<1章>会議室
<1章>
会議室
細く薄暗い廊下を進むと、赤い光に照らされた重厚感のある例の扉が見えてくる。
正面入り口の前にはいつものようにスクエア眼鏡の麗しい女官が立っており、毎度きっちりと45度のお辞儀で迎えてくれる。
「お待ちしておりました。」
まるで百合が咲いたような彼女の凛としたその佇まいに眩暈すら覚える。
「失礼いたします。」
そう言うと柔らかな笑みが一瞬消え、しばし刺すような鋭い眼光で来訪者を見つめ認証をする。
っ!!
―――――――間もなく花のような微笑を浮かべ
「お待たせいたしました、どうぞお通りください、そろそろお時間です。」と、扉をあけてくれるのだ。
ふう・・・さ、気を取り直して、と。
彼女は、その美しい外見とは裏腹に、現在はアイオーンの長直属の秘書であり、背筋が凍るような数々の逸話を持つという、恐ろしく切れる猛者でもある。
そう、実に恐ろしい。
真夜中に思い出してトイレに行けなくなると困るのでここでは割愛させていただく。
認証中のあの鋭い視線は、人の言葉で表現するならば、まさに「ヘビににらまれたカエル」といったところであり、認証中は自分の頭の中のすべてが覗かれているような何とも言えない気分になってしまうのだ。
開かれた扉の先には大広間が続いていた。
ここはアイオーン達が一同に集結する会議室である。
時を超え、今そこにある全ての命ある者達のあらゆる権限を持つ管理者、
それがこの組織に所属する者達アイオーンである。
彼らの所在・素性・生態等は一切知られていない。
しかし、おそらく組織の主な目的は、全宇宙の秩序を維持するため、【存在法】遵守のため、この世に存在する全ての種に対する監視を続けているものだと推測される。
彼らは突然現れてはこつぜんと消えていく。
彼らが現れた後は、見渡す限りすべて焼き尽くされ塵ひとつ残らない静寂な闇になるとも聞くし、何かをしていったように見えて実は何も変わっておらず、しかしどこか違和感があるような不思議な感覚がするとも聞く。
一方では獰猛な生物達があるとき突然死に絶えて、結果安心して暮らせるようになったという肯定的な話まで聞こえてくる。
いつ現れて何をするのかしないのか謎に包まれている。
すなわちアイオーンとは人の想うところの最も神に近い存在であり、最も死神に近い存在とも言えるであろう。
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「久しいな。」
「ああ、一万年ぶりだものな、この定例会議も」
「お前とは二千五百年前位の第百六宇宙・ポルタ双星の隕石衝突時調査の時以来だったかな。」
「そうだったな、私はあれから第九宇宙・プラチャ星の強制総メタル化計画の調査に出ていたのだが―――」
「・・・さて、次の議題は第三宇宙・地球についてだな。ソピアー。」
「はい。我々第一~二十宇宙調査担当チーム・ソピアーは、【存在法】に抵触する可能性がある種についてご報告いたします。
周辺区域への他種への簡易聞き取り調査を実施いたしましたところ、対象者として適当であるとは必ずしも言えませんが念のためここに報告をさせていただきます。
つい最近急激な変化を遂げている第3宇宙・地球において、どうやら生態系の保全を脅かし、著しく均衡を欠く者が出てきているという情報を入手しました。ソースは監視用AIマター1~4010027番です。
そして簡易調査の結果、それは「人」であることが判明いたしました。
人は我々の予想をはるかに超えて増加しており、すでに飽和状態であります。
また、地球では人が他種を押さえ、生態系のトップに君臨しているようです。
そして全宇宙の中では比較的高い文明・知能を持つにもかかわらず、開発した科学物質等で与えられた場を汚し、核をはじめ、たいへん不本意な形で与えられた資源を使い、同じ地球に存在する他種にまで多大な悪影響を及ぼし、絶滅に至らしめようと企む危険性を持った種だとの噂もあるようです。」
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・ごくろうであった。」
