馬鹿な彼女が無敵だって俺だけが知ってればいい
高尾山口にラブホがあるかどうかは知らんけども
世界中が、同じタイミングで絶句した事件がある。
忘れもしない。あれは一年前の夏休みが始まった日。
雲ひとつ無かった空が急に暗くなり、太陽は黒い光を放った。
そこに現れたのは眩い輝きのありえない大きさの女性。
「おこだよ!神様とってもおこなんだからね!」
突然大音量で放たれたのは、少しだけ幼げな声の自称神様の怒声だった。
「どいつもこいつもゲーム世界転移とか異世界転移とか!そんなに現実世界が嫌いか!私、放任主義だけど頑張ってこの地球作ったんだよ!お肌荒れるのも気にしないで六千年も徹夜したんだから!
わかった!神様激おこ!そんなにゲームが好きなら、この世界もゲームっぽくするもん!モンスターとか、わんさか出すよ!レベル上げ頑張って下さい!」
そう言って、空は青を取り戻し、太陽の輝きは丸い放射光を出す見慣れた姿になった。
その瞬間、世界が優しく揺れた。
ニョキニョキと大量の木が地面から生えまくり、見渡す山はエベレストかと思うほど隆起し始め、川の流れは劇的に強くなり、空には竜が群れとなって飛び始めた。
俺と風子は、それを高尾山の頂上で惚けて見ていた。
たまたま風子のいつもの不思議発言で、高尾山でお弁当を食べに来ていたのだ。
慌ててスマホを取り出し、家に電話をかけると母親が取った。お互い無事で安心した。
どうやら世界中で同じような異変が起きてるようだ。テレビのニュースは番組を変更して速報を打ち出しているらしい。
インフラ関連は無事。ネットも使える。
少しして、とある掲示板の長文の書き込みが見つかり大騒ぎになった。それは世界の変化を記していた。多分、自称神様のレスだと思う。検証班が調べた所、矛盾は無いそうだ。
妙にテンションの高い世界のルールがこちら。
①簡単に死ななくなったよ!回復魔法とか解毒魔法とか用意したから、早くレベルを上げたら病人は世界から消えます!スタート時点の病人はサービスだ!治してやんよ!
②土地を拡張したよ!当社比5倍です!思う存分冒険しろよ!おうあくしろよ!
③既存の乗り物はNGね!馬とか牛とか、竜とかに乗れよ!船も帆船か人力しか認めねぇから!
④モンスターがいっぱいいるよ!都市に近い奴は雑魚だから沢山レベリングしてね!秘境とか魔境とか極地にいる奴は核兵器でも死なないから、弱いうちは行かないこと!
⑤おまいらの強さはアルファベット10段階で表示するよ!『ステータスキボンヌ!』の呪文で見れるから、精進しろよ!SSSからGまでだよ!Gとかまじ産廃だから!ありえねぇから!
⑥都市の外はバトルフィールドだよ!わかりやすくライン引いとくから、感謝すんだなボケが!都市エリアではモンスターはポップしませんが、肉食動物や草食動物はいっぱい出ます!人口爆発すっから、その肉とかで腹を満たすんだな!
⑦バトルフィールドでの死亡に限り、復活可能ですよ!自宅設定してある所にリポップするから『フヒヒマイホーム!』の呪文で設定するのを忘れんなよ!ちなみに復活するごとにお前らの財産の半分が無くなります(無慈悲)。
⑧バトルフィールドの奥地に、レアアイテムを置いとくから、探せ!世界の全てをそこに置いてきた!世はまさに大レアアイテム時代!
不死じゃないけど不老になる奴とか、巨大ロボットの召喚アイテムとかあるよ!触ったら分かるようにしてます!最初に見つけて触れた奴しか使えないし、譲渡できないから!強欲な金持ちとかもちゃんと自分で探すんだな!持ち主が放棄するか、死んだらレアリティに応じたバトルフィールドにランダムで再配置だから!世界中を探しまくるんだな!
⑨職業ボーナスと職業レベルを設定してるから!無職もジョブだから!ザマァ!もうノージョブとか言えねぇから!
レベルは999まで!転職はレベル1からスタートだよ!お前らの強さもジョブ依存だから!
⑩みんなで仲良く楽しく大騒ぎしてください!
ちなみに私に逢えるバトルフィールドも用意してるから!難易度神クラスですしおすし!
