3話 『牢屋にて』
「雪季!起きてるか?」
「起きてまーす」
「しっかりしろよ。この辺次のテスト出るぞ!」
昔のことを思い出してぼんやりしていたところを教師に注意された。
ちなみに現在は国語の授業中だ。源氏物語の現代語訳をしようぜ、って
授業だ。光源氏のモテモテ談なんて正直どうでもいいぜ、俺は。俺にも
光源氏の立場を体験させてくれるってんならがっつり取り組むけどよ。
「おーい、雪季、この授業終わったら速攻で食堂行こうぜ!」
「了解」
話しかけてきたのは俺の友人の『一羽 武』。席は俺の後ろ。
武に昼飯の話をされたせいで今まで以上に空腹感が俺を襲ってきた。
空腹感、か。まぁあの時に比べれば楽なもんだけどな。あの時ってのは
さきほど思い出していた続きである『牢屋』での話だ。
その後屈強な兵士たちに『牢屋』に連れて行かれた俺は空腹感に
苛まれていた。異世界に飛ばされたのがちょうど昼飯前の時間帯であり、森で
かれこれ二時間ほど彷徨っていたのも加えると朝食べ物を口にしてから7時間
近く何も食べていない。
「兄ちゃん、何したんだ?」
新入り囚人である俺に枯れた声がかけられる。
「何もしてねぇ。無実もいいところだぜ」
「っへ、そうかい。じゃぁ俺と一緒だな」
「?」
もしかしてこの声の主も俺同様勇者にあぶれた奴なのか?いや、でも
声的におっさんぽいじそれは違うか。となるとつまり冤罪で捕まったと
いうことだろうか?
「ここに入れられてかれこれ一ヶ月近く経つ。ここが俺たちの墓場さ」
「墓場?どういうことだ?」
「ここは飯がでねぇんだ。だから俺ら囚人は飢え死ぬのさ」
おいおい、まじかよ。まずい飯は覚悟していたが飯すら出ないって……。
じゃぁ俺どうすりゃいいんだよ。これやばいパターンだろ。この状況を
打破する方法があるとすりゃぁ考えるまでもなく一つだ。
「おっさん、脱獄しよう」
俺は速攻でおっさんに提案した。早いほうがいい。遅くなればなるほど
体力が落ちてしまう。
「やめとけ。試した奴が何人かいるがみんな殺された」
おっさんが無気力な声で告げる。
「どのみちここで飢え死ぬくらいなら脱獄しようじゃねぇか。俺はこんな
ところじゃ死んでも死にきれねぇよ」
俺は勇者として招かれる予定だった(たぶん)のにこんな日も当たらない
ようなところで死ねるかよ。
「脱獄するったって、どうするよ」
「それはあんたが考えてきたことを実行に移すだけさ」
俺は暗くて見えないとわかっていながらも声の主のほうを見てニヤっと
笑う。このおっさんもきっと最初は脱獄しようと思ったはずなんだ。人間、
どんなときだって希望を持とうとする者だ。あとはそれを捨てずにいら
れるかどうかの違いだ。
「っへ。そうだな。じゃぁもう一度がんばってみようかね」
おっさんが力なく『立ち上がった』。
「え?」
思わず声に出して驚いてしまった。なぜなら足と手には拘束具が
はめられており立つことなどできないと思っていたからだ。
「拘束具を解くことはできたんだ。それにこの牢屋の鍵も作ってある」
「なんだよ!おっさんすげぇじゃねぇか!じゃぁあとは出るだけだ」
ちなみにここまでの俺たちの会話は全部小声だ。見つかったら
まじで殺されそうだからな。
「ここに入れられるときに見ただろう?あの屈強な兵士どもの数を」
あぁ。そういやいたな。入口付近にだけでも五人はいた。各階への
入口にも何人か配置されているようだったし。ちなみに俺が閉じ
込められている牢屋は地下ニ階だからわりかし入口に近いところだ。
「なるほどあいつらが立ちふさがるわけか。なんとかなんねぇかな?」
「兄ちゃんは魔法が使えるのかい?」
「魔法?」
「ああ。魔力を元に生み出す力のことさ。火を生みだしたり、剣を出現
させたりできる」
剣か。いきなり魔法を使ってどんぱちやるのは無理そうだし剣を使った
接近戦ならなんとかなるかもしれない。
「剣を出現する魔法ってのを教えてくれ」
「わかった。『剣よ。我が呼びかけに応え出現せよ』だ。兄ちゃんが
『魔法剣』の適正を持っているのなら出現するだろうよ」
魔法剣か。かっこいいな。よしやってみるか。
「剣よ。我が呼び掛けに応え出現せよ」
直後、俺たちを銀色の輝きが包んだ。