聖なる夜のヤドリギの下で
以前投稿していた短編小説の件ですが、削除を決めた時点でお気に入り登録がありませんでしたので活動報告で削除通知させていただきました。
しかしその後有難いことにお気に入り登録していただけたことに驚きつつも本来投稿したかった内容の短編を投稿するまで検索除外という処置をとっていたましたが申し訳ありませんが削除させていただきました。
本来こちらの内容で小説投稿予定でした。
当時いろいろ考えてしまい以前の内容で投稿しました。
以前の内容のほうがいいといってくださる方ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんが...作者としては今回の内容で投稿したいと考えに至りましたのでご了承いただけると幸いです。
街はクリスマス一色。
「あー...30歳過ぎるとクリスマスの楽しさが分かんない...てか、クリスマス=恋人と過ごすっていう方程式をどうにかしてほしい」
今日は12月24日クリスマスイブ街中綺麗なイルミネーションでいっぱい。
だが、どんなに騒いでいても平日。
会社員はお仕事なのです。
そして普通に残業もします。
「ちょっと、寂しいこと言ってないでさっさと手を動かして!私は愛する旦那と子供がお腹をすかせて待ってるんだから!!」
ビッシッ!とファイルで頭を叩かれた。
私の名前は松平嘉永(34)独身で恋人もここ4年間いない。
ファイルで人の頭を叩いたのは関根梅(32)5年前に結婚と出産を経て職場復帰、年下だけどずぼらな私と違いしっかりしている。
そのため私を先輩扱いしない。
もう慣れてしまったのでいいけどね。
「まあ、嘉永さんの気持ちもわかる。うちは小さい子供がいるからイベントとして楽しむことができるけど、恋人のいない30代半ばの1人でのクリスマスだと荒むな...」
「ちょっと、荒む言うな!!」
年末年始は基本どの企業も忙しいと思う。
私と梅は営業管理部総務課で働いている。
総務課や経理課は他の課に比べて女性が多い。
今日と明日その為20代の女子社員の休みが数名、定時上りが3分の2。
その為、余計忙しい。
いや定時で上がった子達は仕事に来ただけいい。
若い内にいい男をゲットするという意気込みだけは買いたい。
それは年を取って余計にそう思う。
あの時~とか後になって後悔するなら彼女達のように、今動くという選択肢もあったんだな。
まだいいやなんて言っていたあの頃の自分を叱りたい。
34歳...正月に実家に帰ると両親と親戚連中が寄ってたかって『結婚』を引き合いにだす。
帰らなければいいだろうと思うが...まあおばあちゃん手作りのおせち料理やようかんを食べないと年が明けた気がしない。
おばあちゃんっ子の私は田舎から都会へ出てきたのもあって、おばあちゃんに会えるのが年に数回。
会える時に会わないと、人間いつどうなるのかわからない。
そのため毎年実家に帰る。
仕事納めの最終日、全社員で大掃除をして仕事納めをするのだが、今年は仕事納めの2日前の12月26日から有給休暇を取得して私は帰郷する。
今日が24日なので今日と明日で現在自分に抱えている仕事を終わらせるのに必死。
だが、休んだ子の分まで上乗せされている今の状況で、今日帰れるのは何時だろう?
「梅、今日はもう帰りなさい。後は私がやっとくから」
「えー嘉永さん実は優しい?」
「実はって何よ、実はって!!」
「あはは、ごめんなさい。今日はお言葉に甘えて帰らせてもらいます!」
そう言うと梅は帰り支度を始めた。
責任感が強い梅だが、今日は愛する家族が待っている。
「嘉永さんコレとコレを...あとお願いします」
梅がやりかけの書類を私に渡そうとして不意に手が止まる。
どうしたのかと梅を見ると彼女は総務課の入口を見ていた。
「げ、仙道課長だ...直帰じゃなかったの?」
顔を引きつらせる梅。
今まで仕事をしていた女子社員の手が止まり皆総務課の入口を見ていた。
仙道皇貴(34)総務課の課長が自分の職場へ帰ってきた。
先週から今日にかけて出張だった仙道課長様。
確かに今日出張から帰る予定だが、こちらに着くのは夜中になると女子社員達が騒いでいたので、皆が予想していた通り会社へは来ないだろうと...仙道課長狙いの女子社員達は定時でさっさと上がるか休むかしている。
今のうちにキープできる男との出会いを求めて......。
仙道課長は同期で一番の出世株だ。
34歳で異例の課長へと抜擢された。
まあ、前の課長が不祥事を起こしてしまい、その後釜に仙道課長が指名されただけのこと。
仙道課長は営業管理部の中で一番人気。
それは女性にモテる条件『高学歴・高収入・高身長』の3高だからだ。
それとルックスも悪くないから余計に競争率が高い。
ちなみに私は現代の3平で十分です。
そんなことはどうでもいいか。
仙道課長は優雅な足取りで隣にある課長室へ向かい自分のデスクへ荷物を置いた。
課長室は別室になっている。
仕切りは上の部分はガラスが埋め込まれていて、常に彼の仕事する姿を女子社員達は頬を染めて熱い視線を送っている。
「それじゃ、嘉永さん私帰るから」
「うん、気をつけて帰ってね」
「嘉永さんもあまり遅くならないように。では、また明日」
互いに小さく手を振り合い私は梅を見送った。
ダン!!
大きな音に驚いた私は音のした方を見た。
それは係長が年下の課長に怒鳴られている光景で、理由は仕事が遅れている事と休みを取っている社員が多い事。
去年までは仙道課長が係長で度々出張はしていたが、現在程出張ばかりではなかった。
その為、係長の時はクリスマスイブもしくはクリスマスが平日でも仙道係長(当時)を誘うために女子社員オール出勤にオール残業だった。
しかし彼が課長になって月1回は絶対出張している。
残念ながら今年は愛しい人が不在の為、皆違う出会いを求めに旅立ったのだろう。
ちなみに皆の考えは仙道課長クリスマスイブ出張から直帰、次の日出張や来年に向けての方針会議で朝から晩まで会議に出ずっぱり、その後上役たちの忘年会へと向かう。
やはり仙道課長に会えないということで今回の休みが多い。
自分に与えられた仕事が滞っているにも関わらず、定時で上がるという状況になってしまった。
まあ...仙道課長の言いたいこともわかる。
社会人としてのモラルに欠けてると言いたいのだろう。
確かにその通りなんだけどね...周りは女ばかりで男は数名。
その中で独身なのは仙道課長と新入社員の男子社員2名だけ。
極めつけは私と経理に50代のお局独身女性が2人いて若い社員達は私達のようにはなりたくないと最近では口癖になっているらしい。
酷い...。
私だって彼氏や一応婚約者なる人までいたのだが...人生上手くいかないものだ。
いつも浮気されて振られてしまう。
ズボラだからいけないのか?
