<4章>豪腕女兵士編
<4章>
豪腕女兵士編
気づいたらおばあちゃんの家の畳の上にちょこんと二人並んで座っていた。
いきなりのことで驚き、連れ去られてきた奴隷のような恐怖を覚える。
頭の中で静かにドナドナが流れてきてしまった、イカン。
「先輩、あのすごい腕力の女兵士、出て行きましたけど。我々をどうしようというのでしょうか。ここに入る前に靴まで脱がされました。このまま辱めを受けるくらいなら自分はっ!自分はっ!」
ルカはうっすらと涙目になりながら斜め上を見上げて故郷を想った。
アロンが顔を近づけて声を潜める。
「ルカ、あなただけは何としてでも隙を見て脱出させますから、落ち着くのです!ここはもう少し様子を見ましょう。いいですね。」
きっと先輩は僕のことを気遣って安心させようとしてくれている。
奮い立たせるように自分に大丈夫だと言い聞かせ、ぐっと拳に力を込めた。
すると、襖を開けてさっきのおばあちゃんが入ってきた。
二人に緊張が走る。
おばあちゃんはテーブルの上にどさっと布のようなものを置き始めた。
そして身振り手振りで何かを訴えかけてきている。
「ま~ったぐぅ、暑いんだからそんなのはよ脱げ!き~が~え!わかる?んで、これ着ろな!せがれのじんべだぁ!」
「なんか着替えるように言っているみたいですよ。」
「ぐぅ、そ、そうですね、仕方がない、ここは黙って従っておきましょう。」
二人はしぶしぶ渡された甚平というものに着替えることにした。
「しかし、人って暑いと表皮から水が流れるつくりなのですね。なんて不快なんでしょう。」
「ええ、汗といって体温調整機能が働くためだそうですよ。私が以前シベリア潜入で人間化した時には、寒さに震えて表皮がまるで鳥類の肌のようにぶつぶつと気色の悪い感じに変化したものです。寒暖の差が大きく、地球とはなんとまあ住みにくいところなんでしょうねぇ。」
ぶ厚いコートを脱ぎ、汗だくの物も脱ぐ。
差し出されるままにタオルを受け取り、言われるままに汗を拭いてみる。
「はっ!」
「なんかコレ、ふ、ふわふわしてます!」
「なんですかこれは!!汗を吸い取ってこの香り気持ちいいです。」
そして、言われるままに甚平に袖を通す。
「なんかコレ、さ、さらさらしてます!」
「なんですかこれは!!通気性抜群でこの肌触り気持ちいいです。」
今着せてもらったばかりの甚平をまじまじと眺めると、
アロンのは濃紺の渋い何とも風情のある無地であり、ルカのは薄いグレーで白いラインが縦に入っている涼しげな生地であった。
白いタオルのほうには”田口工務店 毎度ありがとうございます TEL:0○8○1×△□○○・・・”と書かれてはいるが、その文字の意図するところまでは分からなかった。
「先輩、何かおかしくないですか?捕虜にこんなに快適で何やらよい香りのするものを与えるだなんて。」
「ええ、確かに妙です。一度油断させて何か仕掛けてくるつもりかもしれませんし。」
「この白いふわふわの隅に書かれているのは何かの暗号ではないでしょうか?それとも威嚇や警告を表す文言ということはないでしょうか?」
ヒソヒソと話す二人を尻目に、おばあちゃんは着替えを終えた二人を見て満足したようにうなずくと、台所に行って籠を持ってきた。
そう、初めて道で挨拶をしたときに右手に持っていたあの籠だ。
「あ``あぁ!!!それ、さっき右手に装備してたヤツじゃあ。」
「危なあいっ!!!」
アロンは危険を感じ、とっさにがばっとルカの前に出て、ルカを守るべく両手を大きく広げた。
し~ん。
な、何もしてこないだと!?
