小泉八雲と火曜の木箱ー01ー
「ねぇ…秋ちゃん本当に入れるの?だってただの置物かもしれないでしょ」
火曜日の放課後に進入禁止のロープをくぐってこの東棟に進入してきた二人の生徒は、あの七不思議の2ー3の教室の前に立っていた。秋ちゃんと呼ばれた眼鏡で真面目そうな男子生徒は木箱を前に手紙を握り締めている。
「だって!!七不思議だとしても信じたいんだ。だって僕はもう少しすると死ぬんだよ。」
秋は少しばかり取り乱し木箱に書いてある『お悩み解決します。』の文字を見て一緒に来ている女子生徒に話し始めた。
「前に僕の実家の話ししたの覚えてる?そこで狐の話ししたでしょ。あと一週間だよ僕の誕生日。今さ毎日が楽しいんだ。春ちゃんと夏歩ちゃんの部活の試合応援して、冬馬君のバンドの練習見に行ったりして皆とサヨナラしたくない。」
先程みたいに取り乱さないように懸命に平静を装う秋の姿を春子は見ているしかなかった。
そして、ゆっくりと目を瞑った。
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桜舞う新学期の新しい教室の窓際の列の後ろで木瀬春子は一人で教室を眺めていた。
「高校では友達つくりたいな。」
「僕もだよ。」
何気なし放った言葉に返事が来たので驚きのあまり肩が大きくビクンと動いたのを感じた。振り向いた春子の後ろには眼鏡で真面目そうな篠香田秋が申し訳なさそうに立っていた。
「ゴメンね。返事何かして...僕もそう思っているからつい。」
「いいよ。気にしてないから。」
春子は立ち上がり秋と向かい合い自己紹介を始め、秋も春子に続き自己紹介をしてお互い笑いあった。
「さっきもしたのにね!!」
「だよね!!」
そう言うとまた笑いあった。それからあっという間に二人は仲良くなり、付き合っているという噂までも聞こえてくるようになったが、二人はただの親友なのでもちろんお互いにそれ以上の感情は持ち合わせていないのである。
秋と友達になり数ヶ月が過ぎたある日の放課後の事だ。春子は部活の帰りに忘れ物を教室に向かうと誰も居ないと思っていた教室から話し声が聞こえていた、声の主は秋だった。
「分かってる…来年の誕生日には帰るよ…じゃあ。」
「ゴメンね。電話終わってから入ったんだけど、
少し聞こえてしまいました。って泣いてるの?ホームシック?」
「イヤ違うよ。気にしないで。」
春子の方を向かずに淡々と答えた。この重たい空気感に堪えられなくなった春子は先程聞こえてきた話しを思い出して秋に話しかけた。
「秋ちゃんって今日誕生日なの?言ってくれればいいのに?」
自分を気遣って明るく振る舞ってくれる春子に秋は申し訳なくなり、今できる精一杯の笑顔で「うん。」と頷く。春子は秋に駆け寄り「じゃあさ」と秋のカバンと秋の手をとって教室を後にした。その際廊下を走って行くのを教師に見られ少しばかりの注意を受け下校した。春子はまだ秋の手を握っていてーカバンは学校を出た時に返したー秋はまだ行き先を教えてもらえずにどんどん春子に引っ張られて行った。学校から歩くこと15分ついに春子の足が止まり秋の方に向き直り『喫茶・小春日和』と書かれているドアを指さし秋に言った。
「ここ私の家なの!!」
春子に背中を押されて店のなかに入るなり「適当に座ってて」と言われたので秋は店の奥のテーブルに着いた。店の中は狭いので春子親子の会話が耳に入ってくる、会話からして普段は常連客しか居ないらしいしかも、春子が男子生徒を連れてくるのも今日が初めてらしく母に根掘り葉掘り聞かれているのが聞こえてくる。春子はお盆にショートケーキと紅茶を2つ乗せ秋の座っているテーブルに来た。
「急に連れてきてゴメンね。誕生日お祝いしたくてさ。」
「全然だよ!!嬉しい。こんなこと初めてだし。」
秋の顔は学校で見たのとは違い本当に嬉しそうに笑っている。
「今年は2人だけど来年は夏歩と冬馬も誘うね。」
「...来年は...居ない...から無理。」
先程迄明るくケーキを頬張っていた秋からまた笑顔が消える。しかも今度はガタガタと震えているので、春子は心配になり秋の隣に移動して背中を擦った。
秋は力なく笑い自分の実家の話しを始めた。
「僕の生まれ育った所はここから随分離れた田舎でね、家が大きくて広くて嫌いなの。」
「家が広いのいいじゃない?羨ましいよ。」
春子がそう言うと秋は首を横に振りまた話し出す。
「春ちゃんの家が羨ましいよ。僕の家はただ広いだけで家族の声も聞こえなくて姿も見えなくて、家に家族が居るのに寂しくなる。それに...消されるんだ...」
泣いているのか秋の言葉は聞きづらく最後には何を言っているのか分からずに春子は聞き返した。
「秋ちゃんゴメン。よく聞こえなかったもう一度話してくれる?」
秋は少し躊躇いながらもう一度聞こえるように話した。
「僕は来年の誕生日に狐に化かされて消えてしまう。狐に化かされるって意味が分からないけど、小さい時から言われている。だから来年の誕生日僕は居ないんだ。」
春子はどうリアクションしていいのか分からないでいるが、秋の真剣な顔からして冗談を言っているようには見えないし「気にするな」と言えば秋の性格上気にしてしまうのだろうと悩んでいると「寮の門限近いから帰るね。」と椅子から立ち上がり「ご馳走様」と言って帰って行く姿に春子は結局「明日学校で」としか言えなかった。
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春子は秋との出会いから去年の誕生日の事を思い出し、秋に声を掛けようと口を開いたところでコツコツと近づいてくる足音に気付き振り返るとそこには白衣を着た若い男が立っていた。
「2人ともここは立ち入り禁止ですよ。」
白衣の男は言った。
「柴田先生済みません。今帰ります。」
白衣の男は柴田先生と呼ばれた。柴田はこの学校の生物の教師で2人も知っていた。柴田は秋の言葉に「そうですか」と言い2にの横を歩き出した。廊下を少し行った所で柴田は振り返り笑顔で問いかけた。
「信じてみるのもいいのではありませんか?」
柴田の問に2人はお互いの顔を見て首を傾げ、再び柴田の方を見た。柴田は笑顔を崩さずに秋の手の中の手紙を指さしこう続けた。
「七不思議ですよ。」
春子と秋は手紙を見てこれは違うというように手紙を後ろに隠し逃げるように柴田を追い越した。柴田は去り行く2人に「明日の放課後待っていますよ」と聞こえるかどうかの声で言った。