<5章>悪魔が憑いた青年編
<5章>
悪魔が憑いた青年編
静かに瞼を伏せて、おばあちゃんがくれた黄色い食べ物を噛みしめる。
もしもあの太陽に味があったとしたら、きっとこんな味がするのかもしれないな。
「とうもろこす・・・か。」
「そうでねえ、とうもろこ、す!だぁ。さすすせそのす~だ!」
「と、とうもろこ、す。」
「むぅ~~~違うっつ~の!」
「ただいま!!」
とうもろこしの発音についてアロンとおばあちゃんが苦戦していたとき、
玄関のガラス戸がガラガラっと開き、突然何者かが入ってきた。
「お。帰ってきたみたいだぁ」
「?」
「!!!!!!」
「!!!!!!」
「あ・・・・あ、あぁ・・・。」
玄関が開いたときに部屋の中からちらっと見えた侵入者の姿を見るなり思わず絶句してしまった。
2人が目にしたのは・・・。
カラスのように真っ黒で長くギザギザの髪の毛。
全身黒ずくめの着物。
そして目の周りも漆黒。
しかも瞼と口角にそれぞれ小さな金属が思いっきり皮膚に刺さっているではないか。
それはまさに「悪魔」そのものであったのだ。
侵入者はいきなり家の中へずかずかと上がりこんできた。
そしておもむろに冷蔵庫を開けて麦茶を取り出し、キャップを開けると一気に飲み干す。
「ぷっは~・・・ったく、これだから田舎モンってのはよ~、
俺が歩いてるだけでバケモンみるような顔してジロジロこっち見やがって。お婆のその紫色のヘアーのほうがよっぽどロックじゃねえか。」
背中には大きく黒い棺のような入れ物が背負われており、その入れ物の隅には「海野楽器」と書かれた小さな文字が印字されているが、その文字の意図するところまでは分からなかった。
・・・まさか、噂どおりの・・・中から大きな釜が出てくるのではあるまいな。そして指にはめているアレはなんだ?ガイコツ・・・?己が刈り取った魂を誇示しているのか?なんと悪趣味なことだ・・・。
「まぁあんだのその格好じゃ、お婆たちがおったまげんのも無理はねえ。」
「今日のライブ超盛り上がってたのに時間来ちゃってさぁ、すぐ出ないとハコ代別でかかるらしいから顔洗う暇なくてよ~。んで明日ヤスが朝一からバイトだっつうんで今日は打ち上げねえの。」
そう言って悪魔は右手の小指を立てながらマイクを持ち、右足を木彫りの鮭を咥えた熊の置物の上に乗せ、アンプの上に足を乗せているかのようにリズムをとり、両手をクロスさせ人差し指と小指を立てて見せた。
こ、これは・・・悪魔が釜を振りかざし、正にこれから獲物を捕らえようとするあの瞬間のポーズではないかっ!!!
ぬう・・・よりによって私とシェフチェンコ殿との思い出の象徴である熊さんを足蹴にするとは・・・許せん。
「バカタレ!おめ、熊ちゃんを足蹴にすんじゃねえって小せえ時から言ってんだろうが、まったく。
それより・・・ホレ、お客さんだ。外人さん。
たかし!おめぇ、英語喋れっか?ばあちゃん女学校で習ってないもんだから、外人さんが何言ってんだかわっがんなぐってよお。」
そう言っておばあちゃんは2人のいる居間を指差した。
「えっ!?マジで、なんで外人さんがこんなとこにいんの?つ~か誰?」
悪魔は徐々に居間へと近づいて来る。
「悪魔がこちらに来ます!」
「早く!これを耳に装着するのです。」
アロンが差し出したものはなんと元通りに修理されたカフであった。
いつの間に!?
「先ほどあの者の頭に刺さっていた小さな金具が落ちたのを見て、これは使えるかと思って、すぐ回収して密かに修理を試みていたのです。
その手にはおばあちゃんの髪についていた小さなヘアピンが握られていた。
「これで言語同時解析装置も復活しているはずです。」
悪魔の魂狩りを止めさせなければ!
2人は立ち上がり右手を真上に挙げて叫んだ。
「悪魔よ今すぐ立ち去れ!」
「魂を刈ってよいのは存在法に抵触した法に裁かれた者のみだとあなた達には何度も言ってきたでしょう!今すぐ止めなければアイオーンの権限に基づきこの右手であなたを、消して差し上げますよ。」
______し~ん。
ん?おそらく言葉は通じているはずだが。
悪魔は一瞬ポカンとしていたが、すぐさま笑い出した。
「ひゃ~ははは~、何この人達!