未だに怒られている係長が不憫で出来るだけ多く処理できるように頑張ろうと仕事に戻った。
***
「あの...松平さん」
係長の声で顔を上げた。
「はい、なんでしょうか?」
「もう21時過ぎていて外は雪が降り始めたそうです。そのため仙道課長から皆帰るようにと指示が出ました。ホワイトクリスマスイブですね」
あんなにこっぴどく仙道課長に怒られたのに、皆に気を使ってくれる優しい係長。
「係長は早く帰らなくていいんですか?奥さんとお子さん達が帰りを待ってるのでは?」
「いや~実は自分ごとですが妻が3人目を妊娠しまして、現在妻も子供達も彼女の実家にいるんです。だから今年のクリスマスは1人寂しいクリスマスです」
恥ずかしそうに頬を人差し指でかく係長。
係長の話を聞きながら、パソコンをシャットダウンしてバッグに貴重品やポーチを入れ終わり私は椅子から立ち上がった。
「それはおめでとうございます。でも係長、いつも1人身の私を差し置いて寂しいという言葉を使わないでください!!」
ボカッ!!
「いたっ」
叩かれた頭を手で押さえながら、後ろを振り返った。
「松平、係長が困るようなこと言うな!」
梅のように頭を叩いたのは仙道課長で後ろを振り返ったことを後悔した。
「おモテになる仙道課長には私の気持ちなんてわからないんです」
「僻むな」
「まあまあ、お2人とも落ち着いて」
仲裁に入る係長。
「あの~、仙道課長...これから皆で飲みに行きませんか?」
おお、この一言が言いたくて残っていた勇気ある女子社員代表者Aが頑張って仙道課長を誘った。
「なんだお前達まだいたのか?」
ひどー!!
勇気を振りしぼって誘って帰ってきた一言がひどい。
「ざ、残業を頑張ったご褒美に......」
「そうです。折角のクリスマスイブですし、たまにはいいじゃないですか?」
「そうそう」「いいですよね?」と女子社員達が言い出し、仙道課長はあごに手を添えて何か考えているようだった。
「そうだな...皆仕事頑張ってくれたことだし、係長もお1人でしたね?一緒にいきましょう」
「ぼ、僕も行っていいんですか?」
「ええ是非。男が多い方が私としては助かります」
係長も行くことになった飲み会、仙道係長と違い女子社員達はあまり歓迎ムードではない。
「じゃ、私はこれで失礼します。おつかれ......」
「お前もだ、ほら来い」
仙道課長に腕を掴まれ、課長が私のバッグをデスクから引っ手繰る。
「ええー!!やーだー、私忙しいんです」
その言葉に仙道課長が振りかえる。
「この後、予定でもあるのか?松平に?」
「なんですその私にクリスマスイブの予定なんてあるわけないだろうという言い方は!?」
「あるのか?」
課長とその他社員が驚いていた。
「人と会う予定はないです」
「ないのかよ!!ならなんで忙しんだ?」
「実家に帰る荷造りと部屋の大掃除が終わってません!」
「.........よし、皆準備はいいか?行くぞ!」
「「「「「はーい」」」」」
「え、無視なの?」
「休日に終わらせなかったお前が悪い」
そう言って仙道課長はお店に着くまで私の腕を離すことはなく、実際大掃除は粗方休日に終わらせているが、風呂場やキッチンといった日常使っているころの掃除と荷造りの方は本気で何もしていない状況なのでさっさと帰りたいというのは本心なんだけど...このアホ課長ーー!!
私は引きずられながら心の中で仙道課長に毒づいた。
***
「それではお疲れ様。明日も仕事だからセーブして飲むこと!いいな?」
「「「「はーい」」」」
「乾杯」
「「「「カンパーイ♡」」」」
グラスの口と口が当たる音が遠くから聞こえてくる。
強制的に連れてこられたのはいいが...クリスマスイブに予約もなくお店に来ても空いている席は限られる。
現在テーブル席5人とカウンター席2人で別れている。
テーブル席は仙道課長と女子社員4人でカウンターは係長と私で座ることになった。
「それではこちらもビールが来ましたので、乾杯しましょう?」
「いいですね」
「係長どうぞ!」
「ええ、僕?......えーっと、今年1年松平さんにはいろいろ助けてもらいありがとうございました。来年もどうか僕を見捨てないでください。乾杯」
「ふふふ。乾杯」
中ジョッキをカツンと合わせてからビールを飲んだ。
「んーんっ!冬も仕事終りのビールはおいしいですね?」
「ええ、久々のアルコールはおいしいです」
「係長は家で晩酌しないんですか?」
「はい、しないですね。松平さんは晩酌します?」
「うー...ビール1杯ぐらいなら毎日ではないですが、飲んだりします」
などと世間話に花を咲かせていると遠くのテーブル席から係長を呼ぶ仙道課長の声が聞こえた。
上司が呼んでいるので係長はテーブル席へ向かった。
どうやら男1人で寂しくなったのか、6人で飲み会が始まった。
元より私は付いてくる気が無かったので、そんなこと気にせず生ビールを注文した。
課長のおごりだし、やけ酒にやけ食いを決め込んだ。
何度目かの生ビールのおかわりを注文して携帯電話で時間を確認する。
終電にはまだ間に合う。
もう少し飲んでも大丈夫だろう。
携帯電話をジャケットに戻すとドカッと音を立てながら係長が座っていた椅子に仙道課長が座った。
「おう、飲んでるか?」
「はい。課長のおごりなので遠慮なく4杯目を今注文しました」
「そうか、おかみさん俺も生ビールください」
「はいよ」
注文してすぐ私達の生ビールが届いた。
「じゃ、今年一年お疲れと来年もよろしく。乾杯」
「乾杯」
2度目の乾杯を課長と私だけでした。
「やっとうるさい連中から解放されたな...」
「若い子達と飲んだ方が楽しいのでは?」
「俺は面倒だからいいとは言えないな」
「課長はモテすぎるからそう思うのかもしれませんね......」
また一口ビールを飲む。
「松平と飲むのっていつ以来だ?」
「そうですね......忘れました。」
「おい!ところでその課長と敬語を止めてくれないか?前みたいに接してくれよ」
煙草に火をつける課長。
「.........無礼講?」