おばあちゃんは一瞬ポカンとしたが、急に笑い出した。
「あ~はっはっはっ!!あんだぁ?じゃんがじゃんがかぁ?ヴァンガールズとかいう芸人の真似だべ?おめさ外人さんなのによく知ってんなぁ~!ホラ、ばあちゃんも一緒にやってやるから~!ホレホレ~」
「ぐっ!ル、ルカを守ろうと必死になっている私を笑いものにした挙句、模写までしてくるとは何たる侮辱!」
ぐっと奥歯を噛み締める。
「せ、先輩、僕は大丈夫です、ありがとうございます。それよりアレ、な、何かを取り出していますよ。」
「何っ!」
ふと見ると、おばあちゃんは先程の籠の中から何やら緑色の物体を取り出しはじめたのだ。
それは何とも鮮やかだった。しかしなぜか優しい色をしているようにも思えたため、直感で危険だとは感じられずに興味が沸いてきて、警戒しながらも乗り出しておばあちゃんの手元を覗き込んでいた。
慣れた手つきで皮を剥いて、ひげが取られていく。
そう、緑色のそれは黄金色に輝く見事なとうもろこしであった。
ふむふむ何ぞやとその様子をじっと見ていた二人であったが、ふと我に帰る。
ん?この形どこかで見たことがあるような?
しばし天を仰ぐ。
「んばっ!!!ば爆弾っ!?」
「手榴弾んんんっ!!!」
ズサーっと一気に後ずさりした。
そして再びアロンはがばっとルカの前に出て、ルカを守るべく両手を大きく広げた。
「危なあいっ!!!」
その後おばあちゃんの笑い声とじゃんがじゃんがが再び家中に響いていたのは言うまでもなかった。
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「・・・ハアハア・・・とりあえず爆弾ではないみたいです、向こうも危害を加える様子は今のところなさそうですね、先輩。」
「ゼェゼェ・・・地球に降り立ってからまだ10分くらいしか経っていないのに・・・すごい・・・疲労感です。」
「あ、あの、さっきから体から音がしているのですが、人の体は音が鳴るような仕組みなのですか?」
ぐう~~っと腹の虫が鳴く。人の体というものは働く度にお腹が空くものだ。
「エネルギーを欲する際に経口摂取を促すための警告音です。でも今はそんなこと言っている状況ではないようですね。」
そうこうしているうちに襖の向こうから何とも言えぬいい香りがしていることに気づく。
「ん?向こうからパチパチと音がしています。」
おばあちゃんが手早くさっきのとうもろこしを焼いてくれていた。そして2人の前にそれぞれ焼きもろこしと透明なコップに入れた麦茶を出してくれている。
「とうもろこす!さっき畑でもいできたばっかりのやつだからうんめぇぞ。」
そう、彼女は先程畑仕事を終えて家に帰る途中に偶然2人と鉢合わせたのであった。
「先輩、これは?」
「お皿の上に乗せられて目の前に置かれているということはコレを我々に摂取しろと言っているのでしょう。」
二人は目を合わせてうなずき、意を決してかぶりついた。
___衝撃が走る。
「う、うまい!なんて甘く香ばしいんだろう!エデンの園の青い芝生に寝転んだ時に頬をくすぐるあのそよ風のようなこのさわやかな甘さ。」
「こっちの茶色い水、ほろ苦く香り高くてこの手榴弾似の黄色い食べ物にとても合っています!」
確か宇宙歴史の講義の中に出てきた戦闘の際に使われることがあるといわれる手榴弾とかいう武器に少し形が似ていたような気がしたのだが、別物だったようだ。それどころかこれはどこか懐かしい気持ちにさせてくれるような不思議な食物だ。
思い出す。百年前、シベリアに上陸した際に、エネルギー切れでしかもあの寒さで行き倒れてしまった私に暖を分けてくれ、温かいものまで与えてくれた人達のことを。
ああシェフチェンコ殿、あの時小さかったあなたの娘さんが私にくれた熊のシールを私は今も大事にこのようにお守りにしているのですよ。
アロンの右手には既に茶色く変色してしまっている小さなものが握られていた。
私はあんな噂があったとしても、彼らが極悪非道な戦闘種だとは信じたくないのかもしれない。今回のこの任務は、必ずしも私自らが現場に行く必要はなかった。しかし私は気づいたら自分が補佐役として行くと言っていた。私は、私自身のこの目でその真偽を確かめたいのかもしれないな。
私はこれまでただ粛々と任務を進めてきた。
調査の結果によっては・・・たとえあのときの家族とのことが頭をよぎったとしても、決して第三宇宙・地球だけを大目に見ることはできない。