしばしばだ。俺は当然のように参加を決めると、彼とともに夜の街へと繰り出していった。



 

 数時間後、俺はおぼつかない足取りで家へと向かっていた。もう12時は超えているだろう。いつものように少しばかし飲み過ぎてしまったようで、かなり足にきている。俺が住んでいるアパートは小高い場所にあるから、帰りはかなり急な坂を上らなければならない。酔っ払いにはなかなかきついものがある。俺は坂の途中で気持ち悪くなり、側にあった木に寄りかかって一息ついた。街灯は工場や繫華街の近くにしかないから辺りは真っ暗だ。空を見上げるといつも通り満天の星空が広がっている。俺はふと、何の気なしに後ろを振り返った。そこには月明かりに照らされて俺の住む国がぼうっと映し出されていた。

 この国の名前はカルラン王国。四方を山で囲まれた縦20㎞横5㎞の細長い国だ。人口は30万人だが、それが多いのか少ないのかはわからない。なぜならこの世界にはカルラン以外に国が存在しないからだ。理由は簡単。他の人類が遥か昔の戦争で滅んだからだ。昔のことだから全てが解明されたわけではないが、なにやらとてつもない兵器が使われたようで、世界は毒で汚染され、外は人間が太刀打ちできない生き物で埋め尽くされたらしい。そいつらが国に入って来ないように山の頂上から麓にかけてフェンスが何重にも張り巡らされている。もちろん外に興味はあるし行ってみたいとも思う。だがこの数百年どうしようもなかったのだから、やはり外は人間が住める場所ではないのだろう。

 そういうわけで俺たちは外にでることなく、生きる全てを国内の生産で賄っている。国の南側には肥沃な農作地帯が、北側には大きな工業地帯が広がっている。そしてそのさらに北には宮殿や軍の施設が立ち並ぶエリア―通称「シティ」がある。シティには信じられないくらい高い建物が立ち並んでいて、国のどこからでもその威容を見ることができる。一般人は入ることが許されないが、子供のころはシティと一般区の境までよく遊びに行ったものだ。10メートルほどの壁に遮られているから中の様子は見られないものの、圧倒的な高さのビルを間近に見上げるだけで心が躍ったのだ。

 シティへ憧れは何も俺だけじゃない。みんなが通る道だ。現に子供たちのなりたい職業は兵士がダントツのトップだ。俺もそうだった。兵士になって、シティに住んで、何か大きいことがしたかった。しかし軍に入るには至難の業で、夢が叶うのはほんの一握りに限られる。知り合いにも軍への登竜門である上級学校の入学試験を受けたやつはいたが、誰一人受かることはなかった。俺はというとスタート地点にすら立てなかった。学校の成績が芳しくなかったから受験資格がなかったのだ。勉強は苦手だったので自業自得といえばそうなるが…。

 とにかく、なりたかった自分になるっていうのは難しいもんだ。俺はもともと南部で育ったのだが、田舎暮らしが嫌で卒業後すぐ北部へ引っ越して来た。当時の俺にとってある意味北部も「外の世界」だったからとてもわくわくしたが…。実際は夢見ていた生活とは違っていた。残る「外の世界」はシティと山の向こうだが、行くのはどちらも無理な話だ。俺は多分ここで一生を終えるのだろう。

 俺は気持ち悪さが収まったのを確認すると「よしっ」と気合を入れ直し、また坂を上り始めた。




 朝、目が覚めると何やら外が騒がしいことに気づいた。眠たい目をこすりながら外に出ると、道に多くの人がいて空を見上げていた。その視線の先をみると、遥か上空を2匹の竜がその銀色の身体を朝日に反射させ、それぞれ円を描くようにして飛び交っていた。どちらも白い煙を吹きながら規則正しく動いている。その優雅な動きに、俺は我を忘れて魅入ってしまった。