「ああ、それでいいぜ」
会社では見せない仙道になった。
私と仙道は同期だ。
最初配属された部署は別々だったのでそんなに仲が良いわけではなく、ただ同期の飲み会でよく顔を合わせていた程度。
互いに仕事の愚痴を言い合ったりして徐々に仲良くなっていった。
けして恋などという甘い関係が芽生えることのない割り切った付き合い。
それに当時、互いに違う相手と付き合っていたし、相談相手として丁度いい距離をずっと保ってきた。
「入社してからもう10年以上経つんだな...」
「そうだね。あの子たちを見てると自分もあんなバカやってたんだなと...少し恥ずかしい」
「松平はあいつ等とは違う。しかし今回の出張は疲れた」
「お疲れ様。で、出張の話聞かせてよ」
それからあの頃に戻ったような時間が女子社員達に呼ばれるまで流れた。
「しかし、あいつ等元気だな」
「若さでしょう?」
「折角、松平と飲んでるのに...邪魔だな」
「人気者は辛いってやつ?」
「さっさとあいつ等帰すか...この後もう少し俺に付き合え」
ジャケットから携帯電話を取り出して時間を確認...げぇ、あと1時間後には日付が変わってしまう。
「もうこんな時間だし、明日も仕事だからまた今度でいい?」
席を立とうとした私をガシッと仙道が腕を掴んだ。
「ダメ、今日は俺の都合に付き合ってもらう。出張のご褒美を俺にくれよ」
「はあ?それは別の相手から貰いなさいよ。荷造り~」
「荷造りは明日にしろ!おかみさんお勘定とタクシー2台お願い」
「あいよ~。1台はすぐ来るよ」
「そう、わかった」と言って仙道は女子社員達を外に連れ出し数分後、仙道1人が戻ってきて間をおかずもう1台頼んだタクシーがいいタイミング来て仙道は係長を連れて、また1人で戻ってきた。
「ほら、松平行くぞ」
「へえ?ああ..うん、今行く」
急いでコートを羽織り居酒屋の外に出て仙道は勘定をしてから外へ出てきた。
「行くか」
「うん、次はどこに行くの?」
「そうだな......まあ、俺の行きつけの場所でいいか?」
「仙道の行きつけの場所?そんなところあったんだ。知らなかったよ」
「ついてこい」
それだけ言って仙道は歩き始めた。
私は仙道の2・3歩後を歩き、特に何を話すわけじゃない。
仙道とは無言の時間も居心地のいい。
綺麗なイルミネーション。
寄り添って歩くカップル。
そう考えると仙道と私って他人から見てどういう仲に見えるのかな?
恋人?
いや、それなら他のカップルみたいに手をつないだり寄り添って歩くよね?
ただの他人?
そう見られてもおかしくはないが、同じ間隔をずっとついていくのは他人には見えないか...恋人未満の友達?
それが妥当か...客観的にみるとそうだよね。
私は現在恋人がいない。
しかし仙道はどうなんだろう?
以前は何でも言い合える仲だったのに...時間の流れと現在の環境がそれを許さない。
仙道がどんどん先に行ってしまって、平社員の私を置いていくからいけないんだ!!
ちょっと八つ当たり。
今の会社は古い考え方の経営陣が多く、女性に役職は必要ないという会社...ありえないよ!!
それでもやっと見直されて経理の50代女性でやっと主任だよ。
課長クラスの仙道が遠い...課長クラスになると昇進試験たるものがあるらしいのだが、本当に試験したのかな?
人気者で出世街道を迷いなく歩いていく仙道と同期の誼で仙道と接するのは難しい。
秘書室にいるような美女なら文句言えないんだろうけど...とりあえず今はグダグダくだらないこと考えず、久しぶりに仙道と語るのもいいだろう。
なんだかんだ考えていると仙道が立ち止ったのに気付かず、私は仙道の背中に突っ込んだ。
「ちゃんと前見ろよ」
「ごめん。お店に着いたの?」
「ここに入るぞ」
「ここって...マンション?」
仙道は何も言わずマンションの中に入りセキュリティーのしっかりした自動ドアの横にある機会を操作して中へ入りエレベータの前でボタンを押して止まった。
マンションの中に飲み屋さん?
隠れ家的な飲み屋なのかな?
戸惑いながらエレベータに乗り、仙道が目的の階のボタンを押す。
うーん...間違いなく一番上の最上階のボタン押したな......最上階にBarでもあるのか?
エレベータが最上階へ着いて、相変わらず仙道の後についていく。
最上階は下の階と違い部屋数が多いのか玄関の数が少ないようだった。
一番奥の部屋で仙道が止まり、カギを差し込み玄関を開けた。
「............仙道さん?」
「ほら、上がれよ」
「いや...仙道さん?上がれって、お店...じゃないよね?ここってもしかして......」
「ああ、俺ん家」
「..........じゃ、終電に間に合わなくなるから帰るわ」
ガッシッとまた仙道に腕を掴まれた。
今度は力強く。
抵抗するだけ無駄?
中へ入ると仙道は玄関のカギをかけて何故かドアチェーンまでロックした。
「あの...仙道さん?私...すぐ帰るのでそこまで厳重に鍵かけなくてもいいのではないのでようか?」
仙道に鋭い目で見られ最後の方は何を言っているのか曖昧です。
「さっさと靴脱いでリビングへ行くぞ」
..................無視かよ!!
「はーい、お邪魔しまーす......うわ、広ッ!!」
「適当に座ってろ今ビール持ってくる」
「あー、お構いなく......」
「遠慮するな。夜も遅いし泊っていっていいぞ」
「..............................はい?」
「とりあえず、適当に座っとけ」
仙道はキッチンへ向かった。
それにしても......引っ越してきたばかりなのか、段ボール箱が端に寄せるように置いあった。
リビングにはソファーとテーブルそれにテレビがかろうじてあった。
対面式キッチンは広くて女心をくすぐる。
仙道が缶ビールを持ってソファーに座るよう先導する。
「ここの間取りは?すっごい広そうだけど...」
「4LDKかな」
「1人で住むには広すぎない?」
仙道から缶ビールを受け取る。
「広いな...新居にと思って購入した」
新居!?
