プロローグ
激しい連射音とともに銃弾が空気を切り裂いた。突然の攻撃に兵士たちは素早く瓦礫に身を隠す。遅れた者は例外なく銃弾の餌食になっていた。
「ティムとラックがやられた!」
「行くな、もう死んでる!それより敵の位置を確認しろ!」
「機銃座2つを確認!正面建物の3階に一つとその左手前の建物に一つ、そっちも3階です」
「小隊長、指示を!」
銃声の中叫び声が駆け巡る。必死で応戦を試みるものの、2丁の機関銃の絶え間ない攻撃にただただ圧倒されるばかりである。数分後、正面からの攻略は困難と判断したのか、4人の兵士が敵の側面を突くべく裏の路地に入って行った。
側面に回り込んだ4人は戦闘で崩れた部分から建物への侵入を果たした。彼らはよく訓練されているようで、十分警戒しながらも素早く3階へとたどり着いた。4人は今もなお連射音が聞こえる部屋の前に行くと、ドアを少し開けすぐさま手榴弾を投げ込んだ。腹に響くような爆発音が鳴り、辺り一面が天井から落ちてきた塵で覆われた。それと同時に4人は部屋へ一気に突入した。
室内は煙と硝煙のにおいで満ちていた。機関銃の周りには3人の敵が無残な状態で転がっており、そこから2メートルほどの場所にも一人が血まみれで突っ伏していた。
「クリア」
「こちらもクリア」
4人は室内に動くものがいないことを確認すると、ほっと息をつき緊張を解いた。
「軍曹、このワッペン見てくださいよ。こいつらキメラ隊ですよ」
兵士の一人が死体に近づき、足で小突きながら言った。彼の言う通り、死体が着ている軍服の肩には所属を示すワッペンが縫い付けられてあり、そこには白鳥をモチーフとしたマークが描かれていた。軍曹と声をかけられた兵士はそれを見ると、侮蔑の色を浮かべながら唾を吐き掛け「汚らわしい」と一言呟き目をそらした。
それとは対照的に他の2人は興味深そうにのぞき込むと、「へーこいつらがか。初めて見た」「化け物にはお似合いの最後だな」と話しながら死体を調べ始めた。
「こいつらなんか面白い物持ってないかな」
「何もないだろ。こいつらが家族の写真とか持ってたら笑えるけどな」
「こっちはぐちゃぐちゃだから…。あっちのきれいな方を漁ってみれば?」
「ああ、そうだな」
戦場において敵の死体を漁るのは当然のことだ。敵の持ち物は戦利品として故郷に凱旋するときの土産になるし、時には死体の中に重要書類が眠っていることもある。
兵士の1人が期待を胸に少し離れた死体に近づいていった。そしてそのポケットを乱暴にまさぐり始めた。その瞬間、目にもとまらぬ速さで「死体」が起き上がるとその兵士の顔面を殴りつけた。兵士は首を不自然な方向に曲げながら吹き飛び動かなくなった。「死体」は反撃の間を与えることなく近くにいた他の2人も立て続けに殴り飛ばした。唯一残った軍曹はライフルを構え発砲したが、相手の動きが予想外に素早く、見る間に距離を詰められてしまう。「死体」は軍曹のライフルを左手でつかむと彼の抵抗などないかのように容易くそれを取り上げ、後ろに投げ捨てた。同時に残る右手で胸部を殴ると、軍曹は背後の壁に叩きつけられそのままずり落ちていった。ものの数秒の出来事である。他の3人はピクリとも動かず、軍曹だけが苦しそうに何度か咳こんで血を吐いていた。
「死んでないか…。ボディーアーマーのおかげで助かったな」
「死体」―いや、「彼」は蔑むような目をしながら瀕死の軍曹に声をかけた。「彼」はすぐに目をそらすと、次は手榴弾で吹き飛ばされた戦友に視線を移した。
「お前らのことは絶対に許さない。命をもって償え」
「彼」はじっと目を閉じたままそう言うと、腰のホルダーから拳銃を取り出した。そして静かに振り返りその銃口を軍曹に向けた。
「化け物が…。調子に乗るなよ…」
軍曹は苦しそうにそう言うと「彼」の眼をぐっと睨んだ。軍隊生活が長い彼にとって命乞いなどもっての外だった。彼は誇りある死のために最後の力を振り絞って背筋を伸ばし姿勢を正した。普通であれば敵でも賛辞を贈るほどの潔さである。しかし「彼」は違った。
「彼」はその姿を終始冷たい目で眺めていた。それは無関心から来る冷たさではなく、英雄気取りと馬鹿にする気持ちから来たものでもなかった。それは極度の怒りから来る冷たさだった。
「化け物?…俺たちにとってはお前らの方が化け物だよ」
「彼」はそう言い放つと何の躊躇も無く引き金を引いた。