 竜とは壁の外に生息している巨大生物のことであり、その全長は大きい個体で50メートルを超えるという。その強さから生態系の上位に位置し、どんな汚染地帯でも生きられる程のタフさが売りだ。ごくまれに国内に飛来するものの、降りてきたことも人に危害を加えたこともないらしい。ただ、自分のテリトリーに侵入してきた者には容赦なく、軍の遠征隊が帰ってこないのは竜によるところが大きいという。

 と、ここまでの知識は学校の授業や友達から仕入れたものだ。他にも竜に関する話はよく聞くが、大抵が竜の獰猛さを強調した怖い系の噂だ。ただ、実際には誰も間近で見たことがないから、みんなそれほど恐れてはいない。それどころかひとたび竜が飛んでくると今日のように見物するのが普通だ。

 竜に見とれていると後ろから急に尻を蹴られた。驚いて振り返るとケイがにやにやしながら立っていた。ケイは俺のアパートの目の前の家に住んでいる子供で、母親と2人で暮らしている。俺とは確か4歳離れていて、近くの学校に通っている。妙に懐いてきたのでついついかわいがってしまう。まあ俺にとっては弟みたいなものだ。


「なに竜なんかに見とれてるんだよ」

「珍しいじゃん。ケイは興味ないの?」

「あんなの喜ぶのは子供だけだよ」


 その口ぶりに俺は思わず笑ってしまった。


「そうかー。じゃあケイは大人かな?」

「精神年齢はユウトより上だよ」

「お、難しい言葉知ってるじゃん」

「馬鹿にすんなって。それよりさ、今度の休みまたサッカーやろうよ」

「予定がなければな」

「おい!ないだろ!また新しい技教えてよ」


 そんな他愛もない会話をしていると俺もケイも家を出る時間が近づいてきた。竜を見に外へ出ていた人たちも、皆家に帰り始めている。俺もケイと別れ家に戻ると、急いで工場に行く準備を始めた。




 工場への道中、俺は町の様子がおかしいことに気づいた。竜のことではない。あれもあれで十分異常ではあるが、それとは別のことだ。なぜかそこら中に警察官が繰り出している。工場に近づくにつれその数は増えていき、とうとう軍服を着た兵士まで現れた。警察がいるのはまだわかる。何か事件があったのだろう。しかし軍が出てくる理由は全くわからない。しかも槍で完全に武装していて物々しい雰囲気を漂わせている。竜の飛来で軍が出動したという話は聞かないし、警察だけでは手に負えないような大事件でもあったのだろうか。

 工場に着くと門の前になにやら大行列ができていた。前の様子を窺うが人だかりで全く見えない。何があったのか近くの人に訊いてみるものの、誰の答えも要領を得ない。だがどうやら工場に入るには列に並ぶしかないようだ。俺は仕方なく列の中に入って行った。

 門に近づくにつれ事情がだんだんと分かってきた。警察官が工場に入る者一人ひとりの持ち物を調べているようだ。そのやり方はいかにも乱暴で、労働者の抗議など意に介さずといった様子だ。俺もバックの中身をぶちまけられ乱暴に身体検査を行われた。「もっと丁寧にやれよ」と言ったものの、全くの無視。その態度にはさずがの俺も怒りを覚えた。同僚たちも同じ思いだったらしく、検査をパスして更衣室に行くとそこは警察への不満であふれていた。

 もともと警察は市民からの人気があまりない。もちろん、その原因は彼らの高圧的な姿勢にある。警察官になるには軍に入るのと同じく上級学校を卒業していることが条件であり、彼らはまぎれもないエリートだ。しかし上級学校の生徒で警察官を志す者は少ない。なぜなら警察の本部はシティではなく一般区に置かれており、警察官といえどもシティに入ることはできないからだ。軍の存在意義が竜などの外の生き物から国を防衛することなのに対し、警察のそれは一般区の治安維持である。警察官が一般区に配属されるのは当然と言えば当然だ。しかしシティで暮らすことを目標に頑張ってきた彼らにとって、軍に入れないことは絶望的なことと言えよう。