ああ、そうだよね。
仙道もいい年だし結婚を考えてる相手ぐらいいるよね......。
缶ビールのプルタブを開けて一口飲む。
「へえ、その相手と一緒に選んだ部屋なの?」
「いや、俺が選んだ」
「.........結婚相手の意見は?」
「聞いてない」
「.........あ、そう」
私は結婚相手に同情した。
意見聞かずにマンション購入するとは...ひどい。
お金のでどころは仙道だけど...相手の意見ぐらい聞いてあげてもよくないか?
「松平ならこの家どう思う?」
「私なら?そうね......まあ、いいんじゃない?」
リビングとキッチンをちらりと見ただけだけど、広いしキッチンもいろんな設備があるようだしそれ以前に私が住むわけじゃないからと適当に答えた。
それを聞いて仙道は「ならよかった」と安堵していた。
私の意見であってお付き合いしている本人にちゃんと確かめないとダメだよ?と言おうと思ったが、それは野暮というものかもしれないと考え直した。
「ずっと、聞きたかったんだが......」
仙道が缶ビールをテーブルに置いて真剣な眼差しで私を見た。
鼓動が高鳴る。
「.........何?」
「どうして態度を変えた?係長の時はそんなことなかっただろう」
仙道が課長になってから同期としてではなく上司としての態度をとるようになったことを聞いているようだ。
そうなんだよね...係長の時は今まで通り同期として接していたのは事実。
課長になっても同期として接してもいいかと思ったのだが...一社会人としてけじめをつけたまで。
「そうね...本来なら仙道が主任になった時に態度を改めなきゃいけなかったんだと思う。それをズルズルと同期という甘えがいけなかった......そうでしょう?」
「まあ、社会人としてはそうだが...仕事以外でもそういった態度しないでくれると助かる。お前の態度のせいで俺は違う部署の同期の奴らにも敬語で話されて参ってる。まあ、会社では仕方ないとはいえ、プライベートの飲み会の誘いが減ってつまらん」
「それは、それは、しかし困った...仙道も知ってのとおり私ってそういうところ器用じゃないから使い分けって難しいのよね。やっぱり会社と同じ態度になると思うから勘弁して?」
私は顔の前で両手を合わせて謝りのポーズをしながら仙道が聞き入れてくれると嬉しいな...と考えたのだが、仙道は納得していないようだった。
「じゃ、会社でも同期だった頃のように接してくれ」
「無茶言うな!!あんたただでさえ目立ってるし、こんないいマンションだって購入して、会社の女の子達が知ったら余計に競争率が凄くて、仙道と親しくしてると目の敵にされるでしょう!?それは勘弁」
「大丈夫だ。今やお前は立派な総務課のお局だぞ。年下の小娘共の何が怖い?」
「集団だと狂暴化するのよ。ところで仙道今付き合ってる子ってどんな子なの?」
「いや、今口説いてる最中で誰とも付き合ってない」
「.........ん?ちょっと待って、口説いている最中の女性のために、このマンション購入したの?」
「そうだが、何か?」
「.........いえ、なんでも...ない」
『何か?』って、こいつ正気か!?
そもそも結婚相手の意見を聞いたのかと言う質問の時に何故それを言わない!
モテる男は相手の気持ちなんて考えないのか?
振られたらどうする?
その経緯を秘密にしていればいいだけなんだけど......バカか?
どんだけ自分に自信があるんだ?
呆れていると仙道がキッチンから追加の缶ビールを数本持ってきた。
「......えっと、その幸運にも仙道の御眼鏡にかなった女性は同じ会社の人なの?」
「そうだ」
「おおお、マジで!?誰?誰?私の知ってる人?」
そう聞くと仙道は一度こくんと頷く。
「テンション上がってきた。あー...名前を聞く前に、その会社の子と結婚まで考えているのなら尚更忠告しておくけど、今の仙道はこのマンションのようにいい物件なの。課長になったから余計ね。だからその子と付き合うことになったとしても、最初はこっそり付き合うとかして徐々に周りに広めていくとか、結婚退職まで秘密にしておくとかした方がいいよ。仙道の元カノ達まだ会社にいてあんたを狙ってるんだから、わかった?」
「ああ、そんなこと百も承知でいろいろ回りくどくやっている」
仙道の言葉に驚いた。
ウン十年の月日で人は変われるのかもしれない。
もう20代の頃のようなヤンチャな仙道はどこにもいない...少し寂しいかな。
傍から見ていて楽しかったのも事実。
あんなに女子社員との関係を弄んだこの男が......私には関係ないからいいけど。
「仙道...大人になって、お母さんはあんたの成長が嬉しいよ」
「なんでお前が俺の母親なんだよ。恋人の設定はないのか!?」
いきなり仙道が私との距離を縮めてきた。
「あ、あるわけないでしょう!!お姉ちゃんか妹の設定ならいいよ」
動揺しないようにと心の中で言いきかせる。
容姿がいいのも考えてほしい。
「家族はダメ。結婚できないだろう」
「...............(結婚!?......する必要ないだろ)............あ!?」
テレビの横にあるデジタル時計を見てビックリ!!
仙道と久しぶりに気兼ねなく話が出来て嬉しさと楽しさで時間を忘れて終電を逃してしまった。
「せ、仙道、大変終電の時間過ぎたよ!!」
仙道は缶ビールに手を伸ばして「それがどうした?」と言いたげな雰囲気。
「だから泊まっていけばいいだろう。布団ならちゃんとある」
「そういうわけにもいかないでしょう。あんたの想い人より先に仙道の家にお泊りなんて出来ないよ!」
「それなら問題ない。」
いや、大ありですよ仙道さん!と、心の中だけに留めた私の心の叫び。
「もういいよ。タクシーで帰るからここの住所教.........えっ?」
言い終わる前に視界が反転し私は現在リビングの天井を見ていた。
「泊まるって言わないと喰うぞ?」
ソファーに寝転がる私の体の上にいる仙道は妖艶な微笑みをしていて、それを見た私は背筋に寒気が走り恐ろしくなった私の答えは.........