「生を与えられた者達にはみな等しく自由も与えられる。しかし、自傷他害の恐れがあるとなると話は別だ。どうだろう、【存在法】に抵触しているとは判断できまいか?」
「私は地球には行った事がない。人についてはよく分からない。お前はどうだ。」
「私も全くだ。外見は我らとよく似ているらしいがな。」
「このような短期間での特定の種の急激な変化では対象者の情報が少ないのも仕方あるまい。」
「私はほんの少し前に定期調査で行ったことがあるが、多少の領地争いはあったにしろ、縄等を使って器用に食器を作って穏やかに暮らしている安全な種だったはずだぞ。」
「先程の報告を聞く限りではまるで印象が違うな。おそらく人とはサタンのように大きな釜を持ち歩き、野蛮な顔をして、屈強な体幹に物を言わせて他の種族を侵略するような極悪非道な戦闘種へと進化しているということはないだろうか。」
「そうだな、放置している間に他種を巻き込んで、宇宙規模での争いを引き起こすトリガーとなってしまうかもしれない。」
「いやまて、急激な発展は案外もろいものだ。他の宇宙でも行き着く先は自滅という例が多数あるだろう。それに、まだ彼らがはっきり黒だと決まったわけでもない。」
「そうだな。存在法の抵触が確認されるということはその種は=(イコール)抹消。慎重に議論すべきだろう。」
普通、特定の種について調査をする場合には、同じ土地に共存・共栄関係となっている対等な文明・知能レベルを持つ既に溶け込ませているあらゆる他種のAIマターからの情報を回収するのが常であるが、地球では人を頂点とした圧倒的なピラミッド型の関係となっているため、犬・猫・鳥などの他種はこの場合において対等な文明・知能レベルではないため、聞き込み調査を行うのに適当であるとはみなされない。
現在、例外を除き定例調査は一万年ごとが常であり、それ以外はAIマターに情報が蓄積される形をとり、定例調査前にその蓄積された情報を回収・分析し、評価するといった流れになっている。しかし人はその間を縫って、たかだか数千年程で驚くほど急激な進化・発展を遂げてしまったのだ。
地球上では他種を抑えて群を抜き独走状態であることに間違いはないだろう。
___人が【存在法】に抵触するか否か___
存在法に抵触することが確認されれば種の存続に関わる重大なペナルティーが科せられることとなる。
しかし人の情報は圧倒的に不足しており会議は難航していた。
長は落ち着いた表情で右手で髭を撫でながらゆっくりと口を開いた。
「・・・うむ・・・これまでは特例を除き、1万年単位での調査がスタンダードであった。なぜなら、他種・他宇宙を揺るがすような進化・発展をするような種がそのくらいの単位でしか出ることはまずなかったからだ。
故にこれまでは聞き取り調査とその確認作業を以って対応は事足りていた。
我らはすべての存在・種の均衡を司る者として、各々の種の自由を尊重して今までそれを辛抱強く見守ってきたつもりだ。存在法に抵触しない限りはこれからも静かに見守るべきかと考える。
しかし、今後、人たちが宇宙を巻き込んだ危険な戦闘種となりうる可能性を憂う皆の意見も今のところ残念ながら否定できない。
ならば、やはり人については我ら自身の目で直接生態調査をせねばならない。
その結果で経過観察か、はたまた処分かを改めて判断することが妥当ではないだろうか。」
総員が右手を次々とゆっくり挙げていく姿は、まるで絨毛が動く様を見ているかのように赤い空間に緩やかなカーブをつけていった。
「今回はルカに行ってもらおうと思う。経験こそ浅いがなかなか見どころのある奴だ。そうだな、うちのアロンをサポートに付けたらどうだ。ヤツには100年前位に一度隕石落下の際に調査でシベ・・なんとかという寒い所へ行かせたことがあったからな。奴ならルカに生態調査の正しい助言もしてやれるだろう。」
「地球時間でいうと1週間程度だ、短い時間だが頼んだぞ。」
長はそう言って入り口近くに突然現れた者へと静かに視線を移し、そちらに向かって小さくうなずいて見せた。
「承知しました。」
琥珀色の瞳のその者は深くお辞儀をするとその場から消えた。
「さて、次の議題は・・・」