以上である。
なんとも世界は面白い事になった。
『マジか!すげぇ事になったな!』
『神様、鬱だったのかな』
『世界中の宗教の神様全否定wwwねえ、息してる?』
『東久留米にスライムいんだけど。都内なんですけど!都市エリアじゃねぇのかよ!』
『千葉のネズミの国でネズミのモンスター発見。デラ強い』
『お、俺生きてる……さっき出張先の新潟で大蛇に飲み込まれたのに!千葉の実家にいんだけど!』
『俺のジョブ、季節労働員なんだけど、契約更新しないと無職スタート?』
『左官工に何やれって言ってんだよ』
『友達の漁師が鬼強い!俺ネカフェ店員なんだけど、スキルが清掃オンリーってどんな拷問?』
『リーマン系ジョブの人、いませんか……営業スキルの使い方教えて下さい……』
『無職の俺が来ましたよ。ステータス全部Gなんですが』
『産廃乙』
そんな感じでネットは大盛り上がりだ。
若い世代が早々に順応していって、年寄りは大変困惑しているようだが、経験豊富な年配の方々は軒並み恐ろしく強かった。
どうやら、加齢による身体の衰えが消え、全てステータスに依存している為にベテランさんが有利になってるようだ。
そりゃそうだ。長年仕事に従事していたおっさん達の方が、経験値ボーナスがデカイ。
さて、長くなったが俺たちの話だ。
俺と風子は、まあ、付き合ったばかりのカップルだ。
出会いは高校一年の頃。
隣の席にいた超絶美少女が、風子だった。
下心満載の俺から喋りかけてわかったのは、彼女は天然で、そして馬鹿だった。
3桁の足し算で混乱し、2桁の掛け算で涙目に、割り算なんて一桁から吐きそうになっている。
世俗に疎く、ご飯が大好き。
おっちょこちょいで、運動音痴。
保護欲にかられた友人達の助けのみで、高校入学を果たした風子。
俺の下心が、父性に変わるのもしょうがない話だ。
見てないと危なっかしくてしょうがなく、風子の友人達からも満面のニヤけ面で預けられるほどに過保護になってしまった。
それでも風子を知れば知るほどに好きになっていき、二人で遊園地に行った時に告白。
夕暮れの観覧車の前で大泣きし、それから電車に乗って彼女の家の前まで泣き止まなかった。
最後に最高の笑顔で抱きついてきた時は、溢れ出るリビドーを全力で制した俺を誰か褒め称えてほしい。
そんな俺と風子は世界が変わった日、二人きりで高尾山に居た。
都内で手軽くアクセスできる高尾山が、人外魔境の大森林と化し、俺と風子はがむしゃらに山を降りた。
丘ほどにあるグリーンジャイアント風の木の巨人や、風のブレスを吐く空飛ぶトカゲ。
燃えるトリケラトプスや、萌えるアルラウネ。
それらの視線を掻い潜り、なんとか中腹まで降りた時に、風子が銀色に輝くカブトムシを踏んでしまった。
けたたましいファンファーレが頭の中に鳴り響いた。
ステータス画面を見たら、俺と風子のステータスが軒並みAに変わっていた。
HP。
MP。
筋力。
素早さ。
運。
全部Aだ。
どうやらメタルカブトムシはボーナスモンスターのようだった。
運良くメタルカブトムシの群生地に辿り着いた俺たちは、一日中カブトムシを探しては踏み潰した。
そんな俺たちのステータスは全てSになった。
調子に乗った俺と風子は山頂に舞い戻り、そこでキラキラと輝く石を見つけた。
風子が触ると剣の形に変わる石。レアアイテムだった。
『魔剣 草刈正雄』
特殊効果は植物系モンスターに特大ダメージ補正。
俺が見つけたのは杖だ。
『魔杖チェリーブロッサムエンペラー』
大きなお世話だと思った。
特殊効果は木属性の魔法の特大ダメージ補正。
使用条件もあるが、察してほしい。
だって、あいつ性的なモノに免疫無さ過ぎなんだもん。
色んなアイテムをドロップし、俺たちが高尾山を降りたのは一年後の今日。
途中でスマホの電池が切れたから、俺たちはかなり世間の情報に乗り遅れていた。
見つけた不要なレアアイテムを買ってくれる人を見つけて、なんとか駅前のラブホに素泊まりした。
もちろん、なんもしてない。できない。