「..................泊まります」
「そっか、先に風呂でも入ってこいよ」
仙道が体を起こし私の上から退いてくれた。
結局、仙道家に泊まることとなる。
「ははは、お風呂?ね.........ははは」
もう着替えがないだの化粧落しがないだのは言わなかった。
仙道の案内で脱衣場に1人佇む私。
落ち着け...落ち着くんだ自分...仙道は同期の誼で泊まらせくれるだけ。
深い意味はない。
部屋だっていっぱいあるのだ一部屋ぐらい貸してくれるだろう。
そう仙道は女に不自由していない。
ジャケットを脱いで脱衣場を見渡した。
新しくてまだ誰も使ったことがないようなそんな綺麗な脱衣場。
服は洗濯乾燥機を使っていいとお許しが出たので、この際下着も入れてしまえと、洗濯物が乾くまでの辛抱だと考え服を脱ぐ前に脱衣場を観察した。
洗面台の鏡式収納を開けると、女性用の化粧水に乳液やクリームまである。
それと有難いことに化粧落としまで置いてあった。
口説く相手のために置いてあるのか?それとも行きずりの女のために置いてあるのか?定かではない。
未開封のようだったので使わない方がいいか...洗面台で悩んでいると、急にドアが開いて仙道が遠慮なしに入ってきた。
「なんだ、まだ風呂に入ってなかったのか?俺のだけどスウェット持ってきた。ああ、その化粧水類使っていいぞ」
「ちょっと、ノックしてよ!って、コレ未開封だよいいの?」
「ああ、構わない。服置いとくからな」
「ありがとう」
一応お礼を言いった。
それを聞いて仙道は脱衣場を後にして、まだ服着ていてよかったと私は安堵した。
化粧水諸々のお許しを家主からでたことだし化粧落としを使った。
これは、行きずりの女用だな。
気になったことは、化粧水諸々のメーカーが私と同じだということだけ。
偶然ってあるんだな~と頭の片隅で考えて、私は広いお風呂にビビってシャワーだけ浴びて急いでお風呂を出た。
バスタオルを体に巻いて肌の手入れをしているとガチャっとドアの開く音がした。
「おまえ...風呂あがるの早くないか?一応女子だろう」
「な、な、な、な、な、なにしてんのよ!?まだ入ってくんな!!」
動揺しまくる私を上から下まで撫でまわすような眼つきで見る仙道にたじたじになった。
「もう夜も遅いし、お前が風呂上がってんなら、次は俺がはいるぞ」
「ああ、うん、わかった」
ここは仙道の家だ。
迷惑をかけているので仙道の言い分をのんでもいいが...私がいるのになんでここで服を脱ぐ?
脱衣場だけど.........目のやり場に困る。
「俺が上がるまで脱衣場で待てろよ」
「なんで!?」
「いいから、わかったな?」
仙道を直視できない私は彼がどんな顔で言ったのか気になった。
本気で脱衣場にいろと言ってるんだろうな...と思いながらドライヤーのスイッチをONにした。
髪を一通り乾かし、仙道がお風呂から上がる前にスウェットの上下を着てしまお...う......あれ?スウェットの上着しかない?
まあ、バスタオル姿より上だけとはいえスウェットの方が気持ち的にいいか!
仙道が風呂から上がってからスウェットパンツを貸してもらう。
そう考えた私はスウェットの上着を着た。
仙道は身長も高いし体格もいいから標準サイズの私が仙道のスウェットを着るとスウェットの裾が膝ぐらいまであった。
たぶん仙道でもこのスウェットは大きいのかもしれない。
ガタッとお風呂場のドアが開いた。
鼓動が早鐘を打つ。
仙道がでてきたので私は反対側の壁を見る。
脱衣場は洗濯機の音だけが響く。
「ふーん、そのスウェット意外にでかかったな」
「うん、そうだ。スウェットの下も貸してよ!!」
下着を着けていないのでスースーして落ち着かない。
それに仙道に気付かれたくないし.........。
「別に必要ないだろう」
そう言って仙道がタオルで体を拭いている気配がする。
「必要だよ!必需品だよ!!」
「大げさな奴だな。別の理由でもあるのか?」
服を着始めた仙道。
別の理由って.........「パンツ履いてないから貸してください」なんて言えないでしょう!?
いや、ここは勇気を出して伝えてみるべき?
「おい、質問に答え......まあ、いいか。髪乾かすまで少し待て」
「はーい」
返事とともにドライヤーの音が響いた。
ダメ.........だ。
鼓動が...ドキドキが止まらない。
仙道がモテるのもわかる。
少し(?)強引で人を振りまわすし、我儘のようで.........でも優しい。
なんで、別に口説いている女性がいるのに、私に優しくするの?
残酷だよ...仙道のバカ......こんなことすると勘違い......するよ?
一番バカなのは私なのかもしれない。
ドライヤーの音が止まり、仙道がドライヤーを片付けていた。
「ふう、終わった...て、いつまで壁見てるんだ?こっち向いていいぞ」
「う......ん。さあ、スエットの下と今日の私の寝床へ案内してちょうだい」
「なんで偉そうなんだ?」
「そんなことないよ」
にっこりと微笑みながら私は仙道の方を見て驚く。
「!?............仙道さん?」
「ん?なんだ」
「...............なんでもない」
「変な奴だな。いくぞ」
頷く。
........................変なのは仙道だよ。
どうして...スウェットパーカーのファスナーが全開に空いてるの?