 彼らが俺たち市民に必要以上に厳しく当たるのは、自分たちがエリートであるという自負と、軍に入れなかった引け目や嫉妬が入り混じってのことかもしれない。まあ、あくまでも俺の想像だ。実際は心の中で涙しながらも俺たちに強く接しているのかもしれない。可能性は低いが…。

 更衣室を出る頃には話題は警察への不満ではなく、なぜ警察が持ち物検査をしていたのかに変わっていた。


「そりゃ危険物の持ち込みを警戒したんだろ。ナイフとか」

「爆弾かもな」

「でもこんな検査今までされたことないぜ」


 誰も情報を持っていないのだから、会話に何の進展もない。ただただ疑問が深まるばかりだ。その時後輩の一人が「関係ないかもしれないですが」と前置きをしつつ口を開いた。


「僕、昨日の夜けっこうおそくまで飲んでたんですよ。それこそ2時くらいまで。それで家に帰る途中坂を上っていて、あ、ご存じかもしれないですけど僕4番区に住んでるから坂を上るんですよ。カーンさんとかユウトさんも4番区だからわかりますよね。それで坂の上から町を見たらシティから煙が上がってたんですよ。結構な量だったんですけど僕も酔ってたからあんまり気にしてなくて…」

「火事ってことか?」

「いや、そこまではわからないです。遠かったので」


 面白い話ではあるが、今回の件と関係があるかはわからない。シティで起こった火事の捜査を一般区でやるとも思えない。皆それぞれの予想を話しているが、どれが当たっているかなんて分かりっこない。結局、誰かが発した「考えても仕方ないよ」という声で熱は一気に冷めていった。


「まあ、俺たちに実害がなけりゃそれでいいよ」


 同僚の意見に皆が賛同する。俺も同じ思いだ。そのうち、班長の「そろそろ始業だぞ」という言葉を受け、俺たちは持ち場に散っていった。

 そう、この時点で俺たちは今朝のことが自分たちと全く無関係だと思っていた。持ち物検査をするのも、町中が物々しいのも、どうせ今日限りだろうと勝手に考えていた。警察官が高圧的なのは今に始まった話じゃないからいつまでも腹を立てても仕方ない、だからひとしきり愚痴を言ったらそれでお終い。自分たちが巻き込まれなければそれでよし。俺たちにとって今朝の出来事はその程度の、言わば他人事だと思っていたのだ。

 しかし、それは間違いだった。それが分かったのは、午後の仕事が始まってから1時間ほど経ったときのことだった。何の前触れもなく、工場長を先頭に10人ほどの警察官が工場内になだれ込んで来た。そしてその内の一人が拡声器を構えると2人の工員を呼び出し始めた。


「ジョン・タイラーとアンリ・ファール、速やかに名乗り出ろ」


 その場にいた全員があっけにとられていた。警察官が何回か繰り返すと、隣のブロックから2人の男が恐る恐る前に進み出た。この工場は広いから同じ建物で働いていても一つブロックが違うだけで誰が誰だか分からない。今も片方は見たことがあるような気がするが、もう一方は初めて見る顔だ。両者とも不安からか表情が暗い。彼らは警察官の前に立つとぼそぼそと何かを言われている。距離があるので内容まではわからない。そして数秒後、警察官たちは2人の両脇を抱えると、彼らを素早く外に引き吊り出して行ってしまった。どちらかが発した「待ってくれ、俺は何もしてない!」という叫びが工場中に反響した。

 残された工場長はその様子を真っ青な顔で見届けると、震える声で「作業をつづけろ」と言い残し警察官の後を追っていった。

 工場内はシーンと静まり返っていた。よく知らなくても同じ工場の仲間である。その仲間が、たった今なんの説明もなく逮捕されたのだ。誰一人として動く者はいない。2人が連れ出された扉には全員の視線が注がれていた。目を離す者は誰もいない。

 長い長い沈黙が続く中、この場にいた全員が悟ったに違いない。何か大きな事件が自分たちの身近で発生したことを、そしてそれに自分たちが無関係ではいられないということを。


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