アニヲタ?ねえYOUたち日本アニメとか好きなの?今魔王モノすげ~流行ってるもんね。
消して差し上げますよっ!とかキメ顔で・・・くっくっくっ、月に代わっておしおき的なやつなの?」
言葉は問題なく通じているようだ。中にはアニヲタとか魔王モノとか、少々マニアックな単語のチョイスをされているのだろうか、直訳だとその意図がよくわからないものもあるのだが。
「あら?なんだあ、あんだだち日本語話せたんか?」
おばあちゃんが目をパチパチとさせている。
「名前は?俺はタ・カ・シだあ、こっちは俺の婆ちゃん。」
・・・。
「え?ちょっと、沈黙してるけど何よ、どしたのよ?・・・返事がない、ただの屍のようだってか?あ~ははは~!」
「悪魔に名乗る名などない!」
2人は毅然とした態度で立ちはだかる。
右手の指先に強い熱を持っているのを感じる。
「えっ、そこでまだ設定引っ張るの、この欲しがりやさん!イエスわかったわかった。オッス!オラ、悪魔!ちょっとそこまで魂狩りに行ってくる。~~~ふひ~ひ~!」
そう言いながら見せ付けるように荒々しく得意のヘッドバンキングをしてみせる。
真っ黒な髪がバッサバッサと上下している最中、終始2人の顔に悪魔の毛先がビシバシと当たる。
「あぐ!」
「ごふっ!」
こ、この~!こやつ・・・やはり・・・・
「そろそろ皮膚呼吸きびしい時間だし。あ、その前にせっかくだから観光記念に写真だけとってやんよ。ファンサービス、なあ、ばあちゃん!ちょっと携帯のここの丸いとこシャッター押してくんない?」
2人は腕をがばっと掴まれて引き寄せられるままに3人横並びとなり、
むりやり人差し指と小指を立たせられ、両手をクロスにされたポーズをとらされてシャッターを切られたのであった。
なっ、変なポーズをさせるんじゃない、放せ!
よりによって魂狩りのポーズをさせるなどアイオーンの者に何という罰当たりな。
たかしは2人が掴まれた腕を振り切ろうとする前に「おっと」と腕をパッと離し、
さっと髪を後ろで1つに束ねて口笛を吹き、黒尽くめの服を脱ぎながら洗面所へと歩いていく。
---------ま。待て、逃がさ・・・
「ふ~スッキリスッキリィ~。」
洗面所からすぐに戻ってきたたかしは、すっかりメイクを落とし、Tシャツと短パン姿で肩にタオルを掛けていた。
「あ~皮一枚剥がれた~女はコレ毎日だろ?俺男に生まれてよかった~!」
と両手を大きく広げて見せる。
な、何!?
顔がさっきと全然違う!別人としか思えない。
・・・おそらく憑りついた悪魔が我らに臆して立ち去ったのだろうな。
しかし可哀想に、瞼と口角には先程の小さな金属が刺さったままではあるが、魂をとられるより幾分かはましだろう。
我らが偶然ここに居合わせたのが幸いであったな。
そもそも突然玄関に現れてからこの青年は不審な行動ばかりしておかしいと思っていたのだ。
無事にこの者が元の姿を取り戻せたようで本当に良かった。
さて取り急ぎ憑きものが取れたばかりのこの細長い青年と、剛腕の老婆の身分を明らかにすべきだな。よし、ここは・・・。
「私どもはロシア人。名をアロンとルカと言います。旅の者です。」
生態調査をしているということはもちろん伏せて、ここは旅行者を装うこととしよう。
「ロシアっがらおいでなすったんか、遠いところをそりゃまあ~ごくろうさんだなぁ」
「それよりもあなた、そう、あなたです。私どもをここへ連行してきた目的からまず聞きましょう。」
おばあちゃんはしばし驚いたような顔を見せたが、畳にゆっくりと座りながらにっこりと笑った。
「畑仕事さ終えて帰るところでよ、あんだだちが暑そうな服着て畑の辺りをうろうろしてたからな、てぇ~っきりそこいらで迷ったのかと思ってぇ。この辺はバスもタクシーも通ってねえもんだからよぉ、こんな暑いとこでぶっ倒れちまったらいけねえし、どうしたもんかな~って思って連れてきたんだぁ。」
な、なんと・・・。
「それではあなたのその破格の力とその装備は?」
「それは収穫した野菜入れるただの入れモンだ~、それに畑仕事さ毎日してたら力持ちにもなるわ、あっはっは~ばあちゃんをシュワちゃんみたいに言うなや。」
そ、そうだったのか・・・。
女兵士ではなく、ただの力持ちの農民の老婆だったのか。
では、純粋な好意で我々を助けてくれようとしたのか・・・。
よくよく話を聞くと、たかしは悪魔にとり憑かれていたわけでも何でもなかった。
地元では知る人ぞ知るヴィジュアル系バンド「Layl; ライル」のボーカル兼ギターを務めるごく普通の青年らしい。今日はたまたまライブがあったためにステージ用のハードなメイクを施しており、ライブ上がりでテンションが少し上がっていただけだったことがわかった。
そして、瞼と口角についている小さな金属については悪魔に刺されたものでもなんでもなく、装飾用の飾り(ボディピアス)であったことも判明した。
・・・ああ、私としたことがとんでもない勘違いをしたものだ。危うくもう少しで私の右手に宿る熱情がたかす殿を消滅させてしまうところだった・・・。
「本当にすまない、たかす殿。」
アロンは失礼を心より詫びた。
「た、たかす?そうでねえ!!!俺はた・か・すだぁ!さすすせそのす~だ!」
「た、たか・・・す?」
「んだから、そうでねえっての!」
家に帰ってくるとおばあちゃんにつられてつい訛りが出てしまうたかしであった。