仙道の鍛えているであろう均等のとれた胸板に腹筋。
女子社員誰もが見てみたいし踏み入れたい未知の領域に私は足を踏み入れてしまったようだ...仙道が脱衣場から廊下に出てその後をついていくが、廊下もリビングも照明が消えていて暗い。
その為リビングの隣の部屋のドアの隙間から明かりが漏れているのが見えた。
迷いなく仙道はそのドアを開けた。
「わあ......きれい」
部屋の中を見た私の正直な感想。
幻想的な空間。
赤と白を基調にしたクリスマス風な飾り付け。
カーテンも重圧でクリスマスを意識した色合い。
壁にツリーと星のペイントに床には小さなツリーが数個疎らに置いてあり、全て明かりの色が違う。
部屋の壁から中央にかけてキングサイズのベッドが置いてあり、ベッドカバーは赤で枕が白。
ベッドの両サイドテーブルにそれぞれ長さの違うキャンドルが置いてあって、明かりが灯っている。
その明かりが余計部屋を幻想的に見せている。
「中へどうぞ。」
振り返った仙道が私を室内へと促す。
壁や床に置いてある小物類を見ながら部屋の中央で止まり、そこで一周回った。
廊下に仙道が優しい顔でこちらを見ていた。
会社にいる時と違う仙道。
折角の幻想的な雰囲気なのに互いにスウェットで部屋着だ。
うーん、台無しだよね......と余計なことを考えないと、この雰囲気にのまれてしまいそうだ。
「上、見てみろよ」
「上?あ、ヤドリギ......」
天井から吊るされているヤドリギの飾り。
その下に私が立っている。
「海外ではヤドリギの下で男女が出会ったら、ある約束事をするとお前から教えてもらったよな?」
そうだ......海外ドラマでリスマスでの風習の1つとして、ヤドリギの飾りの下で出会った2人はキスしなければいけないとか、クリスマスの日にヤドリギの下にいる女性には、男性はキスをしなければならないとかその国や文化によって様々だが、そんな言い伝えがある。
それとクリスマスのヤドリギの下では、女性は男性からのキスを拒否できない。拒否してしまうと、次の年の結婚のチャンスを失うともいわれているような...えへっ、知らないふりか?
「あははは、そうだっけ?」
「そうだよ。この飾りはそのドラマで使われてたのと似たやつを用意した」
仙道って変なところで凝るんだよな...本人には言えないけど。
そんなことを考えているといつの間にか仙道が私の前に立っていて、彼の手によって私の顎が持ち上げられ私と仙道は見つめ合った。
「メリークリスマス」
仙道には似会わないセリフだと失礼なことを思いながら雰囲気に流された私は瞳を閉じ何度も見てきた仙道の唇が私の唇に触れた。
互いの唇が触れ合ったまま顎を持ち上げていた彼の手が私の体を抱きしめ、どちらからともなく舌を絡め始めた。
角度を変えて次第に激しさを増し、それと同時に仙道の手が私の体を撫でまわす。
必要以上にお尻を撫でまわしていた手が止まる。
「ふ...んっ」
仙道の激しいキスに声が漏れて、チュッと音を立てて一度唇が離れた。
私は腰が砕けてしまい、床に座り込んだ。
初めて立っていられないほどの激しいキスをした。
「......松平...いや、嘉永......お前下着、着けてないのか?」
「.............................................うん」
私の長い沈黙と肯定するまで黙って見ていた仙道が大笑いした。
「あははははは、それで、はははっ、スウェットの下が欲しいって言ってたのか!笑える。下着洗濯したんだな。まあ、そうだよな。気付かなくてスマン。ヤバイ、理性が......もう限界、はははははっ!」
上半身を屈めて笑う仙道を先ほどのキスで動けない私はむすっとした顔で睨んだ。
「悪い...笑いすぎた。よしよし、嘉永、そろそろベッドに入って横になろうな?」
「私1人で寝るから仙道は違う部屋で寝なさいよ。それに泊まれば手を出さない約束はどうなったの!?」
「残念なことにベッドはこの部屋しかない。その約束は今度な!今度!!」
「ちょ、今度って何!?今度って!!」
「今度は今度だ!それにノーブラノーパンで俺のスウェットを着てる嘉永が悪い!そんなこと聞いたらもう止められないだろう!?」
仙道は床に座っていた私を立たせてベッドへと押し倒した。
「......嘉永」
仙道の真剣な眼差しに息をのむ。
胸の鼓動が止まらない。
ギシッとベッドのきしむ音がして仙道が私の耳に唇を近付けた。
「嘉永.........いいだろう?」
仙道は言い終わると私の耳朶に唇を這わせた。
「んっ...せ、んどう.........っ」
耳朶から首筋にキスをする仙道に「名前で呼べよ」と言われ、久しぶりの行為とすでに日付は変わっていて今日はクリスマスマだから1度だけの過ちと自分に言い聞かせて私は仙道に身を任せた.........
...............のは間違いだと気付くのにそう時間はかからなかった。
出張で疲れたと言っていた仙道......外が明るくなっても行為が終わることはなかった。
その間にいろいろ言われたり何か強要するような感じで何か言わされた気がするが、今まで経験したことのない快感に私の頭がおかしくなりそうでその行為を必死に耐えていた。
あれ?
仙道さんお疲れなんですよね!?
結局一睡もできなかった......最悪のコンディションだ。
力尽きてベッドに蹲る私をにやけた顔で見た仙道は「シャワー浴びてくる」と言って私のおでこにキスをして寝室を後にした。
仙道が出て行ったドアを恨めしそうな目で見つめ腰に力が入らない。
この後どんな顔して仙道と接していいのかわからないし、それに会社の連中に1度だけとはいえ、仙道と関係を持ってしまったことを知られたら困るしで、ここは気合をいれて立ち上がった。
壁に手をついて脱衣場までたどり着き、仙道が...あの仙道が......鼻歌を口遊みながらシャワーを浴びていた。
そんなことより、洗濯乾燥機から服をとり出し廊下で急いで着替えた。
数時間ぶりの下着を身に着けられて安堵する私。
仙道が部屋に戻る前に荷物を持って急いでマンションを後にした。
腰を庇いながらそれでも出来るだけ急いで駅に向かい、今から自宅へ戻ると会社に間に合わなくなる...よし、今は24時間お店が空いている時代だ。
すぐに駅周辺のお店を調べて24時間対応のお店に足を向けた。
そこで服を一式買い(無駄な出費だったけど)駅のトイレで着替えて、会社の最寄駅のコインロッカーにバッグ以外の荷物を入れてから出勤時間ギリギリだったが、なんとか遅刻せずに出社できた。
総務課に入り昨日より女子社員が出勤していたのを見てほっとした。
多分、昨日仙道が総務課に来たのと数名の社員で飲みに行ったのを聞きつけて、淡い期待を胸に抱いき出勤してきたのだろう。
梅は就業前なのにデスクで仕事をしていた。
「おはよう、梅。昨日はどうだった?」
私が席について隣のデスクの梅に声をかけた。
「あ、嘉永さん、昨日はありがとう。助かりま...嘉永さん.........目の下クマが凄いよ。どうしたの?」
「ああ、昨日ね残業帰りに残っていた社員達と仙道課長のおごりで飲みに行ったの。その疲れがまだ取れないだけ」
「そうなんだ。でも...お肌は潤ってない?」
「.............気のせいだよ。さあ、仕事、仕事、あはははっ...」
乾いた笑いをする私の首筋を見つめていた梅は「ふーんいいけど」と言って就業開始の鐘が鳴った。
私は昨日の仕事の続きをしようとデスクに資料を準備しながら、今日定時で上がったら急いでアパートに帰り荷造りと大掃除を済ませて深夜バスに間に合うようにしなくてはと気合を入れて仕事を始めた。
***
昼食も取らずにひたすら仕事を続けて、何とか仕事の目途が付き背伸びをした。
しかし...午後の3時の休憩後から総務課の女子社員達が大した用事でもないのに私に話しかけてくる。
そして決まって私の眼じゃなく首辺りを見て、こそこそ話して去っていく。
私は任された仕事を何としても今日までに終了させないといけないのだけど、彼女達の態度が気になる。
「嘉永さん、昨日の資料もう一回貸して」
「はいよ。ちょっと待って......ところでさ、今日皆の態度おかしくない?」
デスクのカギ付きの引き出しを開けて梅に頼まれた資料を探しながら気になっていたことを梅に聞いてみた。
「嘉永さん......気づいてないの?」
「何を?」
梅は目を細め自身の口元を手で隠した。
「今更...言うのもなんだけど.........首筋にキスマークついてるよ」
「.....................へぇ!?」
昨日のアノ行為が頭をよぎった。
「しかも左右に2箇所」
急いで両手で首筋を押さえた。
「嘉永さん、もう遅いって!」
顔が熱い。
仙道ーーーーーー!!何してくれる!?