いや嘘だ。添い寝して頭を撫でている。大きなベッドの上だ。
子犬系美少女の風子は、とても甘えたがりだ。
だからそれまでの一カ月もずっと二人寄り添って寝ている。
最初の二週間はピュアに殺されるとまで追い詰められてたけど、今となっては悟りの境地。
「ガッくん……我慢してる?」
寝ているはずの風子が、そんな事を言ってきた。
「してる。超してる。つかしたい。超したい」
俺の言葉で真っ赤になった風子は、俺の左腕を枕に布団を深く被り、しばらく出てこなかった。
やがてソロソロと布団から顔を出し、上目遣いで俺を見る。
「あ、あのね?ふ、風子だってそういう事、少しは知ってるよ?だ、だけどやっぱり怖いし」
栗色のフワフワ髪を撫でる。
気持ちのいい感触が俺の手を覆った。
「気にすんな。俺は風子が側にいるだけで世界すら敵にできる」
マジで。
「はわわ……ガッくんカッコいい……。あの、あのね?実は、風子ずっと決めてたの……。は、初めては、ガッくんの部屋のお布団がいいなって……」
「よし、帰るぞ。すぐ帰る。明日早いからもう寝なさい。朝までナデナデしてやろう」
「が、ガッくん?なんか目が怖いよ?」
「これは風子が悪い。とても悪い」
殺しにかかってるじゃないですか!
真っ赤になった風子をなだめて愛でながら、眠りについたのはそれから数時間後だった。
キスもまだだし、手もつないだ事ないのに、腕枕と添い寝が先って部分も風子が悪いのだ。
『…ステータスキボンヌ』
ボソッと呪文を唱えた。
俺の眼の前にウィンドウが開く。
ジョブは『過保護系彼氏(魔法タイプ)レベル102』
セカンドジョブは『高校生 レベル140』
ステータスは全てS。
ネットを見る限り、Bを超えるステータスを持つ者は世界的に少ないようだ。
いくらメタルカブトムシを乱獲したからといって、俺たちのこの強さには秘密がある。
パーティーメンバーとして認識されている風子のステータスへ画面を切り替える。
ジョブは『愛され系ユルフワおバカ彼女 レベル102』
セカンドジョブは『JK レベル143』
そこまでは俺のステータス画面と配置は一緒。
問題はその次の欄である。
『SPJ:神様のお気に入りNo.007』
『神様だって好き嫌いがあります!嫌いな奴に特別なんもしないけどさ〜お気に入りの子に依怙贔屓しても文句は言わせないよ?』
そう、俺の彼女は神様に愛されている。その恩恵は彼氏の俺にも与えられているのだ。
実際、高尾山での風子の活躍は凄まじく、レアアイテムの構成から考えて双剣士。
小柄な風子が大剣を二つ構えてブンブンと振り回す姿はなんの冗談かと何度も目を疑ったもんだ。
そんな俺は必然的に風子のサポートに回る事が多く、気がつけば魔法を多用してばかりだった。レアアイテムドロップも魔法使い系の装備ばかりだったし、ジョブもある日に突然『魔法タイプ』と追加されていた。
まさにお似合いカップル。俺は自信タップリに頷くと、風子の小さな身体を抱きしめて眠りについた。
翌日、俺と風子は京王線、高尾山入り口駅の前にいた。
もちろん電車は動いてない。
それどころか線路は木々が生えまくり、所々に隆起して途絶えている所もある。
「さあ!風子!桜新町に帰るぞ!俺たちのラブラブえっちのために!」
「が、ガッくん!大声で言うのヤダよ!ダメだよ!」
眼の前には狛犬みたいなライオンみたいなモンスター。ここは都市エリアから少しはみ出しているようだ。
俺の魔法が文字どおり火を吹いて、あたり一面をクレーターに変える。
慌てた風子が大ジャンプして、『魔剣草刈正雄』と『炎剣マツオカ』を振るう。
哀れモンスターは盛大に吹っ飛ばされ、ビルの壁にめり込んだ。
それを周りの人達が目を丸くして見ている。
さあ、俺たち最強カップルの邪魔をする奴はもろともねじ伏せる!
俺たちの、主に俺の幸せな未来の為に!
少しお馬鹿で、でもそんなの関係ないほど愛くるしい彼女と共に、今日も俺たちはこの面白くて狂った世界を駆け抜けていく。