私の行動を見た梅はおもしろそうに笑っているし、その態度が憎い。
本当に今更だよ!!
どう言い訳すればいいのかパニック。
「ところで嘉永さん、引き出しに入っているその四角いケースは何?」
「え?あ、本当だ......私のじゃない...」
梅に指摘されて引き出しから取り出した高級感あふれるさわり心地のいい小さなケース......このケースは...と一瞬女性なら誰でも夢見る例のブツが頭をよぎった。
まさかね...だって、会社のデスクに例のブツをいれる無神経な奴いないよね?
四角いケースを私の手から取った梅はケースを開けた。
いつの間にか総務課の社員たちが梅の開けたケースの中身を見て、総務課のフロアが一斉に騒がしくなった。
中身は指輪......そう、指輪か...............誰の落とし物だろう?
「エンゲージリング!?」「ええー誰から?」「うそーいいな」「お局にも春が来た?」と女子社員たちが本人の目の前でひどいことを言っている。
「ティ〇ァニーだよね?」「うん、そうだよ」とまだ続くか.........。
梅が指輪をケースに入れたままシンプルなデザインなので少し回しても邪魔するものはなく簡単に半回転した。
そうすると刻印文字を発見。
『KtoK』と刻まれていた。
「Kから嘉永さんへって事?」
梅が声に出して言うと総務課のフロアが盛り上がり、指輪を贈った『K』が誰なんだ!?と騒ぎ始めてしまった。
私の顔が引きつる。
仙道の下の名前は確か......皇貴イニシャル『K』だ。
まさか...............ねぇ?
奴とは1度きりの過ち。
ほかにイニシャル『K』がいないか必死に考えた。
「仕事中に何を騒いでいる!?」
騒がしい総務課に厳しい声が響き、一瞬で静寂へと変わった。
カツ、カツ、と騒ぎを鎮めた人物がこちらへ来る音が聞こえる。
私にはその音が死の宣告をしにきた使者のように思えた。
「関根、何を騒いでいる?」
質問されている梅はニヤニヤと笑いながら答えた。
「別になんでもありません。仙道課長こそ今、会議中ではありませんか?」
眉間にしわを寄せる仙道は梅が持っているケースを手に取り、愛おしそうに微笑んだ。
それを見た総務課女子社員たちは頬を染めて熱いため息を吐いた。
仙道はケースから指輪を取り空になったケースを梅に渡し、梅も何も言わず空のケースを受け取り、仙道は梅の隣にいる私の左手を有無を言わさず掴み薬指に指輪をはめた。
「これは見世物じゃなく身に着けるものだ。わかったか嘉永?それと今朝俺の部屋のカギ忘れて行ったぞ」
仙道は内ポケットからマンションのカギを取り出して私の左手に置き、私の耳に小声で囁いた。
「今朝、俺から逃げた罰だ」
それだけ言って愛おしい者にでも触るような優しい手つきで私の髪を撫でて、総務課の社員たちに「引き続き仕事をするように」と言って会議室へと戻って行った。
梅以外数分間、総務課フロアにいる社員たちの時が止まったまま誰も動かない...いや動けないままだった。
梅は立ち上がり指輪が入っていた四角いケースを私のデスクに置き、使いたい資料を引き出しから取って仕事を始めたていた。
***
「いいクリスマスだったね。嘉永さん」
「...........................。」
呆けていた私に梅が顔を近づけて囁き意識が戻った私は周りを見渡した。
窓の外は日没を迎えていて、皆仕事に戻ったようで一安心したのだが、梅の言葉に私は何も答えることはできなかった。
それは梅の一言で会社内での私の人生は終わったと頭の片隅で理解したからだ。
そう...仙道のせいで.........今はまだ状況をのみ込めていない女子社員たちは騒ぐ事なく私に投げかけてくる視線と、こそこそと内緒話程度で済んでいた。
私は動揺を隠すために仙道がはめてくれた指輪をこっそり外し、指輪をケースに戻してから仕事を再開した。
さて、皆がどう思ったのだろうか...仙道から指輪を左手の薬指にはめられ、その上仙道の家のカギを目の前で渡されたその行為を.........結婚前提でお付き合いしている2人だと普通考えるよね......さてどうする?
今日、我慢すれば私は一足先に正月休みに入る。
休みの間に少しでもいい...噂話が消えていることを、切に、切に、願う。
もっと欲を言えば、仙道の元カノ達に知られないことを祈る。
無駄だと思うけど......でも願わずにはいられない!
昨晩の件は大人の事情ということで、問題は指輪だな......ははは、さて、エイプリルフールには早いし...そうか、独り身の私を憐れんだ仙道がクリスマスプレゼントをくれたという事にしよう!
そんなことを考えなければやってらんない。
何故なら入社して仙道の女関係のトラブルを目の当たりしてきた私にとって、こんな、こんな、厄介ごとに巻き込んだ仙道とはもう絶交だーーーーーーー!!
何が「俺から逃げた罰だ」だよ!!
今朝、一言も待ってろなんて言ってなっかっただろう!?
昨晩の私の忠告無視しやがって!
会社に長く務めているから表だって言ってくることはないと思うけど...それはそれ。
しかし今気づいたけど...よく考えてみたら仙道との付き合いは長いが、実は仙道の携帯番号を知らないんだよね私.........そんな相手に指輪を贈るってどういうこと!?
とんでもないクリスマスだったが、一生忘れることのないクリスマス。
そう...聖なる夜のヤドリギの下でキス.........ロマンチックでその雰囲気に私も仙道も流されただけ。
ヨーロッパやアメリカではクリスマスの日に恋人達がヤドリギの下でキスをする習慣がある。
そこまでなら奴も知っているだろう。
海外のテレビドラマの話を自分が仙道に教えたのだから。
その二人は永遠に結ばれるという言い伝えもある。
それはさすがの仙道でも知らないだろう...そもそも私と仙道は恋人同士じゃない。
雰囲気に......そう憧れていたシチュエーションに.........流されただけ。
聖なる夜のヤドリギの下で貴方とのキスは私の人生で最高のクリスマスとなった。
この後、嘉永は終業時間前に仕事を終え親しい社員さんや上司(課長や部長は会議で不在なので係長や主任)に挨拶をして終業時間と共に会社を後にし、夜行バスに間に合うように大掃除といっても土日にほとんど終わらせていたので、キッチンとお風呂場の掃除それに掃除機をかけて荷造りをしてからアパートを出た。
嘉永が深夜バスに乗る頃仙道は高級料理店から高級クラブへ移動しホステスはすべて上司達に任せて、愛妻家の営業課長と共に裏路地で煙草を吸っていた。
愛妻家の営業課長は奥さんと電話していて、それを横目に仙道は嘉永を思い出し、今頃深夜バスに乗ったころだろうと...昨晩の嘉永との行為を思い出し笑った。
「何笑ってるんだ仙道?」
「いえ...ちょっと思い出したことがありまして」
いつの間にか電話を終えていた営業課長が煙草を1本取り出しそれに火をつけた。
「そうか...ところで仙道は結婚しないの?」
「.........そのうちすると思います」
「へ~、とうとうお前が結婚か...それにしてもお前って不思議な奴だよな」
「どうしてですか?」
「だって、結婚前提の付き合っている相手がいるのにメールとか電話とかしないの?」
営業課長の問いに仙道は過去のことを思い出していた。
あれ?俺は嘉永といつもどうやって連絡していたっけ?
「..................あ!」
「なんだ?連絡できない理由でもあるのか?彼女が携帯電話もってないとか...」
「彼女は携帯電話を持ってます。しかし俺...彼女の携帯番号知りませんでした!!」
「..............はい!?携帯電話の番号知らないで今までどうやって連絡取り合っていたんだ?それ以前にそんな状況でどうやって結婚するような状況になったんだ?」
「今まで連絡するような間柄じゃなかったし、互いにそれは必要としていませんでした」
「だから何でそんな相手と結婚にまで至ったんだ?」と営業課長は言いたかったが、その言葉を飲み込んだ。
「まあ、幸せになれよ」
「はいありがとうございます」
いつもクールに決めている仙道がこの時は頬を染め意外に可愛いところあるじゃないかと営業課長は思った。
その後2人は適当に言い訳をして家路につく。
次の日ーーーーー
「おはようございます」
元気よく出勤した梅のデスクにメモ用紙が置いてあって、内容は『就業開始後速やかに課長室へ来るように。仙道』と書いてあった。
就業開始の鐘が鳴り梅は適当な書類をクリアファイルにいれて総務課長室へと入室した。
「おはようございます。仙道課長」
「おはよう。梅、俺は大変なことに気付いた」
「はあ?大変なこととはなんですか?」
仙道が座るデスクの前まで来た梅はカモフラージュ用に持ってきた書類を一応仙道の前に出し、彼が何を言いたいのか探った。
「実は...」
「はい」
仙道はデスクに両肘を置き手を顔の前で組んで真剣な眼差しで梅を見た。
「嘉永の携帯電話番等を俺は知らない!!」
「.................そうですか。では仕事に戻ります」
「おい、ちょっと待て、お前そこは『知らないなら教えますよ』と言うところだろう!?」
「嫌ですよ。個人情報をそう簡単に教えられません」
「そこをなんとか教えろ!」
バンとデスクを叩く仙道を梅は冷たい目で見た。
「そもそも、嘉永さんと同期としての付き合いが長いのにどうして携番知らないんですか?信用無いんじゃないんですか?てか、昨日の嘉永さんの様子じゃ課長の想い全然伝わってない感じでしたよ」
「................ちゃんと伝えた」
「その割には何で間があるんですか?」
「こっちにもいろいろあったんだよ」
「ふ~ん。課長のことなんてどうでもいいですけど、嘉永さんの携番うちの旦那だって知ってるのに、どうして課長は知らないんでしょうね?」
「くっ!!」
梅の旦那に負けたと悔しがる仙道を梅はこっそり笑った。
仙道と梅の旦那は同じ高校の先輩と後輩で結構仲がいい。
「課長ならその気になれば社員の個人情報見放題なのにそれをしない課長に免じて教えてあげてもいいですよ」
「本当か!?」
「ええ、そのかわり条件があります」
「なんだ?給料上げろとかは無理だぞ」
「それが出来たらいいんですが...アンタの今まで付き合ってきたくだならい女共から嘉永さんをしっかり守れよ!という条件です。この条件のめますか仙道課長?」
「ふっ、いいだろう!」
「何でだろう...信用できない」
自信満々に答える仙道を速攻否定する梅。
「条件はのんでやるから嘉永の携帯番号教えろ」
「はいはい旦那から課長宛てににメール送信させますから昼休みまで待ってください」
「頼むぞ」
「課長...嘉永さんのこと本気ですよね?」
「当たり前だろう」
「ちゃんと本人に伝えてくださいね」
「わかってる。嘉永の実家の住所は以前より入手済みだ。任せろ」
課長室で仙道と梅が不敵な笑いをしていることなど知らない嘉永は夜行バスから解放され駅のロータリーで背伸びしていた。